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令嬢は気付かない、完璧貴公子の拗らせた初恋に

作者: 満原こもじ

本文

ティプトフト家というのはワロキア王国建国時から続く名家です。

現在の御当主は伯爵に叙されていて。

嫡男ロダリク様はルックスが最高級というだけでなくとても優秀で、にも拘らず浮ついたところのない、貴族学校でも評判の貴公子なのです。

わたしも密かに憧れておりました。

お父様から何でもないように話しかけられました。

「コーティ、婚約の打診が来たぞ」

「まあ、嬉しいことですね。どこのどなたからですか?」

「ティプトフト伯爵家嫡男のロダリク君からだ」

「えっ……」

ロダリク様から婚約の打診?

一大事ではないですか。

お父様ったらテンションが普通だものですから、衝撃が来るまで間がありましたよ。

しかし何ゆえでしょう?

うちは新興の男爵家に過ぎません。

わたしは特別優秀などということもない、普通の女の子です。

ロダリク様と釣り合ってるのは年齢だけなのですが。

「ティプトフト伯爵家って、全くの家格違いではないですか。どうしてなのです?」

「さあ? ロダリク君の希望だそうだが」

「ええ?」

うちセルデン男爵家は元々商家です。

薬草というちょっと毛色の変わった商材をメインで扱っていますので陛下の信頼も厚く、男爵に叙されたという経緯があります。

その辺りの思惑でセルデン男爵家と縁を持ちたいのかと思いました。

ロダリク様の希望なら、そういうことではないような?

ロダリク様はとても親切な殿方でもあります。

貴族学校で重い荷物を運んでいた時に手伝ってくださったこともありますし、勉強のわからないところを教えてくれたこともあります。

……あれっ? 考えてみるとわたし、不自然なくらいロダリク様と話す機会がありますね?

「コーティはいい子だ。自慢の娘ではあるが、ティプトフト伯爵家嫡男との婚約話なんてのはちょっとない話だと思う」

「お父様のほうから理由はわかりますか?」

「ティプトフト伯爵家は一〇年ほど前に、爵位返上を噂されたほど経営に行き詰まったことがあるんだ。だから商家と組みたいという考えはわからなくない。しかし現在は持ち直しているし、商業に強い貴族家は多い。正直遥か格下のセルデン男爵家に話を持ちかけるというのは理解の外だな」

「ですよね」

「逆にコーティに心当たりはないか? ロダリク君とは同学年なのだろう?」

「気の利いた素敵な令息だなあ、としか」

どうもわたしがロダリク様に気に入られているみたい?

嬉しいですけれども、何故にわたし?

うちより家格が上で、もっと美人で可愛らしい令嬢はたくさんいますよ?

「まあいい話には違いない。格下のうちから断ることはない。まず二人で顔合わせしたいとのことだ」

「二人でですか?」

これも変ですね?

ロダリク様とは同じクラスですし、比較的よく話すほうだと思います。

家族との顔合わせを優先すべきなのでは?

「次の貴族学校の休みの日にティプトフト伯爵家邸だ」

「わかりました。行ってまいります」

先方の考え方がわかるかもしれませんね。

何と言ってもロダリク様と気がねなくゆっくり話せる機会というのは初めてです。

顔合わせが楽しみですねえ。

――――――――――顔合わせの日、ティプトフト伯爵家邸にて。ロダリク視点。

一〇年前のティプトフト伯爵家なんて、本当にひどいものだった。

名門伯爵家であるという見栄ばかりが肥え太って借金を重ねて。

そこへ飢饉が直撃した。

それでもセレブ意識の抜けない爺上を当主から引きずりおろし、父上が家と爵位を継いで。

東奔西走して経営を立て直した父上母上を、僕は本当に尊敬している。

貴族は偉そうにすればいいというものではない。

良き領主であり、陛下の良き臣たることがあるべき姿なのだ。

僕は父上母上の背中を見てそれを理解した。

しかし実際問題として僕は放っておかれた。

両親の邪魔をすることは許されなかったから。

思い出しても辛い時代だが、あの経験があるから今の僕があるとも言える。

六歳年下の弟は当時のことを話でしか知らないはずだ。

あの頃は骨を煮たスープに野菜クズと草を入れたものばかり食べてたなあ。

たまに鶏卵が入っていると御馳走だった。

年を経て孤児院に慰問に行った際、昔の僕よりいいもの食べていると苦笑したことがあるくらい。

そんな苦しかった時、あの子に出会ったんだ。

何もやることがなく、構ってくれる者もいなかった僕は、王都の中央公園にいるのが好きだった。

大道芸とか合唱とか似顔絵描きとかのパフォーマンスも、露店や蚤の市の値切り交渉も、とにかく人間活動というものを見ているのが楽しみだったんだ。

使用人の数もギリギリまで減らしていたから僕は一人だったけど、憲兵には言ってあったみたい。

さりげなく僕をチェックしてくれていたと、後になって聞いた。

「どうかしたのですか?」

「えっ?」

同い年くらいの女の子が僕に話しかけてきたんだ。

ちょっとビックリした。

「さびしそうなかおをしていたので」

「そうだったか。はなしかけてくれてありがとう」

その子はニッコリした。

従者がいたから貴族の令嬢だろうなと思った。

僕は確かに怪しかったんだけど、服だけは質のいいものを着ていたから、従者も僕と話をさせて問題ないと考えたんじゃないかな。

「おべんとうをもってきたのです」

「おいしそうだね」

「えへへ、わたしがつくったのですよ」

「えっ、すごい!」

年齢も年齢だし、貴族の令嬢は料理なんかしないものだから、素直に驚いた。

「どうぞ」

「いいの? いただきます。おいしい!」

そりゃあその頃いつも食べてたものに比べれば美味いに決まってる。

でもそういうことじゃなくて、心の温もりを感じたんだ。

僕に足りていなかったものだから。

彼女とはその後も公園でよく会った。

そのたびにお弁当を食べさせてもらった。

記憶の中にある彼女のお弁当は、どんな料理よりも極上だ。

色褪せない思い出。

お喋りな彼女は色々なことを話してくれた。

名をコーティ・セルデンという男爵家の令嬢であること。

料理が趣味で、お弁当を持って出かけることが好きであること。

領地では薬草やハーブをたくさん栽培していて、シーズンになると素朴な花が奇麗であること等々。

僕はもっぱら聞き役だった。

コーティの話してくれることはいつだって新鮮だった。

それらは僕の心象風景に彩りを加えてくれたんだ。

僕が自棄にならず捻くれもせず苦しい時期を乗り越えることができたのは、コーティのおかげと言っていい。

「ロダリク、今まで放置していてすまなかった。ようやく目処がついた。領に帰るぞ」

別れは突然だった。

急に領に帰ることになったんだ。

コーティに別れの挨拶もできなかった。

あれから何度もお弁当を作ってきてくれていたのかなあと思うと、すごく胸が痛い。

それから八年後、一四歳になる年に僕は王都に戻ってきた。

貴族学校に入学するから。

入学者名簿でコーティ・セルデンの名を探した。

あった、やはり同い年だ!

胸が高鳴った。

入学後にコーティに会って。

あの和む微笑みは全然変わらないなあと安心した。

ただ僕のことはわからないようだった。

そりゃそうだ。

かなり身長が伸び、貴族令息らしい格好つけたスマイルを顔に張りつけるようになったもの。

大体僕名乗ってなかったもんな。

僕はずっと聞き役ってこともあったし、ティプトフト家の財政が火の車というのは知れたことだったから、自分について話すのは恥ずかしかったということもある。

僕も年齢的に婚約どうするという話も出てくるわけで。

両親にこうこうこういうわけだから、コーティがいいとハッキリ言った。

まあ通ると思ってはいなかった。

経営がまともになったところだったから、いい家から僕の婚約者をもらって勢いをつけたいだろうと思ったから。

しかし……。

「素敵なエピソードね。いいんじゃないかしら?」

「うむ。コーティ・セルデン男爵令嬢か。調査させよう」

あにはからんや、両親ともに賛成してくれる気配だった。

いや、うちまだ金がないから、高い家格の家から婚約者をもらって贅沢な暮らしを期待されても困るということだったみたい。

商家上がりの男爵家の娘ならしっかりしているだろうと。

状況が思わぬ味方をしてくれた。

そして今日、婚約前提の顔合わせとなったが……。

どうやら来たようだ。

「お招きに与りましてありがとうございます」

「やあ、いらっしゃい。コーティ嬢」

珍しく笑顔が硬いな?

ちょっと不謹慎なおかしみを覚える。

僕のほうから話を振るべきかな?

「今日来てくれたってことは、僕との婚約を前向きに考えてくれているという理解でいいかな?」

「はい、そのことなのですけれども、どうしてわたしなのでしょうか? わたしは男爵家の娘でしかありません。ロダリク様とティプトフト伯爵家の考え方を伺いたく思いまして」

うん、完全に想定内の質問だ。

格上ティプトフト伯爵家との婚約話なのに、迂闊に食いついてこない姿勢に好感が持てる。

さすがにコーティとセルデン男爵家だ。

「うちティプトフト伯爵家は一〇年ほど前、経済的にすごく苦しい時期があったんだ。知ってたかな?」

「少しだけでしたら」

「当時助けてくれなくて今になって掌を返す貴族家が多い。慎重な姿勢を非難することはできないけれど、やはりそういう家を信用はできないから」

「ああ、わかりますね」

「セルデン男爵家は商業メインと言っても、薬草で堅実な商売をしているだろう? 見習うべきところが多いと、両親ともに考えているのさ」

「セルデン男爵家を評価してくださっていたのですか」

「もちろんコーティ嬢が温和な淑女で、気安く話せるということもあるけれども」

「まあ、ロダリク様ったら」

やあ、いつもの柔らかい笑顔だな。

今のはあらかじめ作ってあった模範解答だ。

コーティはこういう理由なら納得してくれるだろう。

本当の理由は僕自身が幼い時に救ってもらったからだ。

そして礼も別れも言えずにいきなりコーティの前から去らざるを得なかったことに対する贖罪、という意味もある。

僕にとって何より重要な理由であり負債でもあるが、今はまだコーティには言えない。

昔のことはお気になさらず、婚約の件は辞退させていただきますと、コーティは言うに違いないから。

そういう令嬢だから僕は好きなのだ。

「セルデン男爵家領ではハーブもたくさん作っているんだろう?」

「御存じでしたか。薬草栽培はある程度知られているのですけれど、ハーブが話題に出ると思いませんでした」

「ハハッ、調べさせているからね」

本当はコーティ、君に直接聞いたことだよ。

ハーブの花期はとっても見ものなんだろう?

「わたし、ピクニックが好きなのですよ」

「うん、知ってる。コーティ嬢は弁当を作るのが得意だとか」

「ええ? 調査力がすごいです」

実際に君に食べさせてもらったことがあるんだよ。

あれはとてもおいしかった。

コーティ、いい笑顔だね。

婚約は問題なく成立となるだろう。

今日のノルマは達成だ。

「今度ピクニックへ行こうじゃないか。王都郊外の貯水池のスイレンがそろそろ見頃だって聞いたよ」

「いいですね。腕によりをかけてお弁当を作っていきますよ」

「期待してる」

ああコーティ、早く君と親しくなりたい。

何でも言い合えるようになりたいんだ。

そして君に白状したい。

昔君の優しさに触れて以来、ずっと感謝しているということと。

僕の心にはずっと君が住んでいるのだということを。