作品タイトル不明
第六百七話 探索をしよう
◎ゴルディオスの街 裏通り
「あんれー、カザネっちだけじゃなくてユミカっちも一緒っすか?」
白き一団がダンジョンから帰還した日の午後。
風音は白の館を弓花と共に出て、イリアと待ち合わせをしていた場所へとやって来ていた。時間は昼過ぎ。予定していたちょうどの時間で、イリアもすでにやってきて待っていた。
「うん、どーもー。弓花には護衛役に来てもらったの」
そう言う風音たちのいる場所はゴルディオスの街の裏通りである。本来は乞食やドロップアウトした冒険者などがたむろするような年頃の少女には危険な場所であったが、この街には風音たち以上に危険な存在など存在しない。それを皆理解しているためか、彼らは一切風音たちには近付こうともせず、黙って離れていったのだった。
「ちょっと気になったもんで。よろしくお願いします」
予定にはなかった人物の登場に少しだけ驚きの顔を見せたイリアであったが、弓花が頭を下げて挨拶をするとイリアも「よろしくっすー」と言葉を返した。
イリアの脳裏にはトゥーレ王国でトリップしている弓花の姿が思い出されて不安がよぎったが、戦闘になる可能性も考えれば弓花の参加は素直にありがたかった。
それから思い出したように風音がイリアに口を開いた。
「ああ、それとジンライさんがなんか後で話があるって言ってたよ」
「なんすかねえ。説教っすかねえ」
恐らく説教である。袂を分かれたとは言え元仲間。それが不甲斐ない仕事をしたとあれば一言言いたくもなる。それが老人という生き物だった……ということを、風音はここに来る前に見たジンライの表情から察していた。特にイリアの仕事に風音を引っ張り出したことには憤りを感じているようだった。なので風音はイリアの問いに頷いた。
「……多分」
「面倒そうっすね。まあいいっす。若返っても頭ん中はきっとジジイのままっす。ボケてるだろうし、すぐに忘れるに違いないっす。そんで、カザネっちはユミカっちには今回の件の話はしたんすか?」
完全にジンライからの伝言をなかったことにしたイリアの問いに風音は、今度は首を横に振った。
「具体的なことは特に何も。そもそも私もあまりよくは教えてもらってないんだから話せることもないんだけどね」
その風音の言葉に「ああ、そういえばそうっすね」とイリアが軽く返した。昨日に、詳しい説明は今日ここですると言って風音を呼び出してきたのである。ずさんであった。そのイリアに弓花がおずおずと前に出て尋ねた。
「あの、お仲間の人が亡くなったと聞いたんですけど」
「そうっすね。部下のひとりがドジ踏んだっす。お手柄の後に殺られちまったんすよね。ここで」
「ここ?」
イリアが地面を指差し、風音と弓花が地面を見ると若干シミの跡があるようだった。それを見て風音の目が細まる。
「血の臭い。これ、イリアさんの部下の人の?」
眉をひそめながら尋ねた風音にイリアが頷く。
「そうっすね。ここで殺されてたっす」
「それは……」
その回答に弓花がどう言葉をかけようかと迷っていると、イリアが弓花に視線を向けながら首を横に振った。
「いいんす。仕事っすからユミカっちが気にする必要はないっすよ。あっしらはそうやっておまんま食ってるっす。こういう覚悟もできてるっす」
真剣な表情のイリアが迷いない言葉で返してくる。一見ふざけたように見えて、実際にかなりの割合でふざけているイリアであっても忍のひとりである。そうした切り替えは生まれたときから当たり前のように叩き込まれていた。その様子に弓花も頷くしかなかった。
弓花にとっては疑問に思う認識であってイリアにとってはそうではない。そしてこの世界で正しいのはイリアの方なのだ……とは弓花にも分かってはいた。それからイリアは弓花の表情に戸惑いが消えたのを確認すると話を続ける。
「そんで依頼の内容っすけどね、実はここ一週間から二週間の間に街に入ってからいつの間にか消えている連中がいるんすよ」
「それがソルダードからの人間だってのは昨日聞いたけど」
風音の言葉にイリアも頷きはしながらも肩をすくめた。
「それも恐らくはって感じっす。あっしの勘では間違いないんすけどね」
そのイリアの言葉に風音と弓花は眉をひそめたが、口には出さず、続きの言葉を待った。
「それと同時期に妙な荷物がいくつも街の中に届いているみたいっす。こっちは経由を辿ってソルダード側からってのは確認とれてるっす。それを消えたはずの連中が運んでたってのを部下が目撃したんすね」
「それでソルダードのってことなんだね。それで?」
促す風音に、イリアも頷きながら話を進める。
「ま、その部下がここで取引のあった荷物を発見して、その場の相手を倒して奪ったらしいんすが……伝令の召喚鳥を出した後にあっしらが来たときにはもう殺されてたっすよ」
「なるほど……ここでか」
弓花が地面を見る。もう掃除はされているようだが、比較的新しいものらしきシミが残っている。風音もそのシミを見ながらイリアに尋ねた。
「それで荷物の中身は何だったの? 一応、一度は確保したんだよね?」
「そうっすね。伝令には鎧の一部が入ってたって書いてあったっす。けどあっしらが来たときには死体ともぬけの空の木箱だけがあったっす」
「鎧の一部……むう」
(もしかして魔法具の一種かな? けど何の?)
風音は少し考えてから、周囲を見回す。手がかりになりそうなものは見当たらないし、スキル『直感』も働く様子はなかった。それから弓花を見てから口を開く。
「弓花。ちょっと血の臭いを辿ってみよう」
「あいあい、了解」
そう言い合って風音と弓花が互いに鼻をクンクンさせながら周囲を捜索する。今は弓花も『化生の加護』スキルにより 神狼(フェンリル) の持つ『直感』と『犬の嗅覚』をスキルセットしている。
「臭いはほとんど消されてるね」
「そうっすね」
「私の『犬の嗅覚』ではほとんど追えないなぁ」
弓花が戸惑いの顔でそう言う。普通に嗅いだだけではもう辿れる臭いがあまり残っていないようであった。
「役に立たないっす」
「ひどい」
イリアの弓花評価は戦闘力以外ドジっこ属性で固定されている。つまり弓花の成果には期待していなかった。対して風音は少し眉をひそめながら弓花に言葉をかけた。
「弓花。もう少し集中して。これなら弓花の『犬の嗅覚』でもまだ追えるはずだから」
「む、そう?」
首を傾げる弓花に頷いてから、風音はひとり歩き出した。
「どこ行くんすかね?」
「む……確かに僅かばかり血の臭いが続いているかも……」
先に進む風音に続いて弓花も納得したようにその先に続いている。
「うちの獣人はこっから先の足取りも掴めなかったっすのにねえ」
イリアがそうぼやきながら続く。一般的な獣人の嗅覚はスキル『犬の嗅覚』に劣るのだから、その結果もやむを得ない話ではあった。
そして三人が先に進んでいくと、大通りに面した下水道のある場所の一歩手前で風音が止まった。続いて弓花とイリアも立ち止まり、弓花が鼻を動かしながら口にする。
「うーん。ここから下にある下水道へと臭いが続いて……消えてる感じ。洗い流されたのかな?」
弓花の問いに風音が少し考えてから、首を横に振った。
「いや……ちょっと違うかも。犯人は多分ここから逃げたんじゃないかな」
「でも人の入れるような大きさじゃないけど。まさか召喚獣とか?」
弓花がしゃがんで下の下水道に繋がる穴を見た。とても人の通れそうな大きさではなく、またその中も人の入れるサイズには見えない。
「新しい臭いはないから……多分、あの箱の中にあったものがイリアさんの部下の人を殺した犯人だと思う」
「箱の中にあった……まさか、それって鎧の一部?」
弓花の問いに風音が返事をする前に、イリアがハッとなって口を開いた。
「ああ、そうっすか。リビングアーマーっすね」
その言葉に風音が頷く。
「多分。分けて運んでたのは……そのままだと途中で魔力の大きさから引っかかるかもしれないからだったのかも」
ゴルディオスのような大きな街では入り口を通った段階で魔力判定が行われている。
風音たちプレイヤーのようなアイテムボックスはその手のものには引っかからず密輸し放題だったりもするが、不思議な袋シリーズや普通に荷を運んできた場合には高濃度の魔力を放つものは発見されてしまう。封印具などで誤魔化すという手段もあるが、今回の風音の推測のように判定に引っかからない程度に分割して運べば察知されることもないのである。
「確かにコアだけは別口で街に入れれば、それも可能っすね。リビングアーマーのテイマーとなると数は少ないっすけど」
イリアの言う通り、魔獣などをテイムするのならいざ知らず、直樹の魔王剣などのような無機物系統の魔物を従えるのは通常であれば非常に手が掛かる。捕らえて魔術的に契約を結びつける必要があるしそれを可能とできる魔術師も多くはない。
「戦力としてゴルディオスにリビングアーマーを送り込んだ? 別に冒険者なら表から入ってもお咎めもないはずっすけど」
「そりゃつまり、それでお咎めがあることをしようとしてるってことだよね」
「まあ、ウチのヤツを殺してるんす。もうやってるっすけどね。けど、下水道経由じゃあ探すのは難しいっすか」
落胆するイリアに風音は「いや大丈夫だよ」と言葉を返す。
「血の臭いは消えてもリビングアーマーならアストラル体としての臭いは辿れるからね。だからそれを辿ってひとまずは先に進もうか」