軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【14】テオの英雄

呪い憑き(カースド) となった人々の救助は、鉱夫達が率先して行ったため、テオにできることはない。なので、テオは走って街に戻り、灰色騎士ベリルの姿を探した。

パラパラと降っていた雨はほとんど止み、通りには人の姿がまばらに見える。

ベリルの砂色の髪や褐色の肌、巻きスカート風に改造した灰色の制服は、それなりに目立つのだが、街中には見当たらない。

(もしかしたら、アレンと一緒にいるのかも)

「テオ!」

背後でテオを呼ぶ聞き慣れた声──アレンだ。先ほど決闘に使った木剣を抱えている。少し後ろには、苦しげに息を切らしているオリビアの姿もあった。

ただ、灰色騎士ベリルの姿はない。

「アレン、オリビア母さん、大変だ。炭鉱に 複尾持ち(ペイン・テール) が……」

その時、テオの視界の端を何かがかすめた。黒い影、それが二つ。

テオが「あ」と声を発するのと、アレンが動くのは同時だった。

アレンがテオを突き飛ばす。飛来した黒い影の一つはテオの眼前を通り抜け、近くの壁を抉った。

( 尾刺棘(ブラッド・テール) !)

そして、テオの視界を掠めたもう一つの 尾刺棘(ブラッド・テール) は──オリビアの脇腹に刺さっていた。

鮮血がパタパタと地に滴り、オリビアの体が地面に崩れ落ちる。

そんなオリビアに、 呪魔(テルメア) の 尾刺棘(ブラッド・テール) が呪いを流しこんだ。破れた衣類の隙間から見える皮膚が、赤黒く染まっていく。

尻餅をついたまま、テオは瞬時に理解した。

二本の 尾刺棘(ブラッド・テール) は、それぞれテオとオリビアを狙っていた。それに気づいたアレンは、苦渋の選択でテオを救ったのだ。

テオは 尾刺棘(ブラッド・テール) が飛んできた方角に目を向ける。

屋根の上に見えるのは、蛇の巨体を持つ 呪魔(テルメア) 。ただ、頭と体の一部が屋根の上に見えるだけで、その全貌までは見えない。体の大部分は、建物の影や路地に隠れているのだ。

路地からニョロリと伸びた尾は二股に分かれていて、それぞれの先端に 尾刺棘(ブラッド・テール) がある。

二つの 尾刺棘(ブラッド・テール) を持つ 複尾持ち(ペイン・テール) 。おそらく、先ほど炭鉱にいたものと同一個体だ。

(なんで、街の中に 呪魔(テルメア) が……!)

エルバートが炭鉱に潜り、複数ある入り口はカルラが見張っていたはずだ。それなのに、どうやってこんな短時間でエルバート達の目を掻い潜って、街まで辿り着いたというのか。

呪魔(テルメア) を観察していたテオは気づいた。 呪魔(テルメア) の表面が濡れているのだ。雨あがりなので分かりづらいが、至るところに濡れた体を引きずった跡がある。

(雨で濡れた? ……いや、もしかして水の流れる所から外に出たのか? ……そうか!)

炭鉱の厄介者と言えば、水とガス、そして 呪魔(テルメア) ──炭鉱で掘削作業をしていると地下水が湧いてくることがあるのだ。

大量の地下水は発掘の妨げとなるので、汲み上げ機を使って炭鉱の外に排水している。

おそらくあの 呪魔(テルメア) は、そこから脱出したのだ。本来はそのまま海に流されるところだが、途中で陸に上がり、こうして街に戻ってきた。

(あの 呪魔(テルメア) は、そんなことまで、できるのか)

今まで見てきた二等級以下の 呪魔(テルメア) とは、あまりにも身体能力が違いすぎる。

立ち尽くすテオの前で、アレンが木剣を構えた。

「無理だ、アレン! 訓練用の剣じゃ 呪魔(テルメア) を傷つけることはできない……!」

「…………」

テオが叫んでも、アレンは動じなかった。

恐怖で凍りついているわけではないのだろう。何故なら、ピリリと張り詰めた空気がアレンから伝わってくる。

次の瞬間、アレンの姿がテオの視界から消えた。

あっ、と思った瞬間にはアレンは 尾刺棘(ブラッド・テール) のそばに移動し、木剣を振り下ろしていた。

訓練用の木剣を幾ら振り回したところで、 呪魔(テルメア) を切断することはできない。だが、信じられないことに、アレンの木剣は 尾刺棘(ブラッド・テール) の半分ぐらいまで食い込んでいる。

オリビアに刺さっていた 尾刺棘(ブラッド・テール) がズルリと抜けた。

テオは咄嗟に駆け寄り、地面に崩れ落ちたオリビアを支える。

「オリビア母さんっ、しっかり……オリビア母さんっ!」

既にオリビアの右半身は、手の爪まで呪斑で赤黒く染まっていた。

(これが全身に回ったら……オリビア母さんが、 呪魔(テルメア) に……!!)

青ざめるテオに、アレンが木剣を構えて怒鳴る。

「テオ、母さんを連れて逃げろッ!」

アレンが 呪魔(テルメア) に突っ込む。訓練用の木剣だけを握りしめて。

「アレン! 無茶だ! アレン──っ!」

呪魔(テルメア) が二本の 尾刺棘(ブラッド・テール) をアレン目掛けて振り下ろす。アレンは冷静にそれを木剣で弾いた。

太い 尾刺棘(ブラッド・テール) の攻撃は、それなりに重さがあるはずだ。それなのに、アレンの腕はビクともしない。

本来、 呪魔(テルメア) を切断するには、純度の高い 赫鋼(かくこう) の剣がいる。それをアレンは木剣一本で凌いでいた。

──改めて、思い知る。

アレンは本当に強い。おそらく、テオが知っているよりもずっと、ずっと。

普段の訓練はテオに合わせていただけで、本気になれば彼は、テオを片手でいなすこともできたのだろう。

(ほら、やっぱり、アレンはすごいんだ…… 赫鋼(かくこう) の剣さえあれば、あの巨大な 呪魔(テルメア) にだって負けないのに!)

呪魔(テルメア) は 尾刺棘(ブラッド・テール) でアレンではなく木剣を狙った。太い針が木剣に深々と刺さり、そこから更に亀裂が走る。パキッと軽い音を立てて、木剣が砕け散った。

尾刺棘(ブラッド・テール) の針が、無防備になったアレンを狙う。アレンは高い身体能力で、一本目の 尾刺棘(ブラッド・テール) をかわした。

だが、隙を狙っていた二本目の 尾刺棘(ブラッド・テール) が、バランスを崩したアレンの胴を狙う。

テオは無我夢中で飛び出した。

「アレン──!!」

こんなところで、アレンを死なせるものか。

アレンはテオの大事な幼馴染で、親友で、家族で……この街でただ一人、テオを見つけてくれた人なのだ。

テオにとってエルバートは憧れの英雄だけど、アレンだって、そうなのだ。

(アレンは、僕の英雄なんだ)

叶うなら、その英雄を支えられる相棒でありたかった。

聖騎士になって、胸を張ってローレンス性を名乗って、アレンの家族でもあり、相棒でもある、そんな存在になりたかった。

アレンの前に飛び出したテオの胸を、 尾刺棘(ブラッド・テール) がブスリと貫く。

その太く鋭い針は肉を穿ち、骨をすり抜け、心臓に届こうとしていた。

「テオ──っ!!」

激痛の中、アレンの叫びを聞いて、テオは場違いなほどホッとした。

だって、アレンはちゃんとテオの名前を呼んでくれる。きっと、忘れないでいてくれる。

この街が覚えてくれないテオのことを、テオの英雄は覚えていてくれる。

* * *

炭鉱の周辺を、背中から赤黒い羽を生やした少女が飛び回り、巡回していた。サラサラと風に揺れるのは、艶のない真っ白な髪。坑道を見据える目は深い赤。

背中からは蝙蝠に似た羽が広がり、その手には大鎌が握られている。

羽を生やした少女──灰色騎士のカルラは、こうして飛び回ることで、複数ある坑道の穴全てを警戒していた。

現在、大型 呪魔(テルメア) 討伐のため、聖騎士エルバートが坑道に潜っている。

ただし、坑道は迷路のようになっていて、敵が別の穴から外に出てくる可能性もあった。そのための見張りがカルラだ。

カルラの武器は、顕現した大鎌と蝙蝠に似た羽である。この羽で飛び回り、大鎌で敵を切り裂くのがカルラの戦い方だ。

ただし、カルラは肉体強化が得意ではないので、今回のように大型の 呪魔(テルメア) だと苦戦する。 呪魔(テルメア) は、とにかく体積を減らさないと殺せないからだ。

呪魔(テルメア) との戦闘は一撃で切断、もしくは爆破するのが理想である。カルラの腕力だと、あの大きさの 呪魔(テルメア) を一撃で切断はできない。

更に言うなら、坑道のような狭い場所だと、飛行能力と機動力が活かせない──今回の大型 呪魔(テルメア) は、とにかくカルラと相性が悪かった。だからこそ、エルバートはカルラを坑道には入れず、見張りにしたのだろう。

炭鉱を見下ろすカルラは、ボンヤリとした表情をしているが、警戒と索敵の手を緩めることはない。戦闘が始まれば、きちんと 呪魔(テルメア) に意識を向けられる。

ただ、その日のカルラは少しだけ、本当に少しだけ、その意識を避難した人間に向けていた。

思い出すのは、一緒に仮面を探してくれた男の子。ちょっと気の強そうな顔立ち、金髪、三つ編み。

差し出された優しさと言葉が、不思議とカルラの胸をくすぐる。

思い出に揺蕩うカルラに、あの少年は言ってくれた。

『君にそんな風に思ってもらえる奴は、幸せだな』

そうなのかな、そうだと嬉しいな──と、あの時のカルラは思ったのだ。

(あの人、ちゃんと街まで逃げられた……かな)

少年が気になったカルラは、坑道の出口だけに向けていた意識をほんの少し街に向けた。

それ故、誰よりも早く気づいた。

丘の上の炭鉱街、その建物の合間に見える黒い影に。

(街には、あの人が……)

葛藤は一瞬。カルラは大鎌の柄をきつく握りしめ、街に向かって飛翔した。