作品タイトル不明
第六百七十三話 美味しくいただこう
人をそそのかす者(サイタン) の消滅と共に周囲の空間がひびが入った。そして崩れてゆく闘技場のような空間から通常空間の普通の隠し部屋へとシフトしていく。
その後に英霊ジークと英霊フーネは時間切れで光の粒子となって消えていき、白き一団の前に残ったものは周囲に散らばった 人をそそのかす者(サイタン) の鱗と蛇の肉の残骸、バハムート・シーラカンスの亡骸、さらにはリヴィアタン・ダークネスの影がひとつに固まったらしい黒い球であった。
また通常の隠し部屋の中心には、やけに豪華そうな宝箱も出現していた。
「これって以前にモンスターハウスで見たのと同じ宝箱だよね?」
「そうね。多分、普段の隠し部屋のものよりも良いモノが入ってるんでしょうね」
風音の問いにルイーズがそう言って頷く。以前にオルドロックの洞窟内でモンスターハウスに遭遇した風音たちはそれを撃退した際に、目の前にあるものと同じ宝箱を入手していた。その宝箱の中には叡智のサークレットが入っていて、それは今も風音の額に装着されて付与スキルである遠隔視は風音も多用していた。
「中身はなんだろうねえ。気になるけど」
風音がエミリィに看病されているティアラの方に視線を向けた。メフィルスが倒されたことによるフィードバックでティアラはまだ意識を失ったままだった。
その様子を見ながら風音はひとり頷いてから、ルイーズに告げる。
「これを開けるのは全員揃ってからにしようか。それに整理しないといけないことは色々とあるし、そっちを先に片づけよう」
「そうね。まずは他のやることをちゃっちゃっと処理しちゃいますか」
ルイーズが風音の言葉に頷くと、風音の横にいた褐色肌のワイルドで真っ裸(パンツは装備)な美丈夫が「グガァアアッ!」と風音に向かって吠えた。
「あれは狂い鬼。あれは狂い鬼。あれは狂い鬼。あれは狂い鬼。あれは狂い鬼」
その少し離れたところでは、弓花がブツブツと何かを言っていってクロマルに抱き付いていた。
そして角が生えて3メートルはある体躯をしているが、そこにいるのは野性味溢れる真なる美形であった。弓花の好みの顔だったのだ。
恐らくその顔でナンパでもされていたら夏休み後には弓花さんも仲間内からビッチさんと呼ばれていただろうし、風音に対してとてもお高いところから「人生とは何か?」を勝者からの視点で語っていた可能すらもあった……等と心の中でセルフツッコミを入れてしまうほどド直球で好みであった。
そんな弓花の様子に気が付きもせず、風音は狂い鬼に声をかける。
「うん、狂い鬼も疲れたみたいだね。今日はゆっくりお休みよ」
その風音の言葉を聞いて、狂い鬼が「ガウッ」と頷くと後ろにいたベヒモスと共に光の粒子となって消えていった。それを弓花が「あっ」と名残惜しそうな顔で見ていたが、風音はその様子を「?」という顔をして見ていた。
「あれ?」
そして風音は己の鎧に変化が起きたことに気付いた。狂い鬼たちが消えると突如として鎧の形状が若干変わっていき、首回りや手首などの部分に黄金のタテガミのようなモフモフの 毛皮(ファー) が現れたのである。
装備リストを風音が見てみると竜喰らいし鬼軍の鎧(真)が鬼皇の鎧へと名前変更されていた。どうやらベヒモスが鎧の中に住み着いたことで鎧に変化が起きたようである。またステータスもそこそこ上昇しているようだった。
「ふさふさね。けど触ったら噛みつかれそう」
ルイーズがそう言っておっかなびっくりな顔でそのもふもふを見る。そのもふっているファーからは確かに妙な威圧感が発せられていた。そしてルイーズの言葉に風音としても否定はできず「ははは」と笑って返した。
「それでカザネよ。よく分からないことがあるのだが、そもそもジーク殿はいつ出てきたのだろうか?」
それから一段落した頃合いを見て、ジンライが一歩前に出て風音に尋ねてきた。先ほどの戦闘ではジンライも風音から指示を受けて動いてはいたが全体を把握していたわけではない。なので戦闘が終わった後でもジンライにはいくつかの疑問があった。
「ああ、さっきのはね。ええと、ベヒモス・ビーストを倒した後に呼んだんだよ」
「でも姉貴。そのときにはジークの姿はなかったぞ?」
ジンライに続いて質問をする直樹にはライルが答えた。
「ああ。そりゃあカザネがリヴィアタン・ダークネスを倒す前に『インビジブルナイツ』で気配を消してたからだぜ」
実際に見ていたライルの言葉に風音が頷く。
「そういうことだね。あの 人をそそのかす者(サイタン) は 魅了(チャーム) 攻撃が厄介で体力もあって、そのくせ倒してももう一段階の変身があったからね。ともかく戦闘の組み立てには苦労したよ」
「俺のフーネやルイーズさんの『ジャッジメントボルト』の使用を禁止したのはそのためか」
風音の言葉を聞いて直樹がそう口にする。
英霊フーネの力で回復こそしたものの、この戦闘でもっとも重傷を負ったのは直樹だった。だが英霊フーネの回復と補助魔術があれば直樹も怪我を負わず、戦闘ももっと有利に進められたはずだった。またルイーズが『ジャッジメントボルト』を使えてさえいればリヴィアタン・ダークネスを彼らだけで倒すことも不可能ではなかったはずなのだ。
それを禁止されていた理由が、続いての 人をそそのかす者(サイタン) を倒すための必須条件であったとすれば、直樹もルイーズも風音の作戦を納得するしかなかった。
「 魅力(チャーム) はフーネの『 精神の護る花弁(スピリッツガードペタル) 』が、体力を削り切るにはルイーズさんの『ジャッジメントボルト』が、そして最終段階で 人をそそのかす者(サイタン) が変身して真なる力を発揮する前の出オチで仕留めるためにはジークの『アースブレイカー』の必殺力が必要だったんだよ。正直、どれがかけてもやばかったよ」
そうホッと安堵する言葉を聞いて、顔を青くする仲間も何人かいた。実際に風音の言葉通りにそれらで対抗していなければ今こうして立っていられるとは到底思えなかった。
また、風音には 次善策(セカンドキャラクター) が存在はしていたが、そのことを理解しているのは風音と今は姿のないメフィルスだけである。しかしオフェンスオンリーの 次善策(セカンドキャラクター) を使っては、特にこの密閉された空間の中では仲間への被害がどの程度及ぶのかも想像が付かないため、やはりそれは最後の手段とするしかなかったのである。
「なるほどな。そういうことだったか」
ジンライも風音の説明を聞いて、先ほどの戦闘の状況をおおよそ理解したようである。
「時間なくて説明が不足してたにも関わらず、みんなよく頑張ってくれたよね。ホイ、これはお礼の品だよ」
風音がそう言って両手を手を広げると、ズラズラとそこにリンゴが並んでいった。
「おお、何かの手品か?」
「というか旨そうだな」
直樹とライルが共に身を乗り出して風音が出したリンゴを見た。それは赤々とした、瑞々しくてとても美味しそうなリンゴだった。
「おう。ちょっとマジで旨そうじゃね?」
『母上。それを食べたいです』
レームとタツオもリンゴに視線が釘付けとなっている。それはルイーズやエミリィも同様のようで、少し離れて見ていた弓花もおなかをグーと鳴らして一緒にいたクロマルも涎をだらだらと垂らしていた。なお、ユッコネエとシップーはバハムート・シーラカンスを食べているところなので気付いていないようである。
「いや、待て。カザネ、そのリンゴは少しおかしいぞ」
その中でジンライだけは額に手を当てながら、何かを疑問に思って風音に尋ねた。どうにもリンゴへの注目度が高すぎると感じたようである。精神を集中させて精神攻撃への耐性を高めたジンライだけは妙な感覚に身を委ねることなく、そのリンゴの本質を看破したようだった。
「ん、気付いたジンライさんにこのリンゴを一個進呈しよう」
風音がそう言ってリンゴのひとつをジンライに投げると、それを受け取ったジンライがシャリッとそのまま食べた。
「ふむ。美味いな……蜜がよく入っておるが、酸味も程良い。このシャリシャリした触感は、ほほぉ。これは良いリンゴだな」
そう言って先ほどの警戒心も何のそのとリンゴをガツガツと食べるジンライを見て仲間たちのおなかがグーッとなった。それを見て風音は久方ぶりに取り出した『竜牙の食斬刀』を使ってリンゴを半分に割り全員に振る舞った。
そして仲間たちがリンゴを食べている間に、食べ終えたジンライがその様子を観察するとあることに気が付いた。
「リンゴに集中したいという意識が消えた?」
「うん。後頭もすっきりしたんじゃないかな?」
ジンライの言葉に風音がそう返す。
「確かにな。先ほどまでどうにもリンゴに視線が向き続けておったが、今はなんともない」
「それが本来、 人をそそのかす者(サイタン) が変身後に使うスキルなんだよ。『知恵の実』っていうんだね。スキル名は初めて知ったけど」
そう言って風音が自分の手のひらにリンゴと出現させるとシャクリと食べて「おお、これは美味しいね」と笑った。
「これがあの魔物のスキルだと? 別段、なんの変哲もないリンゴのようだが?」
「見た目はね。けど食べると一時的にだけど知力が50は上昇するんだよね。頭がスッと冴えた感じになるのはそのためだよ」
「ほぉ」
ジンライがそう言われて、なんとなく納得した。理解力も上昇しているようで、風音の言葉がすんなりと理解できたようである。
「もっともこれが怖いのはさっきの注目させる能力でさ。まあタゲそらしをさせられるんだよ」
「タゲそらし?」
ジンライが首を傾げる。それはゼクシアハーツでのゲーム用語のひとつだ。要はリンゴが出現すると 人をそそのかす者(サイタン) にターゲットを指定していても、リンゴにターゲットを強制的に変更させられるのである。それを回避するには破壊するかリンゴを食べるしか方法がない。
「つまりね。ジンライさんは目の前でさっきのヤツと戦おうとしても、このリンゴを出されればこっちに注目せざるを得なくなるんだよ。奪って食べて、知力上昇効果が出ている間は効かなくなるんだけどさ」
「それは……恐ろしい力だな」
「うん。すごく厄介だよ。実力が伯仲してればしょせんリンゴだから破壊するのは難しくないんだけど、私たちだとそれだけでもかなり厳しいから……ともかくアイツが本格的に動く前にジークで仕留めておきたかったんだよね。けど本当に美味しいね、これ」
そう言って風音がシャリシャリとリンゴを食べ続け、それからふたつめも出してまた食べ続けて、結局その食事が終了するまで風音たちは作業を中断することとなったのであった。