作品タイトル不明
第六百二十八話 その後の話をしよう
◎ゴルディオスの街 冒険者ギルド事務所 支部長室
「なるほど。事情は理解できました」
ルネイが深く椅子に座り込みながらそう口にした。目の前には風音と弓花にジンライ、それにイリアがいる。
早朝の騒動も終息し、今はすでに昼過ぎ。ここまでの間に緊急で必要な対応を終えて、ようやく一息つける状況となったためにルネイは事件の中心にいた風音たちを呼び状況説明を求めたのである。そして、想像以上の状況にルネイの頭はすっかりオーバーヒートしていた。そして己への確認も含めて何が起きているのかを口にし始めた。
「まず、早朝の冒険者たちが暴れた事件の原因はブラックポーションでした。出元はこの隣の酒場を含む三件の飲食店からのようです。とはいえ、暴れた冒険者たちの足跡を洗ってのものなのでまだ増えるかもしれませんが」
そう口にするルネイの横にいるアンネが資料をルネイの前に置いた。書かれている内容はつい先ほど届けられた、現在は意識を失っている冒険者や住人たちのリストである。
「なるほど。四件目も出たようですね。まあ、洗脳の効果が薄く、そのほとんどが大事に至ってないのが幸いですがやってくれたものです。街の修復と信頼関係を取り戻すのにかなり骨を折ることになるでしょう」
ルネイの顔は非常に陰鬱そうであった。問題は山積みな上に愛する妻たちまでもが犠牲になったのだからその心が沈んでしまうのもやむを得ない。冷静な態度が板に付いているルネイではあるが、恋多き男でありロボットではないのだ。それから風音たちに向き合ってルネイが確認の質問を行う。
「それで今回の件の首謀者等が例の悪魔たちの手下というのは確かなんですよね?」
その問いにはイリアが頷いた。
「そうっすね。カザネっちの話じゃ悪魔じゃなくてリビングアーマーだったらしいっすけど悪魔ジルベールを名乗ってたっすから。女王陛下を昏睡状態に落とし、東の竜の里ゼーガンを襲った七つの大罪の関係者なのは間違いないっす」
ゆっこ姉が意識を失っていた件はイリアにとっても苦い記憶である。その際にはイリアも悪魔に捕らえられ、まともな精神をしていれば耐えられないほどの仕打ちを受けている。それはイリア自身の特性がなければ今こうして平然としていられるはずがないほどのものであった。
もっともルネイにしてみれば七つの大罪という悪魔の集団は非常に難しい存在だ。
「悪魔に対しては冒険者ギルドも悪魔狩りと協力して対応をする義務がありますが……同時に情報も悪魔狩りに……リーダーである私の曾祖父にも流れるのですよ」
「現状でゼクウ・キャンサーは限りなく黒に近いグレーっす。あの爺さんは多方面にコネが多くてなかなか尻尾が掴めないっすけどね」
そのコネのひとりでもあるルネイが苦笑いをする。実際母であるルイーズが敵対姿勢を見せていなければ、証拠のない現状ならルネイも中立でいたはずだった。
「連中の狙いはカザネっちの卵だったっす。つってもクロフェ様のお子さまの繭と思って狙ったんすけど」
「私の囮が功を奏したわけだね」
えっへんと胸を張る風音だが張れるほどの胸はなかった。残念である。またイリアはその言葉に対しても難しい顔をしていた。
「んー、囮になるぐらい強力な卵だったっすから。正直、囮と言えるのかって話っすけど。トンでもないのが出たんすよね?」
その言葉に風音が「ポッポさん」と呟いて顔を落とした。卵が孵ったことで召喚獣『カイザーサンダーバード』のポッポさんは風音のスペルリストにちゃんと登録されているので再度の召還は可能だ。しかしポッポさんが何故死んだのかが分からなければ、次に喚んでも同じ結果になるのは目に見えていた。
「風音。ひとまずはその件は置いておいたら」
横にいる弓花が肘で風音をつつきながらそう口にする。それで風音も周囲が自分に注目してることに気付いて、えへへと笑ってごまかした。
「ま、まあともかく。イリアさんもクロフェさんの卵を何に使うのかは聞いてないんだよね」
「そりゃあ、さすがに無理っすよ。聞き耳立ててただけっすし」
イリアが肩をすくめながらそう返す。それから「けどっすね」と風音の方を見て目を細めた。
「ソルダート流王剣術にインビジブルナイツとかいう単語が連中と関係があるってのは大きく前進っす。証拠にはならないけど、ともかく有力な情報っす」
イリアの口にした『ソルダート流王剣術』と『インビジブルナイツ』は今回風音が習得したスキルの名称である。
上位能力だったためか『インビジブルナイツ』は『インビジブル』が上書きされているようで『ソルダート流王剣術』の方は防御中心の剣術とのことである。ちなみに『ソルダート流王剣術』は普通に戦う場合には二刀流の方が強力だという微妙なスキルでもあった。
もうひとつの『インビジブルナイツ』の方はといえば、パーティ全体に『インビジブル』をかけられるスキルである。以前のように使用者である風音と手を繋ぐなどの接触を必要とせずに仲間全員に『インビジブル』がかかるようになったので有用性は高い。
「しかしインビジブルナイツか」
話を聞きながらジンライが呟く。その言葉にルネイが口を開いた。
「インビジブルナイツは有名な話ですね。三世紀前のソルダード王が生み出した 虚空の騎士団(インビジブルナイツ) 。姿見を隠し、どこからともなく現れた騎士団にミンシアナも何度か襲われたと聞きます。もっとも 虚空の騎士団(インビジブルナイツ) は当時の王の一代限りのものであったために固有能力の類であったのではとも言われていますが」
「あー、多分それであってると思うよ」
風音もスキル『インビジブルナイツ』を使えば 虚空の騎士団(インビジブルナイツ) と似たようなことができるだろうと考えた。
「後はジンライさんが倒した冒険者たちですが、あの場から運ぶには人手が足りませんから仮設テントを用意して今はそこで介抱しています。あの付近は魔物が出現しませんがそれでも放っておくわけにも行きませんからね」
なお、その辺りの対応はランクE以下の街の便利屋的な立場の冒険者たちが請け負っていた。街の騒動の始末も暴れた張本人たちのほとんどが今は意識を失っているのだから、彼らが引き受けざるを得なかったということもある。
「それと救助したウォーレンについては移送を諦め、ひとまずは街に留めることにします。今はカザネさんの水晶化が効いていますし、暴れることもありませんから」
「ウォーレンさんはちょっと状態が酷かったしね。まあ生きてて良かったよ」
そう風音が言う通り、ライルたちが倒したウォーレンは身体のかなりの部分がブラックポーションに蝕まれ、このまま放置すればアストラル化し消滅する可能性が高かった。そうなるともはや英霊フーネでもなければ治すこともできない。
「治す当てはあるからそっちは期待してて良いよ。他にも耐性が低い人は目覚めるか怪しいからね。そっちも一緒に治療する予定だから」
風音がそう言って請け負う。
ブラックポーションを飲んだ者はその多くが意識不明の状態だ。それは操っている相手が倒されたためにリンクが切れて一時的に意識が途切れただけのようではあったが、すでに浸食が始まり目覚めるかが微妙な者も複数名いた。そうした者たちについては今から八日後に再召喚可能となる直樹の英霊フーネに治療を受けさせる予定であった。
「助かります。そちらにはご苦労をおかけしますね」
頭を下げるルネイに風音が首を横に振る。
「いんや。こっちの都合の煽りを食らったみたいなもんだしね。それぐらいはやらないと」
「ま、カザネっちらだけの問題とはもはや言えないっすけどね。悪魔はミンシアナ王国の敵っす。それに金翼竜妃のお子さんをミンシアナの領土内で奪われたとなるとクロフェ様は許してくれても西の竜の里に属する各国の反応が怖すぎるっす」
イリアが戦々恐々とそう口にする。イリアの特殊な精神構造を以てしてもそれは胃の痛い話ではあった。アオの策略によりクロフェは一部の王族や貴族たちの間で 偶像(アイドル) 化していた。
「問題なのは少量のブラックポーションでも操られるという点ですね。実際私の妻たちもやられましたし、これへの対策が難しい」
ルネイが暗い顔で言う。ルネイの妻ふたりも今は意識が失われている。どちらも軽度の汚染具合ですぐに目覚めるだろうとは言われているが、それでもルネイには心配でならない。その上で仕事を優先しなければならないのだから、さらに気が重かった。
「そうなんすよね。それなりの実力者たちですらやられたんすから今回みたいに食事に混ぜ込まれたらマジでヤバいっす」
イリアが肩をすくめ、ルネイがため息をついた。
そのブラックポーションの進入経路であるが、どうやら一部の調味料に混ぜられていたようだった。
その後にブラックポーションの影響で思考誘導された者が、別口で用意されていた丸薬タイプのブラックポーションを口にして一気に被害が拡大したのである。
ブラックポーションへの対処。そのことに悩むイリアとルネイに風音が挙手をして口を開いた。
「あー、ブラックポーションへの対応なら一応可能っちゃあ可能だよ」