作品タイトル不明
第六百八十六話 絶体絶命のピンチを切り抜けよう
「あったね。幻魔の鱗粉……の元になるスカーレットパピヨンの羽」
風音がそう口にした。昨日の戦いの場に今は魔物の姿はなかった。ただ、無数に散らばる魔物の死骸だけがその場に残されていた。その中にはスカーレットパピヨンの死骸も目的の羽が付いた状態で転がっていた。
「やったな姉貴。あれを取ればさっさとおさらばできるよな?」
「え? うーん」
直樹の言葉に風音が首を傾げながら唸った。そこには言いようのない違和感があった。
「おかしくはないか?」
ジンライがそう口にして弓花が首を傾げる。
「何がですか師匠?」
「なぜ死骸が残っておるのだ。デュアルモーターマシラオーのまであるぞ」
「何故って……そうですよね。確かに」
かじられた跡もあるが、まだ食べられる部位が残った死骸も多い。生き残った魔物がそれらを口にせずに放置して去っていったというのは妙なことだった。
「こいつらを倒した奴が食わずに去っていっても、別の魔物が見逃すはずがないよね」
「まあ、確かに」
風音の言葉に直樹が素直に頷く。弱肉強食の世界でこんな美味しい状況になっていれば放っておかれるはずがないのだ。となれば答えはひとつである。
「罠かな。どうしようか」
「羽はあそこにあるんだよね? ダッシュで取ってすぐに逃げるとか?」
その弓花の提案に風音が眉をひそめる。
「だとしても生身で挑むには厳しい……けど」
召喚体ならば罠だとしても取り返しは付くが、風音の召喚体で最速はカイザーサンダーバード。そのままスカーレットパピヨンを掴んで飛び去るほどの精密動作が可能かは分からない。
(ポッポさんの次に速いのはネイキッド狂い鬼かぁ。けど取って逃げるっていうのは多分無理だろうね。敵が出れば飛び込んじゃうだろうし)
風音は、狂い鬼は却下と結論付けた。であればどうするか。シップーやスキル『最速ゼンラー』使用の風音ならばイケるかもしれないが、どちらも生身では罠の発動速度より遅ければ死んでしまう。
「だったらやっぱりこいつかな」
そこまで考えてから風音はアイテムボックスから水晶に包まれたメタルカザネを出した。
「最近多用してるわね」
「高燃費だけど便利なのは確かだからね」
弓花の言葉に風音が肩をすくめる。
昨日でほぼ魔力切れになった風音だがユッコネエと共にスキル『魔力吸収』と『光合成』を使って日のある内は外で、落ちた後は不滅の水晶灯の下で眠り続けることで驚異的な回復力を発揮し準備を整えていた。
朝までにはメタルカザネ(魔力コスト900)、ポッポさん(魔力コスト550)を復活させ、自分の魔力も500程度までは回復させることに成功していたのである。
「それじゃあメタルカザネに取ってこさせよう。何かあった時用にポッポさんにももう準備してもらってるよ」
そう言って風音が闇の森の外、メゾトルの森の方を見てスキル『イーグルアイ』によってポッポさんの飛んでいる姿を視認する。放出されている雷の光によりほとんど光学迷彩のように空になじんでいるが、確かにポッポさんは飛んでいた。
(ホント、この闇の森の中だとポッポさんはすっごく頼りになるなぁ)
風音はそれを頼もしく見ている。
外ででも一応 雷神突撃(ライジングチャージ) は可能だが一度使えばポッポさんはもう大空には戻れない。その場で昇天するか召喚解除するしかない。さらにいえばダンジョン探索メインの最近では使用機会などまるでなかった。
もっともポッポさんは元々伝書鳥として風音に求められた存在である。それ故に己の存在意義は手紙を届けるものと認識している生粋の伝書鳥であり、そのこと自体に不満はないようではあった。
「そんじゃあ、ゴーメタルカザネ」
その風音の掛け声と共にメタルカザネが走り出した。すぐさま足をバネのように変え、一気に正面に向かって跳躍する。
そして両手を広げ、それが無数の触手となり羽を掴もうと伸ばしていった。
「え、地面が揺れる?」
それを見ていた直樹が足下の揺れに気が付き、その直後に大地が震撼した。
「やはり罠であったか」
「これって!?」
いきなりのことに目を見開くもジンライと弓花も何かが起きるだろうとは理解していた。だから状況に対応しようと周囲を警戒しながら槍を構える。
そして、メタルカザネの下の地面からバクンッと巨大な何かが飛び出てきたのだ。
「何これ?」
風音が叫んだ。それは口だった。そのまま巨大な口はメタルカザネを飲み込み、天へと昇っていく。それは黄金色をした巨大な亀の頭だった。
「こやつ、まさかドル・ガーメか!?」
「知ってるんですか師匠?」
弓花の問いにジンライが頷く。
「西の砂漠に生息しておる魔物よ。広範囲に生息していて別の大陸でも見かけると聞く。体を地面に隠し、獲物が近付くとああして首を伸ばして喰らう、ようするに亀の一種だ。しかし、これはデカすぎるだろう!?」
すでに伸びている首だけで十メートルは超えている。さらに地面の中には甲羅に入った胴体もあるはずなのだ。その姿を見て風音が天へと叫んだ。
「ポッポさん、ゴー!」
そしてその言葉に反応し遠方より雷が直線にやってくる。が、その首はニュルッと動いてポッポさんの一撃を避けた。
「速い!?」
その巨体でまさかの回避行動である。それに直樹が目を見開き、風音も眉をひそめた。またカイザーサンダーバードも「クケエ」と鳴きながらそのまま旋回し、空中で翼をはためかせると『滅の雷』をその場で放った。
「ギュメエエエッ」
それには巨大な亀も悲鳴を上げたが、その雷は大地へと流れてしまい想定よりも低いダメージしか与えられない。そしてもう一度『滅の雷』を放とうとしたポッポさんに、
「クケェエエエエッ」
と背後から別の魔物が飛び出してきた。
「なんじゃ、あれは!?」
「鳥系? 分かんないけど、あっちはポッポさんに任せるしかないね」
風音はもつれ合いながら森に落下し転げていくポッポさんと謎の巨大鳥から巨大亀の頭に視線を戻す。そして険しい顔をしている風音にジンライが尋ねる。
「カザネよ。昨日みたいには頭の中へと入り込んでどうにかできんのか?」
「今やろうとしてるところだけど。うう、舌がニュルニュルとして……全身を舐め回されてて、気持ち悪い」
そう言って風音は悶えて膝を突いた。そんな状態の風音を見て、直樹が激昂する。
「姉貴の全身を舌で舐め回しているだと!? 俺にもペロペロさせろ(俺も舐め回してえ) !」
「落ち着きなさいアホ弟。本音と建前が一緒よ」
弓花の言葉に直樹が「ハッ」となり、慌てて風音を見た。そして風音がそっと直樹から距離を取った。
「違うんだ姉貴。俺はそういうつもりじゃあ」
直樹が慌てて弁解するが、どういうつもりであったのだろうか。全くの不明である。
そして、その直後である。ペッとメタルカザネが空中に吐き出されたのだ。
「あ、食えないと判断したのかな」
風音がそう口にする。
「しかしカザネよ。羽が……」
ジンライがそう言うが風音は少しだけ笑って、首を横に振った。
「いいよ、戻ろう」
「姉貴、アイツはペロペロが……違う。お仕置きを」
「うっさい。早く!」
罵声を浴びせる風音の言葉に直樹も正気に戻り、すぐさま 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) の長距離転移を使用してその場を後にした。
◎メゾトルの森
そして、いつものように光の柱が発生し、その中に風音たちが出現したのである。場所は昨日と同じメゾトルの森の、風音コテージより少し離れた場所である。
「よし、戻った」
風音が周囲を見回しながら頷いて、それから「ポッポさんは解除っと」と言いながら、カイザーサンダーバードの召喚を解除した。風音が感じた限りだと森に落ちたところで他の魔物とも戦いとなり苦戦していたようで、タイミングとしては申し分ない状況だった。
戦った魔物の素性は不明のままであったが、ひとまずはポッポさんも二日続けての昇天は逃れたのである。
「しかし、今回は収穫なしだったな。さっきの魔物はドル・ガーメの巨大化したものか。回避速度が異常であったが」
気分も落ち着いたところでジンライがため息と共にそう口にした。それに風音が言葉を返す。
「いんや、あれはギル・ガーメって言ってね。まあドル・ガーメの上位種だよ。甲羅がオリハルコンでできてるし首を仕舞われたら倒すのはほとんど無理で、出会ったら逃げが基本のヤツ。それと」
風音がメタルカザネを前に出す。その全身はネバッとしていてジンライとそばにいた弓花が一歩引いたが、次の瞬間にはパカッとメタルカザネの身が割れて、それを見たふたりが目を丸くした。
「これは?」
「体の中から羽が出てきた!?」
その反応に風音が満足そうに笑う。
「ふふふふふ、メタルカザネの体内に隠しといたんだよね。これで幻魔の鱗粉ゲットだよ」
「やったな姉貴!」
そう言って直樹が喜びの顔で近付いてきたが、風音は無表情になって下がった。
「姉貴?」
首を傾げる直樹に風音が手を前に出して制止する。
「あ、ごめんなさい。あの近付かないでください。気持ち悪いので」
「待ってくれよ姉貴。まさかさっきのことを根に持って……だからって他人行儀過ぎじゃあ」
「ホントごめんなさい。知らない人です。でも気持ち悪いです。警察とか呼びます」
「姉貴ぃぃぃいいい!」
その後、直樹は涙と鼻汁とヨダレで顔をグシャグシャにしながら謝罪をし、風音がやむなく許しを与えるまで三十分ほどその場で土下座っていたのであった。