作品タイトル不明
第六百六十九話 力の差を痛感しよう
風音たちがベヒモス・ビーストと戦っている一方、分かれた三組のうち直樹たちは『黒鯨リヴィアタン・ダークネス』との戦闘を開始していた。だが、その戦いは今までとは違う、非常に危ういものであった。
「チックショウ。こりゃあ、やべえっての」
そう言い捨てながら直樹がイダテンの脚甲で駆け抜け、敵の攻撃をギリギリで避けていた。戦闘開始からわずかに数分程度、その間に直樹はかなり追い詰められた状況に置かれていた。
「おっと」
迫る敵の攻撃を避けきれぬと悟り、剣を振るってそれを弾く。
直樹は狂骨の王をすでに召喚し、それを纏って身体能力を上げており、さらにイダテンの脚甲の力によって脚力も上がっている。それでも敵の攻撃は速く、その手数も多い。今も『察知』スキルを駆使してどうにか避け続けている状態であり、直樹の心臓は破裂しそうにバクバクと動き続けている。休みたい気持ちは強いが、そうなれば待つのは死のみであると直樹もここまでの経験上分かっていた。
(クソッ。さらに 狂戦士(バーサーカー) 化を上乗せすれば逃げきれるんだろうが)
直樹がチラリと後衛のエミリィたちを見る。今はホーリースカルレギオンとライトニングスフィアに守られて敵の攻撃を防げてはいるが、直樹が囮をして戦力を分散させることでどうにか保っているような危うい状態なのには変わらない。
「ガカカカカカカッ」
「来たかッ!」
エクスの声に業魔王剣と夜王の剣に直樹が力を込めて、続く敵の攻撃である影の刃を斬り返す。それはリヴィアタン・ダークネスの影から伸びた刃であった。そして自らの攻撃によって砕け散った黒い破片に目もくれず、直樹は再び駆けていく。
(防ぐだけで精一杯か。俺たちだけじゃあ、とても勝ち目なんてないぞ)
直樹はそう考えながら敵を見る。その視線の先にあるのは黒いクジラではなく下にある影。戦闘前に直樹が聞いた風音の説明によれば宙に浮かんでいる黒いクジラはリヴィアタン・ダークネス本体ではなく虚像なのだという。その本体は地面にある影そのものであるということだった。
そもそもがリヴィアタン・ダークネスとはアストラル体に属する魔物であり、海で見たリヴィアタンとはまったく別種であるのだ。それ故に注意すべきは見えている黒いクジラの方ではなく、影のみに限定すれば良いとは言われたのだが、だからといってそれで勝てるかと言えばまったく別の話だ。
(とはいえ、姉貴の説明がなければ俺らは最初に全滅していたかもしれないしな)
そう考えながら直樹は最初に倒されたメフィルスのことを思い出す。すでにメフィルスはこの場にいない。
(初手でメフィルス様がやられたのは痛かったが、相手の攻撃方法が分かったのは良かった……と思うしかないか)
元々は後衛の守りの役割を担っていた直樹がこうして敵の攻撃の囮となっているのはすでにメフィルスが消滅しているからであった。タツヨシくんケイローンと共に前衛で戦って始めたメフィルスは敵の手数の多さに空中に逃れたところ、影から全方位の刃を突き出されて貫かれて消滅していた。
後で復活はできるだろうが、今戦闘の復帰は期待できない。またメフィルスのフィードバックにより自らもダメージを受けてしまったティアラもダウンしており、彼女の他の召喚体も呼べない状態なのも痛手であった。
(くっ、冷静に動かないと危険だ。 狂戦士(バーサーカー) 化は諦めるしかない)
抑制していても興奮状態に陥る 狂戦士(バーサーカー) 化を直樹は選べない。わずかな思考のブレがこの遙か格上の敵相手では致命傷になると考え、選ぶことができなかった。
「とはいえ、逃げっぱなしってのも性に合わないな。くそッ」
迫る影の刃を二本の剣と飛竜で斬り返しながら直樹が声を荒げる。
一方で現戦闘のメイン戦力は実は直樹ではなくタツヨシくんケイローンの方である。炎を纏ったドラグホーンランスに馬の下半身による高機動と竜骨とアダマンチウムの装甲、さらには 知性の金属(インテリジェンスメタル) の判断能力を持ったタツヨシくんケイローンは、直樹たちにとっては相当に格上である相手でも後れを取ることなく戦い続けられているようだった。
(姉貴の造ったゴーレムか。確かにマジ強いからな)
タツヨシくんケイローンの戦闘にわずかに視線を奪われた直樹に、影の刃のひとつが迫る。
「しまっ」
「ボーッとしてんじゃねえぞ」
しかし次の瞬間には鉄の砲弾によって直樹に迫っていた刃が砕かれた。それはレームの放った 雷王砲(レールキヤノン) の一撃だ。
「すまないッ!」
直樹はそう謝りながらも、集中し直して次々と迫る敵の攻撃を防いでいく。
「ナオキ、頑張って」
そこにエミリィもファイア・ヴォーテックスを放って影の刃を破壊し、直樹のサポートを果たしていた。
「しっかし、弱音吐いて悪いけど、こっちも結構いっぱいいっぱいなのよねどうしたものやら」
エミリィたちの横でルイーズが辛そうな声を上げながらも集中している。
後衛組の護衛にはホーリースカルレギオンがついているが、それも完璧ではない。そのためホーリースカルレギオンを抜けた攻撃はルイーズが雷の精霊ライトニングスフィアを雷の壁に変えることで後衛組を守っていた。だが、その防御も長くは保ちそうもない。その様子を見ながら直樹が決意を固めた。もはや状況は今の状態を維持していくだけでは悪化すると理解したのだ。
「くそっ。ケイローン、俺が隙を作る。お前はそれで攻撃をっ」
そう言いながらも直樹の髪が、目が赤く染まっていく。それから赤い闘気が爆発的に発せられる。それはスキル『 狂戦士(バーサーカー) 』の効果だ。
(制御しきる。それで行く以外の方法がないっ)
このままでは後ろが保たないと判断した直樹は己に攻撃を集中させるべく自らの力を増加させる。そして赤き闘気とイダテンの脚甲から発する緑の魔法光が混じり合うと、それはまるで黄金の骸骨騎士のようになって駆け出した。
(いけるぞっ)
意識が覚醒し視界が広がっていくのを直樹は感じた。それは『察知』スキルと『 狂戦士(バーサーカー) 』の相性の問題か。興奮状態にありながらも状況を見極める力も上がっているのを直樹は把握する。その原因が何かと言えば、『察知』のスキルレベルが2から3に上がっているからなのだが、今の直樹はそれを確認する余裕はない。
「うぉぉおおおっ」
そのまま直樹は上昇した膂力でリヴィアタン・ダークネスの影の刃を次々と斬り砕いていく。黒いクジラの下にある本体の影に向かって一直線に走り抜ける。
「ガカカカカカカッ」
影の刃を噛み砕いて吐き出す業魔王剣エクスが笑う。
リヴィアタン・ダークネスは一歩手前、だが直樹がそこで立ち止まった。直樹の目の前には影から出現した人型の影人形が現れたのだ。それは直樹と全く同じ姿をした分身体で、直樹と同じ構えで直樹に挑んでくる。
「どけぇっ」
それを直樹は斬り付け、同時に影人形も黒い刃で斬り返す。力は互角。だが、直樹は笑う。この場にいるのは己一人ではないのだ。心強い仲間も直樹の後ろには立っていた。
「いけ、ケイローン!」
『オォォオオオオオオオンッ』
背後から突進してきたタツヨシくんケイローンはうなり声を上げながら直樹たちの頭の上を一気に飛び越える。そのままドラグホーンランスに炎を纏わせてリヴィアタン・ダークネスへの影へと突き立てた。
「何?」
しかし、その直後にリヴィアタン・ダークネスの姿が消えた。そしてタツヨシくんケイローンが突き刺したのはただの地面であった。すでに影はなく、上空に浮かんでいる黒いクジラもゆっくりと消えていく。
「幻影か? いや」
今の消え方は幻ではない。それは直樹がよく知っているもののはずだった。
(今のは転移だ。だったら移動先は?)
そう予測した途端に直樹は背中に何か熱いものを感じた。
「ナオキィイッ!?」
エミリィが叫ぶ。背中から影の刃が直樹に突き刺さっている。
「ぉぉおおっ!」
その己に突き刺さった刃を勢いのままに回転して直樹は斬り砕く。
「やってくれるな」
切り裂かれた箇所は深いが致命傷ではなかったが、直樹の口からは血がこぼれ落ちて膝をついた。それでも『 狂戦士(バーサーカー) 』化の恩恵により意識だけは保てていた直樹が叫ぶ。
「こっちじゃない!」
「えっ?」
直樹には見えていたのだ。直樹を貫いた刃の先がどこから来ているのかを。そして後衛組の上空にいつの間にやら黒いクジラが出現していた。それをエミリィたちは見上げ驚きの顔をしているが、真に警戒すべきは上ではない。
「下だエミリィ!」
その言葉にエミリィが、レームが、タツオが、ルイーズが視線を地面の方に向けた。そこには巨大な影があった。それがギョロリと巨大な目玉を開くと、そのまぶたが口になってエミリィたちを飲み込もうとした。
「やらせるかよッ」
その様子に直樹が 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) で転移をしようと業魔剣を振り上げる。しかしそこに影人形の黒い刃が迫り、とっさに受けた直樹は傷の痛みから業魔王剣が弾かれてしまう。さらにはもう片方の影の刃が鎧を貫通し、直樹のわき腹を抉った。
「ァアアアアアアッ!?」
腹の痛みに直樹が叫ぶがどうにもならない。今の直樹では状況を変えられない。そして絶句する直樹の目の前で黒い巨大なアギトがエミリィたちをバクリと飲み込んだ。