軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六百二十二話 弓花を小さくしよう

ペキパキとまるで空間がガラスのように割れていく。その隙間から現実の世界が垣間見えた。そして崩れゆく白銀の世界の中心では小さな子を背負った4メートル以上はある巨大な銀の狼が仁王立ちをしている。

解放神狼(リバティフェンリル) 化した弓花が産み出した神狼の狩り場、神域『地を揺らすもの』が敵を倒したことで消失し元の世界に戻りつつあるのだ。その立っている弓花の背中に張り付きながら風音は己のスキルウィンドウを見ていた。

(うーん。ソルダード流王剣術? ジルベールは要するにソルダードの王族関係? それに)

風音はすでに破壊され尽くして使い物になりそうもない青い鎧を見る。砕き折った双剣も合わせて今回は武具を鹵獲して使用するのは難しそうである。が、問題はそこではない。

(『犬の嗅覚』で感じた魂の臭いはひとつ。魔力こそ膨大にあったけど……これ、悪魔じゃない。本当にリビングアーマーだ)

それの意味するところが風音には分からない。しかし、魔力量が悪魔と思えるほどに多いのも事実。また、恐らくは英霊ジークが戦っている金色の鎧の方も同じであろうと風音は考える。でなければジークが手こずる理由がない。

『さて、どうする風音? まだ変化の時間は余ってるけど?』

そして少し考え込んでいた風音に、グルルと唸りながらの弓花が尋ねる。目覚めた野生が弓花をそうさせるのだ。やりたくてやっているわけではない。

「そうだねえ」

それを聞いて風音は遠隔視を用いて周囲を見回しながら状況を伺う。すでに白銀の世界は消え、元の空間へと戻っていた。

そのまま観察した限りでは、かなり離れた先にいるジンライは上空から見る限り、思ったよりも手こずっているようだが元気な様子だった。

英霊ジークの方は予想外に食いつかれている状態で、優勢ではあるが攻め切れていないようである。

また、直樹命名ウォーレンボアはライルとタツヨシくんケイローンを中心として戦闘が行われているが一進一退といったところで、最後に狂い鬼と 三つ首の銀狼(ホーリーケルベロス) に追われていたイリアドラゴンはフルボッコ中のようであった。

(ジンライさんは問題なし。イリアさんがやや死にかけ。ジークと直樹たちはちょっと難しいか。であれば、ここは)

状況整理が終わり、風音がひとり頷くと弓花と接合させていた蜘蛛の糸を解いて「よっ」と言いながら地面に降り立った。

『あ、身体が萎んでく』

それにより 解放神狼(リバティフェンリル) 化していた弓花がまるで空気の抜けた風船のように静かに小さくなっていった。とはいえ制限時間が来たわけではないため完全神狼化に戻るだけで、二メートル半の狼の姿で固定される。

「よし、ひとまずは分かれて動こう」

風音は、自分の倍近い体躯となっている親友に振り向き、そう切り出した。その言葉に弓花が首を傾げる。

『分かれるってどうするわけ?』

「そうだね。私はジークの方を助けにいくから、弓花はライルたちの方を、続けてイリアさんの救助をお願いするよ」

その言葉を聞いて、弓花は遠く離れた場所で酷い目に遭っているイリアドラゴンに一度視線を向けてから、再び風音に向き合って頷いた。

『了解。イリアさんは後で良いのね?』

「いいよ」

風音が即答する。当然弟優先であったし、風音は胸なしと言われたことに大変お怒りでもあった。

そして風音の返事を聞いた弓花はすぐさまライルたちの元へと向かおうときびすを返したが、その背中に風音が「あ、待った」と声をかける。

『何?』

首だけ振り向いた弓花の金色の目が光る。怖い。風音も若干引きながら口を開いた。

「いやね。ライルたちが忘れてるみたいだから、ちょっと教えといて欲しいんだけど」

そう言って風音はライルや直樹が見落としていることを口にしたのである。

**********

「なかなか倒せねえな」

『ウォォオオオオン』

ライルの言葉にタツヨシくんケイローンが吠えて応える。こうしている間にもどこかで戦いがひとつ終わったのがライルには分かった。転移したのか、異空間に入ったのかは不明だが、唐突に気配が消失したのだ。それからしばらくして何かがひび割れる音が聞こえたと思えば闘争の気配だけが消えていた。

どちらかが勝ったのかは分からないが、ライルはそれを心配はしない。英霊ジークが負けるとは思わないし、黒いドラゴンと殺り合っていた狂い鬼と 三つ首の銀狼(ホーリーケルベロス) は召喚体で負けたとしても復活できる。また風音と弓花に関しては心配するのも無駄というものだろうとライルは割り切っていた。

それよりも問題は自分たちの方だ。ライルたちは先ほどからずっと攻めあぐねていた。

斬っても突いても目の前の怪物は再生していく。その上に周囲はすでに垂れ落ちたブラックポーションによって汚染され、黒い沼地のようになってライルとタツヨシくんケイローンの動きを鈍くしていた。

(俺の竜気ももう尽きる。助けがくるのを待つしかねえのか?)

ライルが悔しそうな顔をするが、何しろ飛び散るブラックポーションに対抗するための消費が激し過ぎる。

なのでジーヴェの槍からブレス攻撃を出すこともできず、余分に供給できる竜気もないためにエミリィを竜人化させることもできないため援護もままならない。結果としてライルはタツヨシくんケイローンの特攻攻撃をフォローする形に留まっている。

『随分と苦戦してるじゃない』

そんなライルの前に銀の狼が飛び込んでくる。

「ぶもぉおおおおおお」

突然出現した弓花にウォーレンボアが叫び、その棍を振り下ろすが、

『ああ、話の邪魔だから』

しかし完全神狼化の弓花は聖者の槍を一閃させて、その棍を斬り裂いた。

「すっげ」

ライルが呆気にとられてそれを見た。斬り裂かれた棍はグルグルと回転したが、そのまま切り口から浸食した銀色の光に浄化されて消失した。

『ォォオオオン』

それを隙と見たタツヨシくんケイローンが突撃し弓花とライルの前からウォーレンボアを弾き飛ばす。その様子に頷きながら、弓花はライルへと振り向いた。

『大したことないっていうか……今の棍だってブラックポーションの固まりでしょ。こっちは神聖力の銀のオーラに包まれてるからねえ。言ってみればアレの天敵みたいなもんよ』

その言葉にライルが唸る。確かに弓花の言葉は正しい。だが当然のことながら相応の実力差があって初めてそうした芸当が可能となることをライルも分かっている。

「で、そっちは終わったのか」

『モチのロン。こっちは結構手こずっているみたいね』

「言葉もねえ」

ライルが苦い顔をして言う。

『そんなライルに朗報。勝利の女神が参上したわ』

そう言ってにっこりと微笑む弓花の顔は恐ろしい狼の顔だった。明らかに獲物を狙った肉食獣の笑みにライルは背筋からゾゾゾゾッと来るモノを感じたが、強力な助っ人が入ったのは素直にありがたくはあった。

『そんで、ひとまずは風音からの伝言』

「なんだよ?」

風音はどうやらこの場にはいないようだと、ライルは周囲に目をやりながら把握する。

『使えるモノはちゃんと使おうねだってさ』

「使えるもの?」

弓花のヒントにライルが首を傾げる。どういうことだろうと、ライルが周囲を見回した。

(見落としているモノがあるのか? なんだ? 直樹の英霊フーネは……まだ喚びだせないはずだ。だったら)

直樹本人というわけではないだろうとライルは思う。魔法殺しの剣もすでに飛ばして攻撃させているが斬撃なので思ったほどの効力はない。直樹の魔剣解放でも周辺に散ったブラックポーションの効果を消失させるだけで、今は普通に攻撃させる方向で動かしているようだった。

またエミリィは特には有効手段を持ってはいない。レームの 雷王砲(レールキャノン) はすでに使用中。タツオとホーリースカルレギオンはその護衛だ……が、

(いや、なんでコイツ?)

ライルはあることに気付く。ウォーレンボアは先ほどからライルだけでなく、直樹に対しても積極的に攻撃を仕掛けようとしていた。だが、ここまでレームたちへ向かう様子はなかった。それはどういうことか?

『ああ、なるほど。そういうことか』

「俺も分かったよ。そうだな。活躍が少ねえから忘れてた」

ジーヴェの槍から納得したと声が漏れ、ライルもその可能性に気付いた。

『どうする? 私の手助けもいる?』

「いんや。他にやることあるんなら、そっちを優先で頼む。ここも助けられて終わっちゃ立つ瀬がないしな」

ライルはそう言って再度槍を構えてレームたちのところにいるホーリースカルレギオンを見た。

それは死霊王ヨハンの祝福により神聖属性付きで 神聖物質の(ホーリー) バルディッシュ持ちという、悪魔や怨霊を打倒する為の存在……であるはずだった。であるにも拘わらず、それをこれまでまったく生かさぬままだったのでライルたちの頭からもすっかり抜け落ちていたのである。

「ケイローン。ホーリースカルレギオンを前に出すんだ。アレがあいつの天敵だ」

『ォォォオオオン』

ライルの言葉にタツヨシくんケイローンが「あ、そっか」という風に吠えて頷くとホーリースカルレギオンがケイローン内部の 知性の金属(インテリジェンスメタル) の意志に従って動き出した。

それにはレームとタツオが驚くが、ブラックポーションにより毒の沼地化した地面にホーリースカルレギオンの足が触れた途端に変化が生じるのを全員が目撃した。

「しまったな、こりゃ」

その様子に直樹が目を細めて己の失態に苦い顔をする。ジュワッと地面のブラックポーションがまるで沸騰したかのように蒸発して消えたのだ。

「よーし、やったれホーリースカルレギオン」

『ウォォオオオン』

ライルの言葉にタツヨシくんケイローンが吠えた。ホーリースカルレギオンを操作しているのはケイローンなので応答するのもタツヨシくんケイローンなのである。

『問題ないならいいわ。そんじゃあ、私はあっち行くから』

「おう……と、あっち?」

駆け出した弓花の進む先をライルは見た。ライルの目に映ったのは、蛇のような長い身体を丸められた黒い東洋竜が、クロマルと狂い鬼によって蹴りまくられている姿であった。

ボールを使って遊ぶ飼い主と犬、そんなシチューエーションを歪にねじ曲げたような光景がそこにはあったのである。