軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【8】エターナル食いしんぼうと慎重な男

教皇庁や聖騎士団本部を内包するレイエル聖区は、 首都(グランリウム) のゴードレール城と川を挟んだ対岸にある。

レイエル聖区行きの馬車の中、テオは窓の外に見える巨大な壁に、わぁっと声を上げた。レイエル聖区は侵入者防止の壁に囲まれているのだ。

馬車で近づきながら見ると、巨大な壁が迫ってきているようにも見える。

「すごいな、遠くから眺めた時も感動したけど、近くで見るとまた別の感動がある」

「おいおい、はしゃぐなよ。田舎者みたいで恥ずかしいだろ」

はしゃぐテオの隣では、ヒューゴが腕組みをして都会人の空気を漂わせていた。

リチャード王太子訪問でガチガチに緊張していたのが嘘のような態度である。

だるい、無理、面倒臭い、が口癖のヒューゴだが、リチャード王太子に会い、更には教皇とも面会できるとなれば、流石に張り切るらしい。

「ヒューゴは、レイエル聖区に来たことあるんだっけ?」

「俺はメルクリフ大聖堂聖歌隊にいたんだぜ。何度か、レイエル聖区内の祭典でも歌ってんだよ」

メルクリフ大聖堂は 首都(グランリウム) でも最も大きい大聖堂であり、そこに属する聖歌隊といえば、当然にエリートだ。テオは素直に感心した。

「ヒューゴはすごいんだな」

「まぁ、俺ほどの男ともなれば、これぐらい余裕っていうか?」

「すごいけど、もう少し謙虚になった方が良いと思う」

「なんでお前は、褒めたらすぐ落とすんだよ」

「お前達、騒ぐのはそこまでだ。じきに西門に到着する。今の内に服装の乱れを直しておけ」

向かいの席で、アーチボルド管理官が釘を刺した。

今回、レイエル聖区に赴くにあたり、テオとヒューゴに同行することになったのが、アーチボルド管理官なのだ。

テオは言われた通りに、服の襟を正した。もちろん、襟の内側には黒いチョーカーをつけている。これはJJの能力の一部で、身につけている者の居場所をJJが把握できるのだ。

続いてボタン、服の皺をチェック。なお、今日はポケットの中にレニーはいない。留守番だ。

ガートルードに解剖されないよう、ベリルにお願いしてきたので、今頃彼女の足下をコロコロ転がっているのだろう。

(この 赫鋼(かくこう) 大橋を渡り切った先に、レイエル聖区が……)

服装のチェックを終えたテオは、トレードマークの小さな三つ編みを握る。

前方に見える大きな門を潜った先に、教皇庁や聖騎士団本部があるのだ。つまり、アレンもそこにいる。

「アーチボルド管理官。面会が終わったら、聖騎士団の知り合いに会いに行っても良いですか? 少しだけで良いので……」

「駄目だ。灰色騎士のレイエル聖区訪問は決して好ましいことではない。あくまで例外的なことだ。よって、目立たず行動し、教皇聖下との面会を終えたら速やかに 燃え滓邸(シンダー・ハウス) に戻ってもらう」

あっさり却下されたが、まぁそうだろうと思っていたので、テオもそれ以上は食い下がらなかった。

ただ、そのやりとりを聞いていたヒューゴが、意外そうな顔でテオを見る。

「え、なに? お前、聖騎士団に知り合いがいんの?」

「僕を拾ってくれた兄のような人が聖騎士なんだ。アレンっていって、剣の天才で、視野が広くて、教えるのも上手で、ダンカン父さんが死んでからも、アレンが僕に稽古をつけてくれてたんだ」

つい早口になるテオに、ヒューゴは「ふーん」と面白くなさそうな顔をする。

「手放しで褒めるじゃん。俺のことは上げて落としたくせによー」

無論、テオだってアレンのことを聖人とまでは思っていない。

アレンはとんでもない食いしんぼうだし、熟考を面倒くさがるし、寝相が悪いし、洗濯物を畳むのが雑だし、口喧嘩が面倒くさくなると力技で解決するし──が、そういう批評は、なるべく本人に言うべきだ。

(アレン、元気にしてるかな…………僕のこと、忘れてないといいな)

アレンは 加護持ち(ブレスド) なので、テオの忘却の呪いの影響を受けない。

それでも聖騎士団という新しい環境で、楽しくやっていく内に、テオのことなんてすっかり忘れていたらどうしよう、とテオは不安になった。

『流石、アレン君。ダンカン・ローレンスの息子なだけあるなぁ!』

『君こそ、エルバード様の従騎士に相応しい!』

『すごいや、アレン君。さぁ、いっぱい 潰し焼きのパン(プレスブレッド) を食べてくれ』

テオの脳内アレンは聖騎士の仲間達に囲まれて、パンをモリモリ食べていた。腹が立つほどアホ面だ。

(僕のことを忘れていたら、その時は……横っ面を堅焼きパンで引っ叩いてやる!)

テオは基本的に善良で温和だが、アレンに対しては短気になるし、すぐに手と足が出る。

兄弟ならそういうものだろう、とテオは思っているからだ。

* * *

テオが物騒な決意を固めていた頃、アレン・ローレンスは、先輩聖騎士であるオズワルド・グレゴリーに一つの疑問を投げかけていた。

「オズさん、俺ってもしかして……みんなに嫌われてます?」

「お前……」

低い声で唸るオズワルドは、座るアレンの尻の下でうつ伏せに倒れている。

剣の訓練で、アレンがオズワルドをコテンパンにのした直後のやりとりであった。

「よりにもよって、この体勢で聞くことがそれか!?」

「ほら、この体勢だと悲しい顔をオズさんに見せなくて良いかな、って……」

「いらん配慮をする暇があったら、とっとと降りろ!」

はーい、と気のない返事をして、アレンは立ち上がる。

聖騎士団本部には訓練施設が複数あるが、ここは訓練場ではなく、ただの裏庭だ。

そこそこ開けた場所で日当たりも悪くないので、訓練場の申請をせず、ちょっと体を動かしたい時によく使われる。

「悲しいことに、誰も俺の相手をしてくれないんですよ。構ってくれるのはオズさんだけです」

拗ねたようにぼやきつつ、アレンは理解していた。

訓練に参加する者の中で、オズワルド以外、相手になる者がいないのだ。

今現在、第一聖騎士団団長エルバート・ランドルフがレイエル聖区内での仕事をしているため、その従騎士であるアレンは実質待機中。

入団した最初の数日は、施設について覚えたり、聖女に祝福の強さを調べてもらったりと、それなりに忙しかったが、ここ最近は暇を持て余していた。

だから訓練を──できれば、実戦に近い形式のものをしたいのだが相手がいない。

そこで、オズワルド・グレゴリーに交渉して(まとわりついて粘り勝ちして)裏庭で訓練をしていたというわけだ。

「困ったなぁ……もっと強くならないといけないのに」

「お前は今でも充分強いだろう」

オズワルドの言葉をアレンは否定しない。

加護を二つ持つアレンは、それだけで単純に身体能力が高い。そこに天性の剣才が合わさり、大抵の相手を圧倒できてしまう。

だが、それは相手が人間ならば、の話だ。

「たとえばですけど……望まぬ形で弟をフルボッコにして泣かせて、こっちはメンタルガタガタで……」

「待て、どういう状況だ」

「泣かせた弟を探して昼食を食べ損ね、空腹でヘロヘロな状態で、五等級の 複尾持ち(ペイン・テール) と遭遇したとするじゃないですか」

「それはまさか、先月ウォルグに現れた……」

「手の中にあるのは、訓練用の木剣のみ。尚且つ母と弟を庇いながら戦わないといけない状況で、 呪魔(テルメア) に勝てるぐらい強くなりたいんですよ」

オズワルドが眉を限界までひそめて渋面を作る。

慎重で、事前準備を何よりも重んじるオズワルドなら、絶対に陥りたくない状況であろう。

「お前は剣の腕を磨く前に、そのような状況に陥らないよう事前準備と、自身の体調管理を徹底しろ。あと弟は大事にしろ」

言われなくても、アレンはいっぱい食べていっぱい寝て、弟を大事にしている。

聖騎士になった今は、 赫鋼(かくこう) の剣も与えられているので、訓練用の木剣で立ち向かう心配もない。

それでも思うのだ。

「俺はあの 呪魔(テルメア) に勝てなかった。英雄エルバート・ランドルフは勝った。それが現実です」

アレンは、自分や他者の動きを客観的かつ俯瞰的に見るという特技がある。

どのぐらいの距離なら攻撃が当たるか、自分の動きが相手にどう見えているか、そういうのが感覚的に分かるのだ。この特技が、彼を剣技の天才たらしめている。

だが、 呪魔(テルメア) 相手だとこの特技が活かしづらい、

様々な生物の特性を取り込む 呪魔(テルメア) は、アレンの想定外の動きをするからだ。

「……おそらくお前は、一対一の剣の勝負なら、ランドルフ団長にも勝てるだろう」

「そうですね。でも、 呪魔(テルメア) を誰よりも迅速に殺せるのは、ランドルフ団長です」

人間相手なら、関節の動きでできる動作が決まっている。ここまで避ければ届かない。ここが死角になる。ここを打たれると動けなくなる──というのがアレンには分かるのだ。

だが、 呪魔(テルメア) にはそれが通じない。

全身が感覚器官だから目の動きを読むのは無意味だし、攻撃を回避したと思いきや、変な所から 尾刺棘(ブラッド・テール) が生えてくる。とにかくこちらが想定できない動きが多い。

アレンにとって、 呪魔(テルメア) とは非常に戦いにくい相手なのだ。

「俺は人の動きはかなり正確に読めるけど、 呪魔(テルメア) の動きは読みにくい。だから、ここで 呪魔(テルメア) との戦い方を学びたいんです」

アレンの決意表明を、オズワルドは複雑そうな顔で、だが真剣に聞いていた。

オズワルドのそういう真面目さが好きなので、こうしてわざわざ訓練を頼んでいるのだ。

「そうだ、オズさん。今から 呪魔(テルメア) の気持ちになって 呪魔(テルメア) っぽい動きをしてみてください。こう、ウニョっと」

「……お前は、俺相手ならどんな無茶を言っても許されると思っていないか? まったく、話を聞けば聞くほど、俺はお前の弟に同情する」

「オズさんは良い人ですね。テオのこと、気にかけてくれる」

テオを気にかけてくれる人は、アレンにとって大体良い人である。

オズワルドは不服そうに唇を曲げた。

「……別に気にかけているわけじゃない」

「またまたー、良い子でしょう、俺の弟。賢いし勇気があるし気が利くし、地元じゃ気の利くチビと評判で……」

弟語りを始めようとしたアレンは、建物の影からこちらに近づいてくる人影を見つけ、口を閉ざした。

年齢は十代前半、テオと同じぐらいだろうか? 癖の強い黒髪の少年だ。少し遅れてオズワルドも少年に気づいた。

アレンはてっきり、その少年はオズワルドに用があるのだと思っていたのだが、少年の目は真っ直ぐにアレンを見ている。

少年は声も高らかに宣言した。

「アレン・ローレンス! 俺と勝負しろ!」