軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九百五十五話 女神を見よう

◎由比浜邸地下 ユッコネエグレートキャットカテドラルミニ 地下庭園

「粗茶ですが」

「ほぅ。これはあちらのものじゃな。それも一級品の……うむ、旨い」

風音が颯爽と出したお茶を菊那が飲んでいる。

それは、元々ミンシアナ王家に献上されていたものを風音がゆっこ姉からもらったものであった。

風音は水晶化保存で特に保存状態にこだわる必要がないため、これ以外にも相当な量の食料品をため込んでいた。

「それに地下だというのに、まるで地上にいるかのような明るさじゃの。中心にあるふたつの若木はなんじゃ? 恐ろしく清浄な魔力を感じるし、土が水晶のようにキラキラしておる」

「あれは生命樹と知恵の樹だね。今は弓花が育ててるけど、特殊なポーションとかを造るための素材が取れるんだよ」

「それは……宗教論争を起こしそうじゃの」

菊那が少しばかり目を細める。

「ただ、こっちに来てから水珠が使えなくなっちゃってね。普通のお水をあげても成長しないから、今は扇のお爺ちゃんにあの木が満足できる水を探してもらってるところなんだよ」

風音がそう返す。

実は水珠や温泉珠、それにエミリィの所有する無限の爆裂矢筒などのように転移によりいずこかから物質を取り出す魔法具はこちらに来てから使えなくなっていた。

転移先がアナザーワールドのどこかであったらしく、世界同士が閉じているか、元々別の世界では使えなかったのか、ともあれ使用は不可となっていたのだ。

「ここはユッコネエがゴロゴロできるスペースとして造ったんだけど、思ったよりも良い感じだね」

風音が自画自賛をするが、実際にそう口にするだけの価値は確かにその場にあった。中心に暖かい波動を放つふたつの木がある、光溢れる水晶に囲まれた庭園。その光景は確かに素晴らしいものだと菊那は感じていた。

「それにしても達良くん、戻ってこないね」

それから風音が、天井を見ながら呟いた。

会って早々に泣き出してしまった達良は、少し心を落ち着けてくると言って外に出ていってしまったのだ。なお、分身風音は一緒に出ていった。こちらはゲームをしに部屋に戻っていただけである。

「少し待て。アレはそなたが想像しているよりも今は脆い男なのじゃ。最近は落ち着いてきたが情緒は未だに不安定……いや、今回の場合は正常な反応なのかもしれんが」

「不安定?」

風音が首を傾げる。風音の知る達良という男は、コミュ障に見えて妙に人との付き合いが広く、また人前ではオドオドしているものの、リーダーとしての適性も高い人物であるはずだった。そして、ソレはこの世界の達良であっても同じだろうと風音が認識していた。

「うむ。本質的にあの男は強い。じゃが、今は自らの力と精神を乗りこなすことに苦労しておる。最近は落ちつきを取り戻せておるが、まだ安定してるとは言い難い」

「それって、どういうこと?」

風音の問いに、菊那が「考えても見るのじゃ」と返す。

「ただの人の身に、かつての英雄王の魂が宿り、そこに亡くなった数百の魂までもが封印されたのじゃぞ。 創造神(たつよし) 様はアレを自らと同等の存在と信じたのじゃろうが、普通に考えれば明らかにやり過ぎじゃ。負荷が強すぎて人格崩壊を起こしかけておった」

「それは……まあ」

菊那の言葉に風音は少なからず動揺した。それは達良ならばなんとかするだろうという絶対的な信頼から来ていたものだが、人間に求めるには大きすぎるものをあの達良が背負っていた。

「アレは、確かに 創造神(たつよし) 様とほとんど同一人物ではある。じゃが魂の強度はかつての世界に比べて弱い。世界を分断した結果、それぞれの世界の魂はかつてのひとつであった地球に比べれば薄まった。だからこそプレイヤーは悪魔の天敵でもあるのじゃがな」

「それじゃあ今の達良くんは危険な状態なの?」

風音が眉をひそめて心配そうな顔をする。だが、菊那は「安心せい」と返した。

「三年前のあやつは、それはもうひどい有様じゃった。妾たちが保護していなければ今頃どうなっていたか分からんほどにな。けれども、アレも今は持て余していた力の制御も徐々にできるようになっておる。そなたも夢でアレと会ったじゃろう。そういうことができるだけの力を操れるのじゃ」

「そっか。だったら良いけど……達良くんも相当苦労してたんだね」

「そうじゃな。まともに制御するのに二年がかかった。そなたらとは違い、アレにはゼクシアエミュレーターなる制御術式もないから、己だけで為す必要があったのじゃ。そうして力を付けながらアレは、ずっとそなたらを待ち続けておった」

「それは、こちらの世界の私たちの魂を、あちらの世界に飛ばされたオリジナルの世界の私たちの魂に融合させるため……なんだよね」

「そうじゃな。かつてお前たちを取り込んだ悪魔の力を利用したゼクシアエミュレーター。それを利用すれば、こちらで死んだ友人たちにも第二の人生を歩ませられる。救えるのだと、アレはずっとそう願い続けておったよ。友人を救うために。同時に同一人物とは言え、死者の魂の器として使われるお前たちに心を砕いてもいた。ずっとソレがあの男にとっては負担だったんじゃろうな。そなたらが来た日から達良はしばらく不安定じゃった。会うのを怖がっておった。それで、結局一週間ほど悩んでから土産を探してから行くことにしたようじゃな」

それが、達良がここまで風音たちの前に姿を現さなかった理由であった。

◎東京都 由比浜邸近辺 第五公園

「ああ、やっちゃった」

そして、ひとり外に出た達良は近くの公園で黄昏れていた。

ゼクシアハーツの悪魔事件が反映されて起きた三年前の事件で死んだ者の魂を吸収し、達良は今や悪魔の一種となっていた。だが、同時にその制御には多大な負荷がかかっており、情緒が不安定になりやすいのだ。

取り込んだ 英雄王(たつよし) の魂に自我が圧倒され、何度も己を消失しそうにもなっていた。死者の魂に揺さぶられ、それを 英雄王(たつよし) の魂に救われてもいた。

少なくとも 英雄王(たつよし) は己を乗っ取るつもりはないようだとは分かるが、その心根にあるのは仲間たちへの贖罪の意志。それが達良の心をひどく落ち着かないものにしていたし、絶望に犯され、何度となく死にたくもなっていた。

だから、その経験もあって、達良は己とオリジナル達良は明確に違うと認識していた。或いは 英雄王(たつよし) が己の逃避のために、そう思いこんでいるだけの可能性を考えてもいたが。

「まったく、心が震えすぎてる。けど、落ち着いてきた。多分、風音の言葉で 英雄王(あいつ) も救われたのかもしれないな」

そう達良は口にする。この世界は、 英雄王(たつよし) が望んだものだけが手に入らなかった世界だ。故に達良が力の制御に苦労しているのは、 英雄王(たつよし) の情緒が不安定だから……ということでもあった。

「ま、気持ちは分かるよ。結局、失敗したアンタは誰かに許しが欲しかったんだ。気持ちは分かる。分からされている。だから同情はするし、僕自身が後始末もする。ああ、そうだ。結果として弓花ちゃんは助けられた。それだけでも僕は……」

「私が何だって?」

「え?」

次の瞬間にパンチが飛んで、小太りが飛んだ。

「ブッフゥゥウウウウウ」

達良の身体が回転して宙を舞い、そのまま弧を描きながら公園の砂場にドスンと落ちた。それから達良が「何事?」という顔をしながら身体を起き上がらせて、自分を殴った相手を見た。

「え、なんで?」

達良が驚きの顔をする。そこにいたのは、彼がこれまでもっとも会いたかった人物だ。 自分という人間(ニート) を 現実に救って(社会復帰させて) くれたことで、達良の中でもっとも大きな存在となった人物だった。

その名は立木弓花。だが、達良の片思いの相手は、鬼の形相で先ほどまで達良がいた場所に立っていた。

「いや、その。ゆ、弓花ちゃん。お久し……」

「あんたねえ。よくもまあ、私の前に顔見せられたわね」

ドスンドスンと弓花が進んでいく。その一歩で公園の木々から鳥たちが飛び立ち、続く一歩で付近の家々から犬の遠吠えが聞こえ、達良の前に辿り着いたときには周囲から音が消えていた。それから見下ろす弓花に達良が恐る恐る口を開く。

「顔を見せたって……その、どうしてここに?」

「風音からアンタが来てるってメールがあったのよ。で、急いできたらアンタが黄昏れてた」

「ああ、その……怒ってるの? 弓花ちゃん?」

達良の問いに弓花が「当然でしょ」と吠えた。

そう、弓花は怒っていたのだ。目の前の、三年前に突然どこかに姿を消していた人物に対して。

「私、言ったわよね。仕事が欲しいならお父さんのところを紹介してあげるけど、勝手に辞めたりはしないでって」

「いや、それは……色々あって」

その言葉で、達良の頭から色々なことがすっ飛んだ。

風音と違って、弓花は達良の境遇やここまでの事情など知らない。風音は弓花に真実を話していないし、当然夢のことも説明していない。だから弓花にとって今の達良は、自分が父親に仕事を紹介したにも関わらず逃げ出した小太りニートであった。

「達良、アンタの事情なんて知らないわよ。私が死んだからって何をついでに仕事バックれてんのよ。アンタのせいで私のお父さんとお母さんがアンタを心配して泣いてんのよ。それにアンタ、自分のお父さんやお母さんにもほとんど連絡してないでしょ。なんで、そう心配かけるのよ。生きてるんだから声ぐらいはかけられるでしょ。そういう自分本位なのがね。一番みんなを傷付けるのよ。分かってる?」

その言葉に達良が唸る。

事情はあった。この三年の苦労は本物だった。

だが、自分のことだけに精一杯で、周囲を蔑ろにしてきたこともまた事実だ。世界の裏側を知り、友人たちの死を背負い、強大な力も手に入れて、達良はどこか己が達観しているような気になっていた。世界から外れて、孤独になったように感じていた。

しかし、弓花はお前が回りを見ろと言ったのだ。

「私たちが死んだと思ってショックだったんでしょ。悪かったわよ。うん、それはね。私も悪い」

「違う。それは僕が悪くて」

「ほいほい謝るなッ」

「……はい」

その怒号に、達良がシュンとなる。

「だけどね。生きてる人を無視すんな。みんな辛いのに、それを分からずにひとり逃げてんなバカ」

「ああ……そうだね。うん。その通りだ」

まったく、その通りだと達良は思う。

達良は、弓花を生き返らせることには成功した。だが、それを為すために進んできたここまでの間に、達良は色々なものを切り捨ててしまった。

己は被害者だという意識を免罪符に、差し伸べてくれた手を振り払って悲劇の主人公を気取っていた。 英雄王(たつよし) を蔑みながら、自分こそ人として大切なものを自ら捨てていたことを弓花に気付かされた。

そう察して、達良の瞳からは涙が溢れだした。

自分は目の前の少女を救えたというのに、その横にいるための居場所を自ら捨てていたのだ。それが何よりも悲しいことだと彼はようやく気付いた。

そして俯く達良に、弓花は呆れた顔をしたまま「で、どうする?」と尋ねる。その言葉を聞いた達良が不思議そうな顔をして問い返す。

「どうするって?」

涙声の達良に、弓花は肩をすくめながら続きを口にする。

「ハァ。だって、アンタ戻ってきたじゃない。そもそも私たちのせいでショック受けちゃって逃げたって聞いてるし」

「ちょっと違うけど……いや、間違ってはいないかもしれないけど」

「それでアンタは、今度は私たちが生きてるって聞いて戻ってきたんでしょ。まあ、強くは言っちゃったけど、私も生きてたんだしさ。その……負い目もあるわけよ。ちょっとはね」

少しばかりバツの悪そうな顔をしている弓花に、達良がキョトンとした顔をしている。その達良に弓花が言う。

「ね。私のせいのまま、それを見過ごしておくのも後味が悪いしさ。お父さんところでまた働きたいんなら、一緒に謝ってあげてもいいわよ。あんたが望むなら……だけど?」

「そんな。弓花ちゃんに謝らせるなんて……それに僕はさんざん迷惑をかけて……ああ、でも。それでも」

そう言って、再び顔を落とす達良に弓花が「ウジウジしない」と口にする。

「私が聞きたいのは、そういうことじゃないの。謝るの? 謝らないの? アンタ自身がどうしたいのかを言いなさい。ハッキリと」

その言葉に達良が顔を上げた。気持ちだけなら決まっている。

「うん。戻りたい。戻りたいよ。あの頃に。僕はずっと、それだけを願っていたんだから」

それはオリジナルの剣井達良が目指したものでもあった。

アナザーワールドで人生を終えた達良は、己の人生には満足して逝った。だが死後に存在を神に昇華された後、世界を造る手段があると知ったときに彼はイフの未来を望んだ。

あの悪魔の事件がなかった未来というイフ。それは、みんなが何事もない日常を過ごしていく世界だ。達良が望んだのはそういう世界だった。

だが、三年前に事件が起きた。過去の因果は 英雄王(たつよし) の夢を悪夢へと変えてしまった。 英雄王(たつよし) は、そこが望んだもの『だけ』がこぼれ落ちた世界だと知り、絶望した。

だが、そうではないかもしれない……と今、達良は思った。まだ取り戻せるかもしれないと。それから達良の言葉に満足した弓花がうんうんと頷きながら笑う。

「なら、良し。だったら私も一緒に土下座でもなんでもしてあげるわよ。しょうがないしね。うん。私のは師匠譲りの土下座だから半端ないわよ」

その言葉を聞いて、達良は弓花の師匠がよく土下座をする人だと知った。そのことが妙におかしくて、達良は笑い、弓花が「なんで笑うかなぁ」と口を尖らせた。

そんなやり取りこそが達良がもっとも望んでいたものだった。

同時に、本当に自分はこの 娘(こ) が好きなんだと実感した。

それから弓花の顔を見て達良の心が高鳴った。気持ちが高揚していくのを感じていた。

達良にとって風音たちゲーム仲間も大切な存在だが、本当に大事なものは目の前の少女だった。再び出会うために達良は耐えてこれた。

だから、その少女に達良は今ならば言えるような気がした。それはオリジナルの達良も、この世界の達良も為せなかったことだ。

達良は勇気を振り絞って口を開く。己の中にいる 英雄王(たつよし) も背中を押してくれていると達良は確かに感じていた。

「弓花ちゃん」

「何?」

訝しげな顔をした弓花に、達良が勇気を振り絞って告白をする。

「僕ね。弓花ちゃんのことが好きなんだよ」

そして、その言葉を受けて弓花は……

「私は嫌いよ」

「で、ですよね」

戸惑いも躊躇もなく瞬殺した。

自分にもどちらの両親にも迷惑をかけて、三年間行方不明になっていた小太りの言葉である。そんな男に温情をかけることはあっても靡くことなどあり得ない。弓花はブレない女なのだ。

一時の昂揚で思わず口にしてしまったが、ルート選択を間違い続けた挙げ句の告白でフラグが成立するわけもなく、そんな当たり前に何故気付けなかったのかと思いながら、達良はその場で撃沈されたのであった。