作品タイトル不明
第六百二十六話 裸の心で闘おう
「くたばれぇええッ!」
魔王剣が音を立てて変化を起こしながら、赤のジルベールの右手に装着された盾と激突する。今の直樹は『 狂戦士(バーサーカー) 』化により髪と瞳が赤く染まり、その全身が筋肉で覆われていた。その一撃で赤のジルベールがわずかではあるが大地に沈む。
『魔王剣をテイムしているとはな。なるほど、さすがは鬼殺し姫の弟というべきか』
直樹の怒りを受けてか目の前で進化していく魔王剣には赤のジルベールも驚きを隠せないようだが、それでも脅威とするには力が足りない。
「何余裕ぶっこいてんだテメエはよ」
直樹はそう叫んでさらに力を込めたが赤のジルベールもこの直樹の攻撃が本命ではないと気付いていた。左右より飛竜と化した魔剣たちが迫ってくるのを察していたのだ。
『『 狂戦士(バーサーカー) 』化しても冷静さを失わぬか。まあ良い腕ではある。人間にしてはだが』
そう口にした赤のジルベールは瞬時に直樹を突き飛ばし、迫る飛竜に対しては身体を捻って避けると、どちらの魔剣をもイダテンの脚甲で蹴り飛ばした。そして弾き飛ばされた竜炎の魔剣と水晶竜の魔剣がダメージを受けたことによってエネルギーを留めきれずに爆発を引き起こした。
「まだまだぁあッ!」
だが直樹の魔剣はまだ存在している。短距離転移前に放った四本のうち、さらに続けて魔法殺しの剣と夜王の剣が合流し、直樹自身もその場で転移して赤のジルベールの背後を取った。
『ふむ』
それは正面、上、後ろからの同時攻撃。だが赤のジルベールは直樹の目の前から一瞬で消えた。
「なんだと?」
その次の瞬間には直樹は横から何かが激突したのを感じ、そのまま弾き飛ばされた。赤のジルベールが高速移動し直樹の横について蹴りを放ったのだ。
「がぁっ!?」
そして直樹は地面に落ちて転げるが、その次の瞬間にはその姿が消えた。もっとも赤のジルベールも慌てはしない。
『それはもうウーミンで見てるのだ。残念ながらな』
そう口にして赤のジルベールは軌道を逸れた魔剣のうち、自分に一番近い位置にいる魔法殺しの剣へと走り、そこに転移し出現した直樹へと再度の蹴りを放った。
「チィックショウ!?」
直樹はとっさに進化した魔王剣で受け止めるが再び弾き飛ばされた。直撃でこそないが最初に受けた蹴りのダメージが大きく今の衝撃でさらに身体が軋んだ。『 狂戦士(バーサーカー) 』化でなければ一撃目で倒れていただろうが、しかし今でもすぐさま動けないほどに身体の芯にまで効いていた。
『頃合いか。なかなか面白かったぞ少年』
赤のジルベールはこちらに駆けてくる弓花の姿を見てそう言った。
「待ち……やがれ」
『姉の敵を討たせてやれないのは心苦しいがお暇させてもらおうか。怖い狼に食べられたくはないのでね』
そして赤のジルベールが転移を行おうとした瞬間、少女の声が響き渡った。
「いんや。直樹はよくやってくれたよ。さすがにあのままだったら反撃もできずに取り逃がすところだったかも」
『何ッ?』
赤のジルベールが驚きの顔で声のした方角を見る。そこには風音が上半身だけ起こして直樹と赤のジルベールを見ていた。
「姉貴、生きてたのか」
直樹が涙声でそう口にする。それから風音が「ゲップ」と汚い音を立ててから、マナポーションの瓶をその場で落とすと言葉を返した。
「いや、あんたには『致命の救済』のことは話してたと思うけどね」
「あ、忘れてたや。ハハハ」
涙目で笑う弟に風音が肩をすくめながらも優しい笑みを浮かべているが、赤のジルベールは驚愕した思いを隠せない。
『そなた、どうやって……』
その問いに風音が笑う。
「ま、世の中いろいろとあるよね。けど素直に教えるとでも?」
『確かに。しかし、繭はすでにこちらの手にあるのだ』
そう口にした赤のジルベールに対し風音が手を挙げる。そして叫んだのだ。
「そんじゃあ狂い鬼、出番だよ!」
「グガァアアアアアッ」
その風音の声に応えて離れていたアーマード狂い鬼がその場に再召喚される。すでに 爆発反応装甲(リアクティブアーマー) は半分以上が剥がれ落ちているが、特に気にした風もない。
そして狂い鬼が両腕を広げて吠えると世界が一変した。元の世界が遠ざかり、赤のジルベールは気がつけば別の場所にいた。壁や床が黒く染められた肉と臓物、無数の骨と太く赤い血管が絡み合う何かの体内のようなドーム状の空間の中心に立っていた。
それはナーガの『霧の結界』や 解放神狼(リバティフェンリル) の『地を揺らすもの』と同質の『浸食結界』と呼ばれる一部の強力な魔物のみが発生させられる亜空間である。
「さーて、これで転移は使えないよね。何せボス戦だ。昔からボスとの戦闘は逃げられないと相場が決まってるからね」
そう言って風音が立ち上がる。その風音を赤のジルベールは慎重に観察しながら言葉を返した。
『なるほど。結界か。しかし、この場にいるのは 某(それがし) とそなたにその鬼だけか? それは随分と見誤られたものだな』
その言葉に風音は「フンッ」と鼻息を荒げて狂い鬼に指示を出す。
「やっちゃえ狂い鬼!」
「グガァアアアアアアアアアッ!!」
そして突撃するアーマード狂い鬼を赤のジルベールが鼻で笑う。
『そんな重そうな身体で 某(それがし) に当てられるとでも』
高速機動戦闘を得意とする赤のジルベールにとって重量級の相手はさして脅威対象には映らない。すでに 爆発反応装甲(リアクティブアーマー) も剥がれ落ちている面も多いのであれば、そこを狙えば爆破されずに倒せると判断して、
「狂い鬼、 爆発反応装甲(リアクティブアーマー) 全解放(フルパージ) !」
「グォォオオオオオオオンッ!」
その場で狂い鬼が爆ぜた。
『ガァアアアアアアッ』
その爆風から赤のジルベールが吹き飛ばされて、地面に激突する。
『なんということを』
その爆発に全身から煙を噴き上げながら赤のジルベールが驚愕する。全身全霊で卵をカバーしなければ諸共巻き込むほどの威力だった。
『まさか金翼竜妃の子までも殺そうとするとは……恐ろしいヤツだ』
「はははは、どんなもんよ」
赤のジルベールにそう返す風音だが、その風音も内心では焦っていた。想像以上に火力が強かったのだ。だが、それでも相手にダメージを与えられたのは確か。それにこれで準備も整った。
『むっ!?』
そして爆風から黒い巨体が飛び出してきたのだ。それは3メートル半程度の元の狂い鬼よりもやや小柄な姿の褐色肌の鬼の巨人だった。何よりもその姿は今までとは違う特徴があった。
『コイツは一体……』
赤のジルベールが疑問に思うのも無理はない。先ほどのまるでロボットのような姿とも、元の筋肉デブといった風貌でもない。細身の引き締まった身体に流れるような黒髪、野性味溢れる褐色肌の
『美形』
がそこにいたのだ。全裸で。
「グガァアアアアアアアアアッッ!!」
ワイルド風味なイケメンが叫び声を上げる。その声を聞いて赤のジルベールは目の前のワイルド全裸の正体に気付いた。褐色ワイルド美形の全裸マンの正体は狂い鬼だと悟ったのだ。
『これが……狂い鬼だと?』
赤のジルベールが困惑するのも無理はない。だが、それが事実だ。アーマード狂い鬼は 爆発反応装甲(リアクティブアーマー) を完全に 着脱(キャストオフ) することでアーマードベヒモス同様にネイキッド狂い鬼へと変化したのだ。それはつまり『最速ゼンラー』が発動したということでもあった。
「 着脱(キャストオフ) ッ!」
さらには風音も高らかに叫んで、竜喰らいし鬼軍の鎧の脚甲部分を残して全裸となってポーズを取った。ちなみに不滅のマントは装備したままでバサバサと揺れている。ビジュアル化した場合でも、謎のビームライトとの併用によって防御も完璧なものとなっている予定であった。それを見ながら赤のジルベールが戦慄する。
『なんとはしたない。年頃のおなごのすることではないぞ』
その言葉には風音もやや半ギレといった顔で笑う。
「あははははははは。いやまあ……この場はあんたと狂い鬼と私しかいないし、正直さっきのは痛かったしね。私も心底腹が立ったので、なりふり構うつもりもないから……ねっ!」
そして風音と狂い鬼の双方が瞬時にその場から消えた。それは先の戦いで直樹の前から消えた赤のジルベールのように。
『いや、これは!?』
とっさに赤のジルベールが盾を構えて迫る攻撃を受け止めた。金属音が響き、盾にドラグホーントンファーが激突しているのが赤のジルベールには分かった。
『ガッ!?』
だが、それだけではない。さらに左側からネイキッド狂い鬼の拳が突き刺さって鎧のわき腹を破壊し、
『ウガァアアアッ!?』
そのまま赤のジルベールを空中に浮かせたのだ。
風音と狂い鬼、そのどちらもがスキル『最速ゼンラー』の力により相手が消えたと思うほどの高速移動を可能としていたのだ。対して赤のジルベールは左手を失い、 爆発反応装甲(リアクティブアーマー) の爆発を受けて全身にダメージを負い、さらには残された右腕も卵を抱えている。また地面からも離されたことでイダテンの脚甲は力を発揮できず、赤のジルベールは己の高速移動すらも発動できない。
「うぉおおりゃあああ!」
「グゥォオッォオオン!」
その状態で風音と狂い鬼が『情報連携』を通じて連携攻撃を仕掛けてくる。まったく避けようのないコンボ攻撃に赤のジルベールも持っている卵を護るのに精一杯だった。
「私の拳が真っ赤に燃えてるよーー!!」
そして風音のスキル『キックの悪魔』発動で十五コンボ目の『爆神掌』が放たれる。溜め込まれた闘気が一気に放出され、赤のジルベールの身体を激しく吹き飛ばした。
『ォォオオオオオ』
赤のジルベールが叫びながら態勢を立て直し、地面についた。
「ウガァアアアッ!」
さらに休みなくネイキッド狂い鬼が突撃し拳を振るうが、それは赤のジルベールの蹴りによって防がれる。
『油断さえしなければ』
「スキル・キリングレッグカカト落とし」
そこに風音が空中からの攻撃を放ち『クッ』と声を上げた赤のジルベールが跳び下がってその攻撃を避けた。だが続けてのネイキッド狂い鬼の蹴りが飛んだのだ。それこそは本場のキリングレッグというものだった。
『攻撃に切れ目がないッ!?』
赤のジルベールがそれを盾で受けたが、ここまでの蓄積ダメージによりついに円形上の盾がヒビ入り粉々に破壊される。
『しまったッ!』
「狂い鬼ッ」
「ガァッ!」
そして大勢は決した。もはや赤のジルベールは護る手段すら失った。風音のトンファーが、キリングレッグが、ネイキッド狂い鬼の拳と蹴りが次々と突き刺さり、その右腕も破壊され、そこからこぼれた卵を風音が空中でキャッチすると直後にキリングレッグカカト落としを見舞って赤のジルベールの頭部をも破壊する。
『馬鹿な。こんな、 某(それがし) が、いやワシがこんなところで、こんな末路をッ!?』
一瞬風音はその鎧の内側に何かを見た。
(お爺さん?)
だが風音も考察する余裕はない。そのまま、すでに崩れ落ちかけている赤のジルベールに向かって再度の『爆神掌』を放って赤い鎧を粉々に破壊した。
全裸の勝利であった。