作品タイトル不明
弓花お姉さんの恋愛相談講座(※不安だけ煽りました)
「はぁ、直樹とエミリィの仲について?」
白の館の屋上にあるラウンジ。そこに今いるのは弓花と、その横で寄り添うように丸くなって眠っているクロマル、さらにはその前にいるライルのふたりと一匹であった。
そして弓花が何をしているかと言えば自分の武器の手入れである。
聖者の槍ムータン。蛇蝎銀の鎖で封印されているとはいえ、竜血布を外した槍の気配はやはり強力で、その聖と邪を内包したオーラを前にライルも思わず前屈みになりそうなのを必死で押さえていた。目の前の少女ではなく、まさか槍の方を見て己の槍が反応していたなどとライルも認めるわけにはいかなかった。男としての矜持がそれを許さなかったのである。
『バカが……』
「んだと、ジーヴェ?」
そのライルの様子に悪態付いたのは背負っていたジーヴェの槍であり、ライルも内心を突かれて額に青筋が立っていた。人間、認めたくない事実を指摘されるのは腹が立つものだ。
「喧嘩するならあっち行ってくれる? 拭いてるだけでも相当精神力使うんだから」
ジト目の弓花に言われてライルもグッと堪える。実際に弓花も疲れているようでその額には若干汗が出ていた。慣れてきたとはいえ、聖者の槍ムータンは強力過ぎて扱いの難しい槍だ。並の人間が握ろうものならば確実に錯乱するので呪いの武器とほとんど大差がなかった。
「ああ、悪い。ともかくエミリィが悩んでるみたいでさ。ほら、ナオキのヤツさ。付き合い始めてから態度がさ」
「変わった?」
弓花の問いにライルが首を横に振った。
「いや、何にも変わってないってことに不満があるらしい。確かにアイツ、本当に変わった様子もないしな」
そう言われて弓花も「ああ」と納得した顔をして頷いた。
「直樹はそういうところあるからねぇ。『普段は』普通に良いヤツだし、付き合ってもあんま変わらないのよ。そりゃ特別視されないってのは女の子としてはちょっと思うところがあるものね」
それは弓花が以前に付き合ったときにも感じていた不満点ではあった。とはいえ、その原因が明らかすぎて口にし辛い。直樹が本当に特別と言える存在に問題があるのだ。
「どうしたら良いと思う?」
ライルにそう言われて弓花が唸る。ソレは本当にどうしたらと言われても困る問題だ。なにしろ弓花を含めて付き合った相手は全員直樹をフっているので成功例がない。
「どうって言われてもねえ。そうねえ。あいつ、アプローチかけられたらいくとこまで普通に行っちゃいそうだし? しっかり掴んでおきゃなんとかなるんじゃないの。まあブッチャケ好きにしたらって感じなんだけど」
弓花も何か思うところあるのか、少しばかりムスッとした顔でそう返した。
「それって……しろってアドバイスしろってことか。兄の俺があいつに?」
もっとも弓花の心の機微に気付けないライルは、今の弓花の発言を聞いて愕然としていた。そんなライルを見ながら弓花はため息をつく。
「知らないわよ」
それから弓花は目の前の槍の鎖をジャリジャリと外していく。それを見てライルが慌てる。
「おい、それ危ないんじゃ」
「黙ってて」
止めようとするライルを言葉で制しながら弓花は触っている腕が徐々に銀の光に染まりつつあるのを無視して鎖で隠れていた部分を磨き始めた。そして腕の両肩にまで銀の光が届きそうなところで「ふぅっ」と息をついて、黒い鎖を再度巻き付けたのであった。
「うー、きつかったー」
そういう弓花の頬からは玉のような汗が出ていた。そしてようやく口を開いて良さそうな雰囲気になったと感じたライルが弓花に尋ねる。
「おい、大丈夫なのよ?」
そのライルの問いに弓花が「まあねえ」と返す。
「まだ実戦で使えるほどではないけど今なら少しは耐えられるようになってるよ。その内、ちゃんと扱えるようになると良いんだけどね」
そう言う弓花の腕からは徐々に銀色の光が消え始めている。
「危なくないのか?」
先ほどの光景は見ているライルの心臓がバクバクするほどのものであったが、弓花は「大丈夫大丈夫」と笑う。それから両腕をライルに向けて振ってみせる。確かに動きにおかしい部分は特にはないようだった。
「親方が私のために造ってくれたものだから。ちゃんと扱えるようにならないと……ねっ」
そう言いながら弓花は竜血布をさらに刃に巻き付けてようやく作業が完了した。
「で、エミリィの件だったっけ? アレさぁ。なんか風音が気付いちゃったみたいなんだよね」
「いや、気付いたって……あからさまだっただろう?」
ライルが首を傾げる。ここ最近は以前にも増して直樹とエミリィが並んで行動していることが多かったし、誰がどう見てもカップルにしか見えなかったというのがライルの認識なのだが、弓花は少しばかり困った顔をして口を開いた。
「いやー多分、信じられなかったんだろうね。直樹が女の子にモテてるってのが」
ライルは弓花が何を言っているのか分からなかったが、何かに気付いたのかポンと手を叩いて弓花に尋ねた。
「あ、それって姉の嫉妬的なヤツか?」
「いや純粋に直樹は気持ち悪いから女の子と仲良くなれるはずないと風音は思ってるわよ。ほとんど確信に近い感じで」
そういう弓花の表情は完全に真顔でまったく冗談が混じったものではなかった。
「えーと、そんなに?」
ライルの問いに弓花がコクリと頷く。やはり迷いはなかった。
「まあ、いいわ。そういう話は。ともかく風音が乗り気なのよ」
「つまり……どういうことだ?」
何か嫌な予感がするライルに弓花が肩をすくめる。
「さあ? さすがにその手のことは以前にフった私には話さないしなぁ。ともかく風音は今回、本気を出そうとしてるらしいから気をつけた方がいいわよ」
「本気って……」
ライルは風音の本気を考え、つい最近の本気のお祝いを思い出した。ユッコネエグレートキャットカテドラル。ユッコネエとクロフェの子供が産まれたときに地上に姿を見せたソレは、今は地下にまた戻っているが、事情を求めてきた領主がその内部を見て腰を抜かしていた。
「まさかアレと同じ規模のことを……あんなもんの何に気をつけろと」
「いや、知らないわよ。本当に」
そう返されて「うーん」とライルが唸っていると、
「よっと」
槍をアイテムボックスに仕舞った弓花が立ち上がった。
「どこ行くんだよ?」
「んー、稽古。そんじゃね」
そう言って弓花はクロマルと共に鼻歌交じりにラウンジを出ていった。
「稽古ねえ」
その弓花の背を見送りライルが考え込んだ後、吹っ切れた顔をして頷いた。
「よし、あのバカップルのことは忘れて俺も汗でも流してくるか」
『それが良い。我がその手のことに首を突っ込んでも良い結果が出るとは思えん』
「うるせえよ」
それからライルもラウンジを立ち去った後、一匹の蜘蛛がその場を去っていったのだが当然それに気付いた者はいなかった。