作品タイトル不明
第六百一話 枝豆を食べよう
「白き一団のリーダーがオナカをポッコリさせているだって?」
「あんな子供を……犯罪じゃねえか」
その日、冒険者ギルド隣接の酒場は騒然としていた。
白き一団のリーダーである鬼殺し姫がおなかをポッコリとさせながら酒場に訪れたのである。その見た目は明らかに妊婦であり、風音の子供な外見から、恐ろしく背徳的なものを醸し出していた。
もっとも一体何が起きているのかを聞けるものはいなかった。何かが起きているのは確かだが尋ねられるような猛者はいなかったのである。そして本人はいつも通りの表情でいることもあって、彼らは遠巻きながら見ているしかできなかったのである。ただひとりを除いては。
「お前……生理きてたんだな」
「ははは、死んでいいよギャオ」
そこにはにこやかな顔で話すギャオと、さわやかな顔で死を望む風音がいた。
ガタッ
またふたりの会話に反応していくつかのテーブルで椅子を震える音がした。
「あの野郎は俺の天使様を」
「待て」
「ここじゃあ不味い」
「出てからだ」
「聖乳はまだ膨らまないのか」
(ここじゃあ? 出てから? 聖乳?)
ジローがギャオの横で周囲の様子に耳を傾けながら顔を青くしている。
(つか、こいつら……何でこの空気の中を平然としてられるんだ?)
ジローの横ではギャオがビールをガブガブと飲み、テーブルを挟んだ正面に座っている風音は麦茶を飲み枝豆をポロポロこぼし食べながら話している。ふたりとも周りの空気を特に気にしてもいないようだった。
もっとも風音はこの世界に来てから騒がれることに慣れているし、ギャオはやっかみもモテる男の勲章と思っている節がある。
とはいえ、ギャオとしても風音のソレは気になってしょうがないようだった。
「というかなんだよ、それ?」
「卵ー」
指をさして尋ねるギャオに風音がペロッと服を広げて、丸々としたボーリングの玉ぐらいの黄色い卵をギャオに見せた。少し生お腹が見えたが、直樹属性のものはいないので普通にスルーだった。また卵はお腹とくっつくように固定具収まるようになっていた。
「ああ。卵だな。つか、何の卵だって話だよ? 喰うの?」
ギャオの問いに風音が答える。
「喰わないよ。ちょっと預かりものでね。大事なもんだから肌身離さずに持ってないといけないし、こうやって固定して持って歩いているの」
「だから、そりゃ誰の預かりもので、なんの卵だよ?」
「秘密だね」
その風音の言葉にギャオはムスッとした顔で塩をまぶしてある枝豆をポリポリと食べている。良い塩加減であるようだった。
「しかし、美味いなこれ」
「そうだね」
ギャオと風音がポリポリと枝豆を黙って食べ続け、その横ではジローが緊張感から痛くなったお腹をさすり続けていた。それはある意味では平和な光景だった。
◎ゴルディオスの街 白の館地下 ユッコネエグレートキャットカテドラル
「にゃー」
「ふむむ。動いておるよ」
風音が酒場でギャオたちとダベっている頃、白の館の地下施設ではお腹を丸くしたクロフェとその横にはユッコネエがいて、ふたりの前にはニコニコとした顔のアオと、温泉ついでに見学に来たカルラ王がいた。
「どうやら無事安定してきたようですね」
アオの視線は案の定というべきか、風音同様にかなりポッコリしているクロフェのお腹に集中していた。それは風音同様にお腹に卵を入れて固定具で留めているようだった。
「うむ。お前の特定固定具によって随分と楽に動けるのじゃー」
のじゃーのじゃーとクロフェが鳴いた。クロフェのアオへの信頼度はマックスであったのだ。またアオもクロフェの反応には満足しているようで、しきりに頷いている。
「そうでしょう。そうでしょう。丹田付近と接触させることで繭に竜気が流れやすいようにしてあるのです。そのまま付けておけば元気な御子がやがて生まれてくるでしょう」
「うむ」
風音同様にアオお手製の固定具を身につけているクロフェが頷く。ヘソの下あたり、丹田より 体内魔力(オド) や竜気を取り込むためというアオの主張によりふたりはこうして卵と繭をそれぞれお腹につけてポッコリとしているのである。なお、アオの言葉には偽りは含まれてはいない。あらゆる状況を使い己のSAGAを充足させる。ヤツは完全犯罪の男であった。
「しかし、飽きぬようじゃのー。そんなに我が子が楽しみか?」
「ええ、もちろん」
子が目覚めるのは一週間ほどである。アオはその瞬間までの光景を逃さぬようにと食い入るようにジッとクロフェのお腹を見ている。それをクロフェは自分の腹心の部下がまるで我がことのように子が産まれることを祝福してくれていると感じ嬉しく思っていた。もちろん、その認識自体は間違ってはいないのがタチ悪かった。
「今日は風音を除いたメンバーはダンジョンにいっておるそうなのじゃーな」
「ええ、そうですね。風音の方は個別に囮として動くとのことで、今は街の方に行っているそうです」
それは昨日に決めたこと。
現在風音は単独行動をとって、ポッコリお腹で街を出歩いている。周囲に卵の件をそれとなく振りまくためである。同時に卵の正体とクロフェの関連性をイリアが裏で流すことによって、それとなくクロフェの卵を風音が持っていると情報操作をしているところであった。
「我が子のために申し訳ないのじゃーな」
「にゃー」
クロフェとユッコネエが地上の方を見ながらのじゃーにゃーと鳴いていた。
「とはいえ風音さんにはもう少し頑張ってもらうしかありませんね。心苦しい話ではあるのですが」
予定ではそのまま風音の卵を孵してサンダーバード(?)の姿をさらすことになっている。そうして生まれるであろうサンダーバード(?)をクロフェの来た目的であるとすり替えるためである。
もっともそう口にするアオにとっては風音の姿も眼福そのものであった。世界は今確実にアオに微笑んでいた。
「後は白の館に泊まっているオーリングの方々にもある程度の事情は説明した方がよいでしょうね」
「そういえばオーリたちも先ほど帰ってきたようなのじゃー」
アオの言葉にクロフェが返す。現在のオーリングの 金翅鳥(こんじちょう) 神殿の到達階層は第四十九階層。ポータルの力もあって堅実に進めている彼らもすでにかなりの階層まで降りているようだった。
「まあ、連中もよくやるようだ。あのオーリという男が抜きん出てはいるが、チームとしてのバランスも悪くはない」
本当にただ遊びに来ているカルラ王がそう口にする。風音たちがダンジョンにこない間も、ポータルは四十階層まで設置され、ランクAパーティは現在四十から五十階層付近の探索がメインとなっているようだった。
「四十階層に置いたフライウォーファイターも連中は倒しているからな」
フライウウォーファイターとは油を吐き出す魚の戦士である。チャイルドストーン持ちでかなり強力な魔物ではあったが、それをオーリングは倒すことに成功していた。
「それでカルラ王殿。今の現在の最高到達階層はいくつでしょうか?」
アオが少しばかり問いつめる口調でカルラ王に尋ねる。カルラ王もそれを無礼とは返さずに、率直に返答をする。
「現在五十四階層だな。ポータルの設置が今は四十階層までしかないということもあり伸び悩んでいるようだ。もっとも魔素の濃さから考えれば、アレで移動できるのも六十階層が限度となるだろうがな」
カルラ王の言葉に、アオは眉をひそめながら尋ねる。アオにとっての本題はそこだった。
「それであなたはいつまで持つのでしょうか?」
その言葉にカルラ王は目を細めてアオを見て、その意図するところを理解すると肩をすくめながら答える。
「今の様子なら七十階層を越えた辺りまでは平気だろうよ。金翼竜の従者よ。今はまだ私はソレを害する存在ではない」
そう答えるカルラ王にアオも「そうですか」と頷いて、それ以上は何も言わなかった。今の言葉はカルラ王にとっては処刑時期を尋ねるに等しい問いだ。アオとしても主の友人に対して必要以上に問いただすつもりはなかった。
「ふん。それまではせいぜい楽しませてもらうさ。どうせ死人なのだ。敗北することを定められた身の上とは言え、それぐらいは許されているようだからな」
カルラ王は自嘲気味に笑う。
アオも、カルラ王も、またクロフェにも分かっている事実がある。カルラ王のダンジョンマスターとしての機能はやがて本人の意思を上回る日は必ず訪れる。
神の戯れによって生み出されたダンジョンという存在。その絶対的なルールの前にはこの世界の存在の意志などなんら意味を持たないのだと彼らは知っていた。
やがてカルラ王は『ダンジョンのボス』として『滅ぼされる』。そのためだけに生み出された。それがこの世界のルールであった。