軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九百二十三話 終わりを始めよう

彼がここにいる目的はふたつあった。

ひとつは、ただのプレイヤーとは異質な存在である風音たちをあちらの世界に追いやることだ。

英霊を始めとする強力な戦力。戦えば戦うほどに力を増大させていく 潜在能力(ポテンシャル) 。さらには各方面の権力を繋いでいく 縁(えにし) 。

それは、想定された計画に『未だ』支障をきたすには至っていないものの、悪魔たちの勢力を急速に削いでいくほどの脅威であった。

倒せるならば良い。だが失敗したときのリスクを彼らはここまでに身を以て理解させられていた。これ以上の成長はあまりにも危険だったのだ。だから、彼らは消極的な方法を取らざるを得なかった。

もうひとつの目的は、ミナカ・ライドーの確保だ。

かつての英雄が生み出したもうひとつの世界。それは英雄が自分たちのその後を知っていたが故に、そこまでを再現してしまった失敗した世界だ。悪魔王ユキトを拒んで造り上げた新世界は、彼の友人たちを再度殺す結果となった。

だからこそユキトたちは求めたのだ。自分たちのための創造主を。

その候補がミナカ・ライドー。プレイヤーでありながら『かつての記憶を封印』され、未だにかつての世界の記憶を保持させ続けているプレイヤー。彼はそのミナカ・ライドーを護り確保することを求められていた。歪んでしまって使い物になるのかも分からず、その上にすでに死んでしまったエイジの代わりであるミナカを手に入れることこそが、彼に課せられた最上の目的だった。

そして今、盤上にはすべての駒が彼の望む通りに配置されていた。ならば行動すべきときは……

◎ 金翅鳥(こんじちょう) 神殿 第九十九階層 深淵迷宮 階段前

「ま、少し休もうぜ。この先にカザネたちの故郷に通じる穴があるんだったよな?」

「うん。そういう話だね。ようやくここまで来れたよ」

ギャオの言葉に風音が嬉しそうに頷いた。本当に長い道のりだったのだ。ここまで辿り着いたのが嘘のようである。そして、風音の返しにギャオが満面の笑顔で「いやー、楽しみだぜ」と口にする。

「美味い飯。美味い酒。美味い異国の姉ちゃん……って、なんだよ。その目? いいだろ? おれっち今フリーよ。フリー。フリーダムだぜ?」

風音がうーんと唸っているのを見て、ギャオが眉をひそめて抗議する。メロウがジローと恋人になった今、ギャオが誰と付き合おうが、女遊びをしようが、羽目を外しすぎない限りは咎められる謂われはないはずだった。

だが、風音も別にギャオの女遊びを咎めたいわけではないのだ。そして、少し難しい顔をしながら己の懸念を風音が口にする。

「ねえ、ギャオ」

「あんだよ?」

「私たちの世界ってさ。獣人いないんだよね。だから、ギャオがそのままで出歩くのはちょっと難しいかもしんない」

その言葉にギャオが目を丸くする。

「な、なんだと? まさか全滅でもしたのか? 種族の粛正か? お前のいた場所ってのはそんな血も涙もない世界なのか?」

ギャオが「なんてことだ」と言いながら、 戦慄(わなな) いている。

実際、北のエルフの国で獣人差別は今でもあるし、排斥運動や根絶政策などが歴史上になかったわけではない。もっとも、獣人中心の国ではその反対のことが起きているし、社会が成り立っている以上、違いにより対立が発生するのは避けられないことでもあった。

ともあれ、今回のギャオの懸念についてはそもそもが的外れな話である。だから風音は首を横に振った。

「いんや、元からいないんだよ。ギャオみたいな犬の獣人も、猫系獣人も、蜥蜴人とかも……魔物もいないところだからね。冒険者なんかも、少なくとも私のいたところにはいなかったよ」

「おいおい。そんな世界があるわけねえだろ。多分、お前らが知らされてないだけで隠れて住んでるんじゃねえのか。コエー世界だぜ。おれっち、行くかどうか悩むぜ。毛皮のコートとかにされちまったら堪んねぇしよ」

「えーと。まあ、どう考えてもいいけどさ。遊ぶ程度に滞在するだけなら、どうにか誤魔化せるとは思うよ」

その言葉の通り、手段はある。

風音のスキル『インビジブルナイツ』を使えば、ギャオの犬顔だって誰も気にはしなくなるし、ゼクシアハーツでは交渉の際の種族補正をなくす認識阻害の魔術も存在していたので、やりようはいくらでもあるはずなのだ。そんなことを話していた風音たちに、鼻息荒くした直樹が近付いて来た。

「もう。そんな悩みはこの先終わってからでいいだろ。つーか、ギャオは姉貴に近過ぎ。近付くんじゃねえよ」

「うっせ。このチンチクリンが近付いてきたんだよ」

「え、ギャオから話しかけてきたよね?」

風音がガーンとなっているが、それもここまでの道のりを思えば微笑ましい光景であった。

この先、封印門の先にはダンジョンマスターのカルラ王がいる。元の世界に通じる穴もあるはずだった。背後から迫っていた魔物も撒いたし、敵が襲ってくることもない。そして今、彼らに必要なのは休息であった。

それから風音が改めて仲間たちへと口を開く。

「そんじゃあ、ここで休める限り休んで……体力回復させてから、カルラ王の本体に会いに行こうか。それで 金翅鳥(こんじちょう) 神殿は攻略完了だよ」

その言葉に仲間たちが一斉に頷いた。久々のまともな休憩である。そして、各自が最後の戦いに向けての休憩や準備を始めていく。

「はぁ。もうじき俺の冒険も終わりだな。エミリィ、後は頼むぜ」

「止めてよね兄さん。まだ終わってはいないんだから」

よっこらせと座ったライルの言葉に、エミリィが眉をひそめながら苦笑する。その後ろではレームとタツオがそれぞれの得物のチェックをしていた。

「タツオ、これが終わればカザネの実家に行けるわけだけどさ。そうすっと、お前の祖父さんと祖母さんとも会えるってことだよな?」

『はい。お祖父様とお祖母様とは初対面となります。緊張しますね』

そう言いながらも、タツオは弾丸を手慣れた手付きでマガジンに詰めていく。すでに何度となく繰り返した作業だ。レームにしてもゴレムスキャノンの調整には余念がない。ふたりとも以前とは見違えるほどに成長していた。

またジンライはひとり座って何も喋らず、最後の戦いのための力を溜めているようだった。シップーもその側で丸くなって眠っている。なお、召喚体の面々は今はみな召喚解除されていた。彼らにとっても最後の戦いの前の休息である。そして、そんな中でティアラはひとり感慨に浸っていた。

「カザネたちの世界ですか……」

そうティアラが呟く。視線の先にあるのは階段下の封印門。そして気持ちはその先にあるであろう異世界に通じる穴に向けられていた。

かつて風音が暮らしていたという世界への興味は当然ティアラにもある。風音のいた世界なのだから、きっと素晴らしいところなのだろうとずっと思っていた。

「そうですわね。もう決めましたけど……少しぐらいは良いのかもしれません」

そうティアラがひとり頷く。

ティアラが己に課した期限は、この 金翅鳥(こんじちょう) 神殿を攻略するまで。それを過ぎれば、王族として自国に戻る決意を固めていた。だが、最後にティアラは一目見たいとも思っていた。

旅の最後に風音の生きていた世界を見てみたいと、それが最後の旅の思い出だと……そう思ったときだった。

「あ……れ?」

ゆっくりと自分の身体が崩れ落ちていくのをティアラは感じた。熱かった。お腹が灼けるような錯覚を感じた。

「…………ぁ?」

口から血が吐き出される。

気が付けばティアラは己が地面に突っ伏しているのに気付いた。そして不思議そうな顔で自分をそのような姿にした人物へと視線を向ける。

そこには腕から伸びた血塗れの爪を振っているトールがいた。ティアラは彼に腹を刺されたのだ。そして、その横には驚きの眼差しをしたミナカがいた。

ティアラには分からない。自分が何故トールに腹を引き裂かれたのかの理由が分からなかった。何よりも痛くて熱くて、視界が真っ赤に染まっていく。苦痛が口から漏れていく。

「……と、トールさん?」

その様子を青ざめた顔でミナカが見ていた。

トールは笑っていて、ミナカは動けない。トールの人間を超える力でガッシリと掴まれていて、身動きが取れなかった。そして怯えた顔をしているミナカに、トールがいつもと変わらない笑みを向けた。

だからミナカにも分かってしまう。目の前の人物は豹変してはいない。おそらく、何も変わっていないのだと。何も変わらないままに凶行に及んだのだと理解できてしまう。

そんな、根底から何かが崩れていく感覚に襲われているミナカに対してトールは優しく笑い、口を開いた。

「何、心配は入りませんよミナカさん。あなたは殺さない。まあ、彼女は……ティアラさんは、この中で風音に次いでの脅威だったのでこうさせていただきましたが。ある意味では、ジンライや弓花よりも彼女の力は強力だ。現時点での風音に並び立つほどの……だから、こうせざるを得なかった」

「なん……で?」

ミナカの頬から涙が溢れる。悔しいのか、悲しいのか……あるいは両方の気持ちが溢れたためか。それを見てトールは笑う。

愉快だった。心底可笑しかった。何もかもが思い通りにことが進み、あまりに上手くいき過ぎていくことが、可笑しくて仕方がなかった。

そして笑い続けるトールの前で、ティアラの名を呼ぶ風音の叫びがその場に響き渡った。