作品タイトル不明
ルイーズさんの一日
◎5:30
それがもう終わった話だと彼女は知っていた。
百年も昔の、人族ならばもう誰も覚えていない昔話。
あるところにエルフの一族がいた。
その中でも天才魔術士と噂された女がいた。その女は自らの力で以て一族を先導し、指導的立場となった。
しかしその女がやがて事故で亡くなり、他に身寄りのなかった彼女の子供たちは女に敵対していた派閥によって貶められることになる……そう、思われていた。
しかし、そのふたりを祖父でもあった一族の長が引き取った。それから我が子のように長が子供たちを育て始めることで、その子らへの迫害は一時的に回避された。
もっともそれは本当に一時的なものだった。
それを『ルイーズ』は弟の行方が分からなくなるまで気付くことができなかった。世界が変わったと信じていた。しかし世界は一変する。
何日も、何十日も、何年捜しても弟は見つからなかった。やがてルイーズは実力のあった弟に嫉妬した一族の者が殺したのだろうと考え始めた。実際にそうした素振りを見せる者もいた。それらは『確認した結果』、ただの煽りであることは判明したが、結局ルイーズは何度かの衝突の後、一族からは爪弾きにされてしまう。
対してルイーズも元から好きではなかった己の一族を次第に憎むようになっていった。
しかし数少ない味方であった祖父への義理立てもあり、また弟を殺したのは悪魔である可能性もあったのだからここまで悪魔狩りを続けていた。もっともそれももう百年も前のこと。今のルイーズにとっても古い過去のひとつ……と言い切れないことをルイーズの前にいる弟が証明していた。
『ルイーズ姉さん。僕は今も浄化塚で……』
瞳が真っ黒で表情の見えない弟が指を差す。その指の先にあるのは浄化塚だ。それは噂のひとつだ。ルイーズの弟は一族の誰かに浄化塚で殺され、悪魔と共に葬られた。
弟の指が震えている。その顔は今や髑髏に変わっていた。
『そこは暗くて寂しいよ姉さん』
「ヨーシュアッ!?」
そしてルイーズが覚醒する。ベッドから飛び上がり、周囲を見回して弟の姿を探すルイーズがハッとした顔をして、急速に冷えていく頭で己の状況を理解していく。
「どったの。ルイーズさん?」
風音だけではなく、起きた他のメンバーも目を丸くしてルイーズを見ていた。それに気付いたルイーズも自分がやらかしたことを理解して苦笑いをした。
「えーと、ごめんなさい。ちょっと、イヤな夢見ちゃったみたい」
そう言ってルイーズがその場で崩れ落ちるようにベッドに座った。息が荒い。寝汗が酷い。恐らくは顔の方も相当にこわばっているのだろうとルイーズは自覚する。
(最近は見てなかったのにねぇ)
なおも心配する仲間たちに対してルイーズは「平気だから」と返事をしながら、頭をクシャクシャとかいた。
(アモリアに戻る日が近付いてきているから……ナーバスになってるのかもしれないわね。まったく)
ルイーズはそう考えてから、ベッドから降りて着替えを始めた。それからふと周囲を魔術師の目で観察してみたが、ルイーズの弟の気配はそこには無かった。
今の夢が弟のゴーストによって引き起こされたものではないようだということを改めて理解して、ルイーズから安堵と失望の混じったため息がその場で漏れた。
◎11:00
早朝訓練も朝食も終えたルイーズが白の館を出て最初に向かったのは、冒険者ギルド事務所であった。そこでルイーズは王都から戻ってきた息子のルネイと会う約束をしていたのである。
「お母様……どうかいたしましたか?」
支部長室で向き合って座っているルネイが、ルイーズに対して少し戸惑いながら問いかけた。先ほどからルイーズの視線がルネイの顔に集中していて、ルネイとしてもどうにも落ち着かなかったのである。
「いえね。相変わらずいい男だなあって。もう食べちゃいたいくらいに」
「止めてください。兄たちに殺されます」
父親の違うルネイの兄たちはみな権力と腕力と財力のいずれか、或いはすべてを兼ね備えた者ばかりである。おかしなことになれば、彼らが容赦しないことをルネイは知っている。みんな綺麗なお母さんが大好きなのである。
「ああ、ごめんなさい。今朝は夢見が悪くて」
そのルネイにルイーズが謝る。
「ヨーシュア」
それからつぶやいた名前にルネイが眉をひそめる。その名には聞き覚えがあった。だからルイーズがルネイの顔を見ていた理由もなんとなしに理解できた。
ルネイの顔はルイーズの弟、つまりはルネイの叔父となる人物と瓜二つであるらしいと以前に聞いていたのだ。
「あなたの叔父さんがいなくなった時のことを夢で見ちゃったのよ。だからルネイがいなくならないかって妙に不安になっちゃった」
ヨーシュア・キャンサー。その人物はルネイが生まれる前に悪魔狩りの途中に行方不明になって、今でも冒険者ギルドに捜索依頼のクエストがかかっている。依頼主はゼクウ・キャンサー、ルイーズの祖父でルネイの曾祖父である人物だ。
今は悪魔であるとの嫌疑が掛けられており良好な関係とは言えないが、ルネイの知る限りではキャンサー一族の中でルイーズの味方と呼べる人物はゼクウと数名しかいない。
「お母様。私はいなくなりませんよ。妻たちをおいて消え去るような真似は致しません」
その言葉にルイーズが微笑む。
「ええ、でしょうね。アモリアに向かう予定だから少しナーバスになっているだけだから。それでそちらの方はどうだったの?」
ルイーズの問いはルネイが王都に向かった件のことであった。
「はい。アモリア王国へ入ることは特に問題はないとのことです。カザネさんが王族として入国することについてもクリアいたしました。もし彼女を含めたメンバーに何かあれば、ハイヴァーンにツヴァーラ、トゥーレ、リンドーと他の国も動きましょう。問題は両国間だけではなくなります」
その言葉にルイーズが頷いた。風音が温泉珠欲しさに行こうと決めていた魔道大国アモリアの魔法具オークションは、今はそれだけではなくゼクウを引きずり出すための餌としても想定されていた。
もっとも風音たちからアクションを起こす予定はあまりない。ただオークションを見て帰るだけで、何もないかもしれない。だが、何かあった場合には……そう考えてルイーズは己の思考を止める。
「お母様?」
心配するルネイにルイーズは無理に作った笑顔を見せることしかできなかった。祖父であるゼクウを憎む気持ちが持てない以上、ルイーズは今回影に徹するつもりであった。
14:00
「ねえジョーンズくん。今晩どお?」
「ぶふぉっ」
ルイーズの突然の言葉にジョーンズこと親方が吹き出した。
「いきなり何を言うんだ。カカァに殺されるわ」
「あらまあ、意気地のないこと。ねえサーファ」
楽しそうに笑うルイーズに、膝に乗っているジュエルラビットのサーファが鼻をひくひくさせている。ルネイとの
会合の後にひとり食事を取った後、ルイーズはバトロア工房へと向かい、来客室で親方と会っていた。
「勘弁してくださいよ。たく」
それから親方は眉をひそめながら立て掛けてある杖をルイーズに渡す。
その杖の名を『迅雷の杖』という。名称がジンライと同じなのは完全な偶然だが、そもそも名前が同じだったから気になって声をかけたのだったかな? ……とルイーズは昔のことを思い出していた。その様子が杖を確認しているように見えていた親方が口を開く。
「特におかしいところもねえよ。大出力の魔術を撃っても耐えきるんだから、それを造った職人の腕は本物だぜ」
親方の言葉にはルイーズも頬を綻ばせながら、改めて戻ってきた杖を眺めた。そのルイーズに視線を向けながら、親方が少しだけ済まなそうな顔でルイーズに声をかける。
「それでだな。カザネにゃあ、その杖を造った職人を俺の方から薦めたんだがな。ルイーズさん、あんたからも口添え願いたいんだがよぉ」
親方の風音のことを思っての言葉にルイーズが「カザネはモテモテねえ」と笑う。
風音はアモリアではオークションに参加するだけではなく、自分用の杖も造るつもりでいるようだった。そして、そのことについてはルイーズもすでに風音から聞いていた。
「ええ。サグーなら問題ないわよ。あいつは私の幼なじみだし。それと、あの鱗も魔法具にしてもらうつもりだって言ってたわね」
「ああ、精神耐性用の魔法具にするらしいな。ダンジョン内は今のあんたらでも結構面倒だって聞いてるしな」
その言葉にルイーズも「あはは」と少しだけバツの悪そうな顔で笑いながら、太股の上に座っているサーファを見た。
「この子のお仲間が手強くてねえ」
ルイーズもジュエルラビットの 魅了(チャーム) には確かに慣れてはきたが、戦闘で注意が散漫になる感があるのは否めない。また今後の探索を考えれば、そうしたものへの対策が必要なのも確かであった。
「つってもカザネの要求は高すぎてな。まあミンシアナじゃあ無理だから、そのサグーさんに頼まなきゃあなんねえってわけだ」
実際に耐性を持つ風音や、槍にすでに魅了されている弓花、気合いで跳ね返すジンライを除けば白の一団はあまり精神攻撃に強くない。ルイーズとしてもそちら方面への強化には賛成だった。
「それに他に使う素材についても問題はあるんだが」
それから親方の話が続く。風音が造ろうと考えている精神攻撃耐性強化の魔法具については、他にもいくつかの条件をクリアする必要があるらしく、その内容を聞いてルイーズも少しばかり眉をひそめていた。
21:30
気が付けば時刻はすでに夜中となっていた。
バトロイ工房を出た後のルイーズはといえば、夕方の訓練はティアラに共に座学を行い、それからお風呂、夕食、ミーティングと続き、気が付けばもう就寝の時間となっていたのである。
今日も全員揃って布団に入ったが、電気を消す前に風音がその場の全員に対して声を上げた。
「それじゃあ明日はダンジョンに潜るからね。みんなゆっくり休もうねー」
三日ほど休みを入れて、明日はまた探索再開である。それはすでに決めていたことであり、その場にいるメンバーも当然了解と頷いた。にゃーとくわーっと言う鳴き声も聞こえた。
「アモリアにいく前に60階層までは行きたいからね。少しペースを上げないと。あ、ノーマル電気消してね」
そういって布団に潜る風音を見てから、ルイーズも布団の中に入る。その間に部屋も暗くなっていた。そしてルイーズの意識も次第に微睡んでいき、いつの間にやら深い眠りについていた。
その日、ルイーズは悪夢を見なかった。