作品タイトル不明
第九百四十三話 決意を語ろう
「ま、まあ……予期せぬ事態にはなったがな。今弓花の家に近付いたのは陸自の部隊だ。一応、止めてはいたんだが抑えきれなかったようだな」
「……物騒な」
それを 僕(しもべ) 一体で制圧して、大の大人三人を心底ビビらせた友人を持つチンチクリンが憤慨していた。
その様子に扇がどこか腑に落ちない思いにかられながらも話を続けていく。
「三年前の事件以降、国内では軍拡化の動きが高まっている。だから、お前たちだけでやり合ったとなれば後々面倒になる。ウチに任せてもらえれば適切に処理するさ」
「うん。国に喧嘩売るつもりはないし、それはお願いする」
風音もフューチャーズウォーのエネミーとの戦闘経験から銃火器を持った武装集団の対処にも慣れてはいる。だが、そもそも日本という国の戦力を相手に戦うべきではないのだ。だから、落としどころを用意してくれる扇という存在は非常にありがたかった。
「ああ、任されたさ。だが、今後はどうなるか分からない。お前たちがフリーであると知れれば、様々な連中が動くのは間違いない。ワシらが得られるレベルの情報はいずれ他でも手に入るだろう。今後、時間が経てば経つほどに周囲の手と目は増えていくはずだ」
「ふん。まあ、脅しではないだろうな」
扇の言葉をカルラ王が認めた。
狙われるのは風音たちに直接とは限らないのだ。弱い部分を攻めるのは戦いの常道であり、その弱い部分とは風音たちの家族であった。
「場合によってはあちらに所属するのもお前たちにとっては選択のひとつではある。だがワシらの元にいる方が、互いにとってもっとも益のあることだと思う」
その言葉にカルラ王が目を細めるが、扇の表情は崩れない。
「別に形の上だけで構わん。ただ首輪が付いていると……そう相手には理解させておかないと色々と面倒なことになるのはお前たちにも分かるはずだ」
その扇の言葉に、小林と太田が驚きの表情を見せた。実際のところ、プレイヤーに課せられた制限は少なくない。何しろ個人が持つには危険すぎる力を有している者たちだ。だが、それを無視して『形の上で』と扇が口にしたのは、彼らが知る限りでは初めてのことであった。
「まあ、確かにそれがいいのかもしれないけど。別に私は日本に喧嘩を売るつもりはないし、仲良くやっていきたいしね」
「ないのか」
カルラ王が残念そうな顔をしている。何を期待していたのだろうかと風音は思ったが、そもそも風音はいずれあちらの世界に戻るつもりだ。その後も往き来はするつもりだからこちらにも地盤は欲しいが、今後こちらで何かをする予定はまだなかった。
その風音の返答に手応えを感じた扇が、さらに話を続けていく。
「それにお前たちのカバーストーリーもすでに用意はしてある」
「む?」
「事件による重傷で、身元の判別も付かなくて長期療養していた……という建前はすでにこちらで準備を進めている。診断書諸々も用意できるから社会復帰も難しくはない。アナザーワールドのお嬢さん方の身分も用意させる。ウチに来た連中は実際そうして生活しているからな。そう不自由はさせていないはずだ」
その言葉を聞いて風音が少し考える。
国家機関認定でその手のことを用意してくれるなら、それは願ったり叶ったりな話だ。ついでにこちらに残る予定のオーリの就職先が決まれば言うこともない。だが、あまりにも都合が良い話過ぎるのも事実だった。
だから風音は少しだけ眉をひそめながら扇に尋ねる。
「それで、所属したことで何かやることとかはあるんだよね?」
「そうだな。小林や太田を見れば分かると思うが、彼らにはあちらから来たプレイヤーの捜索とスカウト、それとアナザーワールド産の代物の探索をしてもらっている。太田、例の人形を出してやれ」
「はい」
太田がアイテムボックスから、水晶のムキムキ男の人形を取り出してテーブルに置くと風音が「あっ」と声を上げた。
「私の 斧釜(おのかま) 男子フィギュアだ」
「ああ、そうらしいな。よほど気に入ってたみたいで、回収に100万ほどかかった」
太田がゲッソリとした顔でそう返す。それは風音が上野でJINJIN似の女性に売った 斧釜(おのかま) 男子フィギュアであった。それを太田は回収していたのである。
「アナザーワールド産のアイテムは基本的には、外には出さない方針なんだ。こうして丁寧に買い取ることもあれば、場合によっては強硬手段を取る場合もある」
「呪いのアイテムなんて、珍妙なものが暗殺に使われたこともあるからな。ワシらはそういうのを集めて回っている。だからお前たちの所持しているアイテムを売りに出すなら、こちらを通してからという形にしてくれ。まあ、先ほどの金銀財宝を換金できるほどの財はないがな。そもそもあんな大粒の宝石は表に流せん」
扇が溜め息をつきながらそう口にした。
「うーん。そうなると秋葉原で色々とぶっ壊した弁償金が払えないよ」
「そいつについては……まあ、こちらで処理しておくさ。気に病むなら、それこそ換金した額をそのまま流すでもいいさ」
風音が「なるほど」と返した。
「それとさっきも言ったが、うちはダンジョンを保有している。あちらでいう魔素は少ないから育ってB級までなんだが、魔物は湧くからダンジョン内のルートの確保にプレイヤーたちが駆り出されることもある。あの内部は研究材料も多いし、アナザーワールドは……今は繋がってないが研究のために訪れることもあったからな」
「ダンジョン探索か。まあ、そりゃあウチ向きだね」
風音の言葉に仲間たちが頷いた。A級ダンジョン踏破者である彼らである。まさしくダンジョン探索はお手の物であった。
「となるとアイテム換金は迷宮探索課。お仕事はプレイヤーの探索とアナザーワールド産アイテムの確保。それにダンジョン探索ってことだね」
指を折りながら言う風音に扇は「まあ、大体そんなもんだ」と返す。
「まあ、職員になれば事務的な仕事も多い。給料もちゃんと払っているが、小林や太田はダンジョン内で集めた素材やアイテムを換金して小銭を稼いでいる。お前たちにそんな必要があるかは分からんけどな」
「それ、あっちの世界とやってること変わらないよね」
思わず風音がそう口にすると、太田が「まあな」と曖昧に返していた。それから扇の「どうだ?」という視線に、風音は考え込みながら仲間たちを見た。
「私はお母さんたちが安心して暮らせるなら、それがいい」
『母上のお望みのままに』
「要するにゴーレムメーカー協会みたいなもんか? まあいいんじゃね。攻撃されないなら」
「あまり他国と結びつきが強すぎるのもってのもあるけど……いまさらよね」
「まあ、俺としても渡りに船だからね。問題はないよ」
そして、それぞれの言葉を聞いた風音は頷き、扇へと視線を戻すと口を開いた。
「うん。問題ない。迷宮探索課へ入るよ」
「そうか。だったら」
そう言いかけた扇に風音が「あ」と声を上げた。
「けど。さっきの待遇。弟の分も用意してもらってもいい?」
「弟? それは構わないが、こっちに来ているのか?」
その扇の問いに風音は首を横に振る。
「あっちにまだいる……けど、これから連れてくる」
「そうか。会えていたってわけか。ただ、さっきも言ったが、どうしてあちらとの繋がりが断たれたのかが分からん。このまま再び繋がるとは限らないぞ」
あちらの世界との繋がりは昨日に封じられている。そして、悪魔ジルベールの話を聞いた限りでは、それは意図的に行われたことのようだった。悪魔たちが戻さないように手を打ったのであれば、状況は扇が考えているよりも悪いはずだが、それでも風音は「うん」と頷いた。
「閉じたんのなら開くはずだよ。私はあきらめる気はないし、直樹は連れて帰る。そんで私はあっちに戻る。こちらもできる限り協力するから、そちらも私たちへの協力をして欲しい」
「元からお前たちの支援を目的とした組織だからそれは構わない。だが、戻る? こっちよりもあっちの方がいいのか?」
意外そうな顔をして扇が尋ねる。
扇たちがアナザーワールドと呼ぶ世界は、彼らの知る限りでは、一介の女子高生には過酷な世界のはずだった。
こちらに戻ってきたのも、ここまでのプレイヤーがそうだったように元の世界に帰りたいからだと思っていた。だが、風音はそうではなかった。
「まあね。こっちにいると色々と窮屈そうだし、私にはあっちが合ってると思うんだよ」
「そいつぁ、違いなさそうだがな」
扇が風音の言葉に苦笑する。
その風音の認識は正しいと素直に感じてしまったのだ。風音たちの力はここでは不要なもの。実際に彼女らが力を振ってしまえば、戦う相手は国であり、世界となりかねない。それだけの力を目の前のチンチクリンは持っていた。
「ま、ともかく直樹は……弟は連れて帰るから、そのための準備はお願いしたい」
「構わんが……そうか。そんなに弟が大事なんだな」
そう言って扇が少しだけ笑う。年頃の少女の顔をようやくそこに見いだせた気がしたのだ。そして風音が扇に頷いた。
「うん。大事。それに私はお父さんとお母さんと約束したからね」
その約束は、今はどこにもいない人たちとしたものだ。
そして、もう彼らには届かないが、それでもこの世界で直樹を待っている人たちがいることを風音は知っている。だから、果たせなかった約束を果たす。それを風音は心に固く誓っていた。
「それだけは絶対にやり遂げる。私はお姉ちゃんなんだから、弟を連れて帰るのは姉の義務なんだよ」