作品タイトル不明
第六百二十七話 その殻を破ろう
「ふっ、はぁあ……あれ、俺……何をやって」
男の戸惑いの声の後、バコンと音が響いて何かがぶっ倒れる音がした。その目の前にはふたつの槍を持つ見た目二十代の男がいた。
「ふむ。お前で最後だジロー。なかなか良い逃げ足だったぞ」
その男は当然ジンライであり、ジンライの前で倒れているのは黒の竜牙槍によって頭を叩かれて気絶したジローであった。
そして周囲にはジロー以外にも意識を失って倒れている冒険者たちが大勢いて、ジンライは爽やかな汗を流しながら自分の周りを見渡して満足そうに頷いた。
「ふむ。思ったよりも手こずったが……これですべてだな。まあ死んではおらんだろう。多分」
そう言いながらジンライは目の前のノビているジローを改めて見た。
結局最後まで残っていたのはこのジローだったのだ。風音が渡したオダオブナガ・アシガルの鎧が発する危機感知能力が優れていたということもあるのだが、ジローはジンライの間合いに入り込まずに逃げの一手で動き続けていた。決して離れ過ぎず、ジンライが構うのを止めようとするとすぐさま反撃に出て、自らを囮にしながら仲間たちの攻撃の機会を作り続けていたのである。
(まったく見事な逃げっぷりであったわ。ここまでくれば見事としか言いようがあるまい)
ジンライとしてもここまで逃げに特化した冒険者など見たこともない。その上で機微を悟り、チャンスをモノにしようとする積極性もある。
とはいえだ。例えジローが奮闘しようが他の仲間すべてが倒されてしまえば囮の意味もない。もっともそれはジローが機能する前にジンライが主戦力のほとんどを削った結果ではあるのだからジンライの戦略的勝利とも言えた。
(まあ、オロチとオーリがおらんで助かったがな。オーリングでもこの場にいるのはカンナだけか)
オロチの 制約の黄金鎖(ギアス・ゴルディチェーン) はライノクスですら拘束するのだからジンライでも抗せないし、オーリがいた場合には単純な戦闘能力の高さだけではなく、ジローと違って早期に冒険者たちを立て直していたはずだった。またガーラがチームワークで挑まずに個人での戦いを仕掛けてきたのもジンライにとっては運が良かったと言える。
「それに時間切れか」
そして今回の戦いでケチがついたとすれば、それだろうとジンライが肩をすくめる。
「最期の一瞬は明らかに正気に戻っておったようだな。操っておった者が倒されたのだろうが」
つまりは最後にジローがダメージを受けたのは、正気に戻った際の隙をジンライが突いたためであった。それがジンライにとってはこの戦いでの唯一の不満であろうが、ジンライもすぐさま気を取り直して頷いた。
「まあ良い。勝ちは勝ちだ。いっそ、こやつもナオキと同様にイリアに仕込ませるか。その方がダンジョン攻略も捗るであろうしな」
そう言ってニタリとジンライが笑う。そんな地獄行きが決まりつつあるジローからジンライも背を向け、続けて風音たちの待つであろう戦場と向かうことにする。冒険者達を操っている者が倒れたとしても、他に敵が残っている可能性もあるのだ。
(ジーク殿の気配もあった。随分と派手にやっておったようだが、ワシはもしかすると貧乏くじを引いたのかもしれんな)
若干後悔が芽生え始めたジンライだが、今回に関しては分かりやすい形での成果が欲しかったのも事実だ。ランクB冒険者ならば並の兵士十人分、ランクAならばその倍以上の戦力であると言われている。勿論現実には一概にそうとは言えないし国が抱えているほとんど兵器のような戦士も存在はしているのだが、一般的な評価としてはそうなる。その基準から言えばジンライは今回おおよそ五百人以上の兵を倒したに値する働きをしたということになる。
(まあ十分であろうな)
それは降って湧いたチャンスではあったのだ。ジンライはこの成果を手土産にあることを押し進めるつもりだった。それからジンライはしばらく進み、森を抜けるとそこには見覚えのある姿があった。
「む、シップーか」
「なーご」
そのジンライの言葉通り、そこにはシップーが一匹で座っていた。どうやらジンライを待っていたようである。
「お前には風音たちの助けを頼んだはずだがな」
そう口にするジンライにふーっとシップーが鳴いた。怒っているようである。そのシップーの様子を見てジンライが戸惑いを見せた。こうしたシップーの反応は初めてではあるのだが、その心当たりもある。
「むう。やはりお前をあちらに行かせたのは嫌だったか」
「なーなー」
シップーが前足をフリフリして抗議をしている。嫌だったらしい。
「むむ、ワシはお前の身を案じてだな」
「なー」
ムンと睨むシップーにジンライが情けない顔をしてから「そうだな。すまんかった」と謝った。シップーはジンライのために生まれた戦闘巨猫だ。格下相手に手加減するためにとはいえ、ともに戦う機会を遠ざけられたことに大変ご立腹であるようだったのだ。
「なーご」
そのジンライにシップーがフリンとお尻を向けて、尻尾をフリフリとする。
「乗って良いのか?」
恐る恐る尋ねるジンライにシップーは再び「なー」と鳴いた。その言葉にジンライの顔から笑顔が戻り、勢いよくシップーに飛び乗った。
「やはりお前の背中が一番だ」
「なーご」
ジンライの言葉にシップーが誇らしく天へと顔を上げて鳴いた。しかし、その直後である。ジンライの顔が固まり、シップーの全身が逆立ったのは。
「む、なんだ?」
シップーとジンライが同時に正面を向いた。風音たちのいる方向から何かの気配を感じたのだ。それはとてつもなく大きい、まるで火山が今から噴火でもするかのような重い気配が漂っているのだ。
「なんだか分からんが、行くぞシップー」
「なーご」
それからジンライは顔を引き締めてシップーを急ぎ走らせ、風音たちの元へと急ぎ向かい始めた。
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そしてジンライがシップーと話しているのと同じ頃、ジルベールたちと交戦した戦場では弓花と直樹の目の前で空間が崩れて、そこから風音がいつもの姿で戻ってきていた。
「あ、姉貴」
「無事だったのね」
風音の姿を見てふたりが安堵の息をついた。風音も勝算ありで挑んだのだろうが、それでも空間を隔離されたのでは状況を知ることもできない。一体別空間でどんな戦いを繰り広げられているのか見ることができずに弓花と直樹は心配で仕方がなかったのだ。
「やはっ。勝ってきたよ」
そんなふたりの出迎えに風音が声をかける。その右手には卵を、左手には緑色の脚甲を持っての帰還である。弓花は脚甲の方に興味を持ったのかジロリとそれを見た。
「ん、緑色の足用の武具?」
「おみやげ。足が速くなる魔法具だね。ほれ直樹」
風音がポイッと投げると直樹が「うぉっと」と受け取った。一応、金属の固まりである。当たりどころが悪いと怪我をしかねない重量があったが、直樹は何とかキャッチした。
「それ、あんたが使っていいよ。魔剣とは使い勝手が違うけど、接近戦メインでいくなら役には立つはずだから」
「お、おう。サンキュ!」
姉からの贈り物である。直樹は嬉しそうにその脚甲を見た。プレゼント候補としては弓花とジンライもいたのだが、弓花はシルフィンブーツの『空中跳び』が戦闘スタイルに含まれているし、ジンライは単純に魔力不足で使いこなせない。
ライルに関しては課題は身体能力の制御なのでこれ以伸ばす方向は考えてもいなかった。
「赤も金も青も派手にブッ壊しちゃったし、剣も鎧も盾も粉砕しちゃったので今回手には入ったのはこれだけなんだよね。勿体なかったかなあ」
「余裕見てやれる相手でもなかったでしょう。無事ならそれだけで十分よ」
弓花の言葉に風音も「ま、そうだね」と返す。
なお浸食結界はすでに消失し、狂い鬼も召喚解除されて姿を消していた。そして風音はと言えば 裸のまま(ヌーディスト) の自分を覆い隠すように竜喰らいし鬼軍の鎧を元の通りに着こなしていた。何しろ狂い鬼の意志で自律活動すらできる鎧だ。分離した状態から元に戻るのもお手の物だったのである。
「それでみんなも無事に終わったようだね。ウォーレンさんは大丈夫だった?」
「まだ分かんない。どうもデカい体の中から兵隊さんの遺体も出てきてるみたいなんだけど」
弓花がチラリと、ブラックポーションの塊となった崩れたウォーレンボアに視線を送る。今はホーリースカルレギオンが中身をかき分けて回収作業をしているようである。
弓花もこの場から見た以上の情報は持ってはいないが、ウォーレンボアの巨体には複数の人間と人の死骸が入っていたようだとは風音に告げた。それには風音も眉をひそめたが、今の時点で風音にできることは何もない。なので風音は続けて直樹に視線を向けた。
「で、ナオキはなんで倒れてるの?」
「筋肉痛と、後ちょっと腹にダメージ受けすぎた」
『 狂戦士(バーサーカー) 』化の 副作用(筋肉痛) と赤のジルベールに蹴られたダメージが残っているようである。
「しょうがないね。ほら、スペル・ハイヒール」
「サンキュー姉貴」
風音の回復スペルによって直樹のダメージが消えていく。
「骨が折れてるかもしれないし。街に戻ったら癒術院に行った方がいいね」
「了解。つつつ、やっぱりまだ痛むな」
その直樹の様子を見て問題なしと頷いた風音は、それから弓花たちから離れて開けた場所へと歩いていく。
「ちょっと風音、どこ行くのよ」
その弓花の言葉には風音は右手に持った卵を見せながら口を開いた。
「今の戦闘で刺激されたのか、この子が目覚めそうなんだよね。ちょっと勢いありそうだから離れた場所で起こすよ」
そして風音がトコトコと進んで何もない場所に立つと、ウォーレンボアの残骸付近にいた仲間たちも何事かと弓花と直樹の元へと集い、さらにはジンライとシップーもそこに合流した。
「あ、師匠」
「こちらは片付いた。そちらも無事だったようだな」
ジンライの言葉に弓花が「はい」と頷いた。それからジンライが視線を風音に移した。
「それでカザネは何をしておるのだ?」
「いや、それがですね。卵が目覚めるそうでして」
「ああ、なるほど。それでか」
弓花の説明にジンライがさきほど己の感じたものの正体を知る。そして弓花やジンライたちの見ている前で、風音はゴーレムメーカーで卵を乗せる台座を造った。
コーティングでシルバー風味に仕上げた立派なもので、プレートには『私の鳥、ここに生まれる』と書かれていた。それは風音がこのために用意した特別な台座である。意味は特にない。
「魔力はギリギリか」
カザネがそう呟く。先ほどマナポーションで回復させた魔力量は残り200程度。風音はそれを卵に向かって一気に放った。
「さー、目覚めるんだよ私のサンダーバード『ポッポさん』」
「もっと良い名前あるだろ姉貴!?」
後ろで外野が騒ぐが風音は気にしない。そして卵がミシリと割れて一気に爆発したかのように光が溢れ、次の瞬間にはバサァと巨大な翼を広げた巨大な鳥が宙に浮かんでいたのである。
「これがサンダーバード?」
風音の言葉にその場にいた全員が「絶対違う」と思っていた。
それはともかくデカかったのだ。その身体だけでも成竜ほどはあり、広げた翼は三十メートルほど。雷のオーラを纏う王者の風格漂う姿は圧巻であり、それがクケーーーーッと一言鳴けばまるで稲妻の音のように周囲に轟き、それから急落下し、酸欠状態のような顔で苦しそうに呻きながらバッサバッサと地上で暴れた後、悲しげな目を風音に向けて息絶え、それから召喚が解かれたのである。
「あれ?」
風音が首を傾げた。これはどういうことかと風音が後ろを向いて仲間たちに目で問いかけるが、全員が首を傾げていた。
新召喚獣、召喚失敗であった。