作品タイトル不明
直樹くんの一日
◎5:30
白き一団のメンバーである直樹の朝は早い。
今はまだ日が昇って間もない頃合いであるにも関わらずクール系イケメンはすでに目を覚ましており、軽くあくびをしながら、ゆっくりとベッドから降りて立ち上がった。そしてその横のベッドで寝ている親友に声をかける。
「おい。起きろライル」
「へへ、カンナさん。結構……俺って……」
「時間だぞっ」
寝ぼけているライルに直樹のゲンコツが落ちた。
「っつー。なんだよナオキ」
「朝だよ朝」
直樹の言葉にライルが「ああ、そっか」と言いながらヨダレを拭く。ボサボサ髪で寝ぼけた顔で、何故か目覚めたばかりだというのに朝日を浴びてイケメン度が上昇している直樹とはかなり雰囲気が違っていた。ようするにライルの格好はだらしがなかった。イケメンとの差は朝であってもハッキリと出ているのである。
「ふむ。起きたな二人とも」
その直樹とライルから少し離れた場所で椅子に座って何かの書物を読んでいたジンライが声をかける。直樹たちよりも早く目を覚ましていたようで、すでにジンライは着替えまで済ませていた。
「おはようございますジンライ師匠」
「おはよう爺さん。今日も若々しいな」
ライルは爺さんと呼ぶが、ふたりの前にいるのはどう見ても二十代後半程度の男であった。
普通に考えればエルフでもないのにライルの爺さんということはあり得ないと誰も思うだろうが、実のところ若返りの方法はこの世界にいくつか実在している。
もっともそうしたアイテムや魔術を手に入れるには、高額の金が必要な上に何かしらの伝手でもなければそもそも手に入れることもできない。
そうした事情もあり、ジンライのように数度若返ることになる人物というのはかなり稀ではあった。
「うむ。鍛えれば鍛えるほどにさらに己の血肉となっていく。若さというのは良いものだな」
ライルの言葉にジンライは頷いた。それから直樹とライルはジンライに急かされてすぐに着替えて、同じ時刻に起きた女子組と合流してから早朝訓練へと向かうのであった。
◎6:30
「うおりゃぁああっ」
「行くぞエクス」
「ガカカカカ」
それは朝日が徐々にあがり始めた時刻。ゴルディオスの街より若干離れた森の中にある開けた場所では、直樹とライルが金属の塊へと攻撃を仕掛けていた。
『ふーむ。まあまあかなぁ』
そして仕掛けられた金属の塊からはそんな声が聞こえたと思えば、その塊からいきなり触手が飛び出し、それが周囲を一回転するように振るわれて直樹とライルを弾き飛ばした。その触手はまるでゴムのように柔軟性があるようにも見えるが実際にはアダマンチウムが高速で変形して入るものであり、その一撃一撃は異常に重かった。
「いけぇっ!」
そこにエミリィが気合いを込めて矢を放つ。そして金属の塊に竜気を纏う矢と四つの炎が飛んでいくが、ヒュンヒュンという風切り音を鳴らしながら触手が振るわれて空中で炎と接触して爆発させる。
「まだよっ」
エミリィが叫ぶ。その炎の爆発の中をかいくぐって一本の矢が触手を抜けて金属の塊へと突き刺さった。
『お?』
金属の塊からそんな声が響いた。
その突き刺さった矢からはさらに振動波が放たれ、金属の塊を揺らす。竜弓術『滅竜』。エミリィが放った振動破壊技はその金属の塊を破壊するほどではなかったが、金属の塊全体へと浸透し、魔力を多く消費させることには成功していた。
『まあ、これは合格っと』
それから一瞬だけ自らの身体を分裂させて流れた振動波を外へと受け流した金属の塊がチンチクリンの姿へと変わり、足をバネのようにして飛び上がってエミリィの目の前に降り立った。
「エミリィッ」
そこに直樹の操る飛竜が上空から迫る。しかし金属のチンチクリンの頭部が左右に割れて変形し、ドラゴンの頭部がふたつできるとそれが伸びて飛竜をそれぞれ噛みついて止めてしまう。
「ありなのかよ。そんなの」
思わず直樹が叫んだが、チンチクリンは続けて二本の腕を触手へと変え、グルグルとエミリィへと巻き付いて拘束していった。
『そんじゃあ、ここで終了かな』
その声が響き、エミリィがため息を付いて、直樹とライルもガックリと膝を落とした。
それが今朝の模擬戦で金属の塊……つまりはメタルカザネの勝利が確定した瞬間であった。
◎10:30
「ありゃあ、反則だろう」
ライルがそう口にした。朝食も終え、今は屋上ラウンジで直樹、ライル、エミリィの三人での今朝の模擬戦の反省会である。
「けど、今回少しは良い感じで攻めることができてたんじゃないの?」
そう口にするエミリィの言葉は決してただの慰めではなかった。初手で直樹とライルが大技を使うことでメタルカザネの形状を崩すことには成功していた。だからメタルカザネはチンチクリンの形状を保てずに塊のまま戦闘を継続していたのである。
しかし、そこから先が上手くは行かなかった。『知恵の実』による一時的な知力増加により、風音のメタルカザネの操作力はさらに上昇していた。まるで本当の生き物のようにメタルカザネは 変形(メタモルフォーゼ) を繰り返し、直樹たちを圧倒したのである。
「けど、ちゃんと褒められたのはエミリィぐらいだからなぁ」
「まあ姉貴にしても大技でダメージを与えられるのは当然ーって顔だったしな」
そのことを思い出したのか、直樹がなぜか頬をほころばせている。ドヤ顔の姉の顔を思い出して直樹の心が満たされたのである。
その直樹の変化に首を傾げているバーンズ兄妹だったが、ライルの方は今までの話とは別に、気になることがあったので話題を変える意味でも直樹に尋ねてみた。
「そういえばナオキ。 暗黒物質(ダークマター) ってどうなったんだ?」
「ああ、あれかぁ」
暗黒物質(ダークマター) 。それはリヴィアタン・ダークネスを倒して手に入れたレア素材である。狂骨の業魔王剣エクスに食べさせる予定であったはずのものだが、直樹はまだそれをエクスに食べさせてはいないようだった。
「姉貴が親方に見せて少し検討してからだって言ってたんだよな。夜王の剣にも仕込むらしいから、後でそいつも親方に預けないといけない」
直樹が壁に立て掛けていた夜王の剣を見た。
それは切りつけた相手に浸食し自在に操ることが可能な邪剣である。
もっとも現在のダンジョン内では操るよりも斬って倒した方が早いということもあり、その能力はあまり生かされてはいなかった。
「今後はエクスも夜王の剣もパワーアップするだろうから、それに合わせた戦闘の組み立ても必要になってくるだろうな」
直樹のその言葉にライルとエミリィも頷いた。
それからも直樹たちの反省会は続いていく。白き一団内でも戦力的には劣っていることを彼らも自覚している。
故に彼らは強くなるために様々なことを検討し、己の血肉とせねばならないのであった。
◎14:00
「ああ、美味しかった」
時刻は昼過ぎ。
反省会も終了し、直樹の午後の予定はエミリィとのデートであった。商業区の最近流行りのパスタ屋で食事を終えて店を出たエミリィは終始笑顔で直樹の腕に抱きついて歩いている。
「そうだな。まさかカルボナーラのうどんなんかもあるとは思わなかったけど、味は悪くなかった」
エミリィの言葉に直樹も同意する。その言葉を聞いてエミリィが直樹により深く寄り添うように近付いて歩いている。
なお、ライルは「お邪魔虫は引っ込むぜ」と言って別行動である。おそらくは冒険者ギルド隣接酒場で知り合いでも探して会話に花でも咲かせているはずである。便所飯と言うことはないはずだった。
「けど、こうしてふたりで歩くってのも久しぶりかも」
「だな。姉貴のスケジュールは結構ツメツメだしな」
エミリィがうんうんと頷きながら言葉を返す。
「カザネは生き急ぎ過ぎてるよねぇ。ああ見えてナオキの姉ってだけはあるとは思うけど」
ああ見えて……というのは直樹も同意である。後はもう少し膨らみがあってもと思ったが、さすがに直樹も恋人の横で姉のおっぱいのことを長時間考えているわけにも行かないので三分ぐらいで切り上げた。また、そのことはスキル『ポーカーフェイス』によりエミリィにも気付かれてはいなかった。
「夕方の訓練までは時間もあるし、商業区をプラプラと回ってみるか」
「さんせーい」
直樹の言葉にエミリィが素直に頷く。直樹がイケメンなのは言うまでもないが、エミリィも顔立ちは悪くない。美男美女のイチャイチャカップルに周囲の反応は様々であったが、直樹の表情が歩いている途中に急に曇った。それを見てエミリィが眉をひそめる。
「ナオキ? もしかして、また?」
エミリィの問いに直樹が頷いた。それから視線を商業区の裏手に向けた。そこはゴルディオスの街の中でも治安の悪い地区だ。そこから救いを求める声が直樹には聞こえていた。
「ま、見過ごすわけにもいかねえしな」
直樹の言葉にエミリィが複雑な顔をした後で直樹の腕を離した。
スキル『救いを求む声』により、直樹は街中を歩くだけでも誰かを助けることが多くなっていた。
そして直樹が「行ってくるわ」と言うと、建物の影に入っていき次の瞬間にはスッと姿も気配も消えた。
直樹はスキル『影世界の住人』を用いて最速で声の主の元へとたどり着くつもりのようだった。
また正体を明かさぬために狂骨の王衣も着込んだ直樹の姿は街の噂に『闇の精霊騎士』様という謎の存在を生み出すのだが、素の状態で直樹が女性を助けるとエミリィが不機嫌になるのでそれもやむを得ない対応であった。
◎17:00
『グォォオオオオオオオオン』
「なーーーーごっ」
直樹がエミリィとデートも終えて訓練場所にたどり着くとすでに 解放神狼(リバティフェンリル) 化弓花と、ジンライと一体化し 一角猫(ホーンキャット) 『疾風迅雷』となったシップーが模擬戦を行っていた。
ジンライの持つ白の竜牙槍『神喰』はジンライの闘気を極限まで集中させることでその形状を角のように変化させるのだが、シップーと共に戦う際にはさらにシップーに合わせた大きな角の形へと 変化(メタモルフォーゼ) するようになっていた。
「よう。遅かったなナオキ」
「相変わらずだな。姉貴たちは」
ライルの言葉に直樹が若干の呆れが混じった声で返事をする。
目の前で行われているのはまさしく次元の違う戦いだ。そこに踏み入れる権利を直樹たちはまだ持っていない。
『カザネ、防御は任せたよ』
「任されたけど、シップーも速いからねー」
弓花とその背にいる風音が言葉を交わしている。
解放神狼(リバティフェンリル) 化弓花の周囲にはスキル『ソードレイン』によって形成された剣の集合体『刃竜』が舞い、その身を護る盾ともなっているようだった。それを一匹の巨猫が駆けながら対等の勝負を行っている。
見知らぬ人が見れば闇の森の魔物が暴れているのでは……と恐れおののく場面だが、これはこれでいつもの日常的光景でもあった。日の終わりまでに 神狼の腕輪(フェンリルリング) を使わない場合には大抵こうした模擬戦が行われるのである。
「まあ、それはそれとしてもイリア師匠が来てるのは珍しいですね」
それから直樹が視線をライルと共にいたイリアに向けて言葉をかけた。いつも通りであればイリアとは時間を決めて白の館の中庭で訓練を行っているのだが、今日はイリア自らこちらに来ていたのである。
それにはエミリィが若干眉をひそめていたが、イリアは気にせず……というよりは見せつけるように「どもっす。今日も二刀流を教えるっすよー」と言いながら、直樹の腕をとってそそくさと端の方へと向かっていったのである。
◎21:30
「あー。今日も疲れたわー」
時刻はもうこの世界の人間ならばすでに寝ている頃合い。白の館の男子部屋ではもう直樹たちも寝間着に着替えて、寝る準備には入っていた。そしてライルがガバッと大の字になって不滅の布団に寝転がった。
夕方の訓練を終え、食事、風呂も終えた直樹たちが今日やることはもう寝るだけである。
「けど今日の夕飯は旨かったなぁ。ニセンマンバッファローのステーキとか。以前に一回食べた時の残りがまだあれだけあるとは思わなかったよ」
直樹の言葉にライルが頷いた。
昨日にイッセンマンバッファローのステーキを食べたという風音が今日は「ニセンマンバッファローだー!」と言って夕食にステーキを焼いたのである。
スキル『食材の目利き』で素材の味を高め、竜牙の食斬刀で切り分けて、弓花のヒノカグツチから発せられる神々の炎を使い、スキル『直感』によって絶妙のタイミングで焼き上げた、風音の持ちうる力を結集したステーキである。
ソースについても昨日のステーキ屋から入手したものらしく、それにバター、胡椒、スライスした揚げニンニクなどを乗せたソレを、直樹たちはもう一切れも食べられないというぐらいに一心不乱に食べ続けていたのであった。
「ドラゴンステーキも格別であったが、今回のもまた味わい深い。また、若返った気がしたわい」
布団には入ったジンライがそう言って満足そうな笑みを浮かべている。だが、その顔を見た直樹とライルは微妙な顔をしていた。
(おい。あれってまさか……)
(いや、俺たちの気のせいかも。でも……)
微妙に小声で言い合うふたりをジンライは特に気にすることもなく、すぐさま眠りについた。
ジンライは一度寝ると決めたらすぐさま寝ることができる。それはここまでの冒険者生活で手に入れた特技であった。
「確かにジンライ師匠の顔がまた若くなっている気がする」
そして、すでに寝息を立てているジンライをふたりは目を皿のようにして観察している。気のせいかもしれない。或いは明かりの加減のせいかもしれない。そうは思うものの、だが直樹とライルにはどうしても目の前のジンライがまた微妙に若くなっているように見えていたのである。