作品タイトル不明
第七百十八話 その本を受け取ろう
ルイーズをキャンサー家の当主にする。その言葉を聞いてカルアがギョッとした顔をして、モルガンに叫んだ。
「モルガン、何を言うんだ? その女は!?」
しかしモルガンの鋭い眼光を受けて、カルアはそれ以上のことを言えなかった。
「その女はなんだ……というのだ? キャンサー家の中でルイーズ以上の実績を持つ者などゼクウ以外にはおらん。ゼクウの孫であり、それを倒した白き一団のひとりであり、各国との繋がりが一番強い人物も彼女だ。何か問題でもあるのか?」
そう口にしたモルガンの言葉は事実であり、カルアも「ぐぬぬ」と唸ったがそれ以上は何も言えなかった。
それどころかルイーズ軽視の言葉を聞いたジンライと弓花の怒りの視線がカルアに突き刺さり、「ヒィイイ」と言って縮こまってしまった。
キャンサー家の中では派閥に属さぬ鼻つまみ者。しかし、その実績と外との繋がりにより、まったく軽視もできない存在がルイーズである。その様子にドーマが思案した顔を見せながらも、口を開いた。
「なるほどな。ミンシアナの影響力が上がりすぎるのが気にはなるが……こちらとしてはローアを排斥できるならばやむなしか。して、ミンシアナの方はどうなのだ?」
ドーマの問いにイリアが肩をすくめて答える。
「構わないっすが、本人の意思を優先して欲しいっすね。あっしも勝手に決めてカザネ様の機嫌を損ねたくはねえっす」
この場において優先順位のもっとも高いところにいるのはチョロいと思われようが風音なのである。
その風音が「ルイーズさん?」と視線をルイーズに向けた。そして、ルイーズが風音と目を合わせると決心した顔で頷いた。
「受けるわ」
その言葉に風音が少しばかり悲しそうな顔をしたが、それでもルイーズの判断を理解し、小さく頷いた。それにルイーズは「ありがとう」と風音に笑いかけると、それからドーマへと視線を向けた。
「ただし、ヨーシュアの扱いについては悪魔狩りに一任させてもらいます。それがあたしの条件よ」
その言葉を聞いて、全員の視線がルイーズの横にいるヨーシュアに集まる。この場において、ヨーシュアという人物が誰だかを知らぬ者も多い。ここまでの話の中でも触れられたのは少しであったし、別の事実が衝撃的であったために、ヨーシュアという青年がルイーズの弟で、ゼクウの孫であるといった簡単な話以上の状況を聞ける空気でもなかったのである。
そして、ドーマがヨーシュアを見た。
「そなたはヨーシュアと言ったな」
「はい」
ルネイと似た顔を持つ、だがルネイよりも優しげな表情の青年が頷いた。美形である。弓花の耳がピクピクと反応する。
「そなたは悪魔なのか?」
そのドーマの言葉に、ヨーシュアが首を横に振る。
「いえ、 悪魔喰い(デモノイーター) です。ゼクウお爺さまが最後に己の魂だけを切り離して悪魔に取り込まれたために、肉体の所有権が僕に移ったんです」
それが、ヨーシュアがここにいる理由であった。
ゼクウはエイジに倒された。そのためにゼクウの魂はエイジに吸収されることとなったが、その前にゼクウは己の内にいる魂の結合を解くことで自分以外の家族の魂をエイジの中に吸い込ませるのを防いだのである。
結局ゼクウは、最後まで己の家族を守り通したのであった。
「だが、その姿はゼクウとはずいぶんと違うようだが?」
そのドーマの当然の問いに、ヨーシュアは「これはですね」と口を開く。
「 悪魔喰い(デモノイーター) は肉体が精神に影響を受けやすいんです。半アストラル体とも言えますし、変異しやすい。僕は悪魔を取り込んではいませんが、 悪魔喰い(デモノイーター) の中には悪魔の羽を瞬時に生やしたりできる者もいるそうです。そして、この身体はゼクウお爺さまのものですが、僕のアストラル体に引き寄せられて姿を変化させたのではないかと推測しています」
淀みない説明にドーマが「なるほどな」と頷いた。それからドーマは値踏みするようにヨーシュアを見ながら、さらに尋ねる。
「それでは、もうひとつ問おう。ゼクウと共にいたお前であれば知っているのではないか? 七つの大罪という悪魔の組織の実態とその目的を」
その言葉にこの場にいる全員の視線が再度ヨーシュアに集中する。だが、ヨーシュアは再び首を横に振った。今の彼はそうするしかなかった。
「いいえ、残念ながら僕はそれを知らない」
その言葉にドーマが目を細めてルイーズを見た。
「それ故か」
その言葉にルイーズは頷き、それから口を開いた。
「お爺さまは意図的に悪魔の情報をヨーシュアたちへ隠していたらしいのです。そうしたものを見せたくはなかった……のだとは思うのですけれど。でも、それで納得できる者がこの場にどれほどいるものか……」
できるはずもない。例え、ヨーシュアが何もしていなかろうと、本当に何も知らなかろうと、その身体はゼクウのもので、ヨーシュアも共に何かしらを見ていたと思うのは当然のこと。
捕らえて尋問なり拷問なりして情報を聞き出すべきだと考えるのは至極、当たり前の結論だった。だが、ヨーシュアはそれを知らない。ルイーズはそれを聞いて、信じた。そのヨーシュアを護るとルイーズは決めたのだ。それが、最後にゼクウがルイーズに頼もうとしたことだった。
ヨーシュアの中には、ゼクウの母親たちの魂もいる。ルイーズはそれを護ると決めていた。
「話にならんぞ、それは」
そのルイーズの一方的な要求に重鎮の一人が声を荒げて立ち上がったが、次の瞬間にはジンライのひと睨みで黙った。有無を言わせぬとはまさにこのことである。その様子を見ながら、ドーマが頷く。
どの道、悪魔に関しての対応はミンシアナ王国に任せておけば良いのだ。
「まあ、良い。それはそちらに一任しよう」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
ドーマの言葉にルイーズと、ヨーシュアのふたりが頭を下げた。もっとも覚えていること、思い出したことについては逐一報告を上げるようにとの条件付きである。
そして、細かい部分についてはまた詰めることを決めると、その場での会合は解散となったのであった。
◎魔道大国アモリア キャンサー家 屋敷
「ボッロボロになっちゃったわよね。まあ入り口付近だけで済んで良かったのかしら?」
そう言いながらルイーズが瓦礫の山を踏み越えて、屋敷へと入っていく。その後に風音とヨーシュア、それにミサリも続いていく。
王城での話も終わり、彼女らが最初に訪れたのはキャンサー家の屋敷であった。その他のメンバーは迎賓館に戻っているが、風音たちはここでやらねばならないことがあったのである。
「うーん。これなら魔力が回復したら私のゴーレムメーカーで直せるけど、どうする?」
「うーん。前と同じまんまじゃなくても良いのよねえ。それじゃあ、頼んじゃおうかしら」
風音の提案に、ルイーズがそう答える。
キャンサー家の屋敷は正面からだと倒壊しているようにしか見えないが、奥の建物は無事である棟も多い。実際に直すにしても入り口付近の改修だけで済みそうな感じではあった。
そして、風音たちが屋敷の奥へと進んでいくと、宮廷魔術師たちが並んで待っていた。それは、アモリア王族が悪魔信奉者であった証拠を探しにミサリから指示していた者たちである。
「ご苦労様です」
ミサリがそう言うと、魔術師たちは「ハッ」と姿勢を正し敬礼する。すでにミサリには途中で報告が入っているのだが、証拠はやはり見つからなかった。そして、すでに取引を終えているために、今度は無理矢理ではなく、正式にその証拠を受け取るためにミサリはこの場に来ていたのである。
「それじゃあカザネ。頼んだわよ」
「ラジャーっと」
風音が一歩前に出て奥にあるゼクウの私室の前へと立った。
「その先には何もございませんでしたが……」
共についてきた魔術師の一人がミサリにそう報告するが、風音が何かしらを行うと、続いてズズンと音がした。それからヨーシュアがドアを開けると、そこにはゼクウの私室があったのである。
それを見て宮廷魔術師が「あれ?」と首を傾げているが、種明かしとしては風音がスキル『真・空間拡張』の能力である大型格納スペースからゼクウの私室を出して、そのまま中へと置いただけである。この仕組みはゼクウが無属性転移で移動させやすいように、屋敷の中にはめ込む形で部屋を作っていたために可能であったことだった。
その仕掛けは、何かの時のためにゼクウが部屋ごと証拠を隠蔽するための仕掛けであったとのことである。
「どうやったかは……教えてはもらえませんか?」
ミサリの問いに風音は腕を交差してバッテンにした。
スキル『真・空間拡張』どころか、アイテムボックスも秘密にしておかないと、さらに危険物を持ち込んでいることがバレてしまうかもしれない。それはさすがにできない相談であったのだ。
それからヨーシュアが中に入り、ゼクウの本棚に納まっていた本をひとつ取り出した。
「もしかして、その本の中に入ってるの?」
風音の問いにヨーシュアは「いいえ」と答えながら、本へと魔力を送る。すると、その本の表紙に魔法陣が浮かび、書類がその魔法陣から転移されてきたのである。ソレを見て、ミサリが驚きの顔を見せた。
「まさか、空間魔術? ゼクウ様はそんなことまで可能だったのですか?」
「ええ、お爺さまは空間魔術の使い手でした。奥の手ということで秘匿としていましたが」
空間魔術とは、使用できる術者の限られた特殊な魔術のことで、不思議な袋などにも使用されている、一般的に知られている唯一の無属性魔術である。
「これは当人以外では、呼び出せない特殊なものです。まあ僕でも可能なのですが。なのでカザネさんがこの部屋を隠してくれなくとも、見つからなかったでしょうけどね。部屋自体に仕掛けがあるので、調べた人間も無事では済まなかったでしょうし」
そう言われて、ミサリと共にいた魔術師の顔が引きつった。少なくとも今の魔術を見破れなかった自分は、罠にかかっただろうとは理解できたようである。
「さてと、それじゃあカザネさん。これです」
そう言って書類を手渡された風音が、カシャカシャカシャとカメラで契約書をすべて撮影すると、そのままミサリへと手渡した。
「ええと、今のはいったい?」
ミサリが首を傾げながら尋ねるが、やはり風音は「ヒ・ミ・ツ」と答えるしかない。ゆっこ姉に頼まれて、コピー代わりに撮影してこいと言われていたとはミサリに答えられなかった。風音は謎の多き女なのである。
それからミサリが書類の中身をチェックしている横で、ヨーシュアはさらに別の本を取り出して、そして書類と同じようにそこから転移で出した本を風音に手渡した。
書類を見ていたミサリがそのことに気付いて訝しげな目でそれを見たが、それはグリモアであるらしかった。
「なんです。それ?」
「むふふー。ヒミツー」
またもや秘密ではあるが、今度の秘密は楽しみな秘密である。それは転移のグリモアだった。それも 魔力の川(ナーガライン) を介することで長距離でも移動可能な魔術のことが記されているグリモアであった。