作品タイトル不明
第六百三十七話 ダンジョンの先を知ろう
◎ゴルディオスの街 白の館 左館
「戻ってきたか」
「妹よ。ご苦労だったな」
「のじゃー」「にゃああ」
金翅鳥(こんじちょう) 神殿の第五十階層付近の探索を終え風音たちが白の館に戻ってみると、浴場の更衣室前では金のガウンを仲良く身に付けてマッサージチェアでブルブルしているカルラ王とクロフェ、アカ、さらにクロフェのお腹の上でブルブルしている太陽竜ソルがいた。
(毎日が楽しそうだなぁ……)
神経が若干すり減っていた風音は少しばかりやさぐれて心の中で愚痴っていたが、ともあれ「ただいま」と挨拶は返した。風音は礼儀を忘れない子であったのだ。
なお、アオとギルヴァラはすでに西の竜の里ラグナへと戻っており、現在ここに留まっているのはクロフェと護衛として残ったアカ、それにソルだけである。
もっともアカのやることと言えば敵が来たら倒す……というだけで、戦士は戦いがくるまでは英気を養っておくものだと普段はこうして温泉三昧で過ごしていた。
「にゃーー」
「にゃああ」
また風音と共にこの場にやってきていたユッコネエが飛び出すとクロフェのお腹の上にいたソルも飛び上がってじゃれ合い始めた。
そんなリラックスタイムの中で、カルラ王が身体をブルブルとさせながら口を開く。
「ようやく、第五十階層を越えたようだな」
やはりカルラ王はその事実を知っていたようである。ダンジョンマスターならば当然と風音も特に不思議には思わずに頷いた。
「越えたけど……プルプルしてる人とはなんか話したくない」
自分もこれからひとっ風呂入りたくて仕方がなかったので真っ先にこの場に来た風音の言葉にカルラ王がフッと笑う。ちなみに他のメンバーは一旦は解散して各自それぞれに動いている。なので、そのうち浴場にも訪れるだろうと思われた。
「それでどうだ。そろそろお前でも厳しくなってきたのではないか?」
「む?」
無視できない言葉に風音が反応した。それは単純にダンジョンが難しくなってきただろう……と尋ねているようにもとれたが、風音個人に対しての含みがあるようにも思えた。そして訝しげな視線を向けた風音を気にせず、カルラ王は話を続ける。
「現在、 金翅鳥(こんじちょう) 神殿にもっとも深く潜っているのはお前たちではないが、その戦闘力においてもっとも強大であるのは白き一団なのは間違いがない。そしてダンジョンはお前たちを最大の敵と認識し最適化しつつあるようだ」
「?」
風音が首を傾げる。それからその意味を考えて、眉をひそめた。
「えーっと。それって私たちじゃあ攻略できないってこと?」
自分たちに向けて対策が進んでいるのであれば、いずれは越えられなくなるのではないか……という風音の疑問に、カルラ王が首を横に振る。ブルブルしながら。
「いや、そうとは言えんな。当然、他の冒険者も到達できる難易度の調整もあるし、階層によって段階を講じる必要もある。ダンジョンはな。おまえたちの行動を観測しながら、それらを進めていくものなのだ。普段であればそこまでひとつのパーティに特化はするものではないのだが、お前たちの力は大き過ぎるからな」
そのカルラ王の言葉に風音は困惑した顔をする。
「なんで、そんな面倒なことを?」
「ダンジョンとは神の試練。人々に試練を与え、同時にその対価を渡す存在だ。それに従って」
カルラ王が笑いながら、口を開く。
「お前たちに特化された結果、お前たちの求めるところに通じる穴も固定化されている」
その言葉は風音の目が見開かれた。
「四角い建物が並ぶ奇っ怪な街並みを私は常日頃見せられている」
「本当に? 本当にあるんだね?」
風音が身を乗り出して叫んだ。
過去にゆっこ姉もその光景を見たと言っていた。だがリアルタイムで見ているというのは重要な発言だ。特にダンジョンが 金翅鳥(こんじちょう) 神殿に変質化したことで、最深層の穴がまだ通じてるかに若干疑問視していたところでもあった。
「以前に力ある者が挑んだ結果、通じたものがまだ最深層にはある。お前たちがこのダンジョンに入ったことで穴はさらに安定していった」
突然の降って湧いた話に風音が目を細めるが、カルラ王はあはり特に気にした風もなく天井に顔を向けながら「ふむ。ここまでか」と呟いた。
「えーと、今まで言わなかったのに何で急にそんなことを教えるの?」
風音が当然の疑問を口にするが、カルラ王も少しだけ笑ってから答えを返す。
「盤面から降りられては興ざめだからな。そこまでの情報開示の許可は下りたようだ。もっとも私にはその意味するところまではよく分からん。あの世界が異質だという事は見れば分かるが 」
そこまで言うとカルラ王はそれ以上は口を開かず、そのままマッサージを終えると去っていった。
「むう」
それを見送りながら風音は考え込む。
「なんだ。悩みか妹よ?」
同じくマッサージを終えたアカがマッサージチェアから降りて風音に尋ねる。
「んーお兄ちゃん、ダンジョンってなんだろうね?」
「知らん」
「そっかぁ」
アカの即答に、風音も特に期待していたわけでもなかったのであまり落ち込んだ風でもなかった。脳筋にその手のことを聞いた自分が馬鹿だったのだと風音は理解していた。アカは頼りになる男ではあるが馬鹿であったのだ。
「ダンジョンというのは千年前の戦い以降に生まれた世界の仕組みなのじゃー」
そこにクロフェから言葉が飛んできた。
「千年前?」
それに風音が反応する。千年前とはゼクシアハーツ本編の時間と同じ頃と見られる年代である。その頃から今も生きている者は当然少ない。そのわずかな存在がクロフェであった。
「そう、ひとつの王国の悪意より生まれた魔王。それを倒した異邦人たち。彼らがその後も戦い続け、英雄として存在が認められたときにダンジョンは産声を上げたのじゃー。それと同時に運命が世界の鎖を解き、真の自由が訪れた……とワシは聞いているのじゃー」
「どゆこと?」
言葉の意味が分からず風音が続けて尋ねるがクロフェは肩をすくめる。
「知らんのじゃー。ワシも神託で聞いただけなのじゃーからな、なのじゃー」
「神託……また神様関連なんだね」
その指摘にはクロフェも若干眉をひそめながら頷いた。
「そうなのじゃー。連中は勿体ぶったことばかり言って、大抵は役に立たないのじゃー。クソなのじゃー」
そのクロフェの反応を見ながら風音はため息をついた。情報ソースが神だとすれば、正直なところそこから辿れる気が風音にはしなかった。以前に出会ったハイヴァーン王国の神ノーマンも風音の言葉をほとんどはぐらかしていたし、懐柔や脅しなども効きはしない。
(けど、こっちの提示した問いには答えてくれる場合もあるし、一度尋ねてみても良いかもしれないね)
今ならば直樹の 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) ですぐにハイヴァーンの首都には行けるし、ミンシアナ王国の神ミュールに尋ねることもゆっこ姉を通じて頼めばできるかもしれない。そう風音が考えている横では、
「にゃーにゃー」「にゃあにゃあ」
とユッコネエとソルがじゃれ合っていた。
ちなみにタツオと違ってソルは知識などが転写されておらず、少しずつ知識を得ながら成長していく。またソルはクロフェが命名した太陽竜の名の通りに太陽属性に特化したドラゴンであり、かつて亡くなったクロフェの子たちとは違って現時点ではその肉体も宿された力に耐えうる器であるようだった。
そして、そこにクロフェがのじゃーと鳴いて二匹に飛びかかり、親子がゴロゴロし始めたのを見ながら風音は考え込んでいた。
(んー、ダンジョンの先にはやはり現実世界がある? けど、時間のズレがどう考えてもおかしいよね?)
達良がこの世界にやってきたのは六百年前、アオは八百年前、さらには千年前にはおそらくゲームと同じような出来事で文献などを見る限りでは最初にこの世界にやってきたプレイヤーは少なくとも千年前までは遡れるのが確認できている。
(時間の流れが違う? そもそもこの世界がなんなのかってのもあるし、実際に降りてみるのが一番なのは確かなんだろうけど)
「妹よ。なにをそんなに考えてやがるんだ?」
「お兄ちゃん。いや、時間の流れってどうなってるのかって?」
「知らん」
「だよねー」
アカはサッパリとした男だ。妙にジメッとしたアオとは違うサッパリマッチョであり、馬鹿ではあるが頭は悪くない。本能的に考えても無駄だと理解していた。
そして風音もひとまず考えることを止めてアカの腕にコアラのようにしがみついて堪能することにしたのである。それは直樹がライルと共に浴場に訪れるまで続き、最終的に直樹は風音にボコボコにされて病院送りとなった。