作品タイトル不明
第六百三十八話 この世でただひとつのものを手に入れよう
西の竜の里ラグナの門番と呼ばれる赤き魔竜アカ。
その正体は、かつて存在していた黒岩竜ジーヴェの『竜の心臓』を用いて産まれた転生竜であり、ドラゴンキラーを持って敵対する同族を殺し続けたドラゴンの勇者でもあった。
そんなラグナでも五指に入る彼に妹と弟ができたのが約十ヶ月前のこと。己の前身であった黒岩竜ジ-ヴェの再生体を倒して自らドラゴンとなった風音と、ジーク王子が手に入れたチャイルドストーンの召喚竜カーザ。同じジーヴェを祖とする弟妹たちがアカの前に現れた。そして今、彼の前にはまた新たなる弟がいた。
「あー、行っちまったか」
その弟とは、鎧と槍より生まれたジーヴェの魂と融合したライルのことである。元々ライルは直樹と共に風呂に入りに浴場に来ただけなのだが、そこでバッタリと蝉のようにアカの腕に止まっていた風音と遭遇し、口論の末に直樹が「兄妹同士でいいなら姉弟同士でもありだろー」とダイブし風音がブチ切れて蹴り倒し、そのまま癒術院に運ばれていったのである。
さすがにやりすぎたと思った風音が慌てて回復魔術を唱えながら運んでいくのをライルも手伝おうとしたのだが、「姉貴が俺を抱きしめて担いでくれてるんだぞ。近づくんじゃねえ。殺すぞ」とでも言うかのように殺意の籠もったガンを親友に飛ばされたのでやむなくこの場に留まっていた。なお、ユッコネエファミリーはなーにゃあのじゃーと気にせずじゃれ合っていた。
「弟よ」
「あー、はい」
それから唐突にアカに尋ねられて恐る恐るライルは返答をする。さすがにライルもアカ相手にお兄ちゃーんなどとは言えない。ライルはあんなに順応性は高くない、普通の感性の持ち主だ。
「妹の弟が抱きつこうとするのを妹があんなに嫌がるとは思わなかったんだがよ。姉弟同士でベタベタするというのはもしかすると人の間では普通ではないのか?」
「まあ、あんま一般的ではないっつーか」
ライルの濁した言葉にアカが「なるほどな」と頷いた。何かを理解したようだが、ライルにはよく分からない。ジーヴェの槍なら分かったのかなとも思ったが、別にそこまで知りたいわけでもなかったので特に槍を持ってこようとも思わなかった。
それから風音と直樹が戻ってきたのは夕食後のこと。アカが「俺の身体を欲するならば俺を倒してからいけー」と宣言して風音が泣きそうになっていて直樹がガッツポーズをしていた。
そしてその翌日、そろそろカザネ魔法温泉街に行こうかというときに、冒険者ギルドからジンライ宛に手紙が届いたのだ。その内容はジンライの『ランク昇格』の連絡であった。
◎ゴルディオスの街 冒険者ギルド事務所 支部長室
「これがランクSSの冒険者ギルドカードです」
「うむ。いただこう」
白の館に手紙が届いてから一時間後、冒険者ギルド事務所の支部長室にはルネイと秘書のアンネ、それにジンライとある意味では共犯とも言える風音がいた。
そしてルネイがジンライに手渡したものは冒険者ギルドカードであった。それは表面の色がランクS専用のプラチナシルバーからブラックに変わっていて、ランクの表示も今までのSからSSとなっていた。
「ブラックカードだよ」
「黒金を使用したものですから、光を当てれば金の輝きが出るみたいですね」
風音とルネイの話を聞きながら、ジンライは受け取ったカードを見て満面の笑顔を浮かべていた。
「ジンライさん満足した?」
「うむ。素晴らしいな」
若干呆れ気味の風音の言葉にジンライは非常に満足そうに頷いた。何しろここ最近ジンライはこれを手に入れるために風音を巻き込んで奔走していたのだ。それに付き合わされたルネイが口を開いた。
「恐らくは数百年ぶりとなるランクSSの誕生です。記念すべき日ではありますね」
そう口にするルネイは祝っているというよりは、しょうがないなーという感じの諦めの笑顔であった。
さて、このランクSSの冒険者ギルドカードだが、当然降って湧いたものではない。
ことの始まりは少し遡り、ジンライがランクSの冒険者ギルドカードをもらったときから始まっていたと言っても間違いではなかった。
そもそもではあるが、己の力を試すために戦い続けてきたジンライは今までランクSを意識したことはほとんどなかった。周囲の評価もジンライは気にしてもいないし、己が納得いくかどうかが彼にとっての線引きだった。
しかし、予期せずジンライはランクSという称号を手に入れてしまった。それは己の力を認められたわけではなく、ただ持っている武器が強力だというだけで手に入れたものであった。
それがジンライに多大なるストレスを与えていたのだ。もちろんジンライも風音が造り上げた義手『シンディ』を気に入ってはいるし、 雷神砲(レールガン) をぶちかますのも大好きではあった。
だがジンライは、かつてライトニングと謳われたランクSの男がいることを知っていた。老いた彼の最後を看取ったジンライは、心のどこかで己もいつか槍の腕だけで並び立ちたいという欲求はあった。それがまったく違う形で、己以外の力で手に入れてしまった。
ジンライも今や全盛期であった頃の自分など疾うに超え、大きな壁であったライノクスに届こうとしていた。その実力だけで言えば、軍隊に匹敵するランクSを得てもおかしくはないとも言えた。
しかしランクSはもう手に入れてしまった。ランクS= 雷神砲(レールガン) が揺らがないのだ。そのことを悔やむジンライに、若干の罪悪感から風音はあることを口走ってしまった。
「ランクSSってのがこっちでもあればいいのにねえ」
風音はゼクシアハーツでの冒険者ランクは最大SSSまで存在していたという事実をついうっかり漏らしてしまったのだ。
実のところ、現行での冒険者ギルドのランクはSまでとなっている。彼らはアルファベットを知らず、古代文字としてソレを認識していた。だからABCが何を指しているのかも知らないし、Aの次が何故Sなのかも知らない。スペシャルのイニシャルであろうか? 実は風音も知らない。
ともあれ、ランクSの実質的な意味合いは要監視対象というものであって、冒険者ギルドとしてもそれ以上のランクをつける意味もなく、いつの間にか廃れていったらしかった。
そこでジンライはルネイに頼み込んで冒険者ギルドカードの仕組みを調べさせ、ついにランクSSのカードを生み出せることを突き止めたのだ。
条件は単純な話、別系統のランクS相当の力を持っていればよいとのこと。
つまりはジンライがソレを得るには己の槍が軍隊に匹敵することを証明する必要があった。実力はあろうと実績がなければ冒険者ギルドも認めはしない。その上に白き一団の戦績は記録に残せないことも多く、その機会はここまで訪れることがなかった。
そして先日のジルベール襲撃の際にその機会は訪れた。あの場でジンライはただひとり残って冒険者たち四十人を殺さずに制圧した。
冒険者ギルドの基準ではランクB冒険者は並の兵士十人分、ランクAならばその倍以上の戦力であると言われているため、その基準からすればジンライはおおよそ兵士五百人に匹敵する戦果を挙げたと認められる。
こうしてジンライはランクS基準の実力をふたつ得たためにランクSSの資格を得た。
「ここまでが長かった。ようやくワシはワシを取り戻した気分だ」
「まあ、ここ最近は主にポッポさんが大変だったんだけどね」
ジンライの言葉に、風音がそう答えた。
ちなみにランクSはギルドマスター三名の承認が必要であったがSSは五名必要となる。五カ国の冒険者ギルドのマスターからそれらの承認を得るには距離の問題もあり、一年程度はかかるだろうと誰もが考えた。ルネイもそのつもりであった。
ところがだ。ジンライはそんなに長く待つつもりはなかった。そしてジンライが目を付けたはカイザーサンダーバードのポッポさんである。
まずは風音のメールを使ってユウコ女王に連絡し証明書を作成してもらい、それをポッポさんに届けさせてミンシアナ王国、ハイヴァーン王国、ツヴァーラ王国、リンドー王国、トゥーレ王国と白き一団と馴染みの深い国々のギルドマスター承認を次々と得ていった。なお、それぞれの国でカイザーサンダーバードが出現した際に大騒ぎになってはいたのだが、それは実際に目撃していない風音たちには分からぬことだしポッポさんも黙して語らぬ(言葉を話せないだけである)ために風音たちには当然知られていない事実である。
また、リンドー王国のギルドマスターはただひとり承認をすることを渋っていたのだが、それに対してジンライは 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) の刻印入りの風音ちゃん人形をポッポさんに運ばせて、自ら転移しギルドマスターに直談判をして承認をもぎ取っていた。
付き合わされた直樹は、その時のギルドマスターの困り果てた顔が今でも忘れられないようである。そもそも六十近いのジジイじゃなかったのかよ的な顔だったという。
そんなわけですべてをクリアしたジンライは本日、晴れてランクSS冒険者という偉業を達成したのである。
なお、特権などその他諸々はランクSと何ら変わらないので基本違うのは色とランクの表示だけである。
「ところで、カザネはいい加減ランクCからBぐらいに上げておきませんか?」
「メンドイからイヤだよ」
ちなみに風音と弓花にライル、エミリィ、ティアラは未だにランクCのままである。もっとも特に不自由もしていないので風音は昇格する気はないようだった。