軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

箱船《アーク》

「聞いておりますかお爺さま」

「ああ、聞いておるさ」

ゼクウが実に面倒くさそうに目の前の妙齢の女性に対して相槌を打つ。

ここは悪魔狩りの総本山、魔道大国アモリアのキャンサー家の館である。そして悪魔狩りの頂点にしてキャンサー家の家長でもあるゼクウは実の孫と向かい合って話をしていた。

その孫の名はローア・キャンサー。ゼクウより任命された現悪魔狩りの代表代行であり、実質的な組織のトップとしているエルフである。

その彼女がゼクウの前にやってきたのはゼクウが悪魔と通じているのではないかという噂の確認……ではなく、根も葉もないと信じるその話への対応の相談であった。

「適当に対処しておきなさい。そういうものは時間が経てば収まるものさ」

対してゼクウはローアの言葉にそう返す。そもそもゼクウには対応する気がなかった。

「しかし、最近はお爺さまを悪く言う輩も多くなってきております。終いには我らキャンサー家が管理する浄化塚の中を見せろとまで要求してくる始末。まったく以て嘆かわしい。許し難い話ですわね」

そう嘆くローアの前で、まったく以てその相手の認識は正しい……とゼクウは思っていた。

この目の前にいる盲目的に己につき従う愚か者のおかげでゼクウは未だに悪魔狩りの長としていることができているわけだが、そのことに対してゼクウは感謝などしていないし煩わしいとすら考えていた。

本来であれば悪魔狩り内での不和はもっと広がるはずであった。それがローアによる頑ななまでのゼクウ擁護により阻害されていた。

どうせすべてをご破算にするつもりなのだから、悪魔らしくすべてを混沌に落とし、憎悪と疑惑を撒き散らしながら、笑ってこの場を去ろうと考えていたゼクウの予定は現時点ではまだ達成できずにいた。

そもそも東の竜の里ゼーガンの襲撃の際、ゼクウは己の姿を隠してはいなかった。キャンサー家の管理する浄化塚からはすでに多くの封印した悪魔を運び出している。この組織内でゼクウがしなければならないことはもはやほとんど残されてはいない。

そして浄化塚の中を見れば当然分かることを目の前の孫であるローアはしなかった。のみならず浄化塚の内部の確認を禁止した。すべてはゼクウを護るための行動である。愚かな行為ではあったが、それが逆にゼクウの予定を阻害しているのだから皮肉な話であった。

「ミンシアナのルネイの報告も遅れております。やはりルイーズの息子だからでしょうか。一族の者としての自覚がありません」

「どうだろうな。私は、彼はよくやっていると思うがね」

未だ尻尾を見せていないゼクウに対し、中立的な立場を装いつつも母親の指示であろう探りを入れる動きを見せている。その行動力をゼクウは好ましく思っていた。

(やはり……お前かルイーズ。私にとっては愛しい孫はお前とヨーシュアだけのようだ)

ゼクウは今も目の前で上品に構えているように見えて口汚い言葉を吐き続けるローアを見ながらそう再確認する。

とはいえ目の前の孫にも一定の価値があることはゼクウも認めている。一族の中でもローアの派閥は大きな力を持っていたし、実にゼクウの意のままに踊ってくれていた。

また、 従姉妹(ルイーズ) たちを一族から追いやっていることもゼクウは評価していた。この醜い一族の柵から遠ざけてくれたお陰で、愛おしい方の孫たちの性根を腐らせずにすんだのだ。

それはゼクウを敬愛し、ゼクウに愛されていたが故にルイーズを毛嫌いしているローアにとってまったく不本意な話ではあろうが。

「まったく。ルイーズもこの時期に帰郷すると言っているのですよ。当てつけとしか思えません。仕事は多少できるにしても、まったくキャンサー家に相応しくない娘です」

「とはいえ、白き一団と言ったか。あれは無視できぬよ」

ゼクウの指摘にローアが忌々しそうに頷く。ルイーズが属する冒険者パーティである白き一団。アレは今や恐ろしく厄介な存在となり果てていた。

最上位の悪魔であるゼクウですらコントロールできぬ怪物が三人もいるのだ。人間の中でもっとも警戒すべき個人がミンシアナ王国のユウコ女王であることは今も変わらぬが、あの神出鬼没の厄介な連中が敵対している現状はゼクウたちにとっても無視できないものとなっていた。

「分かっておりますわお爺さま。ミンシアナの王族をお招きするのであれば失礼があってはキャンサー家の名を汚してしまいますもの。その件につきましては段取りが付き次第、またご報告いたしますわ」

「うむ。頼んだ」

ゼクウの言葉にローアは頷くとそのまま部屋を去っていった。そして誰もいなくなった部屋の中でゼクウが呟いた。

「ふむ。ルイーズが来るのであれば都合がいいか」

それからゼクウは椅子に深く腰をかけ、天井を見る。

「しかし、白き一団か。ジルベールめは連中に阻まれて金翼竜妃の子の奪取をしくじったようだな。まあ、最初から無謀な話ではあったが……あのアオめの罠でソルダードの城の一部が吹き飛んだとも聞くし、アレには貧乏くじを引かせてしまったようだな」

ジルベールに指示をしたのは悪魔王ユキトだが提案を行ったのはゼクウである。なので少しばかりではあるが、ジルベールに対して申し訳ない……というよりは憐れみの気持ちがゼクウにはあった。

実は高位のドラゴンの子の繭はそのまま固定して動力として使うことで莫大な出力を得ることができるのだ。北黒候ゲンの竜の心臓に代わり、サルベージした人形に搭載させようとゼクウは考えていたのだが、やはり竜の長のガードは固かった。出力に不安があるにしても現状のプランで行くしかないとゼクウも諦めていた。

「まさかここまで厄介な者たちになるとは思わなんだがな。おかげでこちらの予定も大きく崩れてしまったわ」

そう口にしながらゼクウはルイーズのことを考える。

今のゼクウにとって優先すべきはルイーズの確保だ。アレの魂を回収して己の内に取り込む。それもユキトが行動を起こす前に行わなければならない。

そのためにはあの白き一団という冒険者のパーティが非常に厄介な壁となっていた。

「まあ、ここに来るのであれば重畳。私なりにもてなしてやろうとするか。ルイーズはそのときに回収すればよい」

このゼクウという老人は正しく言えば悪魔ではなく、

悪魔喰い(デモノイーター) と呼ばれる存在である。プレイヤーという悪魔の性質を備えながら肉質を有する者たちと同類でもあった。

またゼクウは大陸の北にあるエルフの大国ネーブルマイラから南に流れてきた移民であり、彼がこの地にたどり着いたのがおおよそ八百年前、悪魔狩りという組織を生み出してからは五百年以上が経過している。

つまりはこの魔道大国アモリアはゼクウのテリトリー、

彼の意志がこの地には深く根付いている。

己が悪魔であるが故に悪魔を知る。それがゼクウが組織を作った動機であった。悪魔を研究するために悪魔を捕らえる集団はいつしか巨大な組織へと変貌し、その裏でゼクウは悪魔王ユキトと組んで悪魔の組織を造り、魔軍と呼んでいる悪魔と魔物を利用した兵器をも生み出してきた。

それはユキトにしてみれば次善の策のための予備戦力に過ぎなかったのだが、英雄神が失敗したことが発覚し、悪魔王の行動は次善策へとシフトした。それが近年における悪魔たちが活発に動き始めた理由であった。そして、その先にあるものは……

「世界の消滅。まあ、ああした醜い者が消えるのであればそれはそれで悪い話でもない……か」

まるで絵空事のようなことを呟くゼクウの周囲にはいつの間にか黒い四つの影が存在していた。その影はよく見ればみな長い耳のエルフのようであった。それらを見渡しながらゼクウが口を開く。

「母さん、メリル、ヨーシュア、ムーロ、もうすぐルイーズが仲間になる。これからもっと賑やかになるであろうな」

その言葉に周囲の影たちがォォオオオオオと鳴いた。

「そうだ。ヨーシュア、お前の姉だ。もうじき会える。楽しみであろう。また仲良くみんなで……ああ、そうだ。どうせ世界は滅びるのだ。あの子も迎え入れて、我らは新世界へと移ろう。あのプレイヤーという者たちがしたことと同じように……我らも新しい世界で……な」

そう口にするゼクウはどこか虚ろに天井を眺めていた。そしていつしか影はその場に五つになっていた。新たに出現したどこか目の前の老人の面影のある若き子供のエルフであった。その少年の影は四人の男女のエルフたちの影に囲まれ、嬉しそうに笑っていた。

それはとても幸せそうな光景であった。