作品タイトル不明
第六百四十話 女泣かせになろう
「カザネ様ー」「教祖様ー」「天使様ー」「マッカ様ー」
外からの声援が未だに響く中、風音はビクビクとしながら領主の館の領主の間へと通されていた。当然仲間たちも一緒である。
「なんだか、凄い人集りだったねえ」
「さすがに普段はあそこまで盛り上がることはございませんわ。急な話ではありましたが、それでもあれだけの人が集まったのです。天使様の御来訪を彼らがどれほど待ち望んでいたかが分かりますわね」
「ええと、マッカさんもちょっと変わった? なんで教祖様?」
「ふふふふふふふ」
風音の言葉にマッカの髪がユラリと立ち上がった気がしたが、すぐさま戻った。
「カザネ様がお戻りになられないので、こうしてわたくしが代わりに指導者として立つしかなかったのです」
「どゆこと?」
マッカの言葉に風音が首を傾げていると、
「天使教のコントロールですよ」
ドアが開いて女性の声が部屋に響き渡った。
「あれ、サキューレさん?」
風音も覚えのある匂いが近付いてくると感じていたのだが、その正体はミンシアナ王宮騎士団の団員であり、ジーク王子の護衛をしていた女性騎士のサキューレであった。
「申し訳ありません。マッカ領主代行。遅くなりまして。皆様方もお久しぶりです」
「いえ、教徒の方々の誘導ご苦労様です」
そのふたりのやり取りに風音がさらに首を捻った。事情がまったく見えないのだ。
「こちらはサキューレ・ガルバロス。カザネ様方もお知り合いとのことですが、今彼女はこの街に駐留している騎士団の指揮を取っております」
「そうなんだ。それは知らなかった」
風音も騎士団が街に来ていることは知っていたのだが、細かい部分はすべてゆっこ姉に任せていたために実状までは把握していなかったのである。
「ジークの護衛はもうしてないんだね」
何気ない風音の言葉に、サキューレの肩が震えてその場でよろめいた。
「あれ?」
『どうしたんでしょう?』
何かしらショックを受けているサキューレに風音と頭の上に乗っているタツオが一緒に首を傾げる。しかし、サキューレの視線は風音の、何故か唇に釘付けになっていた。
「くっ、その唇が、その唇がすべての元凶なんです」
ズズイと風音に近付くサキューレの前にティアラがとっさに飛び出て両手を広げてその進攻を阻止する。
「どけッ」
「カザネの唇は奪わせません」
「間接でも……構わないのだ。私にはもうッ」
ティアラとサキューレの間に火花が散り、その謎の状況に風音たちは当然困惑していた。それから、その後ろでマッカがため息を付きながら口を開いた。
「いや、間接って……確かもう半年以上も経ってる話ではないですか」
「くっ」
サキューレが冷や水を浴びせられたような顔になり、一歩下がって頭を下げた。
「も、申し訳ありません。ティアラ様、カザネ様。少々自分を見失っていたようです」
その言葉にティアラも防御の構えを解き、風音はやはり状況が掴めず困惑していた。タツオがくわーっと鳴いた。
「実はですね。彼女は悪く言うと左遷されてきたのですよ。王子に手を出しかかったとかで」
「マッカ様。それは誤解です」
サキューレがクワッとした顔でマッカを見たが、マッカの顔はどこか諦めた雰囲気が漂っていてそのまま何食わぬ顔で話を続けた。
「あんな子供と接吻とは……まったく」
「違うんです。王子がキスとはどういうものなのかと聞いてきたので、その……カザネ様の印象が強烈で、次にどうしたらいいかと」
背後で「チッ、次なんてねえよ」と舌打ちした声が聞こえたが、ともあれサキューレはジーク王子に次の風音とのチッスのための予行演習をサキューレに頼んだようであった。
「けど、あの忍者が邪魔に……いえ、止めていただいて助かりましたが……けれど女王陛下にはバレて、結局ここに飛ばされてしまって……うう、王子。あの方は今が一番輝いている時期だというのに。今のまだ男になり切れてない、あの瞬間が一番眩しいというのに……ぉぉおおおお。その唇が私のすべてを狂わせたぁあああああああ」
ついには嗚咽し始めたサキューレ(ミンシアナ王国将軍の娘)に一同が「うわぁあ」という顔をしていたが、マッカは「やれやれ」と肩をすくめてから風音に向き合った。
「ともかく話を戻しましょう。簡単に言ってしまえば国内に広まった天使教をコントロールするようにと商人ギルドに対してユウコ女王からの勅命が降りまして、それをゼニス商会が受け持つことにしたんです」
「それであなたが教祖になったってわけ?」
続けてのルイーズの問いにマッカが頷く。
「何人か商会からの候補はいたのですが、結局権力に目が眩みそうな方々ばかりで」
「天使教ってそんなにうま味のあるもんなの?」
風音も天使教が組織として大きくなっているのは知っていたが、少なくともゴルディオスの街では統制がとれているようで不必要に風音に接触するような輩もいなかった。なので中心人物である風音は実はそれほど実態を把握しているわけではないのだ。
その風音にマッカは頷きながら口を開いた。
「はい。現在天使教は、発祥の地であるウォンバードの街に、カザネ様方の居られるゴルディオスの街、それにこの聖地であるカザネ魔法温泉街の三都市を中心として広がっておりまして、要するにミンシアナの東と北と南を押さえているのです」
それは各商会の縄張りをも越え、西を除いたミンシアナ王国のほぼ全域をカバーできる勢力であった。ゆっこ姉が危険視して手綱を握ろうとするのも頷ける話ではある。
「それを商機と捉えるのも当然と言えば当然なんですが……正直、それで悪評でも立とうものならばゼニス商会全体が危険なことになりますでしょう。なのでそういうのは早々に弾かれまして、けど他にやれる者もいないということで結局は私がやることに……」
そう言いながらマッカが泣いていた。風音の無茶な要求にも応えてきたマッカであっても、まさか四十を超えてこんな馬鹿な格好をするとは想像もしていなかったのである。
ちなみに先ほどまでマッカが乗っていたデミクリスタルドラゴンのデミゴンくんは今は定位置であるカザネ水晶大浴場の上に戻っていた。
そんなふたりの女の嗚咽が部屋の中を木霊してなんともいたたまれない気持ちになった風音たちではあったが、しばらくするとふたりとも涙を拭って元の顔に戻ったのでその場の全員がホッと一息ついた。
「失礼いたしました。とはいえ、状況としてはおおむね順調ですわね。正直、色々と頭が痛い状況もあるのですがカザネ様から迅速に物資を贈っていただきましたし、王国からはサキューレ様にも来ていただきました」
マッカの言葉に「まあ迅速に動いたのは私ではないんだけどね」と風音が呟いたがマッカは気付かずに話を続ける。
「街の方も軌道に乗り始め、わたくしも忙しくなりました。それにわたくしはよく存じませんが王家からの要望もこれから届くとの話ですので、カザネ様にはこのサキューレ様に領主代行の任命をお願いしたいのでございます」
それは風音も覚えのある話であった。
「ああ、ゆっこ姉が人を寄越すってのは聞いてたけどサキューレさんのことだったんだね」
それは風音も事前にゆっこ姉から連絡を受けていたことではあった。今後の状況を鑑みてゆっこ姉は己の手駒をカザネ魔法温泉街に陣取らせて横やりが入らないようにしたいようで、それは風音とゼニス商会との板挟みで悩んでいるマッカとしてもちょうどありがたい話でもあったのだ。
「はい。今後のことを考えれば国主導で街造りが行われることが望ましいですし、ここでカザネ様の了承を得て領主代行とさせていただきたく思うのですが……いかがでしょうか?」
「うーん。それは良いけど」
風音がチラッと直樹を見た。
「?」
その反応に直樹が首を傾げるが風音は無視してマッカとサキューレに再度向き合う。その風音の様子にサキューレが不安な顔で質問をする。
「あの……わ、私では不満が。やはり小さな男の子で欲情するような女には任せられないと……」
「え、まあ?」
風音がうっかり正直な返答をしてしまったことで、聞いたサキューレが再びその場で泣き崩れた。
「カザネ様、今彼女はデリケートな時期なので」
「ああ、ごめんなさい」
マッカの言葉に風音が謝る。まあドン引きなのは間違いないし、そもそもマッカさんが先に言ってきたことなんだけどな……と風音は思ったが、それはそれ。風音も寛大な心を持ってツッコミを入れずに言葉を閉ざした。
「それと今朝方の問題で報告ができていなかったのですが」
マッカが真剣な表情で風音に口を開いた。
「ん?」
「実は早朝に街の狩人から報告があったのですが、ドラゴンが出ました」
その言葉を聞いて風音は(ああ、グリグリか)と考えた。予想よりは早い到着だが、風音たちが来た日と同日ならばギリギリセーフである。いずれはこの街の守護竜にもと考えているグリグリのことはミンシアナ王国の軍事機密に該当するもので、未だゆっこ姉やミンシアナ王国の一部の人間にしか話が通っていない案件であり、マッカにも今回の来訪で直に告げる予定であったのだ。
「ドラゴンかぁ。それは」
「二体のドラゴンが激突し合いながら森と山にそれぞれ消えていったとのことでして、今もキンバリーが捜索に出ているのです」
「グリグリと言って……え?」
風音が首を傾げた。どうも想定していた事態と違う。それから確認として風音はマッカに尋ねた。
「二体いたの?」
「はい。そう聞いております」
さて、どういうことだろう? 予期せぬ報告に白き一団全員がその場で首を傾げたのであった。