作品タイトル不明
第七百九話 その最強を斬り裂こう
「あ、ああ……」
ルイーズがそれを見て目を丸くしている。
凄まじい雷光が目の前で発せられた。その光にルイーズの視界は真っ白に染められた。
放たれたものの正体を当然ルイーズは知っていた。それはルイーズを含め、ごくわずかな者しか習得できなかった悪魔狩りの奥義『ジャッジメントボルト』と呼ばれる魔術だ。
一ヶ月もの間に貯め続けた魔力を、一気に光と雷の混合魔術へと変えて放つ大魔術のひとつ。その威力は例え最上位の悪魔であっても滅することが可能だと言われており、それがゼクウによって魔法剣として振るわれたのだ。
放つだけで塵をも残さぬ大火力を刃に凝縮した一撃である。そんなものを受けては如何にジンライでも生き延びることは不可能だろうと……ルイーズはそう思ったのだが、
『なんという 業(わざ) か』
「なー」
ルイーズのそばにいるジン・バハルとシップーが驚きの声を上げていた。それを「え?」と不思議な顔をしてルイーズは見る。
ジン・バハルはジンライの召喚騎士で、シップーはジンライとリンクしている魔物だ。本来であれば、主を失ったジン・バハルは消滅し、シップーもリンクが切れたことで何かしらの影響を受けるはずであった。しかし、どちらにも変化はない。であれば……と、ルイーズがジンライのいた方へと視線を向けると、そこには肉体すらも消失したはずの男が平然と立っていた。
「ジンライくんッ!」
それを見て、涙をこぼしながらルイーズが叫ぶ。
生きていたのだ。予想に反してジンライは健在であった。まったくの無傷であった。
「むぅ。してやられたか?」
ゼクウがそう呟いた。すでにゼクウの持つ聖者の剣に込めたジャッジメントボルトの残量はゼロだ。今の一撃ですべて外に流されてしまった。
「甘く見たつもりはなかったが、まさかここで横やりが入るとはな」
ゼクウが忌々しげに目の前の物体を見た。それはすでに人の形をしていない、ドロドロに溶けた金属の塊だった。
ゼクウが長きに渡る研究の末に完成させた、対悪魔用の大魔術『ジャッジメントボルト』。それはあらゆる悪魔や、また悪魔以外をも一撃で倒し得る強力なものであった。
しかし放てるのは一ヶ月に一発のみ。ゼクウはそれをより長く使用するために魔法剣を習得し、さらにはジャッジメントボルトを留めるほどの許容量を持つ聖者の剣ジハードも手に入れた。
そうして生まれたのが『雷霆剣』という魔法剣だ。
その一撃を今ゼクウはジンライに対して振るったのだが、結果は見ての通りである。雷霆剣は防がれ、ジンライは無傷のままである。
「ふぅふぅ」
そしてジンライは冷や汗をかきながらではあるが、その場に二本の足で立っている。完全に殺されたと思ったジンライは、しかし無傷であった。その原因は、
「か、カザネか。助かったぞ……本当に」
ジンライの目の前にある金属の塊が身代わりになったためである。
もはやドロドロに溶け、大部分が蒸発して元の姿の三分の一にも満たなくなっているが、それはアダマンチウムでできたメタルカザネであった。
いったい何が起きたのか?
簡単な話だ。唐突に天井を突き抜けてメタルカザネが飛び込み、ジンライの前に割り込んだのだ。
そのままメタルカザネは両腕でゼクウの雷霆剣を白刃取りすると、さらに腕を四本に増やして左右に伸ばし地面に突き刺して、そのエネルギーを地面に流して拡散させたのだ。
結果として受け止めたメタルカザネのほとんどは蒸発して消失し、拡散されたエネルギーは後ろにいるジンライと、正面にいるルイーズたちを逸れて左右に放たれ、キャンサー家の屋敷を半壊させていた。
「くっ、ォォオオオオッ!」
そして、ジンライが駆け出す。
自分の力ではないとはいえ、ゼクウの奥の手は防いだのだ。ジャッジメントボルトは一ヶ月充填という制限によりもはや使えないのだ。ならばここより先は純粋に鍛え上げた 業(わざ) と 業(わざ) の勝負。
「カザネのくれたチャンスを逃すわけにはいかん!」
そう叫んで 一角獣(ユニコーン) の槍を突くジンライだが、槍の先が届く前にゼクウの姿が消失する。
「上かっ!」
それを見て、とっさにジンライが槍を振り上げる。
「ぬぅっ!?」
金属同士の激突音と共にゼクウのうなり声が上から聞こえてきた。ジンライの読み通りにゼクウは上空に転移しそのまま斬撃を放ったのだ。それをジンライは見事に受け止めていた。そのジンライの動きを見てゼクウが眉をひそめる。
「二度までも受けるか。それは偶然ではないな」
「毎日、訓練しているのでな。その類の攻撃は身に染みているわッ」
ジンライが叫び、槍にさらに力を込めて、ゼクウを吹き飛ばす。そのまま飛ばされたゼクウが空中で回転し態勢を整えながら床に降り立つと、剣をふた振りして追撃してくるジンライへと雷の刃を飛ばす。
「おぉぉおおっ!」
ジンライはそれを柳のように揺れて避けた。
「槍術『柳』か。見事」
そう口にしたゼクウが聖者の剣ジハードを両手で握り、ジンライへと駆け出した。
飛ぶ斬撃が通じないのならば打ち合いで……とゼクウは判断したのだろう。対してジンライもそれに応じて前へと踏み出す。そして、まるで剣と槍の斬り合いと突き合いが繰り出されていく。それはまるで嵐の如き、応酬に次ぐ応酬だった。
「ジンライくん……」
ルイーズがその様子を食い入る目をして眺めている。
闘気と魔力が火花のように散り、それは幻想的ですらあったが両者の差は確実に存在していた。
ジンライの足が徐々に退いているのだ。単なる力ではない。魔力量の差でもない。純粋に技量においてもジンライは負けていた。このままではジンライの敗色は濃厚であった。それを見てルイーズの顔に焦燥の色が現れてくる。
(このままだ……だったら、あたしがこの場から逃げれば……)
ルイーズは思案する。ゼクウの狙いはどうやらルイーズの命のようなのだ。であれば己がこの場から逃げることで、ゼクウの標的をジンライから自分に変えられるかもしれないとルイーズは考えたのだ。
それに最初の言葉を聞いた限りでは、ゼクウはジンライを殺す気はない。であればジンライも届かぬ距離にまで逃げれば、恐らくゼクウは転移してルイーズを殺し、そのまま逃げてくれるのでは……そう思ったところで、
「にゃー」
後ろから鳴き声が聞こえたのだ。
「その声は、ユッコネエ?」
ルイーズが後ろを振り向くと崩れ落ちた館の外からユッコネエの姿が見えた。そして、その背にはぐったりとしてユッコネエの背に乗せられている風音がいたのである。
「カザネ、ちょっと、どうしたのよ?」
ルイーズが近付きながら尋ねるが、風音の状態はかなりよろしくはないようだった。肉体的な損傷はないが、意識がかなり虚ろのようである。
「嫌な予感がしたんで……メタルカザネを……先行させたんだけど……凄いの、喰らった」
途切れ途切れの風音の言葉を聞いてルイーズは「あ!?」と声を上げて気付いた。風音の操るメタルカザネが先ほどジンライの代わりに雷霆剣を受けて半壊したのである。斬られたり、潰されたりしてもメタルカザネにはダメージはないのだが、今回は蒸発しているのだ。どの程度のダメージかは分からないが、風音はそのフィードバックをかなり受けているようだった。
「ぐふっ、しびしび……」
風音がブルブルと身を震わせているが、目は薄くだが開いていた。まだ意識は途切れておらず、今も戦い続けるジンライへと向けられていた。
それから風音は歯を食いしばって手を前に出した。その手の先、指にはめられている指輪を見てルイーズの顔に希望が宿る。
「た、頼んだ……よジーク。ジンライさんを……護って」
その言葉と共に指輪から光が走り、真白い甲冑と赤いマントを身に包んだ銀髪の戦士が飛び出してきた。レベルカンストである英霊ジーク。それがジンライを救うべく飛び出したのだ。これで形勢逆転。そうジンライも、ルイーズも、風音も思っていた。
「裁定の雷よ、魔なるものを砕く力を我が剣に宿せ!」
しかし、ゼクウは見ていたのだ。風音が来ていたことにも気付いていた。であればどう出てくるかすらも読んでいた。
ゼクウは知っている。光から飛び出す瞬間、それが英霊の隙なのだということを、悪魔王ユキトの英霊たちと長く接触してきたゼクウは知っていた。
ゲーム中でならば、その瞬間は無敵の時間だ。現実においてもそれは同様。だが、それが解ける一瞬。テレビゲームでは捉えられない刹那をゼクウは見極められる。英霊という存在を呼び出すプロセスの隙をゼクウならば斬り込める。
そして『ふたつ』めのジャッジメントボルトを装填された雷霆剣が英霊ジークを斬り裂いた。
「ガァアアアアアッ!」
「馬鹿な、ジーク殿がやられただと!?」
ジンライが叫ぶ。しかし目の前で起きているのは現実だった。英霊ジークは飛び出した瞬間を狙われ、ゼクウによって斬り裂かれた。英霊ジークの左腕が宙を舞う。天鏡の大盾が地面に落ちて、ガランと音が響いた。
「や、役立たず……」
その様子を見ていた風音は、そう口にしてそのまま意識を失った。