作品タイトル不明
第六百十九話 黒い雨には気をつけよう
風音たちがジルベールたちとの戦闘を開始するのと同じくして、直樹たちも黒きギガントボアとの戦いを始めていた。もっとも、直樹たちの見ているソレはすでにギガントボアと言えないものではあったが。
「なんだよ。あれは?」
ライルが声を上げる。正面にいるのは見たこともない異様な怪物だった。
全身が黒く染まったギガントボアの背に、同じく黒い巨大な体躯の人間の上半身が生えていて、その頭部には白い人間の顔の仮面がついている。顔を知らない直樹たちには分からなかったがそれはウォーレンの顔を象ったものだった。またその全身は黒いタールを塗りたくったかのようにヌメヌメと黒光りしていた。
「よく分からないが、強いのは間違いないだろうな。よしケイローン、一気に決めてやれ。目標は……ウォーレンボアだ」
『オォォオオオオンッ』
暫定的に名を決めた直樹の言葉にタツヨシくんケイローンが吠え、ドラグホーンランスを突き出して一気に駆け出す。そしてランスに付与魔術である二重ファイアドリルを発動させ、全身を巨大な渦巻く炎のドリルと化してウォーレンボアへと突撃していった。
「ブモォォオオオオッ!」
対してウォーレンボアも迫る炎のドリルを見て駆け出す。逃げるのではなく正面から突撃し、
『ウォォオオオオンッ』
「ブモォッ」
迫るタツヨシくんケイローンを絶妙なタイミングで飛び越え、そのまま突き進んだ。その際に僅かばかり腹を炎が掠めるが、ウォーレンボアは気にせず着地すると直樹たちへの突撃を再開する。
「なんだあいつ、上手いぞッ!?」
それには思わずライルが賞賛の声をあげた。タツヨシくんケイローンが軌道修正するギリギリの境を見定めてウォーレンボアが動いたのがライルには見えたのだ。ただ暴れるだけの知性の低い魔物ではないとライルは確信したが、この場でそのほめ言葉は少々場違いだった。
「馬鹿。敵を褒めてる場合かッ!?」
「分かってるさ。行くぜジーヴェ」
直樹の注意にライルが返事をしつつ、己の槍に声をかける。
『了解だ……が、あの身体を覆う黒いものは危険だ。竜気を絶やすなよ』
「あん、どういうことだよ?」
ライルが問うが、すでにウォーレンボアは間近に迫っている。離れた位置にいるレームとタツオ、それに護衛のホーリースカルレギオンはともかく、直樹とライルにエミリィは射程圏内である。
「来るかっ。エミリィ飛ぶぞ。ライルは自分でどうにかしろよ」
「えっ?」
「あいよっ」
直樹はエミリィの手を掴むと魔王剣の柄に付けた 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) を発動させて短距離転移で一気にその場を離れた。同時にライルは竜気を纏って攻撃を仕掛けたのだ。
「ウォォオオッ!」
「ブモォオオッ」
そしてライルが迫るウォーレンボアをわずかに避けながら、すれ違いざまに前足をジーヴェの槍で切り裂く。それにはウォーレンボアが叫び、さらには傷口から黒い液体を周囲に飛び散らせるとライルの放つ竜気と接触してジュッとそのまま消滅した。
「なんだよ、これ?」
『危険だと言ったであろう。あれはブラックポーションだ。迂闊に接触すれば我らは悪魔に操られかねん』
ジーヴェの言葉にライルが「マジかよ」と言いながら眉を眉間にしわを寄せる。
『む、不味いな。竜気をもっと高めよ我よ』
「なんでだ?」
そのジーヴェの忠告にライルが首を傾げるが、理由はすぐに判明した。ウォーレンボアが動きを止めたことで離れた位置からの攻撃が開始されたのだ。
「うりゃぁあああ!」
それはレームの 雷王砲(レールキヤノン) が連続斉射だった。それがウォーレンボアへと直撃し、さらにその身を弾けさせた。
『やりましたよレーム。効いてます』
「おーっし。ライルの援護だ。ぶっ飛ばし続けるぜ」
そんなレームとタツオがやりとりしながら後方からの支援射撃が続いていく。なお、タツオは一度メガビームが反射されているため、今はホーリースカルレギオンと共にレームの護衛役に回っていた。
「うぉぉお、やべえ。レーム、待てぇえ」
ウォーレンボアの身体が削られて黒い液体が雨あられのように飛び散る中を、ライルは竜気を全身に纏いながら防御し続けるが、想像以上のペースで己の竜気が減り続けているのがライルは把握し、大いに焦る。
『対消滅しているようだな』
「わーってるっての」
ジーヴェの言葉に涙目のライルが返事をする。一見して竜気に接触した黒い液体だけが消えているようにも見えるが、それは確実にライルの竜気をも消失させているのだ。
まるでシャワーのように降り注ぐブラックポーションの雨の中にライルが悲鳴を上げるが、しかし、撃ち続けるレームには射撃音でライルの悲鳴が届きはしない。
『逃げるぞ。さすがに保たん』
「チックショウッ!?」
その焦るライルたちを見ながら短距離転移で離れた直樹が目を細める。
「あの黒いタールみたいなのは危険らしいな。エミリィ、竜体化はやめておけ。今ライルから竜気が減ったらマズい」
『察知』スキルでいち早く状況に気付いた直樹にエミリィが頷く。
「了解。けど、どうするの?」
「攻撃は効いてるんだ。遠距離から攻撃をし続ければなんとかなるだろうが」
(あんま魔剣の遠隔操作には頼るなって言われてるんだがな。こればかりはしようがないか)
そう考えながら直樹は魔王剣を握り、『操者の魔剣』の能力で竜炎の魔剣と水晶竜の魔剣を飛ばそうとしたのだが、突如として上空から迫ってくる気配に気付き、とっさに顔をあげた。
『ナオキっちっすぅぅぅうううう!!』
そして直樹の視界には黒い東洋竜が映っていた。
「なんだ、こりゃっ!?」
「離れてナオキ。邪悪な感じがする」
悪寒が走った直樹の前にエミリィが出て叫んだ。女の勘が言っているのだ。その東洋竜は色々な意味で危険だと。対して東洋竜も怒りを込めて叫んだ。
『チッ、こんの泥棒猫が。あっしのナオキっちに近寄る毒虫が。ぶっ殺してやっ』
「ぐがぁあああああああああッ!」
しかし黒い東洋竜の言葉が最後まで発せられることはなかった。突撃してきたアーマード狂い鬼が激突し大爆発を引き起こして、東洋竜を吹き飛ばしたのだ。
『っすぅぅうううううう!?』
そのまま東洋竜が飛んでいき、それを「ウォン」「ウォン」「ウォン」と 三つ首の銀狼(ホーリーケルベロス) が追っていく。
「ええ、と、ありがとう?」
「ぐがぁあああッ」
直樹の礼にアーマード狂い鬼はひと叫びするとそのまま東洋竜を追いかけていった。
「黒いドラゴン。あんなものまで用意してるのか。しかし、今の声は……」
「直樹、そんなことよりも兄さんの方を」
エミリィの言葉に直樹が「そうだった」と頷きながら、魔剣を飛ばして突撃させる。今回は飛竜形態ではなく普通の剣のままでの遠隔操作である。目的は飛竜による突撃ではなく中距離から敵を削りとることにあるのだ。そして上空で円を描きながら、水晶竜の魔剣から発するセブンスレイと竜炎の魔剣から発するファイアブレスがウォーレンボアへの降り注がれる。
『今だッ、離れるぞ』
「よっしゃああ」
その状況にライルが竜気を全開に放出させながら一気に飛んで離脱するが、
『いや、駄目か』
「追って来やがる。なんでだ!?」
逃げるライルの後ろからウォーレンボアが追いかけてくる。そのまま棍を振り上げて一気にライルに叩き付けた。
「チィッ」
ライルが舌打ちしながら横に飛んで避ける。それは大地が抉れ、窪みが出来るほどの威力だった。
『ふむ。まともに喰らえば死ぬな』
「冷静に言うんじゃねえ」
ジーヴェの言葉にライルが叫ぶが、現実は変わらない。ジーヴェの言葉は正しいのだろうとライルも認識しながら、ゴクリと喉を鳴らして正面をむき直した。
『やる気になったか』
「どのみち、あのドロドロまみれのに近付けんのが俺だけなら俺がやらなきゃしゃーねえだろうしな」
ライルがそう意気込む。
『ウォォォオオオンッ』
そこに再度の突撃を行うタツヨシくんケイローンが突撃し、ウォーレンボアの棍との打ち合いとなる。それを見てライルが目を丸くする。
「おい、大丈夫なのか? あれも一応 知性の金属(インテリジェンスメタル) とかが入ってるんだろ?」
『いや、確かアレにはワルギレオの反省からアレにはカザネがロックをかけていたはずだ。恐らく操作系への耐性は高いはず』
それはワルギレオのゴーレムハックの反省から風音が行った対策である。タツヨシくんケイローンへの命令権を行使できるのは今は風音とレーム、それに 知性の金属(インテリジェンスメタル) のみであり、 無限の鍵(インフィニティ・キー) によってその設定にロックをかけているのだ。
また 知性の金属(インテリジェンスメタル) 自体はタツヨシくんケイローン内部にあるのだが、当然ブラックポーションが接触できるような場所には設置してはいない。
『だが、その性能においてはウォーレンボアの方が勝るようだな』
棍とランスの打ち合いとなっているが、押しているのはウォーレンボアの方であった。そもそもタツヨシくんケイローンの持つランスは一撃離脱の 突撃(チャージ) がメインで棍と打ち合うようなものではなく、またウォーレンボアの上半身の方も恐らくは変身前の弓花に近い実力を持つウォーレンの技量そのままの力を持っているようだった。
「んじゃあ、どのみち俺もやるしかないってことかよ」
そう言ってライルは覚悟を決めて、ジーヴェの槍を構える。そのライルの背後では轟音と共に土柱があがっていたのだがライルの視線は揺るがない。それがどうせ風音の大技が決まったのだろうとだけ考えると、ライルは一気に駆け出したのだ。