作品タイトル不明
第六百十六話 勇者を見よう
その戦いは苛烈を極めた。
極めた……が、苛烈であったのはその中心で槍を振るうジンライとジン・バハルのふたりであり、周囲の有象無象は飛び散る火花も同然の存在ではあった。
まず特攻してきたジンライに恐慌状態となった魔術師たちが魔術を放った。しかし集中力の乱れたそれらは精彩に欠き、そのことごとくジンライとジン・バハルはかわし、或いは通り抜けた。それを見て冒険者たちから叫び声があがった。当たったはずなのにふたりは通り抜けたのだ。幻術ではないかと疑う者もいたが、通り抜けたジンライたちが冒険者たちの集団に飛び込むとまずは後衛組から次々と薙ぎ倒していった。それは紛れもなく本物だった。
その不可思議な現象の正体は『森羅万象』というバハル流槍術の奥義。ジンライもカルラ王の黄金の炎にこそ対応できてはいないが、並の魔術であれば同期しすり抜けることが可能であった。もっともその事実を相対する彼らは当然知りはしない。
さらに共に戦っているジン・バハルも並の腕ではなかった。新しき時代の技も覚え始めた骸骨竜騎士もまたその実力をあげていたのだ。弓花という少女に届かれようとしている状況で、ジン・バハルもまた己を鍛え上げ続けていた。
「腕の二三本は良いが殺すなよジン。リーダーの指示には従わんとな」
『はははは、我らがリーダーがお優しい方で良かったな小童どもが』
笑いながら次々と冒険者を駆逐していくふたりの槍使いに、周囲の者たちは戦慄する。そこに巨大な体躯の男が飛び込んでいった。
「ジンライ殿。ひとつ、手合わせ願おう」
「ガーラ殿か。これは面白い」
だが、そう叫んだ次の一瞬には決着が付いた。ガーラが振り下ろしたハルバードをジンライは踏み込んで越え、そのままやはり槍術『転』を用いてガーラを打ち落としたのだ。そこに拳闘士であるギュネスが勢いよく飛びかかるが、
「ウォォオオオッ」
『お前の相手はこちらだ』
不意に現れたジン・バハルが雷に包まれたグングニルを叩きつける。そして接触したギュネスの身体は雷撃に包まれて崩れ落ちた。それは『雷神槍』の亜種である『雷破』と呼ばれる技。いわゆるスタン攻撃であった。
そしてギャオに続きガーラやギュネスまでもが一瞬で倒される。それらは一見していとも簡単にガーラとギュネスが倒されたように見えたが、見た目ほど容易なものではない。
相手の攻撃を利用し一撃で叩きのめす。極限の見極めができるジンライだからこそガーラを一瞬で倒せたのだ。そしてジン・バハルもジンライに気を取られすぎたギュネスの不意を打ったに過ぎなかった。とはいえ彼らによって手練れがまたひとりふたりと倒されたのは間違いない。
こうなるとカウンターを恐れて立ち止まる者も増えては来たが、対してジンライもそうした相手に自ら近寄ることはせず、迫る者から倒していった。ジンライにしてみれば来ない者を追う必要はない。ただ数を減らすことに注視していれば良かったのだ。
そして数の減っていく冒険者たちの視線が次第にひとりの男に向けられていった。その視線の先にいる男の名はジローである。
「うえ?」
当然ジローは周囲の期待の目にキョドりながら情けない顔を浮かべるが、そこにジン・バハルが突撃する。
『来ぬのであれば、こちらから行くぞ若造』
気合いを込めて槍を構えるジン・バハルに、しかしジンライは叫んだ。
「バカもん。そやつは」
『ムッ!?』
唐突にジン・バハルの足に岩の触手が絡み付いた。それはジローの召喚獣であるビッグストーンワーム。
『気配など感じなかったぞ?』
ジン・バハルが叫ぶが、それはジローの罠であった。実のところ目の前の冒険者たちは自ら飛び出したことで認識阻害の魔術が解けてしまっていたのだが、彼らがかかっていたのは風音のスキル『インビジブル』と同等の効果を持つ魔術であった。
だが土に潜っていたビッグストーンワームにはまだ認識阻害の魔術がかかったままだった。それを利用してジローは罠を張っていたのだ。それに見事に引っ掛かったジン・バハルにジローは身に着けているオダオブナガ・アシガルの鎧の力で加速し懐へと飛び込んだ。
『ぬぅぅうう』
「ごめんなさい」
無念の声をあげるジン・バハルに対し、ジローはそのまま紅の水晶小太刀・織田信長式でその首をかっ切った。風音が渡した武器の切れ味は相変わらず抜群であった。そのまま不意をつかれたジン・バハルの首が飛び、首と分かれた胴体が光となって消滅していく。
「アホウが。油断しおって」
己の召喚騎士が無様に消滅していく姿を見ながらジンライが毒づく。一方で周囲はジローコールが上がっていた。
「ジロー」「ジロー」「ジロー」「ジロー」「ジロー」「ジロー」「ジロー」「ジロー」「ジロー」「ジロー」
ジローの反撃によってここまで一方的にやられていた冒険者たちが一気に活気付いたのだ。その様子を見回した後、ジンライが獰猛な笑みを浮かべてジローへと視線を送った。
「まあ、分かっておったよ。やはりお前がもっとも大きな障害となるであろうことはな」
そう口にするジンライにジローは冷や汗をかきながらひきつった笑いを浮かべる。
「そんなこと……ジンライさんは知っているでしょう。俺は……本当は」
ジローが何を言いたいのかはジンライにも分かってはいる。
ジロー伝説の幕開けは狂鬼群討伐と呼ばれるオーガの集団の討伐だった。だが、実のところその場においてジローはただ気を失っているだけだったのだ。そしてそこにはジンライも参加していたのだから当然ジンライもジローの醜態を知っていた。そうジンライは知っていた。ジローという男が本当にただの弱々しい冒険者『だった』ことを。
「舐めるなよ小僧」
「ッ!?」
しかしジンライはジローに怒鳴りつける。それにジローはビクッと身体を震わせるが退きはしなかった。それを見てジンライは頷いた。
「ああ、そうだ。その顔だ。勇者、勇気持ちて闘う者。ワシには分かっておったぞ。この戦いの中、ワシをじっと観察し続けていたお前をワシは気付いておったぞ」
ジンライの言葉にジローがゆっくりと手に持つ赤い水晶の小刀を握って構える。脅えてはいる。しかしその顔に迷いはなかった。
「この中でただひとり脅えるだけでなく、無闇に挑もうと突き進もうともせず、勝利するためにワシを観察し続け、勝つ手段を考え続けていたお前が……」
ジンライが駆け出した。この戦いの中心点。それをジンライは理解していた。
強大なる力を持つ魔物を討伐しうるのは対しての巨大なる力ではない。己が脆弱だと理解している人間は仲間を募り共に戦うことでそうしたものを踏破してきた。
それが冒険者であり、その集まりがパーティだ。ジンライは殺気を放ち彼らの平静さを失わせ、場を乱すことで己に有利な形で戦いを進めてきていた。そんな壊れ欠けた歯車であった冒険者たちを目の前にいる男は元に戻した。
もうジンライに脅えている顔はなく、ジローを中心として彼らは動き出していた。
「今この場のお前が、お前たちこそが、たった今よりワシの敵となったのだッ!」
そして冒険者という集団で戦う者たちが機能し始める。それこそがジンライの望む戦いであった。
◎ゴルディオスの街 街道
「始まったねえ」
背後から戦いの音が聞こえ始めたのを察知して風音が呟いた。街からも、先ほど訓練に使っていた場所からも離れた街道にカザネたちは立っていた。
「まあ、間一髪ってところだったんじゃない」
風音の呟きに弓花が答えた。
つい先ほどのことだ。冒険者たちの存在に気付いた風音は直樹に指示をして、魔剣を指定の場所まで飛ばさせたのだ。それから風音は魔剣に刻まれた刻印を使ってジンライを除いた全員を直樹に長距離転移させていた。
「けどジンライ師匠にひとりで任せて大丈夫だったのかよ?」
直樹が後ろを向いて尋ねる。
「問題ないっていうか、あのメンツを殺さずに撃退できるのなんてジンライさんか弓花ぐらいなもんだよ。私じゃあ大怪我させちゃうかも知れないし、直樹たちは大怪我させられちゃうかもしれないでしょ」
冒険者四十名。その数ならば風音が 僕(しもべ) を総動員して圧殺することもできるし、『メガビーム』や『戦艦トンファー』落下攻撃での対処も可能だろうが、まず間違いなく死人が出る。また冒険者たちがそれぞれ持っているであろう奥の手を引き出させかねない。まともな勝負でケリを付けさせるのならばジンライが相手にするのが一番確実だったのだ。
「まあ、ジンライさんが買って出てくれたんだからお任せしよう」
「なーご」
風音の言葉に悲しそうにシップーが鳴いている。今回はシップーも外されていたのだ。もっとも加減をしての戦いでは速度重視のシップーに乗ってでは難しいものがあったのでやむを得ない面もある。下手に手を抜けばシップーが怪我する可能性があった。
「大丈夫。師匠ならちゃんとやってくれる。信じよう。シップー」
「なー」
弓花の言葉にシップーが渋々といった顔で頷く。
(まあ大丈夫だろうけど……ジンライさんにはいやな役回りを押し付けちゃったよね)
風音はそう思う。しかし見知った冒険者たちを制圧するだけでなく、仮に彼らを人質にとられた場合の適切な対処が可能な実力と意志を持っているのはジンライだけだった。場合によっては相手の命を奪うか否か、風音も含めてその判断を下すのは難しい。だからこそジンライはひとり志願した。当然やり遂げられるという確信もあったのだろうが。
そのことには風音も胸が痛むが、だが風音にとって優先すべきは仲間であった。それは崩せない。だから風音は後ろを振り向かずに前を見ながら声を出す。
「それにこっちはこっちでやることがあるしね」
そう言う風音たちの視線の先には勢いよく駆けてくる何かがいた。それが巨大イノシシであるギガントボアであることは遠隔視で確認済み。つまりはその相手は……
「ウォーレンさんか」
弓花が眉をひそめながら言う。
一度捕らえて王都に移送になったはずのウォーレンの召喚獣が迫ってきているということは何かしら問題が発生したということだった。先ほど風音が遠隔視で冒険者と共に発見をして、冒険者をジンライに任せた風音たちはこちら側の対応に回ったのである。そうでなければ、さすがにジンライひとりに冒険者の襲撃を任せたりはしない。
「そんじゃあ、私たちは私たちの戦いを始めるよ」
風音はキッと顔を上げてそう宣言した。