作品タイトル不明
第七百十話 成長をしよう
「役立たずとはなんだ! 役立たずとは!!」
左腕を切り裂かれた英霊ジークが、声を張り上げながら地面に降り立った。降りた瞬間、苦痛に顔を歪ませたが、すぐに平然とした表情に戻ってジンライとゼクウへと視線を向ける。
「まったく、厄介なところに喚び出したな。敵の近くで召喚した主の失態であろうに」
英霊ジークがそう悪態付くが、ややこしいことに結局のところ自己批判である。その様子を見てジンライが少しばかり安心した顔をする。軽口を叩けるほどには、大丈夫なようだと思ったのだ。
「どうやら、まだ余裕があるようですな」
ゼクウへと構えながらもジンライがそう口にするが、英霊ジークは苦笑しながら「いいや」と返した。
「あの老人にはしてやられたさ。ただ切り裂かれただけではなく、傷口から内部に雷が走って、臓腑が灼かれた。かなりの割合で炭化しているし、全身が痛みでバラバラになりそうだ。まあ、普通なら死んでいるな」
召喚体でなければ絶命して然るべきダメージのようである。雷霆剣の威力も英霊ジークの生命力も異常なレベルのようであった。
「パワーは大幅にダウンか。天鏡の大盾ゼガイもこの有様では握れんしな」
今の英霊ジークは左腕が斬り飛ばされたために盾が持てず、まだ部位破壊により全体的に能力がダウンしている状態だった。実際のダメージから考えれば、そもそも戦闘が継続できること自体がおかしいのだが、そこはさすがに最強の戦士の面目躍如というところだろうか。その足取りはまだハッキリとはしていた。
「今の我の力はジンライ、お前と同じくらいか」
「……ハァ」
それでもまだ同じ程度なのかとジンライが気落ちするが、次の瞬間にはまたゼクウが消えた。
「ぬぅ?」
「後ろだジンライッ」
英霊ジークの言葉通り、背後に気配が現れたのがジンライにも分かった。空間転移からの不意打ち斬り込みが、ジンライへと向けられた。
「チィッ」
「おしゃべりをしている余裕などあると思ったか」
そのゼクウの斬撃をジンライは槍で受け止める。が、それは悪手だった。
「ガァアアアッ!」
凄まじい電流が槍を通してジンライの身体を駆け巡ったのだ。
「離れよッ」
「ふむ。さすがに速いな!?」
英霊ジークがゼクウに斬りかかって、ジンライから引きはがす。
「が、あぁ……」
ゼクウの雷霆剣が接触した時間はごくわずかだったが、それでもジンライの受けたダメージは甚大であった。先ほどすべてのエネルギーを放出させたメタルカザネとは違い、英霊ジークを切り裂いた雷霆剣はまだまだ余力があったのだ。
それは槍で受けたにしても、例えわずかではあっても、生身の人間が受けきるにはあまりにも強力な一撃だった。
「くっそぉ……」
ジンライが 一角獣(ユニコーン) の槍を支えに何とか、持ちこたえる。だが今はまだ動きがとれない。それを察して英霊ジークは一歩前に出た。
「仕方あるまい。見ていろよジンライ。我の戦いを」
「ジーク殿?」
ギリギリのところで踏みとどまっているジンライの前で、英霊ジークが『大翼の剣リーン』をモードチェンジさせ『至翼の槍リーン』へと変える。
英霊ジークの武器は可変させることで様々な武器に変化し、英霊ジーク自身も『武芸千般:極み』というスキルによってあらゆる武器に精通することができる。それは例え隻腕での槍の扱いについても変わることはない。
「ふむ。英霊とはいえ手負い。確か、身体ダメージの比率によって能力値も落ちるのだったかな?」
ゼクウの言葉に英霊ジークが笑う。目の前の老人はプレイヤーを知っている。そして、それに抗するだけの力を持っている。或いは英霊ジークが万全であったとしてもゼクウの雷霆剣を防げたどうかは怪しかった。
ゼクシアハーツでのキャラはレベル100超えのスペリオル化によって人外の域に踏み込み、レベルカンストクラスは幾月もの時を超えて鍛え続けてきた不老の戦士という扱いに変わる。
だが目の前の老人は、それを『実際にこなしてしまった』、いわば英霊と同等かそれ以上の存在なのだ。だから今の、手負いどころかほとんど瀕死の英霊ジークではゼクウ相手には勝つのは難しい。
「まあ、そうだな。今の我はそう大した存在ではないさ」
そう言って英霊ジークがゼクウに対して駆け出した。
そして繰り出される攻撃をゼクウは雷霆剣で受け、槍を通して英霊ジークへと雷が走るとその表情が苦痛に歪む。
「時間切れを待たずに消失するであろうな。それでは」
「構わん。我の勝利はすでに捨てた。望むのは我とジンライの勝利よ」
英霊ジークがそう言って至翼の槍リーンを片腕で振るう。それは非常に型にはまった、流れるような綺麗な動きをしていた。
「ぬぅ?」
そしてゼクウが気付く。雷霆剣の雷のダメージがわずかではあるが流されつつあるのが。
「真の隻腕の槍使いの動きを知ったジンライならば、貴様を妥当し得ると我は信じよう。そのために我はッ……グゥッ!?」
英霊ジークの豪奢で真白い鎧が弾け飛んだ。
剣撃が振るわれるたびに英霊ジークに雷が走り、ダメージを与えていくのだ。かつてないほどに英霊ジークはダメージを負っていく。鎧が弾け、髪は切り裂かれ、焼かれて、顔も焼け焦げている。
だが英霊ジークは、ただ槍を振るう。
それは正しく『お手本』のような『隻腕の槍の使い手』の姿。
スキル『武芸千般:極み』はあらゆる武器を装備してもその時点で武器の熟練度を達人の域に引き上げる。それはゲームだからこそ許される、いわば反則技だ。しかし、英霊ジークは今それを現実に体現している。
「無惨なものだ。プレイヤーの木偶であるが故に死すらもままならぬ」
「ふん。まあ、そうだな」
英霊ジークが肩口からゼクウに切り裂かれる。
「ぐぅっ!?」
英霊ジークが苦痛の声を漏らす。
わずかに退いて反らしたために皮一枚ですんだが、そのダメージは槍を通して喰らっていた雷属性だけのものではない。混合である雷光属性に該当するエネルギーが傷口から英霊ジークの体内へと凄まじい勢いで流れていく。
「効かぬわっ!」
だが英霊ジークは気合いでそれを弾き、すぐさま槍を振るってゼクウを退ける。それをジンライは、離れた場所からじっと見ていた。一挙手一投足を見逃さぬように、未だ自分の到達していない隻腕の型を見逃さぬように集中していた。
「我は所詮、そうであれと望まれ生まれた幻想。我が槍の技もそうした概念の産物。成長なき我には過去も未来もない。そしてその刃に魂はこもっていないかもしれぬ。だがジンライ」
「ハッ!」
ジンライが涙を流しながら英霊ジークを見ている。
「お前の力はそうではないはずだ。これを見よッ!」
そして次の瞬間、ゼクウの雷霆剣と英霊ジークの至翼の槍リーンが交錯する。だが英霊ジークにダメージはない。
「所詮は雷。流せぬものではないのだッ!」
「貴様ぁっ!?」
槍の柄の先から雷が流れ、そして英霊ジークがゼクウへと槍を突き立てようとした……が、届かない。英霊ジークの槍はその腕からこぼれ落ち、英霊ジーク本人もその場で膝を突いて倒れた。もはやその身は限界だったのだ。結局のところ、英霊ジークの刃はゼクウへは届かなかった。
「……さすが、スノードロップ様とやり合うだけのことはある。恐るべき手練れであったよ」
ゼクウが少しばかりの冷や汗をかいたが、そのまま英霊ジークを一刀両断する。そして英霊ジークが魔力光の粒子となって消えていくのを見ながらゼクウが一息つき、それからジンライを見た。
「ふむ。随分と時間がかかった。カザネが目覚めるかもしれぬし、白き一団の仲間がやってきているかもしれぬ。次で終いにさせてもらうぞ」
そう言ってゼクウが雷霆剣を握って、ジンライへと向ける。それを見てルイーズが一歩を踏み出した。
「お爺さま止めて。欲しいのは私の命なのでしょう。だったらッ」
「ルイーズ姉さんッ!」
だがジンライが叫んで、ルイーズの言葉を止める。
「ジンライくん?」
そして驚きの顔でルイーズがジンライを見た。
「問題はありませぬよ。あなたが惚れた男のこと、信じてもらえませんか?」
そのジンライの顔は笑っていた。笑みを浮かべて、任せろと頷いた。それを見たゼクウの目が細まる。
「今更だな。ルイーズを捨てた男が何を言う。ルイーズは泣いておったのだぞ。お前に捨てられ……ああ、なるほど。そう考えると怒りというものが湧いてきたかもしれんな」
ゼクウの言葉にジンライが睨む。
「そうまでしてルイーズ姉さんを想うのであれば、何故殺そうとする? なぜ悪魔に組みした?」
「ルイーズを我が内に迎え入れるためだ。我が肉体を方舟とし、私は私が愛する家族と共に永遠を生きるのだッ!」
「世迷い言をッ!」
「何とでも言うが良い。あの男を止められぬ以上、ルイーズが生き続ける道は他にはないッ! 邪魔をするなよジンライッ!」
そして両者が一斉に走り出し、ぶつかり合った。しかし、ゼクウは気付かなかった。均衡は変わったのだ。つい先ほど、消え去る直前に英霊ジークにジンライが託されたときに天秤の傾きは変化していたのだ。
「なっ!?」
ゼクウの剣を 一角獣(ユニコーン) の槍で受け止めたジンライが、流れ出た雷を先ほどの英霊ジークのように槍の柄の先から放出し受け流す。
「見せてもらったのだよワシは。あの方の技を、意志を、ワシは託されたのだッ!」
ジンライが叫ぶ。そう、ジンライは見ていた。英霊ジークの隻腕の槍術を。腕の左右の違いはあるが、今までジンライに足りなかった、学べる相手もいなかった隻腕の槍術の完成型のひとつをこの場で学んだのだ。我流の限界をジンライはすでに超えていた。
「こやつ、わずかな間に成長しているだと?」
「ゼクウ・キャンサー。覚悟ッ!」
勝負は一瞬。ジンライの力の質の変化にゼクウが対応できていない最大のチャンスを狙って、ジンライは持てるすべての力をそそぎ込んだ。
そして、銀色の刃が宙を舞った。