作品タイトル不明
第六百十四話 異変に気付こう
◎ゴルディオスの街 周辺街道
風音たちが一周年記念パーティを行った翌日の早朝、ゴルディオスの街から一台の馬車が出立していた。それは罪人を運ぶ鉄で出来た馬車で、その御者席や周囲に配置されている馬に乗っているのはミンシアナ王国の兵士たちであった。
彼らは昨日に捕らえられた男を王都シュヴァインへと移送する指令を受けていた。そして運ばれている男の名はウォーレン・ザキル。丸薬タイプのブラックポーションを密輸した悪魔信奉者たちとの関連を疑われている人物である。
もっとも、現時点においてはウォーレン自身も悪魔に操られていた被害者である可能性が高いと見られており、王都への移送はむしろ治療の為だと兵士たちは聞いていた。そのため道中のウォーレンへの扱いには出来るだけ気を使うようにとは言われていたのだが……
「ウォォォオオオオオ」
馬車の中で厳重に拘束されているウォーレンは街を出た途端に延々と吠え続けていた。
「暴れてるみたいだな」
「うるさくて仕方ない」
御者席の兵たちがそう言い合う。それはまるで獣の遠吠えで、悪魔に憑かれた者にはよくある症状のひとつであった。とはいえ、この状況はあまりよろしいとも言えない。
「まずいな。口塞いどかないと舌を噛み切りかねない。止めてくれ」
場合によってはこのまま自害しかねないと考えた兵の一人が馬車を止めさせて、紐状にした布を用意して馬車のドアを開けて中に入る。
「グッガァア、ァアアアアアアッ!」
「たく、いい加減にして欲しいぜ」
馬車に入った途端に叫び声が大きくなるウォーレンに兵士は眉をひそめながら悪態をついた。拘束していてこちらに攻撃できないとはいえ、相手はランクAに届こうかという冒険者だ。本来の実力差は大きい。
「ガッァアアア!!」
「うるさいぞウォーレン。もう少し静かにしていろ。一週間程度で王都に着く。そうすればお前も元に戻れるさ」
そう言いながらウォーレンの元へと兵士は進もうとしたが、ふと己の身体から『刃』が生えていることに気付いた。まるで自然に、兵士の眼下にソレがあった。
「へ?」
あまりにも唐突だった。続けて熱い何かが胸を焦がすのが兵士には分かった。それは痛みだ。そして次の瞬間には兵士の背後にいた『青い鎧』が突き刺した大剣を振るって馬車ごと斬り裂き、切り裂かれた兵士が絶叫しながらその場で崩れ落ちた。
『黙るのは汝らの方よ。ミンシアナのゴミ共が』
そう口にする青い鎧が見回すと、破壊した鉄の馬車の周囲にいたはずの兵たちは今の一撃で切り裂かれて死骸となって転がっていた。生き残っている者はひとりもいないようだった。
対してウォーレンは、その青い鎧を前にして涙を流して笑っていた。
「我が……主」
その言葉に青の鎧は『ふむ』と頷く。
『まだ抜けてはおらんようだな。では、これを食らえ』
それから青い鎧が丸薬タイプのブラックポーションを床に転がすとウォーレンは拘束具を付けたまま床へと転がり、ガツガツと丸薬を食らい始めたのだ。さらには切り裂かれた兵たちがゆっくりと立ち上がると生気のない瞳に赤い魔力光が宿らせ、ゆっくりと動き始めたのであった。
◎ゴルディオスの街 ???
街の外で異変が起きているのと同じ時間、街の中ではもうひとつの事件が人知れず起きていた。
「ガッは……」
薄暗い部屋の中で、人間がまるでゴムマリのように弾き飛ばされ壁に激突し声を上げてその場で崩れ落ちた。
「くっ……ぅぅう、なんて強さっすか」
その、地面に転がり血を吐きながら立ち上がろうとする者の正体はイリアであった。そして、その彼女の前にいるのは右手のない金の鎧。それがイリアたちの隠れ家へと突然襲来してきたのである。金の鎧は応戦しようとしたイリアを事も無げに弾き飛ばすと、目的のものの前へと足を進めていく。
『さて、これは返してもらうぞ』
金の鎧はそう言って立ち止まると、目の前のテーブルの上にある金色の籠手を取ろうと左手を伸ばす。奪われた金の籠手の回収、それが金の鎧の目的だった。もっともイリアもそれを容易に許すつもりもない。
「お前たち、 殺(や) るっす」
「つええーーい」
イリアのかけ声に従って周囲に隠れていた忍者たちが一斉に飛び出し、同時に斬り掛かる。四人同時の四方からの一撃。それはいずれが確実に致命傷を負わせることを目的とした『四門』と呼ばれる暗殺技。しかし、金の鎧は臆した様子もなく、
『邪魔だな』
左腕とすでに『繋ぎ終えた右腕』で忍者をふたり手刀で貫いた。
「 殺(と) った!」
「いや、これは!?」
だが同時に残りふたりの小刀は金の鎧の隙間へと通った……が、その手応えは鈍い。この忍者たちの持っていたのは退魔刀の一種だ。例えアストラル体でもダメージを負わせられるはずの刃だ。しかし鎧の内部のアストラル体は与えられるダメージを大きく上回る魔力密度を持っていた。そのことに気付いた忍者たちが驚愕する。
『まあ、一応 某(それがし) に刃を届けさせたのだ。見事とは言っておこうか』
そう言いながら金の鎧は貫いたままの忍者たちと共に両腕を振り回して、残りのふたりも弾き飛ばした。
「お前は……」
貫通していた腕からどさりと落とされるふたりの忍者の死骸を見ながらイリアが立ち上がる。僅かばかり、金の鎧から黒い瘴気が洩れているのを見てその正体を確信する。
「リビングアーマー……っすね」
『察しは悪くはないようだが』
そうほくそ笑んだ風な声色の金の鎧に対してイリアが飛びかかる。
「お前は危険っす!」
相手が最大級の敵であると把握しイリアは己のもっとも強力な手札を切ることを判断したのだ。
「我は求む。力纏わせ、彼の偉大なる力の化身を顕現せんことを」
そしてイリアが詠唱し、その全身から爆発的に魔力を吹き出させた。
『ほう?』
その様子に思わず金の鎧が声をあげる。その小さな身体からは想像も付かぬほどの量の魔力だ。
「変じよ『清浄なる竜』」
さらには次の瞬間には吹き出した魔力が一斉に集まり魔力体となって形を取り、それがまるで蛇に手足を付けたような形をした東洋竜となった。そのまま白い東洋竜は隠れ家を吹き飛ばしながら金の鎧に飛びかかる。
『面白い』
竜変化の術。いくつかの属性の東洋竜へと変化し、相手に合わせた戦いを可能とするイリアの切り札は、
『グルァアアアアアアッ!』
『これは使えるな』
飛びかかった金の鎧がその眉間に黒い剣を突き立てたことで動きを止めた。
『な、なんすか? これは!?』
叫ぶイリアだがもう遅い。黒い剣を通して東洋竜は全身を黒く染め上げられていく。変じたばかりの魔力体では、その支配力には勝てない。その黒い剣は直樹の持つ『夜王の剣』の上位能力を持つ『夜帝の剣』というもの。コアとなっているイリアもドラゴンの魔力体を通して、その精神を侵されていく。
『このまま我が 僕(しもべ) として固定してやろう』
『っすーーー!!?』
イリアの叫び声がその場で響き渡る。しかし、それを助けられる者はいない。魔力体で出来た清浄なる白の東洋竜が、瞬く間に漆黒へと染まっていった。
◎ゴルディオスの街 近隣
「ふむ……」
毎朝の早朝訓練。それは一周年記念パーティの翌日であろうとも変わらず行われている白き一団の日課であった。後衛の魔術組であるティアラとルイーズや今も繭のそばに待機しているユッコネエは本日の参加はしていないが、それ以外のメンバーは全員その場で汗を流していた。
そんな中でジンライがどうにも含みのある視線を街の方に向けている。
「どうしたんですか師匠?」
そのことを気にして弓花が声をかけてくるが、ジンライにしても「いや……な」と確信を持てない風に口を開いた。
「妙なざわめきがあったのだ。それが何かが分からんのだが……」
「なんだよ、それ?」
『戦士の勘か。馬鹿には出来んが……』
その場に共にいたライルとジン・バハルも首を傾げている。ふたりには特には何にも感じられないようだった。対してジンライにしても何とも言えない顔でいる。微妙に逸らされているという感覚があるが、はっきりと把握できるものではなかったのだ。
一方で少し離れた場所では風音が直樹に訓練を施していた。
「そんじゃあ朝はここまでかなー」
「はぁ、はぁ。了解」
風音の言葉に直樹がそう答えながらその場で大の字になって大きく息を吐いた。本日は風音が卵をまだ腹に抱えたままなので、スキル『ソードレイン』によるアダマンチウムソード十本の乱舞を相手に直樹はひたすらに剣を振り続けていたのだ。
風音にしてみれば『ソードレイン』の制御の訓練ともなるし、直樹も魔王剣『エクス』に慣れるために必要なものであった。
そして魔王剣はといえば、現在直樹は魔法殺しの剣と共にメインで握って振っていた。魔王剣は直樹の意志に従って、魔剣を飛ばして動かす際の制御補助を行ってくれている。そのおかげで直樹も己の剣技の方に集中できるという点では、以前よりも戦いやすくはなっていた。
「ガカカカカカカカッ」
この笑い声がなければだが。
「まったく、相変わらずうるさい剣ね」
そこにエミリィが駆け寄ってくる。エミリィは基本的に弓使いで模擬試合でもなければ、その多くは自主訓練のみとなる。今回は他よりも早く切り上げて、直樹の訓練が終わるのを待っていたようだった。
「よぉ、エミリィ。そっちはどうだ?」
「どうって言ってもいつもと変わりなくよ」
直樹の問いにエミリィはそう返す。そしてエミリィは自分の不思議な袋から冷えたタオルを取り出して直樹へと手渡した。
「ナオキ、はい冷えたタオル」
「サンキューエミリィ」
そうして受け取った直樹の方はいつもと変わりのない自然体だが、対するエミリィの様子があきらかに違うようであった。具体的に言えば顔が赤く、直樹を見る目にも以前とは別の熱が宿っていた。
「おたふく?」
「そこでボケるのかよ」
タツオと共に早朝訓練を終えて近づいてきたレームが、ふたりの様子を見ていた風音の言葉にツッコミを入れるが、風音はレームが発した言葉の意味が分からず「何が?」と首を傾げていた。
目の前に存在しているのは出来立てホヤホヤのカップルではあるが「姉貴。もっとも撫で撫でしてくれよ」などと気持ち悪い笑顔で姉にすり寄ってくるキモ男に恋人ができるなど風音には想像もつかなかったのでそれを理解することが出来なかったのである。風音の直樹に対する男としての評価は再会してからも常に降下を続けていた。
「うーん。まあ、いっか。あ、ジンライさん。そろそろ戻ろっか」
風音は近づいてきたジンライに気付いて、そう声をかける。
「ふむ。よかろう。それではまた午後に再開するか」
「あ、私は今日はなしで」
ジンライの言葉に風音がそう返す。
「どうかしたのか?」
「もう卵が孵りそうだしね。しばらくは落ち着けておこうと思って」
「なるほどな。まあ、仕方あるまい」
風音の言葉にジンライも頷いた。それからジンライは少しだけ迷った後に、やはり……とひとり頷いて風音に尋ねる。
「ところでなカザネ。少し妙な感じはせんか」
「妙?」
首を傾げる風音にジンライが頷いた。
「先ほどから、街と他の方角から妙な胸騒ぎを覚える気がするのだ。お前の『犬の嗅覚』にも『直感』にも反応せぬ以上は気のせいかもしれぬのだが」
そうジンライが自信なさげに言う。感覚の鋭い者が多いこの場でそう感じるのはジンライのみ。さしものジンライも己の感じているものに自信がないようだった。
そのジンライの反応が気になった風音は少し考えてから口を開いた。
「うーん。ちょっくら遠隔視で見てみようか?」
確かに『犬の嗅覚』にも『直感』にも反応はない。他の仲間も何か気付いた様子はない。
だがジンライの反応はやはり気になると感じた風音は叡智のサークレットの付与魔術を発動させ、遠隔視で上空から周辺を見回してみることにしたのだ。この場は開けた場所だが周囲は林に囲まれている。何かあるかと風音が見てみると……
「え? ええ?」
その目が驚きに見開かれた。その様子に周囲に仲間たちがざわめくが、風音の脳裏には同時にスキル『アラーム』が鳴り響いていた。それは周囲には聞こえない、風音に直接鳴り響く警告音。普段は『犬の嗅覚』や『直感』で先に気付くために役に立つことも少ないスキルだが、それが反応している。つまりそれは……
「スキルが対策されて……これ、囲まれてる?」
明確に風音たちを『標的』とした敵の攻撃の開始であったのだ。