軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六百十三話 その先を見よう

風音と弓花の一周年記念立食パーティは、つつがなく続いていく。すでに日も落ち始めているが、不滅の水晶灯が設置された中庭は明るく、まだ帰るものも少なかった。

そのパーティには白き一団のメンバーであるライルも当然参加しており、自分の知り合いやあまり話さなかった人たちなどとも談笑しながら楽しんでいるようだった。

そしてライルが次は誰と話そうかと歩いていると、ぼんやりと端でひとり佇んでいる妹の姿に気付き声をかけた。

「よお、エミリィ。どうしたよ?」

「兄さんは楽しんでるみたいね」

声をかけられたエミリィは少しだけ笑って肩をすくめた。

「まあな。そっちはどうした? ぼーっとした顔してみたいだけどよ」

「ちょっと疲れただけよ」

そう口にするエミリィは確かに少し疲れた顔をしているようだった。とはいえ、エミリィがそれ以上何も言わないのであれば、ライルも立ち入るつもりもなく、そのまま話題を変えることにした。

「んーそっか。しっかし、不思議なもんだよな。俺らがあいつらと会ったのは半年ちょいってところだけど一周年か。直樹はもう四年になるんだよな。遠い場所から来たってのは分かるが、よくやってると思うよ」

そのライルの言葉にはエミリィも頷いた。風音と弓花、それに直樹はこことは違う場所で生まれ育ったとふたりは聞いている。

それがどういう場所かはふたりには分からない。少なくとも風音たちのいた場所は平和で争いもなく、魔物も存在しないのだということだった。

とはいえふたりの認識からすれば、そこは精々が竜の里などと言った隠れ里のようなものかという程度しかない。エミリィが聞く限りでは便利そうな生活ではあったようだが、魔術がないのはちょっと不便だなというくらいの印象でしかない。そもそも生活水準に関しても今現在のエミリィたちの方が上らしく、風音にしてみても不満はといえば家族、友達、テレビ、ゲーム、インターネットが欲しいという程度でそれほど元の世界に執着も見せていなかった。

「よくやってる。というかよくやりすぎかも。私たちが一緒にいていいのか分からないくらいにそう思えるわ」

そう言ってエミリィが溜息をついた。

「おいおい、何をいじけてんだよ。お前だってしっかり頑張れてるっての」

「私にはそれが分からないのよねぇ」

エミリィが溜息をつく。後衛にいるエミリィは己の戦果をあまり理解できていない。風音たちの活躍があまりにも鮮烈すぎて、エミリィは自分のことを適切に評価できていなかった。

「今、風音がお前用の新装備を造ってるっていうしよ。もうちょい待ってりゃ、もっとやれるようになるさ」

「うん。それはそれで期待してる。自分の技量とかそういうのはいいから、ともかく役に立ちたいし」

ライルの言葉にエミリィが頷いた。メフィルスのドリルフレイムランスを経て、風音が新たに考案している装備はエミリィのものであった。そのためのチャイルドストーン購入にエミリィは自分の手持ちの資金をつぎ込んでいた。元々使う予定もないし、このパーティにいると必然的にお金が集まってくるのだ。呆れるほどに。

そして、エミリィの現在の問題点はといえば簡潔に言って火力である。この世界においての弓術は闘気を纏わせ矢を放ち攻撃する。エミリィは、以前は魔術を装填していたが、今は竜気を纏わせての攻撃に切り替えているしさらに威力強化はされている。

普通であれば十分な力量なのだが、高火力のレームとタツオが使えるようになってきたことでなおさら遠距離戦でのエミリィの存在は弱くなっていた。それ故にその問題点を解消するための動力石設置型武装を今、風音は親方と開発予しているのである。

「うん。それがあれば私ももっと活躍できる。そうすれば私もナオキに……」

そう口にしたエミリィにライルが渋い顔をした。それから意を決したように口を開く。

「お前な。いい加減、はっきりしといた方がいいぞ」

「突然、何よ兄さん」

唐突な兄の言葉にエミリィが首を傾げる。しかしライルにしてみればここまでよく口にしてなかったというところであった。

「自分の自信のなさを理由にナオキから逃げるのを止めておけって話だよ」

「それ、どういう意味よ? 喧嘩売ってるの?」

キッと眉をつり上げたエミリィにも狼狽えずライルは真剣な表情で言葉を続ける。

「まんまだよ。お前、ナオキが好きだって俺に言っておきながらずっとそれを本人に口にしてないよな」

「そんなこと、兄さんには関係ないじゃない」

エミリィの強い言葉にライルが首を横に振る。

「関係はあるさ。俺はお前の兄貴でナオキの親友で、白き一団に入る前からお前たちの仲間だろ」

その言葉にはエミリィも何も言えない。ただ口をつぐんで顔を落とした。

「お前が強くなろうとどうだろうとあいつにとってお前はお前だよ。そういうところで見るヤツじゃないってのはよく分かってるだろ。誰よりもナオキを見てきたお前ならさ」

「それは分かってるけど」

だがエミリィには自信がなかった。いつだって直樹という存在はエミリィには大きいものだった。この白き一団に入ってなお、そう思えていた。

「それに俺がここを去る前にさ。お前たちにはさっさとくっついてもらいたいって思ってるんだよ」

「去るって? どういうことよ?」

突然のライルの言葉にエミリィの顔があがる。

「前に言ったろ。俺がハイヴァーンの大公候補になるかもしれないって」

「ええ……」

それはエミリィも父であるジライドから聞いている。

「アオ様が教えてくれたんだが、それが正式に確定したらしいんだ。アオ様はまだしばらくはこのままでも良いって言ってくれたけど俺はいずれこのパーティを去ってハイヴァーンに戻らないといけない」

ライルはハイヴァーン名家のバーンズの出。大公候補ではあったが、そもそもが現大公が健在のため次代の大公については実際に数世代先の話とも言われていたのだ。

それが竜そのものとなったライルという存在によって状況が一変した。ドラゴンになったという事実も外せないが、その源流が神竜皇后と同じ黒岩竜の因子であることが重要視されたのである。

それはつまり、元より潜在的には大公候補であったライルが神竜帝と血族となったということでもある。

それは、かつて神竜帝ナーガによって庇護されたことで公国として辛うじて国の体を許されていたハイヴァーンが、神竜帝の血族を長に据え置くことでハイヴァーン『王国』へと戻る可能性をも示していた。

また「さっさと隠居してジンライと旅に出たい」という誰かの思惑がそこに連なっていたことも想像に難くない。

「だからさ。お前とナオキが一緒になってさ。俺がいなくても大丈夫だって、安心させてくれると助かる……なんて思ってる」

その言葉にエミリィはライルに顔を向ける。そして少しだけ、キュッと口元を結ぶと頷いた。

「良し。それでこそ俺の妹だ」

「言ってなさい」

そう言ってエミリィはライルから背を向けて、それから一言口にした。

「ありがとね。兄さん」

その言葉にライルがどういう反応をしたのか、エミリィは振り返らなかったから分からない。ただ、エミリィの脳裏にはグッと親指を突きつけて笑っているライルの姿があった。そしてエミリィは足を進める。その先には周りとも一通り話し終えて、珍しくひとりの直樹がいた。

普段は大勢の誰かに囲まれているのだが、エミリィはこれも転機だろうと頷き、直樹に声をかけた。

「ねえナオキ」

「うん?」

そして夕暮れ時の赤い日に照らされたこの場所で、ひとつの恋の決着が付くこととなる。その結果は……

**********

(うわ、キスしてる……)

「どったの、弓花?」

「いんや。別に」

風音と共に食事をしている弓花がとある場所から視線を逸らした。それから少しだけ赤い顔で、少しだけ苦い笑みを浮かべながら弓花は風音の言葉に返事をしたのだ。

(今更だけどね。もう、どうということはないけど)

弓花は少しだけ胸を抉られたような気持ちになったが、それを押し殺す。己の中で消化できているつもりでも古い傷が疼くこともある。これはそういうものなのだと、弓花は理解していた。

「というか……口元、汚いなあ」

「む、汚れてる?」

それから風音を見て、モシャモシャと手羽先を食べていた口の回りの汚れをなんとなく不滅のハンカチで拭いてあげてから溜息をつく。

「はぁ……なんか、こう。潤いが欲しい」

弓花は思う。ちやほやはされたい。しかし、おっさんだけではいかんのだ。おっさんだけでは……と。だが、それを口にすればムータンのメンバーは若い男をさらってきかねない。或いは脅してつれてくるかもしれない。怯えた顔で無理に笑顔を作りながら弓花に従わせてくれるかもしれない。それは完全に悪党の所業であった。

それはいかんと心の中で思っていた弓花に風音がニカーと笑顔を浮かべていた。

「何?」

「ええと、潤い?」

首を傾げる弓花に、風音が首を傾げながら言う。その風音の頬をギューッと引っ張り「にょわー」と口にする風音を見ながら弓花が再度溜息をはいた。

「ま、いいけどね。私にゃあんたぐらいしかいないってことか」

「なんか私が過小評価されているよね。私の潤い度は海よりも広いよ」

「しょっぱそうね」

「なるほど……確かに」

弓花の切り返しに風音が感心しているようだった。

「ま、潤い云々は別にいいんだけどさ。それよりも一年って思ったより早かったよね。私は一週間プラスだけどさ」

その言葉には風音も頷く。一年前にはこんな状況になっているなど風音としても思いも寄らなかった。恐らくは想像できたものなどいないだろうと風音は思う。

「そうだねえ。色々とあったよ。まあ色々って言ってもまだまだ行き足りてない場所も結構多いんだけどね」

「あ? どっか行きたい場所なんてあるの?」

弓花の問いに風音が力強く頷いた。

「今はこのダンジョン探索があるけどさ。ゼクシアハーツで言えばやっぱりファンタジー的なものが多いのは北の方なんだよ。ドワーフの国もエルフの国も獣人の国も集中してるのはそっちだし、水晶の森にクリカラの巨岩男なんて名所もあるわけ。今のレベルならそれなりに安全に旅できるし直樹がいればこっちに戻るのも楽だしさー」

「ああ、完全に乗り気なのね」

すでに決定事項のような言葉に弓花が呆れ顔をするが、それには風音は笑顔で頷いた。

「こっから先もまだまだ冒険が待ってるよ。楽しみだねえ」

そう言って風音が目をキラキラとさせながら北の方に視線を向けた。それを見て弓花が嘆息する。もっとも弓花にしてみても当面はこの親友と旅の続きができると思えばしょうがないなという気持ちと同時に、どこかそれを楽しみにしている自分がいることも自覚していた。

弓花にはそれがくすぐったく感じられ、まだこの親友と共に旅を続いていけることが嬉しくもあった。