作品タイトル不明
第六百八十三話 スタコラしよう
「グギャァアアアアアアッ」
その叫びはまさしくこれこそが断末魔とだというべきものであった。天をも轟かそうという壮絶な咆哮を発しながらプラチナトゥースタイガーは悶え苦しみ、まるで何かを追い払うようにその場で暴れ狂いながら、しばらくして血を吐いてそのまま崩れ落ちたのである。
それを風音が疲れた顔で見ながら口を開いた。
「うう、エグいことをしてしまった。けど経験値が入ったし、どうにか倒せたね」
「な、何をしたのだカザネ?」
呆気にとられた顔のジンライがシップーに乗って、遠い目をしている風音の元へと近付き尋ねた。それに風音が力ない表情で答える。
「そのね。メタルカザネを傷口から体内に侵入させてね。ええと、脊髄から脳味噌まで思いっ切り切り刻んだの」
『うげぇ』
解放神狼(リバティフェンリル) 化したままの弓花が思わず裂けた口から舌を出した。それはゲームでもあり得ないような残虐な攻撃方法だが、現実であるこの世界ではそうした戦いも当然可能なのである。
「いやあ……奥の手としては考えていたんだけど、実際やってみるとキツいなあ。まあ勝ちは勝ちだから」
風音はそう言ってひとりうんうんと頷いていた。
「あ、ああ。毛皮も綺麗に採れそうだし……問題はねえよ?」
その話を聞いて目を泳がせた直樹がそう口にする。少し腰が引けているようだった。対して弓花の方はと言えば、『深化』によって野生の本能に目覚めているせいか、もう頭を切り替えて風音に『もうひとつの問題』のことを尋ねる。
『ともかく、デュアルモーターマシラオーとプラチナトゥースタイガーは倒したけどさ。風音、なんか近付いてきてるみたいよ?』
「うん。派手にやり過ぎたね。急がないと」
そのやりとりに直樹が首を傾げながら「どういうことだよ?」と尋ねると風音が眉をひそめながら、その視線を森の奥へと向けた。
「他の魔物が近付いてくる臭いがする。それも複数。プラチナトゥースタイガーの断末魔の悲鳴を聞いてその肉を狙ってきてるんだろうけど……数が多いし今日はここらでお開きするしかないね」
その言葉にジンライも「仕方あるまいな」と答えた。
「時間的には少々早いようだがな。で、これはどうする?」
ジンライの視線の先にあるのはプラチナトゥースタイガーとデュアルモーターマシラオーの亡骸である。デュアルモーターマシラオーもその腕や毛皮などの素材の価値は高く、プラチナトゥースタイガーに至っては毛皮から牙、肉に至るまで素材として最高級に該当する。
「時間がないね。直樹は 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) で脱出の準備。プラチナトゥースタイガーとデュアルモーターマシラオーは私が大型格納スペースでそのまま収納するから」
そう言って風音がスキル『真・空間拡張』の大型格納スペースを発動させてプラチナトゥースタイガーとデュアルモーターマシラオーの亡骸をそれぞれに収納させていく。そこに弓花が警告の声を上げる。
『風音。もう限界だよッ』
すでに足踏みの衝撃が地鳴りとなって近付いてきている。風音は残りのデュアルモーターマシラオーを名残惜しそうに見てから「ここまでか」と口にすると即座に直樹に命じる。
「しょうがないか。直樹、撤退!」
「応よっ」
そ森の奥から凶暴そうな魔物たちが飛び出してくる。それと同時に 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) の長距離転移によって風音たちの姿は光に包まれ、その場から消え去ったのであった。
◎メゾトルの森 風音コテージ近隣
そして風音たちの視界を光が覆い白く染まった次の瞬間には、風音たちは風音コテージより少し離れた岩の影に立っていた。
「よし。成功したみたいだね」
風音がそう言って周囲を見渡す。一番懸念だったのは襲ってきた魔物が一緒に転移されてないかであったが、それは問題ないようだった。
「肩が軽くなりましたね師匠」
「確かに。重苦しい気配がなくなって軽い感じがするな」
ほんの少し離れただけであるはずなのに魔素に満ちた闇の森の空気とこの周囲の空気の質はまったく違っていた。その師弟コンビの会話の通りに風音も肩が軽くなったような気がしていた。
もっとも転移してきた中でそうではない存在が一羽いた。
「クッ、クケェエエッ!!」
そしてポッポさんはその場でバッサバッサと翼を振るわせながら崩れ落ち、そのまま涙を流しながら魔力光のチリとなって消えていったのである。
「ああ、ポッポさんが!?」
「そうか。暴れ回って消耗した状態でこんなところにきたから……」
風音が涙目で消滅するポッポさんを眺めている横で、 解放神狼(リバティフェンリル) 化から元に戻った弓花が「あーあ」という顔で見ていた。ポッポさん、二度目のご臨終である。
「今日はもうポッポさんは喚べないねえ。ハァ」
倒されて解除された召喚体は再度呼び出されるまでに修復期間が存在するためにすぐさま喚び出すのは不可能なのである。また喚び出すだけでも風音の魔力をかなり消費するのでどちらにせよ今出せる状態ではなかった。
「メタルカザネも魔力使い切ったし、明日までに準備整えられるかなあ」
カザネが頭をかきながらそう口にしたが風音のスキル『魔力吸収』とユッコネエのスキル『光合成』を使えば翌日には準備は間に合うはずである。
「しかし、今回は生きた心地がしなかったぜ姉貴。あのプラチナトゥースタイガーってのは本当に化け物だったな」
その言葉には風音も頷く。
「まあねえ。身体能力だけなら神竜に匹敵しかねないからね。けどプラチナトゥースタイガーは本来、森の奥地にいて群れているのが基本だから、今回倒せたのはずいぶんと運が良かったんだよ」
その言葉に直樹が唖然とする。
「そういえばさっきもあれが群れてるって言ってたけど、あんなのどうやって倒すのよ?」
「群れるのか? あの魔獣がか?」
弓花の言葉にジンライが反応し、風音も「うん、そうだよ」と返した。
「普段は三体か四体かで群れて行動していてね。ゼクシアハーツだと達良くんとやす君がアタッカーで、私がガードしつつゆっこ姉とJINJINが遠距離で攻めて倒してた感じだね」
「カザネが戦ったのか?」
ジンライが眉をひそめて再度尋ねる。
実のところ風音は仲間たちにゼクシアハーツのことを含めた大まかな状況は説明してある。しかしテレビゲームの概念や、ましてやそれが現実になったのがこの世界だと説明しても当然この世界の人間に理解できるわけはなく、ジンライも風音たちの状況を正確に把握しているとは言い難かった。
「えーっとね。戦ったのは私というかジークだね。それで他のみんなも実力的にはだいたいジークと同じくらいなものだと思ってくれればいいかな」
実際のところ、その中でも達良が頭ひとつ抜けてはいたのだが風音はそれを省略した。それはちょっとした意地である。そしてその説明を聞いたジンライは唸りながら「なるほど?」と若干疑問符を付けながらも頷いたのである。
「ふむ。ジーク殿クラスが五人でならばアレの群れでも仕留められるか」
「まあ個々の技量だけじゃなくて連携も必要になってくるけどね。群れって言っても他を抑えながら一体ずつ倒せばいいわけだし」
「そうであろうが……世の中は広いな。あれの群れと対峙するにはどれほどの研鑽が必要になるのやら」
ジンライの横でシップーが「なーご」と鳴いている。
「まあ、ともかく移動しよう。この時間帯じゃあレームたちももう出た後だろうけど……うん?」
ヒクッと風音の鼻が動いた。それから弓花にユッコネエ、クロマルも風音に続いて鼻をひくつかせて視線を風音コテージのある方へと向けた。
「どうした?」
そのジンライの言葉には風音が「魔物だね」と返す。
「しかも、これ……もしかして」
そう言いながら風音たちはゆっくりとコテージの方へと向かっていき、それから草葉の陰に隠れながらソレを見た。
ビッチビッチビッチビッチ
「あ?」
直樹が目を見開いた。なんと風音コテージの上に偽装して造った池でフォレストロブスター五匹泳いでいた。どうやら新しくできた水場を発見して引っ越してきたようである。その様子を見ながらジンライが風音に尋ねる。
「ふむ。コテージの中には誰もおらんのか?」
「ここからだと匂いはたどれないから分からないけど、この時間帯じゃあ狩りに出てるはずじゃないかな」
風音は仲間の匂いを感じることはできなかった。地下に固定した上に人工の池を乗せているのだ。魔物が『犬の嗅覚』的なスキルを使っても探れない程度の対策はしていた。
「どうするよ姉貴。さすがにアレに近付いて気付かれないようにコテージに入るのは無理だろ?」
「そうだねえ。ふーむ」
風音がじっくりと池の方を見ながらこう口にした。そしてポンと手を叩いてニタリと笑う。
「そんじゃあさ。あれ、ちょっくら茹でちゃおっか?」
その口元からはジュルリとヨダレが垂れていた。