軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六百三十一話 トラウマに屈服しよう

◎ゴルディオスの街 ダハカの酒場

「これがこうで」

酒場の中心に全身を銀の鎧を纏った戦士がひとり立っていた。

全身の輪郭を見れば女性であろうことは一目瞭然ではあったが両肩には狼の顔を象った厳つい装甲があり、その流れるようなフォルムも優美さは感じられても、決して柔い印象は与えなかった。

またその女戦士が特徴的なのは頭部を覆う一本角の銀狼の顔を象ったフルフェイスの兜であり、後頭部からポニーテールだけがちょこんと出ていた。

「こうすると」

その狼の兜の中から少女の声が響き、さらにはガチャコンと狼の仮面が顔から外れてそのまま正面の胸部へと移動していく。同時に後頭部を覆っていた装甲も背中へと収納されていった。

そして中から出てきたのは、そこそこ顔立ちは良いが若干地味めの少女であり、つまりはその少女とは弓花であった。

「こうなるわけよ。凄いでしょ」

「すげえよ姐さん。なんかマジカッケエ」

「マジリスペクトだぜ弓花の姉御。それでまたどんなヤツをぶっ殺してきたんだよ?」

「えーと、リビングアーマーだったよ? なんか氷の巨人になって、それが領主の館ぐらいは……あったかな?」

事実をそのまま口にした弓花の言葉に周囲がオオッと声を上げた。その反応に弓花は気を良くして「そんじゃみんなジャンジャン飲んじゃおー」と自分は果実水のコップを掲げて飲み干した。

今日は三色ジルベールの襲撃から三日目。弓花のいるこのダハカの酒場は弓花後援組織ムータンのメンバーの溜まり場であり、本日は弓花のオゴリで事件の後始末を率先して行ってくれたムータンへの労いの会が開かれていたのである。

またそれは同時に新たに変化した弓花の『神狼の鎧』のお披露目パーティでもあった。どうやら弓花は変化した鎧を自慢したくて仕方がなかったようなのだ。

「しっかし綺麗な装甲だな。あれ、いくらぐらいすんだよ?」

「ばーか。ありゃ 神聖物質(ホーリークレイ) だ。金でどうにかなるもんじゃねえ。俺らが拝めるとすれば教会の神像とかぐらいなもんだろ」

「教会なんぞそもそもいかねーっての」

もっとムータンのメンバーには好評のようだった。そもそもが背負った槍ほどの希少性はないが、 神聖物質(ホーリークレイ) 製の上に魔物素材でもないのに自己進化した鎧である。一介の冒険者どころか、貴族であろうと金銭面と希少性から手に入らないものを見せられたムータンのメンバーたちは大いに興奮していた。また、その様子を別の驚きの目で見る視線がこの場にはあった。

「あんな普通の女の子が……そりゃあ可愛いっていやそうだけど……本当にあの 娘(こ) が 血塗れの狂戦士(ブラッディベルセルク) なんすか?」

それはザイーク・ティンダーという名のムータンの新入りである。レイブンソウルの槍使いカールとの戦いで 血塗れの狂戦士(ブラッディベルセルク) の力に惚れ込んで本日会合初参加となった男ではあったが、実のところ生身の弓花本人を間近で見るのは今日が初めてだった。

「へっ、新入りもよく見とけよ。あれが俺たちの 暴力の化身(アイドル) さ。今回もとんでもねえ相手を仕留めてきたらしいぜ」

そのザイークの横で先輩会員のジャクソンが声をかける。

「ええ、今リビングアーマーって聞きましたけど……いや確かに凄いとは思うんですが、氷の巨人になるようなのなんているんですか?」

領主の館ほどというと三階か四階はある大きな建物だ。だがザイークの問いにジャクソンは確信を持って頷いた。それからボソボソとザイークに小声で話す。

「実はな。ここだけの話だが早朝に狩りに行ってた街の狩人たちが遠目からだがその戦いを目撃してたらしいんだ。そんで姐さんは口にしてねえが、それと対峙してたのは巨大な銀の狼だったって話だ」

「ああ、あの銀の魔狼ですか?」

ザイークの問いにジャクソンは少しだけ唸ってから、首を横に振る。

「いやそれが4メートルはあったって言うんだよ。けどバカデケエ銀の槍も持ってたらしいってんだから間違いはねえはずだ」

その言葉にザイークは「は?」と口にして目を丸くした。

「本当ですか? なんで外にそんな巨人がいたんだってのも気になるんですが、確か 血塗れの狂(ブラッディベル) ……いや、ユミカの姐さんのあの姿って2メートル半でしたよね?」

『 血塗れの狂戦士(ブラッディベルセルク) 』の本性、銀の魔狼はこの街でも何度か目撃されているが3メートルにも届かないサイズのはずだった。なのでザイークの疑問はさらに膨らんだが、ジャクソンは「間違いねえ」と頷いた。

「あの姐さんの着ている鎧は 神聖物質(ホーリークレイ) 製っていう稀少な素材でできてるんだが魔物素材じゃない以上、通常じゃあ変形なんぞしねえのよ。それこそ 神聖物質(ホーリークレイ) に直接働きかけるほどの強烈な力が掛からなけりゃあな。まあ、だから働いた『何か』があったんだと思うぜ」

ジャクソンはそう言ってひとり頷いた。

「まったく底知れねえ人だよ。あれからまだ先があったんだからな。あの化け物よりもな……あれよりも恐ろ……しい」

しかし言葉の途中からジャクソンが肩を震え始めた。

それは恐怖という感情によるものだった。パーティ『ドドリアン』のメンバーであるジャクソンは、かつて弓花によって叩きのめされた者のひとりだ。そして今でもジャクソンは夢に見るのだ。銀の狼が飛びかかり、己の腸を食いちぎりながら『大丈夫。殺さないから。少し痛いだけだから』とニタリと笑って己の身体を破壊し続ける悪夢を。

「先輩……だ、大丈夫ですか?」

「あ、ああ。問題ない。大丈夫だ」

脂汗をかき始めたジャクソンにザイークは心配になって声をかけたが、ジャクソンはすぐさま正気を取り戻して首を横に振った。

ジャクソンたちが暴行を受けたとき、当時の弓花は獣の本能と人の理性をせめぎ合わせながらギリギリ殺さぬように攻め立てていた。

そのことがジャクソンを含めて『ドドリアン』と『熊殺し団』のメンバーのトラウマとなっている。

彼らはその恐怖から逃れるために、敵ではなく味方なのだと自分を納得させるために弓花の軍門に下ったのだ。だからジャクソンたちムータンの幹部メンバーは普段の弓花が微妙に残念な少女であっても、決して侮ったり馬鹿にしたりはしない。『力』はすでにその身に刻まれているのだ。だからジャクソンはザイークに対し、過ちを犯さぬように警告する。

「新入り……覚えておけよ。あの人を怒らせるな。今はああだが、あの人が普通の少女の皮を捨てたときはもうどうにもならん。俺たちはな。生きているんじゃないんだ。生かしてもらっているんだ。あの人からな」

まるで宣告のように告げたジャクソンの重い言葉にザイークの喉がゴクリとなる。

「それからあの槍だ。あれは本当にマズいもんなんだ」

続けてジャクソンの視線の先には竜血布が巻かれた聖者の槍ムータンがあった。

「一度触らせてもらったことがあるが……あれはほとんど呪いに近い。お前もあの布を解いた姿を見たのであれば分かるだろう。あれは人を魅惑し引き込む一方で命を許さぬ神聖な静寂さを秘めている槍だ。極寒の死の大地を概念化したようなものだ。万が一にもアレを向けられたら命乞いをしろ。腹這いになって殺さないでくださいと許しを請うんだ。それだけが……生き残れるすべだからな」

「は……はい。肝に銘じます」

ジャクソンの真剣な言葉に気圧されてザイークが神妙な顔で頷いた。ソレを見てジャクソンも頷き「よし、じゃあ飲め。今日は姐さんのおごりだからな」と酒を勧めたのである。

と、そんな話が外野で行われていることも知らず、弓花はムータンのメンバーにチヤホヤされて嬉しそうであった。知らぬが仏とはよく言ったものだが、彼らの弓花に対する認識は誤解ではなく厳然たる事実に基づいたものであるのでもはやどうしようもなかった。

◎ユッコネエグレートキャットカテドラル

「のじゃー」

「にゃー」

弓花がおっさんたちにチヤホヤされている頃、風音とタツオは白の館の地下にあるユッコネエグレートキャットカテドラルへと降りてきていた。そして今のは出迎えの鳴き声である。

「ユッコネエにアオさん、クロフェさん。やっほー」

『お三方、特に変わったことはないですか?』

その鳴き声に風音とタツオが返事をする。

「特に変わりなく。と言っても朝と昼の食事は共にしていましたけどね」

クロフェの丸いおなかを撫でていたアオが幸せそうな顔でそう返す。

「ふむ。そろそろ目覚めそうですねクロフェ様。後二三日というところでしょうか?」

「もう何度も聞いたのじゃー。アオは気にしすぎなのじゃー」

何度も腹の中の繭を撫でては同じことを繰り返すアオに若干クロフェも呆れ気味である。

「おや、これは失礼」

アオも悪びれずにそう言い、それから風音のおなかを見てため息をついた。

「え、何?」

そのリアクションに風音が首を傾げているが、アオは「いえ。なんでもありません」とだけ返した。別に風音に罪があるわけではないのだ。ただアオは少し悲しいだけであった。

「もうサンダーバードの卵も孵っちゃったし囮もできないからねえ。後二三日の辛抱だからねユッコネエ」

「にゃー」

風音の言葉にユッコネエが嬉しそうに鳴く。

現在のユッコネエは風音の指示でアオと共にクロフェの護衛についていたのである。三色ジルベールとの戦闘に呼び出されなかったことについてはユッコネエも不満があったが、あの状況だからこそ本命であるクロフェの護衛からも疎かにはできなかった。

「うう、我が嫁が実家に帰ってしまう。アオー、どうにかならんのじゃー?」

「残念ながら」

のじゃーと鳴くクロフェの願いにアオは肩をすくめながら否と答える。手段はゼロではないがアオとしても次代の神竜帝の母である風音と金翼竜の跡継ぎの母となるユッコネエの仲を引き裂こうというつもりもなかったので、クロフェの願いは叶えられない。

そして、カイザーサンダーバードに続いてユッコネエとクロフェの子供の誕生もいよいよ間近に迫っていたのであった。