作品タイトル不明
第七百四十四話 囮になろう
シャドーフォレストドラゴン。
元々ドラゴンは周囲の環境に合わせて変異する性質があり、このシャドーフォレストドラゴンは闇の森の環境に特化した形で進化した強力なドラゴンであった。
それは森の中層に主に生息しており、その能力は成竜を凌駕する。闇の森に特化してしまったが故に森の外には出れなくなったが、遭遇すればただでは済まない魔物の一種である。
それが今、風音たちの頭上に三体飛んでいた。その狙いは……
「ポッポさん避けてッ!」
風音が素早くポッポさんに指示をするが、ポッポさんが動く前にシャドーフォレストドラゴンたちは鱗を飛ばしてポッポさんの巨体へと突き刺さした。
「クェエエ!?」
「不味いッ」
ポッポさんが苦痛の声を上げ、それを見て風音が叫ぶ。しかし、状況はすでに詰みだ。
ポッポさんがすぐさま飛び去ろうとするが、シャドーフォレストドラゴンたちは口から一斉に紫のレーザーを撃ち出した。それは空中で曲がり、ホーミングしてポッポさんに突き刺さった鱗へと直撃する。それはつまりポッポさんへも直撃したということで、さらに連続で放たれたホーミングレーザーにより空中で巨大な爆発が起きた。
「ぽ、ポッポさんが一瞬で?」
それを見ながらライルが唖然とした顔をしている。
先ほどまでガーメ・スッポーンマザーと怪獣決戦をしていたカイザーサンダーバードのポッポさんがライルの目の前で呆気なく倒されたのだ。それを見て戦慄したライルは風音へと視線を送る。
「カザネッ、そうだ。ドラゴンフェロモンだ。あれを使えば……ウプッ」
「うーん」
「来るぞッ」
思案する風音にライルが叫ぶ。すでに三体のドラゴンは風音たちへと視線を向けている。それを見ながら風音がユッコネエへと指示を飛ばす。
「仕方ないね。ユッコネエごめん。スキル『ドラゴンフェロモン』を使いながら逃げて」
「にゃーーー」
風音の言葉にユッコネエは鳴いて応え、それからなにかしら甘い匂いを発しながらダッシュでその場を走り去っていった。
「ごめんねユッコネエ」
謝罪の言葉を口にする風音の目の前で、シャドーフォレストドラゴンたちが旋回してユッコネエを追いかけていく。それを見てライルが目をパチクリとさせた。
「なんで逃げる? あの匂いで寄せ付けて攻撃すりゃあ」
そう言うライルに風音は首を横に振る。
「ドラゴンフェロモンはそこまで便利なものじゃあないんだよ。知性が有ればある程度は従わせられるだろうけど、気性によっては匂いの元を無理矢理奪おうとするからね」
ドラゴンイーターというドラゴンに寄生する植物のスキル『ドラゴンフェロモン』は、その匂いによってドラゴンを誘うことが可能だ。しかし、その意思を操れるものではないのだ。
その効果は相手の精神に依存されるため効力は未知数な部分があり、特に上位相手では場合によってはそのまま捕まって連れ去られる恐れもあった。
植物であるドラゴンイーターであれば、捕まえられてもその状態から寄生すればよいが風音はそうはいかない。以前にドラゴンフェロモンを使ったことで弓花に襲われたように貞操の危機が回避できない場合もある。だから風音はユッコネエを囮にせざるを得なかった。
「風音ッ……と、無事だったわね」
そして、森の中からタツヨシくんケイローンに乗ってユーコーがやってくる。その他のメンバーも続々とその後ろから続いてきた。
「おお、みんな無事だね。良かった」
それには風音もホッとした顔を見せる。別れたメンバーは全員無傷とはいかないが、無事であるようだった。そのことに風音が頷いていると、直後に森の奥で爆発が起きて、その場の全員がそちらへと視線を向けた。
「何?」
「シャドーフォレストドラゴンの一体がユッコネエを掴んで、それを奪おうとした他のドラゴンと戦いになってるみたい。さすがにユッコネエも『最速ゼンラー』の使いすぎで疲れてたから逃げきれなかったみたいだね」
ユッコネエと同期している風音にはそれが分かる。全身を丸裸にされた毛なしのユッコネエスフィンクスが今も「にゃーにゃー」とドラゴンの腕の中で鳴いているのを風音が把握している。召喚解除をしてあげたくはあるが、今は状況に任せるしかなかった。
「じゃあ、どうする風音?」
それから尋ねたユーコーの問いは「アレも倒すか?」という意思に満ちたものであったが、風音は首を横に振った。シャドーフォレストドラゴンの素材は貴重ではあるし、あるいは倒せばホーミングレーザーのスキルが手に入るかもしれなかったが、風音は森から脱出する判断を下した。
ユーコーの英霊ユーケイがすでに召喚解除されている今、アレを確実に仕留めきれる手段はアースブレイカー持ちの英霊ジークだけではあるが、それも空中に留まられた状態では難しい。ここまでの連戦続きの風音たちではそれこそ死力を尽くした戦いにならざるを得ず、風音はそれを選択しなかった。
「目的は果たしたよ。このまま帰ろう」
そして、その風音の決断により一行は森を脱出することにしたのである。
なお、 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) の転移後すぐに召喚解除されて、それからユッコネエは再度召喚された。再召喚後のユッコネエの全身の毛は元に戻っており、ユッコネエもその姿を見て「にゃー」と安堵の鳴き声を上げていた。
◎メゾトルの森 本拠地前
「ふぅ」
直樹に背負われていたライルがドサリとその場に座り込む。 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) の転移後、ライルは忘れられていたため、叡智のサークレットを貸されることもなく、この風音コテージのある池にまで直樹に支えられて辿り着いていた。
仲間たちは、すでに回収した素材を一度出して精査し始めている。センチピードカノンの死骸はユーコーの不思議な袋バリューサイズと呼ばれる恐るべき収納力を誇る袋に入れられていたようで、風音の取り出したガーメ・スッポーンマザーの甲羅も巨大であった。
それを前にしてライルがグッタリとした顔でへたり込む。
「大丈夫かライル?」
そのライルを背負ってきた直樹がライルに笑顔で声をかける。
「あ、ああ。ワリイな。たく、疲れたぜ」
「そうか、疲れたか。姉貴と一緒に戦ってたもんな。さぞかし楽しい戦いだったろう?」
その言葉に、しかしライルは「冗談じゃねえ」と声を荒げた。
「ナオキ、お前の姉貴とはもうゼッテーに組まねえ。お、思い出しただけで……うげええ」
そしてライルが再び口から 虹色の液体(プリズムシャワー) の生産を開始すると、直樹はライルの背中をさすりながら「そうか、そうか」と終始笑顔であったのだ。こうしてライルは知らぬうちに己の死亡フラグを回避していた。
「ユッコネエ、ご苦労だったね」
「にゃー」
ライルを直樹が介抱している一方で、風音は今回の戦利品を眺めながら、ユッコネエの背を撫でていた。再召喚により元に戻ったユッコネエの毛並みはふさふさで、ユッコネエも元に戻れて心底安堵しているようだった。
「まあ、また場合によってはあのスフィンクス状態にはなってもらうかもしれないけど、その時はよろしくね」
「……にゃ、にゃぁ」
主の言葉にユッコネエが不承不承頷く。スキル『最速ゼンラー』の真の力は先ほどの戦いでユッコネエ自身も理解しているところであるのだ。もっとも、よほどのことがなければアレは勘弁願いたいとユッコネエが思っていたことには違いないが。
「それにしてもライルの髪も元に戻って良かったわね。本人はなんか違和感あるって言ってたけど」
それから横にいた弓花がライルたちの方を見ながらそう口にした。先ほどツルッツルになっていたライルの頭は見事にフサフサに戻っていた。
「ああ、あれねえ」
風音が少しばかり苦笑いをする。それにユーコーが「アレって確か」と思い出したように口を開いた。
「融合……というかテイムよね」
「うん。主と認めた相手の髪に擬態するんだよね」
「え?」
弓花の表情が固まる。
「まあ、違和感もそのうちなくなるだろうし、従属すると主以外から栄養は吸収できなくなるからもう無害だとは思うけど」
「あれって……生きてるの?」
弓花の問いに風音が頷いた。今ライルの頭の上にいるのは歴とした生きた魔物のエンジェルヘア・デトネイターであったのだ。
「でも良くテイムできたわね」
「ああ、それはライルの竜気を吸ってたからね。簡単だったよ」
あの沼地で風音はユッコネエに指示を出し、ライルのハゲチャビンをペロペロ舐めさせてドラゴンフェロモンを塗りたくっていたのである。そしてライルの竜気を吸収したエンジェルヘア・デトネイターはフラフラとライルの頭部へと引き寄せられて、そのままくっ付いたのであった。なお、紅蝶のアミュレット持ちであるライルにはドラゴンフェロモンの効果はないため、良い匂いがするなー程度であった。
「というと結局、ライルはまだハゲたままなの?」
その弓花の問いに風音が人差し指を口に当てた。
「言わなければ一生擬態してるから、この件は内密にね」
「……うわぁ」
風音の言葉に弓花が何とも言えない顔をする。
エンジェルヘア・デトネイター。その素材は最高級のカツラ制作にも使用できるが、己の毛根を犠牲にしてテイムすることで、生体カツラとして元の髪と同じ状態のまま、カツラの能力以上のモノを得ることができる魔物でもある。
一応ゲーム中では地毛扱いであったが、現実においてもそう言えるか否かは当人の気持ち次第であった。