作品タイトル不明
第六百四十六話 盤面をひっくり返そう
「というわけでね。この下の街並みをお姉ちゃんがプレゼントしよう」
風音がドヤ顔でそう言った。
それが今回、風音が予定していたことのシメである。
今現在の風音と直樹はミンシアナ王国の王族にも属している。故にこのカザネ魔法温泉街もカザネ本人というよりはユイハマ家のものという位置づけとなっていて、だから直樹にカザネ魔法温泉街を譲り渡すことは手続きさえ踏めば形式的に問題は発生しない。
さらに風音はすでにゆっこ姉にも話を通しているため当然サキューレも文句を出すことなく従い、またマッカは「放置されなきゃ誰でも良いです」と頷いていた。
(見ててよエミリィ。ふふふ、エミリィが直樹と離れたくないと思えるほどにこの不甲斐ない弟を領主様という付加価値の付いた男に変えてプレゼントするよ。私のことはお姉さまと呼んでくれて良いよ? 直樹も私をあがめ奉ってくれても良いんだよ?)
フフフフフと笑う風音をエミリィが期待を込めた目で見ている。風音はすでにエミリィにも話を通していた。今はまだふたりはただの恋人同士。しかし、いずれ家庭を持つ気があるのであれば今のままで良いのだろうかと。
エミリィの実家であるバーンズは名家ではあるが、その家長にはいずれはライルが収まる予定だ。またエミリィの元々の志望はハイヴァーン公国の魔道弓兵ではあるが第一志望はお嫁さんである。その上に対外的にミンシアナ王族との婚姻はハイヴァーンにとっても利をもたらすし文句も出ないはずである。
その辺りを重点的に攻めて風音はエミリィを煽っており、エミリィも乗り気のようであった。すでに外堀は埋めている。風音は「いいんだよ? お姉ちゃんに感謝してもいいんだよ?」的なオーラを放ちながら直樹にふんぞり返って迫ったのだが、直樹の答えは……
「あ、いらない」
「バカなッ!!!!!!!!!」
弟の否の言葉に風音が叫んだ。姉の落とした飴でもペロペロ舐めそうな弟である。姉のものならパンツでも欲しがりそうな男が、姉の豪華なプレゼントを却下したのだ。風音の衝撃は大きかった。
「なに何故? ホワイ?」
「ナオキ、どうして?」
風音と後ろにいたエミリィが同時に直樹に詰め寄った。対して直樹の返答はこうである。
「どうしてって……この街は姉貴のものだ。何もしていない俺がもらうわけには行かないだろ?」
非の打ち所のないとても真っ当な返答だった。
風音が想像していた「わーい、ありがとー。うへへへ、姉貴の街もーらったー」などとのたまう架空直樹の反応に比べれば実に正しい人間の答えであった。
「な……直樹、遠慮する必要はないんだよ。お姉ちゃんとしては直樹がエミリィと釣り合いをとれるようになるためには、このぐらいのものがないと駄目だと思うんだ。領主様だよ? 男なら憧れの職業だよ?」
「ナオキ。私もカザネから話を聞いて、ふたりでここを統治する未来も悪くないと思うの。いつまでも冒険者をしているわけではないのだし、地に足の着いた生活を考えてみても良いと思うのよ」
そのふたりの説得に直樹は「うーん」と唸りながら、エミリィを見て口を開いた。
「エミリィ」
「な、何?」
直樹の真摯な瞳を見てエミリィの心臓が高鳴る。
「お前は俺が姉貴からもらったもので満足して終わってしまうような男でいいと思うのか? 本当にそう思っているのか?」
「それは……」
エミリィが思わずたじろぐ。確かに風音に吹き込まれた、この街をふたりで治めていく未来は捨てがたい。理想的なものであると断言できる。しかし、ただ姉の力だけで……との直樹の言葉はエミリィの心を揺さぶるには十分なものだったのだ。
「エミリィ。お前はさ。俺が俺の力で手に入れたもので幸せにしてやるさ。それじゃあ駄目なのか?」
その直樹の言葉にエミリィの顔が赤くなる。それからボソッと「そうだね。それがナオキだものね。そういうところも好き……だから」とボソボソと呟いて頷いた。説得フラグ成立である。その様子に直樹は満足して、続けてマッカの方を見た。
「マッカさん」
「は、はい」
マッカの声が裏返る。目の前にいるのは人の良さそうな整った顔立ちの少年だった。どこかチンチクリンに面影が似ているが、だが少年というだけではない、男の顔もそこにはあった。
それは思わずマッカも見とれてしまったほどだ。そして、そんな相手になんの相談もなく話を進めていた自分にどこか罪悪感を抱いたマッカは直樹を直視できずに無意識に下を向いた。だが直樹はそれに構わず話を続ける。
「ここまで、おひとりでこの街の建設を支えてくださったマッカさんを俺は尊敬しています」
その言葉にマッカの顔が「ハッ」となる。それはマッカが久々に聞いた胸に響く言葉であった。同情ではなく、本心からの心の声を聞いた気がした。
「姉も常日頃忙しい身であるとはいえ、ここまであなたに負担をかけ続けていたのは確かです。そして、それを黙って見逃していた俺も……同罪です」
「いえそんなことは……決して」
マッカの心が温かくなる。努力をしてきた。それが認められた。だから報われた気がしたのだ。
「そうしたあなたを差し置いて、何もしてこなかった俺がただ貰い受けて領主になるということはやはりできません。しかし、これからは忙しい姉に代わってあなたのお手伝いをすることはできるとは思います。今まで辛い思いをさせてきた分も、どうか俺に手伝わせてください」
「よろしいんですか?」
思わず涙ぐんだマッカの問いに直樹はにっこり微笑んで頷いた。
「はい。喜んで」
その答えにマッカが顔を赤らめて笑う。それから「ふふふ、わたくしがもう少し若ければ……いえ、ありがとうございます。お力貸していただきたく思います」と返して頭を下げたのだ。熟女が十代後半の少年に完全に落ちた瞬間である。
「ぐぬぬぬ」
その様子を見て風音が唸っていた。直樹も、エミリィも、マッカも、直樹に全部譲って丸投げして万々歳な風音も含めて全員が幸せになれるのにと考えていた計画が直樹の言葉だけで崩されていく。なので風音はブンむくれている。まるでアマガエルのように頬を膨らませている。その様子を直樹が「ああ、可愛いなあ」と思いながら見ている。直樹は平常運転であった。
(直樹……危機を回避したどころか……自分に有利な形に持っていったか。さすがにやるわね)
一方でその直樹たちのやり取りを後ろで見ていた弓花は戦慄していた。直樹は風音の用意した人生の墓場に向かう罠を回避したばかりか、盤面を己のもっとも有利な形へと作り替えたのだ。
(領主を風音に据え置いたまま、自分もこの街建設の手伝いをすると宣言するとはね。姉にこの弟ありと印象付けた上に、手伝うには領主である風音を経由する必要がある。姉との接触の機会を増やすことまで、この場で設けたというわけか。これなら風音が旅を続けていようが、この街に住み着くことになろうが直樹は姉から離れる必要がない……なんという完璧な計略。天才か)
恐るべき男だと弓花は思う。己のイケメンフェイスとコミュ力を駆使してこの戦場を瞬く間に支配してしまった。危機感知能力の高さとそれを回避する技能、すべてを己の有利に展開するための大胆な発想。油断ならぬ男である。
ちなみに弓花とおおよそ近い結論に至ったライルが苦笑いをしていた。あと、うちの妹チョロいなーと思っていた。
ともあれ、風音も直樹にここまでやられてはどうすることもできず、その場で「あとで後悔すんなよ。コン畜生」と負け犬の捨て台詞を吐いて部屋を出ていった。
それから風音たちはさらに上のゆっこ姉の寝室や女王の間などを城の各地を見回り内部の確認を終了すると、この城の管理に関してはサキューレに一任することを決めた。それから予め用意していた見取り図を渡して城の受け渡しを行い、ここでの話を終えたのである。