作品タイトル不明
第六百六話 鑑定を終えよう
かわいそうな弟を姉として慰めてあげようと直樹の頭を撫で撫でした風音であったが、あまりにも最愛の弟の顔が気持ち悪い笑みに変わったのでギョッとなって避けた。
「姉貴。もっとも撫で撫でしてくれよ」
まるで餌をねだる雛のような顔をしたつもりの直樹が訴えかけるように言うが、その表情は変質者のソレであると風音は認識しプルプルと首を横に振っていた。ノーモア変態、プリーズ可愛い弟である。
そして直樹は風音からご褒美をもうもらえそうもないことを悟ると話を続けることにした。汚物を見るような目をした姉を前にして平然と話を続ける直樹はやはり大物ではあった。
「まあまあ。それとこっちの鞘も見てくれよ姉貴。魔王剣がいた隠し部屋の宝箱にあったのがこの鞘なんだけどな。こいつが鞘に入り込んだ途端にちゃんと収まるように変形したんだ」
直樹から目をそらすように風音がその鞘を見る。流線型の特徴的な形であるため、風音もその正体にはすぐに気が付いた。
「どうも魔法具のようだけどその効力がよく分からないんだ。まさかフリーサイズの鞘ってだけじゃあないと思うんだけどさ」
「ん、そっちは普通に知ってる。神速の鞘って言う高速で剣を抜けるヤツ。鞘を装備してる今なら直樹のスキルリストに『居合い』ってのが追加されてると思うけど」
「剣なのに居合い?」
弓花が疑問をそのまま口にするが、鞘自体が剣にあわせて変形するため剣系統ならば問題なく使用できる魔法具なのである。
「お、本当だ。スキルリストに追加されてる」
風音の言葉を聞いて直樹もスキルリストに『居合い』が入っていることに気が付いたようである。
なお、スキル『居合い』本来刀用スキルであり、鞘を抜いた瞬間の剣速を通常時よりも速めることで強力な斬撃を可能とするスキルである。
「ちょっとやってみそ」
「おうっ……と。うぉ、速ッ!?」
直樹が魔王剣を一気に抜くと確かにいつもより数段速く降り抜けた。その速度には剣を抜いた直樹本人が驚くほどであった。
「こりゃ凄いな。本当に流れるみたいに剣を振れたぞ」
その感覚に思わず声をあげた直樹を風音が「フッ」と笑う。特別何もしてないのに何故だか自慢げな顔をしていた。
「うん。思ったよりもしっくりきているみたいだね。それでその鞘だけど」
風音の視線が直樹の持つ鞘に集中する。
「魔王剣は魔物だしアイテムボックスには入らないからね。一緒に出てきたってことは相性が良いかもしれないし、このまま直樹が使っちゃっていいんじゃない」
その風音の言葉には直樹も「応」という言葉を返した。
「こいつもこの鞘に入れとく分にはおとなしいし、ありがたくいただくとするよ。後でこいつの柄に 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) もセットしないといけないしな」
「ま、アタッチメントについては親方に相談してみればいいよ」
風音の言葉に頷きながら直樹が魔王剣を再び鞘に納めると笑い声も止まった。どうやら鞘の中はかなり居心地が良いらしい。
ちなみに 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) を含むコーラル神殿のアーティファクトは基本不滅シリーズと同じく破壊不可能であり、奪われても一定時間で所有者に戻ってくるため特に吸収もされていなかった。
「それにしても俺のエクスがなあ。まあ、生まれ変わったと思うしかないか。エクス、こいつはエクスだ」
そうブツブツ呟いて鞘に収まった魔王剣を見ている直樹は置いておいて風音は最後のアイテムの方に視線を向けた。それは九つの革紐の付いた妙に威圧感のある鞭であった。
「ルイーズさんは強力な魔力を秘めているようだって言っていたけど」
その弓花の言葉に風音が少しだけ興奮しながら口を開いた。
「そうだね。これはタイガーオブナインテイルウィップっていう武器だよ」
「知ってるのか?」
ジンライの問いに風音が力強く頷いた。
「うん。今回一番の大物だね。使い手になるとナインテイルタイガーを召喚できるもので、そのナインテイルタイガーってのは九尾持ちの魔物で相当強力……なんだけど」
ここで風音の声のトーンが若干落ちる。その鞭の特性を思い出して残念そうな顔になったのだ。そして風音の表情を見ながらジンライが尋ねる。
「もしや、使い手でないといかんか?」
「そうなんだよね。所有者が鞭に認められれば初めて召喚可能になるんだけど……うちのパーティどころか鞭使いってここまであったことがないよね」
残念そうに風音が言う。鞭使いはこの地域ではマイナーな存在で、その使い手の多くは 魔物使い(テイマー) に限定される。
「ふむ。となると宝の持ち腐れか」
「そうだねえ。あ、ルイーズさんは鞭とか使えたりしないの?」
イメージ的になんとなく使えそうな気がした風音が尋ねるが、弓花が「無理だって言ってた」と返してきた。どうやら同じように感じた誰かが実際に聞いたようである。
「となると売るか?」
ジンライの言葉に風音は少しだけ考えてから残念そうに頷いた。さすがに誰も使えないようなモノを持っていても仕方がない。少々惜しいとも考えているようだが、売り払うことには風音も積極的に反対しなかった。
「ただ召喚獣付きの武器だからねえ。ここで売るよりも今度行く予定の魔道大国アモリアのオークションに出してみた方がいいかもしれない」
その風音の言葉にはジンライも頷く。魔道大国アモリアのオークション。温泉珠を探すためにも、風音の新しい杖を手に入れるためにもいずれ訪れる予定であった。レアアイテムがあれば或いは交換という形で望みのモノを手に入れる助けになるかもしれない。
「よーし、後はもうない?」
「あー後は他の二体の魔王剣素材があるけど」
風音の言葉に弓花が思い出したようにそう口にしたが「いや、それはとりあえず取っておけばいいよ」とだけ返した。魔王剣からとれる素材は魔鋼とアダマンチウムを合成した魔王合金と呼ばれるもので比率もオロチのサイト『ひめ蛇子のダンシングオール攻略イェーイェー』を見て風音は覚えているため、魔鋼とアダマンチウムがあれば自ら造ることも可能であった。
ともあれ、これで今回のダンジョン探索での成果の確認も終えたわけで風音の鑑定もこれにて完了である。
「そんじゃあ、みんなは今日は休んでてよ。私はちょっと用事があるから出掛けるけどね」
風音がタツオを自分の頭から弓花の頭へと移しながら、そう口にする。タツオがくわーっと鳴いて名残惜しそうに風音の頭を見ている。その様子にジンライが気になったのか、風音に声をかけた。
「ふむ。何かあるのか?」
「ちょっとねー。イリアさんからの頼まれごと。どうもソルダード辺りから街に何人か侵入されたって話が来ていて」
その風音の言葉にはジンライも眉をひそめる。
「己の失態をカザネに払わせる気かヤツは?」
それから出た言葉はイリアに対しての憤りであった。
仮にも風音はミンシアナの王族扱いなのだ。イリアにしてみれば護衛対象のはずであり、他国の侵入者捜索の手伝いに使って良い相手ではないはずである。
だが風音は気にした方もなくジンライに口を開く。
「でもソルダードとなるとミンシアナへのテロの可能性もあるし、狙いがレームかもしれないよね。ポータルを盗まれても困るし、ちょっと捨て置くのは難しいよ」
「それは確かにそうだがな」
現時点においても形の上ではトゥーレ王国とソルダード王国は友好国のままである。それ故に万が一にもレームを奪われればミンシアナ王国からトゥーレ王国の女王を救い出したという大儀を与えることにもなりかねない。強大な戦力を持つ風音たちにレームが預けられた理由もその点を考慮したものでもあったのだ。
「そんなわけでイリアさんが私に頼ってきたってこと自体が結構ピンチってことっぽいし、協力を惜しんでる場合じゃないから私は手伝うよ」
そのもっともな風音の言葉にはジンライも特に反論の言葉も出せない。
「あ、だったら私も一緒に行こうか?」
続けて弓花が挙手して風音に提案をする。そのことに風音はありがたいとは思いつつも弓花に尋ねた。
「でも、弓花もダンジョンから帰ってきたばかりでしょ。今はまだ疲れてるんじゃないの?」
「いや、今回は指示を出しただけで私はほとんど戦ってなかったしね。 神狼の腕輪(フェンリルリング) も今日は使ってないからまだまだいけるよ」
そう言って弓花が袖まくりをする。
今の弓花であれば不意を打たれたとしても風音やイリアよりも素早く反応して対応できるだけの実力はある。風音は総合戦闘力こそ高いものの、そうした即時対応などの面では弓花には敵わないのだから、共に来てくれるのであるならば大助かりではあった。
『私も行きたいですけど』
「俺らじゃあ今回はちょっと役に立ちそうもないな」
その様子に弓花の頭から直樹の頭の上へと移されたタツオと、直樹がそう言い合っていた。どちらも己の実力を鑑みて自制することができる程度には成長していたようである。
「であれば、当面ワシはレームの護衛に付いていた方が良さそうだな。ティアラ様はメフィルス様がおるから今は問題ないだろうし」
「うん。それじゃあ弓花は一緒に行こう。ジンライさんはレームをお願い。こっちもできるだけ懸念を払拭できるように頑張ってみるよ」
そして風音は弓花を連れてイリアに指定された場所へと向かうことになったのであった。