作品タイトル不明
第六百八十八話 アモリアに入ろう
その日、魔道大国アモリアの中心にある王都コーダの正門前ではざわめきが起こっていた。その騒動の中心は王都入りを希望する列の横を進み門の前に止まった黒い巨大な装甲馬車であった。またそれを牽いているのがそもそも馬ではなかった。
時折テイムした大トカゲなどの魔獣を馬代わりにしている者はいるし、安全性が確認できていれば街の中に入ることも可能ではあるのだが、その馬車を牽いているのは半人半馬の姿をした全身甲冑の巨人であった。
冒険者ならばそれがリビングアーマーではないかと思った者もいるかもしれない。ドラゴンと対峙したことのある者でいれば、その全身甲冑の半身半馬が握っているランスが相当に強力な竜の角から造られたものだと分かったはずだ。さらには馬車の上には黄金色と白金と黒の縞をした二匹の巨猫も丸くなっていたのだからもう訳が分からない。
そんなものが彼らの横の、いわゆる王族や貴族などが通る用に設けられた通路を通って門の前で止まっていたのだ。注目されないわけがなかった。
そして僅かばかりの時間が経過し、馬車が兵たちに囲まれて門の中に入るとその場にあった妙な威圧感が消え、その場にいた人々からはホッとした安堵の息が洩れたのであった。
◎魔道大国アモリア 王都コーダ
「ユイハマ家当主、カザネ様と白き一団の皆様ですね」
「はいはい。そうです」
タツヨシくんケイローンに牽かれたサンダーチャリオットトレインがアモリアの王都に着いたのは昼頃のことだった。事前に指示を受けていた通りに王族専用の通路を進んでいくと風音たちは門の前で当然門番に呼び止められ、それから正門内の中庭のような広い場所に案内されたのである。
そして、しばらく経ってから風音たちの元へとふたり組の男女がやってきて、男の方が尋ねてきたのである。
「まさかこんなにお早いお着きとは思いませんでしたが」
「早く街を見たかったしね」
男からの言葉に風音はそう返す。
なお風音たちはロードゾラン大樹林から国境の関所までを一日、そこから王都までを二日で踏破していた。関所から放たれた伝書鳥によって風音たちの来訪についてはすでに伝えられていたとはいえ、それも伝書鳥が王都に着いたのは前日の夕刻のこと。
普通ならばさらに一週間以上はかかる距離であり、男が半信半疑に尋ねたのもやむを得ないところがあった。
その男の横では女性が「おおッ」と声を上げながら風音たちやケイローン、それから馬車を見回している。
「半人半馬のゴーレムに……ゴーレムの義手? 無数のオーガが宿る鎧に、お仲間もこれは凄い装備揃いですよゼンドー様。クリスタルドラゴンの子供とエルダーキャットの系譜の巨猫にジュエルラビットまで……ああ、そっちの馬車も召喚体ですね」
「よく分かるね」
「あはは、そうしたお客様相手には私にお鉢が回ってくるのですよ」
そう言って二十代半ばほどの女性が微笑んでから、頭を下げた。
「はじめましてカザネ様。私はミサリ・メンダル。この国で宮廷魔術師長をさせていただいております」
「へぇ、まだ若いのに魔術師長さんなんだ?」
少しばかり驚いた風音にミサリがクスッと笑う。
「老いもやりようによっては調整できるものです。そちらのジンライ殿もそうでありましょう」
「まあ、確かにな」
微笑むミサリにジンライ(外見二十代前半)が頷いた。
「とは言っても私はジンライ殿ほどの若返りの恩恵を預かっているわけではありませんけどね。今の年齢は四十ほど。パナシアの雫も二度目以降はあまり効かなくなるものなので」
「そうなのか?」
そのミサリの言葉にジンライの方が驚いていた。ジンライは二度目に若返りの秘薬である『パナシアの雫』を飲んだときにも効果を発揮していた。であれば違いはなんなのか? そうジンライが首を傾げるとミサリも頷いた。
「はい、そうです。その違いを私も知りたくて。それにカザネ様からも、もう」
ゴホン。
ミサリの言葉を遮って咳払いがした。それをしたのはミサリの後ろで困った顔で立っている男であった。
「あ、失礼しました」
ミサリが「失敗失敗」といった顔で自分の頭をポコンと叩いて後ろに下がる。さらにテヘッと笑いながらペロッと舌を出していた。その見事なテヘペロに風音は謎の感銘を受けていたが、再度の咳払いを聞いて男の方に視線を向け直した。
「申し遅れたが私はゼンドー・ニサ・アモリアと申す。ドーマ・ニサ・アモリア国王陛下の弟だ」
王の弟、王弟である。ツヴァアーラ王国で言えば、シェルキンと同じ立場の人だ。そう考えると風音の中でゼンドーの威厳が下がった。親しみが上がったとも言う。理不尽な話である。
「早々に騒がせて申し訳ない。ミサリは興味を引かれることがあると周りが見えなくなるのだ」
そう言ってゼンドーがミサリを睨むと、ミサリがテヘヘと笑った。それをゼンドーが忌々しそうな顔をしたが、すぐに風音たちに視線を戻した。ゼンドーはほぼ同年齢で付き合いも長いミサリが若ぶっている仕草をするのがムズムズするのである。
「もっとも、これは確かにインパクトが大きいか」
ゼンドーがタツヨシくんケイローンとサンダーチャリオットトレインを見た。ケイローンもそうだが、サンダーチャリオットトレインの装甲な外観は見る人を威圧する重さがあった。
「街を通るには少々……というよりもかなり威嚇行動になりそうな……」
「え、駄目?」
風音が首を傾げて尋ねる。数々のお爺ちゃんを籠絡した風音の仕草にゼンドーが「ウッ」という顔になり、さらにはミサリからも援護射撃が入った。
「ゼンドー様、私はこの馬車に乗ってみたいです」
「また、お前はそういうことを……」
ゼンドーがうんざりした顔でミサリを見る。両拳を上げてワクワクというポーズを取っていた。年を考えろとゼンドーは思ったが口にすると後が怖いので何も云えない。
「ハァ……一応馬車は用意していたのだが、まあよろしい。これを見れば馬鹿な真似をする者もおらんだろうしな」
そう言ってゼンドーがケイローンの持つドラグホーンランスを見る。放たれる竜気は魔物などを退ける効果をもたらすがそれは当然人間にも影響がある。
まるでその場にドラゴンがいるかのような感覚に陥る存在を前に仕掛ける者もいないはずであろうとゼンドーは己を納得させた。併せて、その中からゼンドーとミサリが顔でも見せればアモリアの王族の力であると誤魔化すこともできるだろうと考えたのである。
そしてサンダーチャリオットトレインの中に入ったゼンドーとミサリのふたりがその内部の豪奢な構造に驚き、さらに後列車に搭載されているゴレムスキャノンを見てさらに驚いていた。
「屋根までせり上がって砲撃もできるんだよ」
と自慢げに説明する風音にゼンドーは頭を抱え、ミサリは楽しそうに話を聞きながらサンダーチャリオットトレインは城へと進んでいったのである。
◎魔道大国アモリア 王城メルダス
城の中へと入った風音たちは馬車を降りると用意してきた正装に着替えてから王の間へ向かうこととなった。
また今回に限ってはティアラやレームたちも非公式ではあるが身分を明かしての紹介をすることになっていた。
風音が王族として向かうのであれば、共にいる以上は合わせた身分である方が動きやすい。併せてライルたちバーンズ一族も似たような立ち位置である。
そしてそれぞれの国の正装に風音たちが着替え終わると、それを厳重に兵たちが囲んでの移動となった。
「ゴクリ」
白き一団を案内する兵の誰かの唾を飲み込む音が聞こえた。自分たちの任務の重さに彼らは押しつぶされそうであったのだ。彼らはこの城の精鋭たちであり、案内している者たちの素性も聞かされていた。
ミンシアナ王族であるユイハマ家のカザネとナオキ。ハイヴァーン貴族の名家にしてすでに次期王として選ばれてもいるライル・バーンズとその一族。トゥーレの女王レーム。ツヴァーラの次期女王にして現王女であるティアラと前王メフィルス。アモリア内でも上位の権威を誇る悪魔狩り『キャンサー家』のルイーズ。いずれもアモリアにとって意味ある身分高き者たちばかりだ。
また風音の頭の上に乗っている子竜も彼らの目を引いていた。神々しい輝きを放つクリスタルドラゴンの子。それだけでも計り知れぬ価値を持った存在だ。
またルイーズの胸に納まっているジュエルラビットも彼らの関心を引いていた。いや、むしろオッパイの方が気にはなっていた。そのボリュームは警戒するに値するものだった。
だが彼らにとって真に警戒すべきは風音たちに襲いかかるかもしれない不埒な者たちではない。ましてや風音たちでもない。この集団の中に混じっている、ある特異な人物を彼らは警戒していた。
その名はユミカ・タチキ。
素性も知れず、複数の魔獣へと変じる恐怖の魔人と知られた、『 血塗れの狂戦士(ブラッディベルセルク) 』の異名を持つ冒険者である。
一見地味目な顔立ちの少女であると彼らは聞いていたが、すでに弓花は変貌を遂げていた。
実は今の弓花は竜人化によって 水晶の竜姫(クリスタルプリンセス) となっていたのである。
しかし、それだけではない。このメンバーの中で弓花はもっとも豪奢な衣装をこの場で着飾っていたのである。
それは肩書きがなくてみんなと見劣りするのでは……と嘆く親友のために風音が己の持てる力のすべてを結集させて造り上げた無敵のドレスであった。
そのドレスの生地はゴーレムメーカーを用いて生み出した超極細のアダマンチウム繊維であった。風音はそれを一流の職人たちに仕立てもらい、この世で類を見ない防御力とメタリックな煌めきを持たせた最硬のドレスを生み出していた。
さらにはスキル『宝石化』を用いてこの世界の技術では作成不可能な宝石細工の装飾品を全身に散りばめさせたのだ。その宝石の中にはチャイルドストーンも一緒に飾らせており、ファイア・ハナビを付与しているため、それを使えば祝いの席で盛り上がること必至であった。
また竜人化により弓花の周囲には七色に輝くレインボーカーテンも発生していて、それが弓花にこの世のモノではない美しさを与えていた。
「う、浮いてないかな私?」
「大丈夫だよ弓花」
「一番目立ってるわよ」
「綺麗ですよユミカ」
少しばかり恥ずかしそうに尋ねる弓花に仲間たちは口々にそう返した。
そう美しい。それは事実だ。だが度が過ぎれば何事も毒にもなることを風音はあまり理解していない。この世のモノとは思えない暴力的なまでの美しさなど毒そのものでしかないのだ。端的に言ってやり過ぎであった。
そう、兵たちは恐怖に染まっていたのだ。美しすぎることが恐怖に繋がるなど彼らには初めての体験だった。
そして兵たちは知っていた。一見して美しいその姿が獲物を狩るための擬態であるというを。
何しろ事前に聞かされた情報によればその正体はランクAも存在する100人以上もの強面ぞろいの冒険者集団を率いている生粋の無頼であり、気に入らない相手はその場で組織ごと壊滅させるような者なのだ。
ハイヴァーン公国では森中の魔物を喰らい尽くし、街のアウターファミリーもたったひとりで殲滅させたとも彼らは知らされていた。
(ヤツの一挙手一投足を見逃すな。四メートルはある化け物になったという報告もある)
(冗談でしょう。あからさまに怪しい美しさだってのは分かりますけど)
(資料を読み直すんだな。油断すれば目があっただけで殺されかねんぞ)
(今だって目が灼かれそうですよ)
兵たちの間でそんなボソボソと会話が交わされている。
また、そのような者を城に上げるなど本来であれば言語道断な危険行為ではあるのだが、今回彼女も含めての白き一団への招待である。いわれもなく『 血塗れの狂戦士(ブラッディベルセルク) 』だけを外すというわけにはいかなかった。
そんな風に戦々恐々とする兵たちに連れられて、風音たちは王の間へと足を踏み入れたのであった。