軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七百四十六話 独白をしよう

「ふぅ」

ジンライがため息をつきながら街を歩いている。

闇の森を出てからすでに五日。その間に依頼人であるゲハーノ用のカツラの作成は済み、ライノーとユーコーはこの地をすでに去っていた。

さらにライノーはユーコーとは違い長期の休暇であるため、ダンジョン探索になったらまた呼べとまで言ってきていた。それはすでにライノーことライノクスが隠居を決め、その引継などについての調整を行っている結果でもあるとのことで、それにはライルも顔が引き締まっていた。

「ライルに不自由を強いるか。まったく勝手なヤツだ」

そうは言いながらもジンライもまんざらではない。

ジンライとライノクスの関係性は、直樹とライルに近いものがある。実力はあっても立場が邪魔して身動きの取れなかったライノクスの身に自由が訪れることはジンライにとっては素直に喜ばしいことであった。

一方でライルに関してはジンライは何も言えることはなかった。それはそれでひとつの道だ。ジンライには分からぬ道だが、一般的に見てそれが順風満帆な人生であることは疑いようがない。

そしてライルはその道を否定せず、家族を顧みなかったジンライにはかけられる言葉もない。ただ、孫の選んだ道を尊重するのみであった。

ともあれ、そうしたことについてはジンライの中でも整理は付いている。だから、それについては良いのだ。問題なのは……

「剃るか、否か」

ジンライが己の頭部をスッとさすった。そこにはフサフサの髪があった。二十代に若返ったジンライの髪は生命力に満ち溢れていた。それをこれから剃り落とすかどうかが問題だったのだ。そのことに対してジンライは未だに己の中でフンギリが付いていなかった。

「そうしなければ届かぬ 頂(いただき) があるのだ。しかし、ワシは……」

あの日、ジンライは初めて孫に嫉妬した。

ライルは自身が気付かぬまま、ジンライの欲するものを手に入れていた。生まれてこの方、ほとんど放置同然だった孫に対してあまりにも身勝手な嫉妬をし、それをジンライは恥じていたのである。

「剃らねば……しかし」

今のモヤモヤした状態で果たして己は正しい決断ができるのか。ジンライの心はずっと揺れていた。そして、ジンライは王都の中央通りを抜け、いつしか人通りの少ない川辺にまで来ていた。そこでジンライは川の流れを眺めながら、結論のでない問いかけを己の中で繰り返していると、背後からとある気配がしてきたのである。

「ふむ。どうやら迷っているようだなジンライ」

「あ、あなたは?」

ジンライが声のした方へと視線を向けると、そこにいたのは銀髪をなびかせた最強の戦士、英霊ジークであった。

「なぜ、あなたがここに?」

「何、少し通りかかったものでな」

英霊ジークの言葉にはジンライも苦笑する。

「戯言を……」

そのジンライの返しに英霊ジークがカラカラと笑ってから、己の得物を抜いた。周囲にはそれを咎めるような者もいない。

「まあ良い。見てやろう。抜けジンライ」

それから英霊ジークは大翼の剣リーンを至翼の槍へとモードチェンジさせると片手で構えたのだ。

「意図は分かりませぬが……」

稽古を付けてもらえるのであれば、それはジンライにとっては願ってもないことだった。そしてジンライが 聖一角獣(セイントユニコーン) の槍を構えて飛びかかると、英霊ジークも駆けた。

「槍だけは立派になったな」

「さすがッ、ジーク師匠!?」

次の瞬間には槍と槍とが交錯し、火花が散る。

かつてジンライが竜の牙を素材にした槍は、戦いの中で成長し、グングニルと聖者の剣をも吸収し、今や 聖一角獣(セイントユニコーン) の槍となっていた。だが、その槍であってもジンライの攻撃は英霊ジークへは届かない。

『武芸千般』というスキルを持つジークは、例えどのような武器であっても達人並みに扱うことが可能だ。それは基礎的な技術のみであって、技自体は本人が覚えたものしか使えはしないのだが、それでも英霊ジーク本人の膂力と相まって、ジンライの稽古を付けるには十分すぎるもののようだった。

そして英霊ジークが 聖一角獣(セイントユニコーン) の槍を弾いて、続けて至翼の槍リーンを振るった。

「構えろよジンライ」

その次の瞬間、ジンライの胸部へと通った槍は突き刺さることなく、恐るべき圧力と共にジンライを一気に吹き飛ばしたのだ。

「ガァアアッ!?」

ジンライが吹き飛びながらも、どうにか態勢を保ち着地する……が、それが限界だった。次の攻撃を放とうと前へと進もうとしたジンライがガクリと膝から落ちたのだ。

「ハァ……ハァ……さすがですな」

まだ時間は十分も経ってはいないが、ジンライの息は上がり、英霊ジークは平然としている。戦闘力こそジンライは英霊ジークにも近付いてきているが、拮抗した状況では持っている地力の差がこうしてハッキリと現れる。それは風音のロクテンくんとの模擬戦においても見られる傾向であった。

「こちらは防御に重きを置く。数分程度の攻防ならば息をつかずとも我は耐え切れることが可能だ」

そう言ってから英霊ジークは少し考え、目を細めながら口を開いた。

「とはいえだ。我に掠りもしないというのは重傷だな。今のお前であれば、我の身に刃を届かせることは決して不可能なことではないはずだ」

「ど、どうでしょうかね」

肩で息をしながらのジンライに対して、英霊ジークが首を横に振る。

「ただの事実だ。過ぎたる謙遜は美徳とは言えんな。それにお前の刃が届かぬのは実力とは別の要因があるのだろう」

そう言われてジンライが黙る。

「迷っているのか?」

「隠せませんな……」

ジンライはそう言って顔を下に向けながら告白した。

「髪。たかだが髪なのです。力を得るにはさしたる代償ではない……が、ライルを見て思うたのですよ」

黙って聞いている英霊ジークの前で、ジンライの懺悔は続いていく。

「カザネたちは何も言いませぬが、ワシには分かるのです。息づく別の命が把握できている。ライルの頭はすでにもう取り返しのつかないことに……いや、それはいいのです。良くはないが、何とも言えぬが……ただワシはアレを見て羨ましく思ってしまった。孫が不幸にあったというのに、ワシはそれを羨んだ。そんな想いのままに毛を剃ってワシが果たして己の矜持を保てるのかと……そうした身勝手な想いに駆られているだけなのですよ」

「ジンライよ」

ジンライの言葉が終わった後、英霊ジークは神妙にジンライの名を呼んだ。それからジンライが顔を上げると、英霊ジークはおもむろに自らの髪を掴んで、そして己の真の姿を晒したのだ。その姿を前にジンライが思わずうめく。

「我はかつて魔女と対峙し、結果として何度となくこの身を灼かれ、ついには己に宿していた数多の 魂(毛根) を殺され尽くした。これはその惨劇の名残だ」

「魔女、それは一体何者なのです?」

動揺するジンライの問いに、英霊ジークはフッと笑って「性悪な女よ」と返す。

「我とアレは仲間でな。まあ、我も少々火遊びが過ぎた面はある。アレは我を許さず、こうして我が 頂(いただき) は無毛の大地となった」

「なんと非道な……その魔女とやらは何故に仲間であるジーク師匠にそのような惨い真似をなされたのか」

憤るジンライに、英霊ジークは肩をすくめながら言葉を続ける。

「それは仕方がないことではある。とある不幸があったのだ。少女の少しばかりの好奇心が多くの犠牲を生んだ。しかし、誰が悪いと言うことではないのだ。それは誰もが被害者で……ただただ悲しい事故であっただけのこと。我は魔女の憤りを理解し、それを受け入れたに過ぎない」

「そう……なのですか」

英霊ジークの眼差しには悲しみが宿っていた。ジンライはそこにただならぬものを感じ、その先を追求することができなかった。

「まあ、それは良い。しかしな、ジンライ。我はあの時のことを後悔してはいない。過去を含めた経験が我を今日まで生かした事実は変わらないのだからな」

幻視されるのは黒き噴水の前で泣き叫ぶ少女と女。英霊ジークは目をつぶり、その姿を脳裏に再生しながら話を続けていく。

「だから我は後悔はしていないのだ。しかし、しかしだなジンライよ」

「はっ」

ジンライの真剣な眼差しに英霊ジークがまっすぐな瞳で返しながら、

「髪はただ、そこにあるだけで奇跡なのだ」

そう告げた。それはあまりにも深い言葉であった。

「忘れるな。齢六十に近付きながらもお前はそれを失わなかった。それは我には達成できなかった偉業。決して我では得ることのない未来だ。お前がどのような道を進むかは分からない……が、その事実をかみしめ、お前はお前の道を行くと良い。我はそう思うぞ」

「……ジーク師匠」

ジンライは英霊ジークの言葉に頷いた。

「分かりました。その言葉、しかとこの胸に刻みました」

それからジンライがドンッと己の胸を叩いてそう告げると、英霊ジークも満足そうに頷く。

「迷いは晴れたようだな。それでいい。そして我が最後に放った技。あれを忘れるなよ。今のお前であれば、使えるはずだ」

「あの技ですか。あれは一体?」

先ほどの闘気の圧でジンライを吹き飛ばした技。そんな槍術をジンライは知らなかった。

「名をオーラシールドという。どうも現代では残されてはいない技のようでな。圧縮した闘気を押し出して 槌(つち) としても盾としても扱うことができる、風音のマテリアルシールドに近いものだ」

「あのスキルの……?」

『マテリアルシールド』は、風音が防御に多用するスキルだ。また闘気を圧縮して扱うということは『イージスシールド』ほどではないにしても、ある程度の魔術に対しても有効であるということであった。

「かつては闘気を圧縮できるある程度の戦士であれば誰もが扱えるものであったがな。槍術『 一角獣(ユニコーン) 』を扱えるお前であれば使いこなすこともできよう」

そう言って英霊ジークは再び銀髪のカツラを被り直し、それからゆっくりと光の粒子となって、その場から消え去った。

そして、英霊ジークの姿が見えなくなった頃合いを見てからジンライが口を開く。

「カザネ、おるのだろう」

「うん。ジンライさん」

ジンライの言葉に反応して建物の陰から風音が出てきた。勿論、ジンライには風音がそこにいることを分かっていた。英霊ジークは風音が召喚して初めて現界するのだから、この場に風音がいるのは当然のことであったのだ。

ミサリを先に帰した風音は、落ち込んでいるようだったジンライを元気づけるべく英霊ジークをこの場に喚んだのである。

「コテンパンにされたぞ。強いなジーク師匠は」

「まあね、ジークだからね」

ジンライの言葉に風音がそう返す。

それからふたりの間には沈黙が流れたが、その静寂を最初に断ち切ったのはジンライだった。

「ワシは少し焦り過ぎていたのかもしれんな」

己が強くなるために……その代償を考えずに先走ろうとしていた自分を、英霊ジークに教えられたとジンライは考えていた。

「まあ、思いとどまったのは良かったかも。髪々の祝福を戦闘に使うとなるとジンライさんの魔力量じゃあ厳しいしね」

「やはり、その壁があるのか」

その言葉にジンライは苦笑する。それはジンライの人生において常に壁となって立ち塞がっている問題であった。そのジンライに風音があるものを差し出した。それを見てジンライが首を傾げる。

「なんだ、それは?」

「『髪々の光明』って呼ばれてるものだよ。ウィッグ、付け毛だね。これならジンライさんの魔力量でも負担にはならずに付けられるはずだよ。いる?」

「くれっ」

その日以降、ジンライの髪のボリュームは増すこととなる。こうしてジンライのオシャレ度は若干上昇したのであった。