軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九百三十四話 夢で会おう

「お母さん、お父さん。会いたかったよぉぉおお!」

そう言ってズダダダと駆け出した風音が、何もないところで足がもつれて「グヘッ」と転んだ。すでに身体が限界であった風音はまともに歩くのももう難しかったのである。

『母上ッ』

「バカ。だからもうギリギリでしょうが」

それを見てタツオがくわーっと鳴いて、弓花が眉をひそめる。だが風音の両親は、今度はその場に弓花がいるのを見て驚きの声を上げていた。

「弓花ちゃん。あなたまで……」

「え、ええと。お久しぶりですおじさん、おばさん」

その反応に弓花が少し困った顔で笑う。

まさか、ふたりとここで出会うとは思わなかったのだ。何を言うべきなのか、何を言わなければいけないのかが正直分からない。

それから風音の両親は転んで鼻を赤くしている風音や弓花、他の仲間たちを見てから、ふたりで顔を付け合わせた。

「あなた……これってどういうことなの?」

「いや、少し待て。なんだ? なんなんだ、この状況は? お前は本当に風音なのか?」

「お父さん。この愛らしい顔を見てよ。お父さんの 愛(いと) しい愛娘のご尊顔だよ。頬ずりしたくなる愛くるしさだよ?」

「た、確かに……愛らしいその顔は……俺の風音だが」

あ……この人、直樹と同類だとエミリィたちは思ったが、口には出さなかった。感動の再会である。水を差すわけには行かない。

「ともかく、本当に風音なんだな。本当に、本当にそうなんだな」

「うん。ただいまお父さん、お母さん」

そう言って涙を浮かべて笑う風音に風音の両親、琴音と直久が抱きついてその場で三人が泣き始めた。

その様子を中間たちが温かい目で見ている。

「感動の再会ってヤツだな」

『母上の母上と父上。つまり私のお祖父さまとお祖母さまですね。では、私もご挨拶を』

「いや、今は止めとけっての。後でゆっくり話す機会もあるだろうしよ」

くわーっと鳴いて近付こうとするタツオをレームが掴んで止めた。何しろ、あちらの世界でもタツオの存在は特殊なのだ。ドラゴンもいないこの世界での説明は非常に複雑そうであった。

その様子を見ながら弓花がふと何かに気付いたように、空を見上げる。

「どうしたのユミカ?」

そのエミリィの問いに弓花が、少しだけ難しい顔をして答える。

「うん、私がお父さんとお母さんも会ったらどうなるかなって思って……さ」

「あら、ようやく帰ってきたんでしょ。感動の再会になるんじゃないの?」

首を傾げるエミリィに、弓花が何とも言えない顔をする。

「ならいいけど……多分私たちは死んだ扱いになってると思う。ううん。多分、実際に死んだからあっちにいって……それで戻ってきた」

「ええと。あなたたちってテレビゲームとかいうのをやっていて、それで飛ばされたのよね?」

少なくともエミリィはそう聞いていた。

プレイヤーと呼ばれる異邦人はみな幻想伝記ゼクシアハーツというテレビゲームで遊んでいた途中で、フィロン大陸に飛ばされたのだと。

「分からない。そもそもそんなゲームを……私はやっていたのかな?」

「え?」

「事故だったと思う。いや、でも……これって……私の人生がふたつある?」

「弓花。今はあまり考えない方がいいよ」

弓花が何かを思い出そうとしたとき、両親と抱き合っていた風音が口を挟んだ。

「風音?」

「今の弓花は混乱してるから……多分、落ち着けば……見えてくると思う」

その言葉が確信的なものだと気付いた弓花が、目を細めて風音に尋ねる。

「この妙な感じ。あんたは分かってるっていうの?」

「うん。なんとなくだけどね。多分だけどスキルのおかげで……私は分かってる」

「風音?」

「何の話だい?」

両親の心配そうな顔に、風音は涙を拭いながら首を横に振る。

「大丈夫。なんでもないよ。なんでも……」

だが、そう言いながらも風音のまぶたは次第に閉じ始めていた。それに両親が驚いた顔を見せるが、風音の疲労がここで限界に達したのだ。その自分の状態を察した風音が弓花に声をかける。

「さすがに限界……ちょっと休む。弓花、お母さんたちへの説明をお願い。私は」

寝るから……と言って風音がその場で崩れ落ちると、その意識は深い闇の中へと沈んでいった。

◎???

「やあ、風音」

そして、次に目を開けた風音の耳に知っている人物の声が入ってきた。

ゆっくりと上半身を起こした風音が、その声の主へと視線を向ける。不思議なほどに冷静な自分に少しだけ困惑しつつも、風音はその相手……小太りの親友に口を開いた。

「達良くん……今度は本物かな?」

そこにいたのは剣井達良だった。六百年前にツヴァーラ王国で王となり、そして死んだはずの年上の親友がそこに立っていたのだ。それから風音の問いに達良が頷く。

「うん。本物ではあると思う。それにしても随分と疲れていたみたいだね。まあ、その方がこちらには都合が良かったんだけど」

含みのある達良の言葉に眉をひそめながらも、風音は周囲を見回す。そこはどこか懐かしい気もする、何もない場所だった。

「ここはどこなの?」

「君とはここで何度となく話したんだけどね。まあ、また説明するけど夢の中だよ。けれども、同時に世界の外側でもある」

その説明を聞いて、風音が得心いったという顔をする。記憶にはないが、感覚的にそれは覚えてはいた。

「あー、なんとなくだけど分かる。夢か。そっか。けど、そうなると目が覚めるとまた私は忘れちゃうってこと?」

「うん、そうなると思う。でも、会話をしたという事実が消えるわけじゃない。多分、君は無意識に僕の言葉を理解して、そうしてここまで来た……んじゃないかと思う。僕には夢で君と繋がる以外にあちらのことはあまり分からないし……どうであれ判断するのは君だから、違っていたかもしれないけど」

達良が曖昧に答える。それははぐらかすというよりも、自信のなさのあらわれのようだった。風音は言ったことを素直に聞くような子ではないと達良は知っていたのだ。だからちゃんと忠告を聞いてくれたかの確信がなかったのである。

「と、ともかく。後で現実でも会えるとは思うけど、弓花ちゃんには聞かせたくないこともあったからね。先に君と接触させてもらったんだよ」

「ああ、弓花ねえ。達良くんって本当に……」

「いや、止めようよ。その目」

ジト目になりながらニヤッとした風音に、達良がひきつった笑いを返す。過去の経緯から弓花は達良にとって救いの女神そのものであった。なお、弓花の評価は出来の悪い弟という感じである。

「ハァ。変わってなさそうだね達良くん。それに色々と仕掛けてくれたみたいだね」

そう言って風音がスキルウィンドウを開く。夢の中であろうとウィンドウの使用は可能なようだった。それからリストに書かれた一番新しいスキルを風音は指差すと、そこには風音自身の名前が書かれていた。

「スキル『由比浜 風音』。あのとき、私は私の魂を吸収したんだね」

「ご名答」

達良が風音の言葉を肯定する。

実のところ、カルラ・アカザネリアン戦を風音は勝利したにも関わらずレベルは上がっていなかった。

その理由は簡単で、心臓球も中にいたカルラ王も風音は仕留めていなかったのだ。だから魂を吸収しておらず当然得られるべき経験値もなかった。

だが、そうであるにも関わらず現在の風音のレベルは54から59に上がっている。それはカルラ・カザネリアン相手ではなく、戦いの途中で近付いてきた光の球を吸収したことで得たものであった。

そしてプレイヤーが経験値を得るのは行動による加算もあるものの、基本は倒した相手の魂を吸収するときである。加えて風音のスキルはその魂の力を得たことで増えている。だから『由比浜 風音』というスキルを得た以上、導き出される答えはひとつだった。

「アレを受け入れたとき、もうひとりの私の記憶を私は見た。弓花は気付かなかったようだけど、私には『精神攻撃完全防御』があったからね。魂が重なっても記憶の差違は認識できてるよ」

風音の言葉に達良が頷く。

「うん。そこは迂闊だった。それは、あちらの神の力で大神に対抗するために造られたスキルだ。大神の下位である創造神、そのまた使いである僕にはどうすることもできない。そんなものを持っているなんて思わなかったよ」

「私もこれを手に入れた経緯はよく分からないけど……ただ、だから分かるよ。達良くんがくれたのは『この世界』の私の魂。ここは私のいた世界じゃない。漫画とかで見たことあるよ。こういうのを並行世界って言うんだ」

その言葉に達良が困った顔をしながら、それから申し訳なさそうに口を開いた。

「それは、半分正解で半分間違いだね。この世界と君の生きていた世界は確かに違う。けれども並行はしていないんだ」

「どういうこと?」

首を傾げる風音に、達良は覚悟を決めた顔で口を開く。

「今は、君たちの世界でいうところの西暦14905年。君が生きていた時代はもう遙か彼方の遠き過去だ」

風音の目が見開かれる。その言葉の意味がとっさに理解できなかった。だが、達良は続けてこう口にする。

「そして僕は『この世界の』剣井達良だ。ようこそ風音。『君たちの世界の』剣井達良が望み、生み出し、そして失敗した新世界へ」