作品タイトル不明
第六百四十八話 手合わせをしよう
◎ゴルディオスの街 白の館 中庭
「頼もうッ」
それは白き一団がカザネ魔法温泉街から戻った翌日のことであった。白の館の中庭でジンライと軽い手合わせをしていた弓花の耳に以前に聞いたことのある声が届いたのだ。
「あーれ?」
弓花がその声の主へと視線を向けると、そこにはやはり思っていた通りの人物がいた。
「カールさん。それにミナカも来たんだ。いらっしゃい」
弓花の言葉にカールが頷き、ミナカが少しだけはにかんで手を振る。玄関の外にいたのはパーティ『レイブンソウル』のメンバーであるカールとミナカであった。その突然の来客に、弓花と向かい合っていたジンライも視線を向け得た。
「ふむ。カール……おお、カールか。確か、ミルラの孫であったな」
「はい、お会いできる日を待ち望んでいましたジンライさん」
ジンライの言葉にカールが嬉しそうに頷いた。カールはジンライの故郷であるソラエの村出身にして、ジンライの幼なじみであるミルラの孫でもある。ジンライも同郷の、それも親しき者の孫と会ったとあっては頬を綻ばせるしかなかった。
「ふふ、若いのに随分と名を売っているようではないか。同郷の者が活躍していると聞いてはワシも負けてはいられぬな」
「いえ、ジンライさんのご武勇に比べればまだまだですよ。この間の操られた冒険者四十名を倒した話を聞いて、俺も何故その場に参戦していなかったのかと、本当に」
そう話し合うふたりの横では弓花とミナカも会話を交わしていた。その話題はといえばジンライとカールの外見である。
「しかし、カールとジンライ殿は本当によく似ていらっしゃいますね。ジンライ殿も以前よりもお若くなってもう瓜二つにしか見えません」
「本当にねえ。同郷の人間だからって話だけど……そういえば師匠の村でも師匠に似た人を何人か見たしそういう傾向がある里の人たちなんじゃないかなぁ」
弓花の言葉にミナカが「そういうものですか」と不思議そうな顔をしながら頷いた。髪型と装備を変えてしまえばもうどちらがどちらか分からないほどにジンライとカールの外見は似ているのだ。それは、まるで血でも繋がっているのではないかとミナカが疑うほどであった。
「そういえばミナカたちの方は今どうしてるの? 今日来た理由はまあ、想像は付くんだけどさ」
弓花がカールをチラッと見る。入院してたりダンジョンに行ってたりで中々はち合わせる機会の無かったジンライとのようやくの対面である。この後、カールがジンライに何を望むのかなど決まりきっていた。
「最近はずっとダンジョンに潜っていますね。今は四十階層も半ばというところです。魔物の強さはそうでもありませんが、罠などで引っかかることが多くて難儀しています」
「あー、それ分かるわー」
ミナカの言葉には弓花も大いに理解できる。 金翅鳥(こんじちょう) 神殿は魔物こそ階層相応のレベルの相手ではあるが、出現する数が多く、設置されている罠もえげつないものが多い。もっとも白き一団は風音と弓花、それにタツオとユッコネエはそれぞれがスキル『直感』を、直樹はスキル『察知』を持っているし、ジンライはスキル『直感』に該当するような感覚を有している。そのため、罠もある程度感覚的に見つけたり、避けたりすることができるので他のパーティよりも有利ではあるのだろうが、それでも数の多さには辟易してはいた。
「こちらに一緒に住んでおられるオーリングの皆様が今は攻略トップと聞いておりますが、今日も潜ってらっしゃるのでしょうか?」
ミナカが白の館の方を見ながら尋ねる。
「うん。私らもなかなか顔を合わせる機会がないんだよねえ。それに六十階層からはポータル使えないみたいだし、そっからは普通の攻略になるらしくて」
「その話、本当でしたか」
弓花の言葉にミナカが眉をひそめた。
風音が造った転送装置ポータルだが、第五十階層と第六十階層が直接繋がらなくなったので、間の第五十五階層にも一機置いてようやく繋げられたそうである。だが、それも第六十階層以降は使用不可となるようだった。
「オーリさんがカルラ王に聞いてみたみたいなんだけど、ダンジョンマスターの支配力と魔素のキープ力がある関係で、ダンジョンの半分くらい先ではポータルは使えなくなるんだってね。これは他のダンジョンでもそうらしいんだけど」
「カルラ王……まだこちらに来ているのですね」
ミナカが眉をひそめるがそれも当然の話。ダンジョンの中のこととはいえ、殺されかけた相手で、現段階に於いても敵といって間違いない相手でもある。
そして、そんな話をしている弓花とミナカの前ではようやくカールが目的を切り出してきようだった。
「それでジンライさん。俺が今日ここに来たのは他でもないんだ」
唐突に視線を鋭くしたカールに、ジンライが口元をニタリと吊り上げて笑う。
「ああ、ユミカから話は聞いておるからな」
「どんな話か聞くのが怖いんだが」
何しろカールは完全神狼化した弓花にフルボッコにされて病院送りになった身である。だがジンライが聞いて印象に残ったのはそうしたところではなく、変化する前の弓花と互角以上に闘えたという点にあった。そしてカールが改めて姿勢を正し、ジンライに対して声を張り上げた。
「俺の名はカール・ログナー。ジンライ・バーンズ、俺とひと勝負受けてもらいたい」
それにジンライが深く頷いた。
「ふむ。少し待っておれ。場所を空けよう」
そう言ってジンライがカールから離れて、中庭にいるもう一組の元へと歩いていく。それはイリアと、二刀流の稽古を受けている直樹とジローの三人であった。
もっとも稽古もすでに一段落付いたらしく、ハァーハァーと息を荒げて大の字になっている直樹とジローの前で、イリアも直樹を見ながらハァハァと息を荒げていた。それに嫌そうに見ながらジンライが近付いて声をかける。
「どうやら一区切りは付いたようだな」
「やあジンライっち。いつの間に分身覚えたっすか?」
「カールのことなら同郷だからな。似ていて当然だ」
己の言葉に微塵も疑問を抱いていないジンライをジト目で見ながらイリアが「そっすか」と返事をする。なお、イリアはもちろん知っていた。
「それでどうだヤツは? ナオキと共にやらせて、大丈夫だったか?」
それからジンライが視線を向けた先には倒れているジローの姿があった。本日よりジローはジンライの薦めでイリアに二刀流の稽古をつけてもらっていたのである。そしてイリアもジローを見ながら口を開く。
「はー、アレは恐ろしい小僧っすね。あんなデカいものを持った化け物は初めてっす」
「デカい? ヤツは小太刀のはずだが?」
ジンライは首を傾げるが、イリアはご冗談をとばかりに笑った。
「ははは、ジンライっちも若返ったのに耄碌したっすね。脳ある鷹はナニ隠すって言うっすし、ジンライっちとは持っているものが違うっす」
「ぬう、確かにワシは人より優れたものを持っているとは言えんが、それほどだというのか」
イリアの言葉にジンライの自尊心がくすぐられるが、ジンライも己が人より優れた資質を持っていないことは誰よりも理解しているし、イリアの人を見る目の正しさも把握している。
「男としての尊厳が失われかねないものっすからねえ」
またイリアも己の目については絶対の自信があったし、そばにいるだけでアレと比較されるジンライに同情してもいた。そして天が与えたもののあまりの違いにはイリアも戦慄せざるを得なかったのだ。だが、ジンライは笑って言葉を返す。
「しかし、ワシにはここまでの積み上げてきたものがある。まだ若いのには負けんさ」
「テクでカバーっすか。ジンライっちらしい答えっすね」
そう言ってどちらとも納得がいった顔をすると再度直樹とジローに視線を向けた。
なお、剣術の話に限定した話であればイリアの見立てではジローには才能はない。だが、ないなりに己の力を把握し上手く立ち回ることには長けているようで、その道を極めることは無理でも優秀な戦士として生きることは可能だろうという評価であった。
「それでワシはあの小僧とこれから仕合うのでな。場所を空けてくれるか」
そのジンライの言葉にイリアも「いいっすよー」と言ってから「ほらーさっさと起きるっすよー」と無駄に直樹に抱きついて起こそうとしていた。
それを横で見ながらジンライは後ろにいるカールに声をかける。
「それではカール。こちらでやろうか。イリア、立ち合いを頼む」
「応ッ」
「了解っす」
そして直樹とジロー、弓花とミナカが離れた場所で見守る中、中庭の中央にはそれぞれに槍を構えたジンライとカール、立ち合いのイリアがいた。それからイリアが手を挙げ、
「『暴風』カール・ログナー」
「『猫騎士』ジンライ・バーンズ」
カールとジンライが互いに名乗りを上げるとイリアの手が振り下ろされ、
『いざ尋常に勝負!』
重なった言葉と共に男たちが同時に地を蹴って走り出したのであった。