作品タイトル不明
第六百三十四話 聖乳を萎まそう
◎白の館 屋上ラウンジ
「うーん」
風音は悩んでいた。それは五日前に神竜帝ナーガより送られてきた手紙の内容に起因する。いや、そもそもの始まりは弟に彼女ができたことから始まっていたのだろう。
風音が直樹に彼女ができたのに気付いたのは六日前のことだ。ちなみに今は太陽竜ソルと名付けられたユッコネエとクロフェの子供が産まれてから十日目とある。
その間に潜ったダンジョン内でやたらと直樹とエミリィが一緒にいるのを見て風音は『直感』によってピーンときたのだ。もしかしてこいつ、彼女じゃね?……と気付いてしまった。
もちろん風音も最初は疑った。姉ですら性の標的にするような女の敵に彼女などできるはずがないとは風音の持論だ。風音はある意味では誰よりも直樹の理解者であった。その本質を見抜いていた。だからこそ周囲の直樹の評価には気付かないのだが、それはそれである。
また風音の認識する限りでは幸いなことに仲間たちは誰も気付いていないようであった。見れば見るほどあからさまなのに誰も気にしてもいない。
(まあ当然かも知れないね。気持ち悪いからね)
風音はそう思いながら天に感謝をした。直樹と付き合いの長いライルや弓花に知られればソッコーで別れさせられるかもしれないと風音は考えていたのだ。あんな気持ち悪いのと付き合えば不幸になるのは目に見えている。弓花は味方してくれるかもしれないがライルは違う。可愛い妹を推定性犯罪者に差し出すような真似をするはずがない。だから風音は迅速に行動せねばならなかった。
なぜならば風音が今まで直樹とくっつけた女子はひとり残らず直樹をフっているのだ。原因を聞いても誰も風音に教えてくれはしなかったが、さすがに弟が気持ち悪いからフったとは言えなかったのだろうと風音は理解していた。風音は理解ある少女だった。
だから行動は迅速に、あのカップルを誰もが認める形にしなければならない。直樹と付き合うことにメリットがあると思わせなければならないと風音は考えていた。
(弓代を立て替える……というのは少しセコいか)
まだ未完成の動力石設置型武装の代金を風音が立て替えてプレゼントして弟と仲良くやってくれ……などとお願いすることも考えたが、さすがにそれは押しつけがましい気がした。
(やはり男は安定した仕事、家庭……)
そんな風に風音が頭の中でグルグルと考えを巡らせているときに神竜帝ナーガより手紙が届いたのだ。それは鷲獅子竜グリグリが教育を終え、カザネ魔法温泉街へと旅立ったとの報だった。
当初は直樹の転移で送る予定だったのだが、自分で世界を見て回りたいとのことでさっさと出て行ってしまったらしく、その内到着するだろうとのことであった。それを聞いて風音は思い当たったのだ。
「ふむ……やっぱりアレを直樹にあげるのが良いか」
そう口にして風音は重い腰を上げた。風音としても手放すのは惜しい。けれども何もかもを解決するにはそれが一番な気がしてきた。そうだ。アレを直樹にブン投げてしまえという打算もあった。それから風音はウィンドウを開いた。
名前:カザネ魔法温泉街
特産:魔法温泉・天使教
人口:2899人
領主の評価:生き神様
問題:【狂信】
連絡:えーと、そろそろ一度戻ってきませんか。いやほんと、マジで。
気が付けば三ヶ月ぐらいカザネ魔法温泉街に風音は行っていない。行かなかった理由は忙しかったからだが、意図的に放置していた面もある。とはいえ何もしていないわけではなく、マッカから要請があるとそれをゆっこ姉にブン投げて要望通りのことは行ってもらっていた。自分の隠居地のことなので手伝ってと風音もお願いしていたのである。
「すごいわね、そのマッカって人。私をパシリに使ってるなんて」
ゆっこ姉がそんな冗談混じりの返事を返してきたが、隠居話は今のところ秘密であり、マッカも当然知らぬことの上に、最近ストレスも溜まっているのか要求は若干エスカレート気味であった。もちろん風音はそれをゆっこ姉に投げるだけなので気軽なものである。
しかしマッカもまさか自分がミンシアナの女王を使いっ走りにしているとは夢にも思っていないはずだ。その件もマッカに教えないといけない。まさか自分がミンシアナ女王陛下に色々と無茶な催促をして困らせていたなどと本人は思いも寄らないだろうからちゃんと教えて上げないと取り返しが着かないことになるかもしれない。
そもそもゆっこ姉の隠居計画についてもそろそろちゃんと話しておく必要がある時期に来ているのだ。
「よーし、女は度胸だ」
パーンと頬を叩いた風音がグッと拳を握りしめた。棚上げしていたものをいつまでも上げっぱなしではいけない。放置していた問題をついに風音はまとめてブン投げることを思い立ったのだ。
「あ、姉貴。ここにいたのかよ?」
そして立ち上がった風音に、ラウンジの入り口から声がかかる。それは直樹であった。
「ふふふふ、来たね直樹。覚悟しておけよ」
ビシィと人差し指を直樹に向けると直樹は首を傾げていた。
「? 言ってる意味がワカンネーけど、準備できたからそろそろやるぞ」
対して直樹は姉のよく分からないリアクションに首を傾げながらそう告げた。
「ん、そろそろ時間だからね。それじゃあ行こっか」
直樹の言葉には風音も頷く。本日はブラックポーションに侵された者たちをフーネで治療する日であった。
◎白の館 中庭
「フーネたん、ゴー!」
そして直樹の声に従って白い天使が飛び出した。
『天使の翼』を背負い、白のベレー帽、白いフリフリフワフワゴスロリ風ドレス、白いタイツに白いハイヒールの小さな女の子が飛んでいく。そして水晶化が解かれて呻いている者たちの元へとたどり着くと、
「元気になーれー」
キンキンしたロリ声を響かせながら、魔法のステッキを振って光を放ちブラックポーションに浸食されていた人々へと当てていく。
その光を発する魔術の名は『 天よりの光(ヤコブズラダー) 』。それはゼクシアハーツではイベント用の魔術だったが、この世界ではすでに 失われた魔術(ロストマジック) でもあった。その効力は絶大でブラックポーションの効果を次々と浄化していく。それは癒術師や悪魔狩りにとっては恐ろしく価値のある光であった。
「よく見ておきなさい。あの魔術が解明できれば今とは比べものにならないくらい悪魔に対して有利にことが進められるわよ」
ルイーズの言葉を聞きながら十を超える魔術師が英霊フーネの『 天よりの光(ヤコブズラダー) 』を観測していた。彼らは悪魔狩りの中でもキャンサー家ではない外来メンバーであり、つまりは悪魔と疑われているゼクウとは繋がっていない者たちである。
またその他にもゆっこ姉の指示で王都などから呼び集められた癒術師たちも共にこの光景を見ていた。
「なんという神々しい光だ」
「班長。これは探査魔術でも解析は無理です」
「原理の一端でも良いのだ。それだけで癒術は五十年は進歩するぞ」
「畜生。なんて弾力なんだ。先生、俺……あっちに視線が」
「耐えんか。馬鹿者ッ」
そう言いながらも熱心にフーネと光を彼らは観測していた。もちろんロリータフェイスの小さな子であるにも関わらずバインバインな英霊フーネに見とれている者はそんなにはいなかった。
何しろ彼らはミンシアナ王国内でも有数の癒術師たちだ。巨乳の小さな女の子などに興味が引かれるはずもない。大体四割は耐えていた。
なお、フーネが呼び出せるよう日になってもすぐに治療を行わなかったのは彼らの合流を待っていたためである。
「そんじゃあ直樹ー。まぁた喚んでねー」
そして彼らが見守る中で無事治療は完了。英霊フーネも役割を終えて消滅していった。もっとも重傷であったウォーレンも無事なようで今は目を覚まして周りをキョロキョロと見回していた。
また、英霊フーネが消えた後にはスキル『インビジブルナイツ』と『光学迷彩』で隠れていた風音がピョコンと飛び出して「あーちかれたー」と言って汗を拭くフリをしていた。フーネ=風音で定着させて英霊の存在を隠すことを風音たちはまだ継続していたのである。
「天使様の聖乳がまたあんなに萎んで」
「言うんじゃねえ。天使様はここにいる哀れな者たちに自分の乳力を分け与えてくれたんだ」
「優しいお方だぜ。奇跡を受けた連中には是非とも天使教に入信してもらわねえとな」
白の館の外からは見ていた野次馬からそんな言葉がかわされていた。服装がさっきと違ってたり、背中の翼が白から金に変わったりと色々と差違はあるのだが胸が小さくなったことのインパクトに比べれば小さなもののようである。
己の身(おっぱい) を犠牲にして人々を救う献身ぶりに彼らは惚れ込んでいた。後、彼らは巨乳派だった。
ともあれ、そんな外野のことなどスルーしてカザネはトテトテと歩いて、ルイーズの元へと向かう。
「うっす、ルイーズさん。どうだったー?」
「ああカザネ。ご苦労……様?」
今回の件では風音は隠れていただけで特には何もしていないのを知っているルイーズの挨拶は疑問系であった。
「状況としてはまだ探査魔術で調べただけよ。これからそれを解析して研究するわけ。地道な作業になるし術式も複雑すぎるでしょ。それこそ十年単位の研究になるかもねえ」
ルイーズはそう呟いた。
風音が「そりゃあ、かかるねえ」と口にしたが、本来魔術の研究などそういうものだ。特に『 天よりの光(ヤコブズラダー) 』は大魔術。そうしたものを長い年月をかけて再現し、或いは発展させていくのが魔術師というものでもあるのだ。