作品タイトル不明
第六百話 産地偽装を企もう
ユッコネエグレートキャットカテドラル。
それはユッコネエが子供を授かることをお祝いしようと考えた風音が渾身の力で生み出した超弩級出産専用大型地下施設である。
ドラゴンの進撃にも耐えうる強固さを誇り、準備さえ整えば永遠に籠城も可能な、そんなパーフェクトな地下要塞であった。
「あー、なるほどねえ。風音が気合いを入れるとこうなってしまうんですか」
アオがそう言って遠い目をしながら、まるで幻の 理想郷(アルカディア) のような光景を見て微笑んでいる。少し疲れているようだった。
「のじゃー。凄いのじゃー。ワシとユッコネエの為にこんなものを用意してくれたのじゃー」
一方でクロフェは大喜びである。本人の言う通り、精神が肉体に引っ張られているかもしれないが、物怖じしない性格のようなのでこれはこれで普通に素のものなのかもしれなかった。
そのクロフェの様子には風音もうんうんと嬉しそうに頷いている。一時期はユッコネエを奪われそうと警戒心を露わにもしていたが、というよりも今もしてはいるのだが、ユッコネエの身内となる相手でもある。仲良くなっておくに越したことはないと考えを改めてもいた。
「もうじきレベルも上がりそうだったからスキル『見習い解除』も使っておきたかったんだよね。内部構造はカザネーパレスに使う予定だったのを流用したりサンプルパーツを組み合わせてみたんだけど思った以上によくできたよ」
トゥーレ王国に造った天空都市レームシティ。そしてこの装飾華美なユッコネエグレートキャットカテドラル。それらを参考に風音はカザネ魔法温泉街に建設予定のカザネーパレスの見直しをさらに進めるつもりでもあった。
「クロフェさんと生まれた子供が住むには十分なスペースだと思うよ。風音コテージがあるときはあっちのエレベータですぐに地上に出れるしね」
そう言って風音が指差した先には、普通にエレベータのドアがあった。そのエレベータを使えば地上にある風音コテージまで一直線に昇れるのである。ご飯とか食べに普通に上がってこれるのである。
そんな風に自慢げに語る風音だが、夜に突然 魔力の川(ナーガライン) の流れが変わって街に流れ込み、それを街周辺の勘鋭い者たちが気付いて大騒ぎになっていることについてはまだ知らなかった。
ここまで『竜と獣統べる天魔之王』の力を使用したときの消費量と比べて比較的控えめであったために、風音はそれほど気に留めてもいなかった。しかし、守護兵装稼働レベルの 自然魔力(マナ) の流動は一般的には控えめとは言い難かったのである。
ともあれ、転生竜の儀式を行うには十分な場所である。
「それで転生竜用の竜の心臓はあるんだよね?」
「これなのじゃー」
風音の問いにクロフェは懐からスッと小さな竜の心臓を取り出した。
「あれ、ずいぶんと小さい?」
風音が首を傾げる。それは平均的サイズの半分程度の竜の心臓だった。
「うむなのじゃー。かつて死んだ我が子の形見なのじゃー。我が属性を持っておったから今度こそはきっと……きっと元気な子になってくれるに違いないのじゃー」
クロフェはかつて生まれた子をすべてその強力すぎる自分の因子によって亡くしている。今度こそはという想いが、その言葉からは溢れていた。
「にゃー」
そのクロフェにユッコネエが近付いて少しだけ頬ずりをする。仮にも片親となる相手である。ユッコネエも少しばかり近付くよう努めることにしたようだった。
「すまぬのじゃー。もう遠い昔の話なのじゃー」
そうクロフェは言ってユッコネエの頭をなでた後、部屋の中央へと向かい出す。それから「うんせー」と背伸びをして置かれていた水晶の杯の上へと竜の心臓を置いたのであった。
「いよいよですか」
その太陽のような黄色い竜の心臓は、クロフェが遠い昔から肌身離さず持ち歩いていたものであることをアオは知っている。
「さて、それでは始めるのじゃー」
儀式の準備は整った。クロフェが袖をまくってそう言うと風音とアオが頷き合ってから、クロフェとユッコネエを見た。
「それじゃあ私たちは部屋を出るね」
「儀式の成功を信じておりますよ」
そのふたりの言葉にユッコネエがにゃーと鳴いて引き止めようとしたが、この場に風音が留まっていると竜気が混じり合う危険性もある。その場合、儀式にどのような変化が起きるかは分からず危険であった。またそれはアオに対しても言えることであったのだ。
なので「この場はふたりに任せて」と、当たり障りのない言葉をアオが口にすると風音とアオの両名はエレベーターに乗って地上に戻っていったのであった。
◎ゴルディオスの街 西地区 白の館 屋上ラウンジ
「ふぅ、完了まで二時間ぐらいかな?」
地上に上がった風音はそのまま屋上のラウンジへと向かい、そこで休憩タイムに入っていた。
時刻は夕方、他のメンバーは今は街の外で夕方の訓練中であり、アオを運んできた直樹も今はそちらに合流して汗を流しているはずだった。
「クロフェ様の持っていた竜の心臓のサイズからすればもう少し掛かるかも知れません。あの竜の心臓を中心核としてタツオくんの時のような卵っぽい繭を形成するわけですが、大元が小さい分竜気を多く必要とするはずですので」
アオの言葉には風音も「そっか」と頷いた。
「私の時は一応普通のクリスタルドラゴンのものを使ってたからねえ」
タツオの場合は繭化した後に途中で悪魔が襲撃にきた為、ナーガが文字通り命を懸けてふ化に持ち込もうとした経緯もあって実はかなり特殊な状況にあった。
「クリスタルドラゴンのレインボーハートはコアとしては安定しておりますし、固定化も早かったのでしょう。クロフェ様のお子さまのものは同じ属性なので反発はないでしょうが、小さい分クロフェ様とユッコネエの負担はやや大きいと思います」
「ふーん。大丈夫かなあ。ちょっと心配」
ユッコネエがふにゃーっとなってなければ良いなと風音は考えた。風音とユッコネエのリンクも子供にどう影響を及ぼすか不明であるため、今はユッコネエのチャイルドストーンもユッコネエグレートキャットカテドラルに置きっぱなしであるのだ。なので今は風音からの魔力供給もない。
「それと今回はタツオくんとは違って、普通の転生竜となりますので……彼のようにしゃべれたりはしませんからね」
「あ、そうなんだ」
風音の言葉にアオが頷く。
「彼はね。本当に特別なのですよ。当初は死すべき定めにあった神竜帝ナーガの代理を求められていたのですからね。ナーガの知とあなたのスキル、両者の因子を授かったタツオくんはそれだけでもはや他のドラゴンとは一線を画します。この世界の頂点に立つ資格があるほどに。まあ、その後にあなたのパーティとして活動していることも大きく成長を促す形にもなっていますが」
「ふーん。まあタツオは凄いからね」
風音がそう返す。アオがどう考えていようと風音にしてみれば自分の息子と言うだけで特別な存在なのである。そんなことは今更の話だった。
「さてと……これから産卵パーティとかした方がいいのかな?」
それから風音は今後のことについてアオに尋ねる。その問いには、アオは少し考えてから言葉を返した。
「白き一団とだけの簡単なものならば問題はないでしょう。さすがに周囲にこの件を知られるのはよろしくはありませんし」
「むう、確かに」
「もっともクロフェ様は存外に口が軽い方なので色々と漏れてはいるかもしれませんが」
アオにそう言われて風音はここまでのことを思い返す。特に防音などの仕掛けがしてあるわけではないし、中庭では色々と話していた記憶がある。なので探られていたらクロフェが何をしにきているのかはバレているかもしれない。少なくともイリアには知られているだろうなと風音は考えていた。
(どうにかした方がいいかも?)
まさか竜族の長に喧嘩を売る馬鹿もそうはいないだろうとは風音も思ったが、何が起こるか分からないのはここまでの経験から風音もよく承知している。
それから風音はアイテムボックスから大きな卵を取り出した。
「なんですか。それは昨日メールに書いてあったサンダーバードの卵……ではないですよね?」
アオがそれを見て少しばかりひきつった顔で尋ねる。明らかにサイズがおかしい。アオの知る限り、普通のサンダーバードの卵は風音の持っているものの十分の一ぐらいのはずである。
「えーと、ちょっと魔力を込めすぎたかもしれない」
しかし、それはサンダーバードの卵だった。
風音はユッコネエグレートキャットカテドラルを作成後に若干余った時間を使って 魔力の川(ナーガライン) からの 自然魔力(マナ) を自分の 体内魔力(オド) へと変換してサンダーバードの卵に注いでいたのである。
そして風音はラウンジの何もない空間に向かって声を出した。
「イリアさん、聞こえてる?」
『あいあいさー』
唐突に空からツーッと蜘蛛が降りてきた。それはイリアの式神であるが、そのレスポンスの速さには風音も目を細めて尋ねる。
「えーと、ずいぶんと反応が早かったようだけど?」
『まあ、そんな結界の中で内緒話をされてたら気になってしょーがないっすからねえ』
蜘蛛が悪びれずに口にするとアオが「ああ、ミンシアナの忍者の方ですか」と呟いた。先ほどまでの会話はアオが張っていた結界によってイリアには届いていないようだった。
とはいえ、イリアもクロフェが来てからのやり取りは知っており、当然産卵についても知っているはずだという前提で風音は話を進めることにした。
「イリアさん、お願いしたいことがあるんだけど良いかな?」
『へい。こっちもいろいろと忙しいんすけど、何かあるようなら聞くっすよ』
「えっとね。これをねー」
風音がサンダーバードの卵を蜘蛛の前に出した。
「それとなく、気付いている人向けでいいんで、クロフェさんの卵ってことにして情報流してくれないかな?」