作品タイトル不明
第六百十話 籠手を確保しよう
◎ゴルディオスの街 ドカザ酒場 地下倉庫
「助けに行かなくていいんすか?」
戦闘音が響いてくる天井に目を向けながらイリアが風音に声をかける。ウォーレッドに対して弓花がひとり上にあがったものの風音はその場から動かなかったのだ。
そして、その問いに風音はイリアの方を見ずに周囲を見回しながら口を開いた。
「うん。私は身重だからね。暴れるのはちょっと……」
風音はそう言ってまるまるとしたお腹をさする。もちろん、固定しているだけのサンダーバード(?)の卵である。風音は竜気も混ぜて注入しているのだが、今も中ですくすくと育っているようである。
「それに、ああ見えて普通に戦ったら弓花の実力は私よりも高いしね」
その言葉は戦闘条件にもよるが間違いではなかった。総合的な戦闘力で言えば風音は弓花に勝るが、近接戦だけで考えれば軍配は弓花にあがる。たったひとつを鍛え上げた弓花は風音とはまた質の違う力を手に入れていた。
「まあユミカっちが強いのはそりゃ知ってるっすけどね」
イリアからは弓花が風音よりも強いということへの同意の言葉は出なかったが、弓花の実力についてはトゥーレ王国で確認済みではあった。
「それでも上にいるウォーレッドは油断できないすけどね」
「それも分かってるよ。けど数の問題ならダークオーガたちを送ったから大丈夫でしょ」
どれだけ力があろうと、人を超えた膂力の相手を倒すことに長けているのが冒険者という存在だ。
とはいえ、風音の言う通り、数の上で互角以上であればそこまで心配するような事態にはならないという理屈はイリアにも納得はできる。また今のイリアにとっての関心事は足止めに赴いた弓花ではなく、この場にとどまっている風音の目的にあった。
「それでカザネっちは何をするつもりなんすか?」
「それは多分イリアさんと同じことだと思うよ」
風音が周りを見回しながら、最終的にまた視線を丸薬状のブラックポーションが入っている木箱の方に戻した。
「となるとやっぱりいるっすか?」
「うん。何度嗅ぎ直しても、臭いがここから出て行った形跡がないんだよ。ここがゴールのはずなんだよ」
その言葉から推測できる答えはそう多くはない。
「そりゃ、つまり?」
「いるよね。イリアさんの部下を襲った『鎧の一部』」
風音の言葉と同時に突然ガラスの割れる音が響いてきた。
「なんすか?」
イリアがギョッとなって音の発生源、目の前の木箱に視線を向けた。その間にもガラスの割れる音が木箱の中で鳴り響いていく。それに風音が眉をひそめた。
「もしかして。こいつ、ブラックポーションで身体を造る気じゃあ」
「なんすか、それ?」
イリアの問いに答えず、風音はとっさに両手を前に差し出す。
「スキル・竜体化・ブレス!」
風音はその場でスキル『竜体化』の能力のひとつである疑似ブレス攻撃を両腕から発生させた。そして本来の風音のドラゴンとしての属性であるコールドブレスが木箱へと放たれる。併せて風音がイリアへと先ほどの問いへの答えを口にする。
「竜船の中でもブラックポーションが集まってヒルコになったんだよ。多分、それと同じことが」
「カザネっち、何か出てくるっす」
バキバキとコールドブレスによって木箱が凍り付く中、気配に気づいたイリアの声と共に箱を破壊して中から飛び出した影があった。
「篭手着けてるっすね」
出てきた者を見ながらイリアが声をあげる。確かにその言葉通りに目の前から飛び出た影には黄金色に輝く右腕の籠手があった。
「右手以外は黒い。凍らし切れなかったか」
風音が悔しそうに言うが、それでもかなりのブラックポーションは凍らすことには成功していた。その証拠に右腕装甲以外の部分の人型を形作る黒い塊は若干やせ細っているようにも見えた。ブラックポーションを確保しきれず無理矢理引き延ばしている感じであった。
「イリアさん。これ捕まえたら口開くと思う?」
「無理っしょ」
「だよねーー。じゃあ、とりあえず倒す方向で行こっか」
そう言い合うと風音とイリアが同時に左右に飛ぶ。悪魔ヒルコと化した物体が飛びかかってきたのだ。そのまま風音たちがいた場所へと降り立ったヒルコは、少しだけ風音とイリアを見ると、弓花が開けた穴の方を見た。
「あ、逃げる気っす」
「させるわけないでしょ。狂い鬼ッ!」
イリアの指摘に風音が声を張り上げると、ヒルコの頭上に狂い鬼が顕現する。
「グガァアアアアアアッ」
狂い鬼は手に持った 超獣の角の棍棒(ベヒモスホーンクラブ) を出現したと同時に振り下ろして、ヒルコの身体の半分を削った。
『ピギィイイイイッ』
ヒルコが苦痛の声をあげながら飛んで下がる。だがその顔はまだ天井の穴に向けられたまま。未だ逃げようという姿勢を崩さない様子だが、風音が逃走を許すわけもない。
「スキル・スパイダーウェブ!」
続いて風音の手から糸状の白いネバネバが飛び出してヒルコを覆った。その糸はヒルコの身体にも纏わりつき、その動きを奪っていく。
「もういっちょスキル・スパイダーウェブ!」
風音はさらに天井の穴が開いた場所へもスパイダーウェーブを放ってその白い糸を覆わせて天井を塞いだ。
『ギィィイイッ』
ヒルコが悔しそうに悲鳴をあげる。だがその行動は逃走の一点に集中されている。逃げ場を求めて、その頭部がギュルギュルと動く。
「そんじゃあ、トドメといくよ」
風音はさらにアイテムボックスから十ほどのアダマンチウムソードを出してスキルを発動させた。
「スキル・ソードレイン及びスキル・魂を砕く刃。イッケェエエエ!!」
空中に投げられた十本のアダマンチウムソードに白い光が宿り、それらがスキル『ソードレイン』によって風音の意志を受けて射出される。
『ギッギィ!?』
ヒルコが叫んだ。アダマンチウムソードがヒルコの全周囲へと展開され、すべての方向からヒルコへと襲いかかったのだ。それにはヒルコも逃れるすべを持たない。そしてヒルコ身体を貫くアダマンチウムソードにはスキル『魂を砕く刃』の光がかかっていて、ヒルコのアストラル体を分解させていく。
『ピギィッ』
もっともヒルコもここまでの間、ずっと右腕の黄金の籠手だけは護ってきていた。仮初めの肉体であるヒルコが消滅しようが籠手さえあれば問題はないのだ。
「あっと、まだ逃げようとするか」
風音が声をあげる。蜘蛛の糸が絡まっても、アダマンチウムソードが刺さっても黄金の籠手がブラックポーションで構成されたヒルコのボディを捨てて走り出した。ボトリと床に落ち、指だけを虫のように動かす動きで倉庫の隅へと走り出した。その先にあるのは下水道へ通じる穴。
とはいえ、この場にいるのは風音だけではない。
「まあ、詰みっすけどね」
その言葉の直後にカカカカカンッと小気味よい音が響き、籠手の周囲には五本のクナイが均等に突き刺さる。
「陰陽術は苦手っすが、まあこれくらいはやれるっす」
イリアが続けてスペルを唱えると、刺さった五本のクナイを光のラインが繋がり、五亡星となって結界を張っていた。籠手も動き出して逃げようとするが五亡星の外には出てなかった。
「ナイス。イリアさんッ!」
「ふふん。さすがにあっしも少しは仕事しないとやばいっす。主にジンライっちの追求対策のために」
イリアは自慢げに情けないことを言って風音に言葉を返した。
全部を風音と弓花に任せていては後々のお説教タイムが長くなるのだ。ジンライからは逃げ切る気満々ではあったイリアだが、こうした姑息な次善策も用意しておくことに余念がなかった。忍者であるイリアはそうした危機管理にも長けているのである。
そして見事にイリアが籠手を捕獲したのと同時くらいに上から凄まじい激突音が響き、一気に天井が崩れてきた。
「なんすか?」
「上からの衝撃? イリアさん籠手を確保して。狂い鬼も」
風音の言葉にイリアと狂い鬼が動く。風音はお腹に卵を抱えているので今回無理な動きはできないため指示だけを飛ばした。
風音の言葉に従ってイリアは結界を強めにかけ、狂い鬼は飛んできた瓦礫を受ける盾となる。さらにはその場に完全神狼化した弓花とウォーレッドのリーダーであるウォーレンが落ちてきた。
『うわっ、床が抜けちゃったよ。もう』
「ちょ、危ないっすよ。逃がしたらどうするっすか!?」
黙々と埃が舞い、封じた籠手を護るように仁王立ちしているイリアが、落ちてきた弓花に抗議の声をあげる。
『あ、ごめんなさい』
「ぐっ!?」
イリアの抗議にノビたウォーレンを確保しながらの弓花が謝ったが、その睨みつけるような視線にはイリアの顔が逆に青くなったようであった。
もちろん弓花は本当に謝っているだけなのだが、その表情は完全に『喰うぞ』という意思表示をしているようにイリアには見えていたのである。怖い。
そしてイリアは「ま、まあ、気を付けるっすよ」と言いながら目をそらし、そのままどうにか確保できた黄金の籠手を見たのである。
「さてと。この確保した腕からなんか分かればいいんすけどねえ」
上の階の音もいつの間にか止まっていた。おそらくはダークオーガ軍団が制圧したのだろうとイリアは考えながらリビングアーマーらしき金の籠手に、凍ったブラックポーションへと視線を移しながら溜息をついた。
「つか、大目玉っすね。マジで」
その、あまりにも一気に積み上がった問題にイリアは頭を抱えるしかなかったのである。