作品タイトル不明
第七百四十五話 カツラを渡そう
◎王都コーダ モンタナホテル
「こ、これが髪々の祝福ですか。なんという輝き、なんという艶。エゥグストの宝物庫に奉じられて以来、ここ百年は姿を見せなかった伝説のカツラがここに……」
ゲハーノ・カピルーツが、そのあまりの神々しさに身震いしながら風音からその銀毛のカツラを受け取った。
「至高の輝きを我が頂きに!」
そして被っていたカツラを放り投げ、そのまま自分の頭へと装着すると「オホホホオォオオオ」と歓喜の声を上げたのだ。
「なんというフィット感。この頭皮を優しく包み込むような感覚は何だ? プラチナトゥースタイガーの皮がかつてないフィット感を生み、エンジェルヘア・デトネイターのサラサラ感が一時の清涼を呼び寄せる。 神聖物質(ホーリークレイ) の存在感がそれらを引き立て、さらなる次元へと私を上げていく! これが神次元のカツラだとでも言うのか!?」
「ええと……身体能力の強化、魅了や魔法耐性などといった効果もあるからね。まあ、そういう気分が上昇するような感覚にもなるよね」
ゲハーノが手放しで喜んでいる前で、風音は冷静にその能力を説明していく。またその場に同行していたミサリは、カツラにそこまでの力が付与されていることに戦慄を隠せないでいた。
風音たちがエンジェルヘア・デトネイターを倒してからすでに五日後が経っていた。
帰りは 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) でサクッと魔道大国アモリアの王都コーダへと転移帰還した風音たちは、すぐにサグー魔具工房にカツラ『髪々の祝福』の制作を依頼し、本日完成してゲハーノの元へと持ってきたのであった。
そしてゲハーノが『髪々の祝福』を被り、ひとしきり感動し終えると「全く以て言うことなし。クエストの依頼完了です」と仏のような笑顔を見せた。それからゲハーノがパチンと指を鳴らすと空中に魔法陣が浮かび上がった。
「おお?」
それに風音とミサリが目を丸くしていると、その魔法陣からは袋のような召喚体が出現したのである。
「何これ?」
「東方の友人からいただいた召喚体です。長い年月を経た不思議な袋がツクモ神になったとかで……まあ便利なヤツですよ。ほれフクロー、アレを出しなさい」
そのゲハーノの指示によりフクローと呼ばれた召喚体が己の袋の中に手を入れて、虹色に輝く宝石をスッと取り出した。輝きこそ虹竜の指輪の方が上だが、拳ほどの大きさには風音もミサリも目を惹かざるを得ない。
「欠損なしのレインボーハート。美術的価値は言うまでもなく、計測したところによれば80階層クラスのチャイルドストーンと同等の出力も持っております。どうぞ、お納め下さい」
「ん、ありがと……おお?」
そして風音がレインボーハートを受け取った途端である。指にはまった虹竜の指輪が輝き出して、レインボーハートも続けて光り出したのだ。
「これは?」
驚く風音の前でゲハーノが「ほぉ」と興味深そうにそれをのぞき込んだ。
「共鳴現象ですか。ふむ……珍しくはありますが、格差を考えれば起こり得ることではありますな」
「えーと、どういうこと?」
首を傾げる風音にゲハーノが説明をする。
「指輪の出自……はお聞きしませんが、それは恐らくレインボーハートの真核を加工して作り出された指輪でしょう。もちろん、もっとも価値のある部分を抜き出したものであり、その指輪は様々な付加価値があるわけですが、本来はそれ以外の部分が不要であったわけではありません」
「まあ、そりゃあそうだよね」
その説明には風音も頷く。
「故にその指輪は元々あった機能の代替をそのレインボーハートで補おうとしている……というところでしょうか。非常に興味深い現象です」
「なる……ほど……?」
風音が分かったような分からないような顔をしているとミサリが横から口を挟んできた。
「要するに指輪の能力が恐らくは強化された……ということでしょう。どのようにかは分かりませんが」
「へぇ。そりゃあ、スゴイね」
そう言って風音は虹竜の指輪を見た。
神竜帝ナーガの破壊されたコアを素材として造り出されたそれは指輪だ。指輪自身の竜気が溜まることにより今までは力を発揮していたのだが、それが何かしらの強化をされたようであった。
「さすが旦那様だね」
風音はそう言ってその指輪を優しく撫でると、虹竜の指輪は淡く虹色に輝いて反応していた。
それからもゲハーノは手放しで喜びを露わにし風音に礼を言い続け、以前に話をしていたタツオを狙っている存在について掴んでいる情報も風音に提供すると、その会合は終了となったのである。
◎王都コーダ 中央通り
「いやー、良かった良かった。ゲハーノさんも満足してくれたようだし」
「確かに氏があれほど浮かれた姿を見るのは私も初めてで……よほど気に入ったのでしょうね」
帰り道の風音の言葉にミサリもそう返す。
「しかし、ゲハーノの口にしていた『髪々の祝福』を超えるカツラ、『髪々の黄昏』と言いましたか。それは一体どういうものなのでしょうね?」
ミサリが口にしたのは帰り際にゲハーノが話していたカツラの話である。その問いに風音は肩をすくめながら言葉を返した。
「まあ、ゲハーノさんには手には入らないものだねえ」
そう口にした風音にミサリは首を傾げるが、風音もそれ以上は何も言わない。
『髪々の黄昏』。それは己の毛根を生け贄とし、魔性の髪を自らの身に宿す禁断の術を指す言葉であった。故にもはや毛根なきゲハーノでは叶わぬ夢でもあった。
「ハァ、そうですか。ところでカザネ様。今回の闇の森の収穫はいかがだったのでしょうか?」
「ボチボチかなぁ。正直、今の装備以上のものに仕上げるのは難しい素材も多いから倉庫に漬けておくものも多いかも」
「勿体ないですね」
「そうなんだけどねぇ。けど、迂闊に市場に出すのもどうかと思うし」
ミサリ情報ではある、前回のオークションで振る舞いまくった 極めたる栄光の手(ハンズオブグローリーオーバー) を巡って、呪術師界隈では今恐るべき争奪劇が始まっているとのことであった。意図したものでは当然ないが、自分の行いがそうした争いの種となっていることには風音もあまり良い気分はしていなかった。
「まあ、呪術師たちは一種独特な存在ですからね。同じことが起きるとは限りませんが……カザネ様もようやくそうした配慮を考えて下さるようになったのですね」
「任せてよ」
何故か風音はドヤ顔でそう返した。このお子さまのツラの皮の厚さはかなりのものがあるのだ。
「まあ、それはそれとしてですが。結局、どういったものを手に入れたんです?」
そのミサリの言葉に風音は「色々かなー」と返してから、手に入れた素材を口にする。
まず最初に戦ったライオットスパイダーたちからは龍神の鱗に感応して生まれた『神蜘蛛の甲殻』や『毒牙』にクラフト素材の『糸出しの魔石』等が手に入っていた。
ドラゴチルチルヒからは『マッスルクレイ』と頑丈な外皮である『エターナルラバー』が、デュアルモーターマシラオーからは 極めたる栄光の手(ハンズオブグローリーオーバー) の素材である『猿王の腕』を入手した。
さらには魔王剣のカケラをゴーレムメーカーで固めた『魔王鉄インゴット』や『百足砲の甲殻』、『エンジェルヘア・デトネイター(素材名と魔物名は同一である)』、ガーメ・スッポーンたちの『吸亀の甲羅』と『大吸亀の甲羅』に『大吸亀の肉』、それに帰り際にも一枚回収して合計で三枚となった『龍神の鱗』も収穫物となっている。
なお、すでに国に帰っている仮面のふたり組への報酬は百足砲の甲殻の譲渡であり、それぞれの国への長距離ポータルの贈呈も行う約束を交わしていた。そこまで聞いてミサリは頭を抱える。
「ハァ、言うまでもないことですが盗難には気を付けて下さいよ。シャレになりませんから」
「了解。まあ警備は万全だから大丈夫だよ」
素材を格納している倉庫は風音コテージの中にあり、出かけるときは風音のスキル『真・空間拡張』の大型格納スペースに常に収納しているので、盗まれようがないのである。そうして風音とミサリが話し合いながら道を歩いていると、彼女らの前をひとりの青年がボーッとした顔で歩いていた。
「おや、あそこにいるのは?」
「ジンライさんだね」
それはここ数日、心ここにあらずな様子であるジンライだった。そして己の頭をさすりながら、ジンライはふたりの前を通り過ぎていったのである。