作品タイトル不明
第五百九十七話 鉢合わせをしよう
◎ゴルディオスの街 西地区 白の館
白き一団の本拠である白の館の中庭。
昼を過ぎた時間にその中央に刻まれた刻印が突如として輝き、その場に光の柱が出現した。それに気付いたのはユッコネエとシップーを信奉する街の猫軍団たちだけで、猫たち全員が光を見て毛を逆立て「ふーっ」と鳴いていたのだが幸いにもそれに気付いた者はいなかった。
そんなわりかしどうでも良い一幕もあったのだが、ともあれ光が消えたときには白き一団とレイブンソウルの面々がその場に立ち並んでいた。
それは 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) の輝き、直樹の長距離転移によるものであった。
「ふぅ、懐かしの本拠地だね」
「本当に一瞬だったな」
「ああ、すごいものだ」
風音が目の前の白の館を見て口を開き、その後ろにいたロイとオーボエが感心して周囲を見ていた。
レイブンソウルの面々はミナカを除けば白の館そのものを見たことはなかったのだが、見える街並みは確かに知ったものだと理解したようで、ホッと胸をなで下ろしているようだった。
こうして一瞬にしてゴルディオスの街にたどり着いた白き一団たちであったが、つい先ほどまで彼らはトルダ温泉街にいた。
一昨日の夜に冒険者ギルド隣接酒場でシールドバースや風の使いの面々、その場にいた冒険者たちと共に討伐成功の祝賀会が行われ、翌日は酔いつぶれていた者もいたためにトルダ温泉街を出立したのは今日であったのだ。
もっとも風音たちは街を出てすぐに直樹の 帰還の楔(リターナーズ・ステイカー) を使用して長距離転移したために本当に一瞬でゴルディオスの街へと戻ってきたのである。
そして、久方ぶりの帰還にテンション上げて言葉を交わしあう風音たちに対して館の玄関から声がかかった。
「ふん。ようやく戻ってきたのか」
その呆れたような声の主の方に風音が視線を向けると、案の定の男が仁王立ちをしていた。
「また風呂に入りに来たんだね」
「当然だろう」
風音の言葉にも全く悪びれずに、黄金のガウンを着たカルラ王がそこにいた。さらにその横には黄金のガウンを纏った幼女クロフェがいた。のじゃーと鳴いている。また共にミックスオレの瓶を持っている。中身はすでにないようで飲み干した後のようだった。
そのあまりにも自然な振る舞いに一同が唖然としているところに、カルラ王は目を細めてレイブンソウルを見る。
「ふん、なるほどな。そちらはレイブンソウルか。ようやく戻ってきたのだな」
「貴様はあのときのッ」
あまりにも唐突な出会いに呆然としていたオロチであったが、カルラ王の顔を見て、その正体に気付き表情が硬くなる。そのオロチの反応を見て、続けてロイ、オーボエ、ミナカがハッとした顔をして身構えた。
「あれ、会ったことあったの?」
風音はその様子を見ながらカルラ王に尋ねる。
「ああ、お披露目のときにな。もっとも部下に任せて私はすぐさま地上へと行ったので顔を見た程度ではあるが」
それはゴルド黄金遺跡が 金翅鳥(こんじちょう) 神殿へと変わったときの話だった。
その日レイブンソウルはたまたまダンジョン深くに潜っていて、カルラ王はダンジョン内にいる冒険者たちにも部下をし向けていた。
その際にレイブンソウルはロイの腕が魔物に喰われるなどのアクシデントに見舞われながらも這々の体でダンジョンを脱出していたのである。
「しかし人様の庭でそのような殺気は無粋だろう」
自分のことをまるで棚に上げながらカルラ王が口にする。
「お前のせいでロイの腕が……」
オロチが憤って一歩前へと出る。一触即発。しかし、その激突はカルラ王の横にいる者の声によって止められることとなる。
「ふん。ダンジョンの中で起こったことに怒りを覚えるというならばそもそも入らなければ良いだけなのじゃー。お前は相変わらず硬い男なのじゃーな」
「な、なんだお前……は?」
唐突に告げられた言葉にオロチが目を白黒させ、その声の主を見る。それは幼女であった。
「子供が……いや、違う」
オロチがクロフェを見ながら冷や汗を流す。明らかに見た目は子供であるのに、まるで巨大なドラゴンと対峙しているような威圧感を感じる。それが見た目通りの存在ではないとオロチはすぐに悟ったが、その正体については分からない。
そのオロチの様子にクロフェは「ふむ」と言いながら自分の身体を見渡し「こっちでは初めてであったのじゃー」と口にしてから、その身体を輝かせた。
「なんだ?」
「まぶしっ」
オロチや風音が突然の光に驚きの声を上げる。
そして彼らが瞬きをする間にそこには5メートルほどの鳥のような翼を生やした黄金のドラゴンが出現していた。
その大きさこそ下位竜程度ではあるが、発せられる威圧は明らかに並のドラゴンどころか神竜帝ナーガにも匹敵するものであると風音は感じた。
「ドラゴン?」
「カルラ王の配下かッ」
ミナカやロイたちが戦々恐々としながらも声を張り上げるが、オロチが「待て」と手を挙げて仲間たちを制する。
「オロチさん?」
そしてレイブンソウルの面々が見ている前でオロチが膝を付き、頭を垂れたのだ。
「お久しぶりです金翼竜妃クロフェ様。仲間の非礼、お許しください」
『うむ。ようやく分かったか。相変わらずお主は硬いの。本質を見よと以前にも伝えたはずだが、そうした面は未だ未熟か』
クロフェの言葉にオロチの頭がさらに下がる。どうやらふたりは知り合いのようであった。その様子にはレイブンソウルの面々だけでなく、白き一団の方も意外そうな顔でクロフェとオロチを見ている。
「どういうこと?」
よく分からぬ状況に風音がクロフェに問いかけると『この男は以前に里に来たことがあるのじゃ』との言葉が返ってきた。のじゃーとは言わなかった。
『この男は北の地方において害竜討伐で名を馳せた男でな。ドラゴンスレイヤーでもあるから我が里にも一度招待したことがあったのじゃよ』
そう言われて風音も旅の途中で聞いたオロチの逸話を思い出す。
「ああ、そういえば成竜をひとりで捕らえたって話をどこかで聞いたような」
「 制約の黄金鎖(ギアス・ゴルディチェーン) の力だ。俺だけの力じゃないがな」
オロチは頭を下げながらも、風音にそう答えた。
『多少は自惚れても良いと思うがな。それはそれで自信というものでもあるのだから』
「いえ。まだまだ未熟。今回も彼女らに助けられなければ、危ういところでした」
オロチの言葉にクロフェがため息をつく。なお、本当に危なくした原因は少し離れて状況を眺めている槍使いの少女にあることはこの場の誰も気付いてはいなかった。幸いなことに。
『まあ、ここで頭を下げられてもな。堅苦しくていかん。して、もう一度聞くぞ。人の理においてダンジョンへの侵入はその者の意志によって行われているはず。その内においての問題はすべて己の責であるとワシは聞いておったがそれは誤りであったか?』
「いえ……」
オロチが首を横に振る。実際に腕を喰われたロイも、仲間のミナカやオーボエもその言葉には反論できない。自ら危険に飛び込んでいって痛い目を見ました。だから許せませんとは虫の良い話ではあるのだ。
『その気持ち。人の心としては正しかろうが、それを表に出さぬ意志を持て。お前の心には以前に言った通り余裕がない。それを自覚し、精進せよ』
そのクロフェの言葉にはオロチも「ははっ」と頭を下げるしかなかった。
「ちょ、ちょっとクロフェ様。その姿はマズいですってば」
そう言ってドタドタと館の中から走ってくる男がいた。
「あ、領主様だ」
領主様だった。風音の目の前で金のガウンを着た領主がやってきたのだ。その手にはフルーツオレの空瓶がある。明らかに一緒に風呂に入って満喫していたようである。ガウンもお揃いなので貰い物であろう。
「ここは街中ですぞ。それに西のクロフェ様と言えばお姿こそ見た者は少ないでしょうが、絵画などでも描かれてよく知られておられますので気付く者もおるかもしれません。非常にマズいです」
領主の必死の言葉にクロフェも『バレるのはまずいのぉ』と言いながら、再度光って元の姿に戻った。
「のじゃー」
(あ、また言い出した)
妙にウザく感じる口調に戻ったことに風音が眉をひそめた。ドラゴン時には口にしてなかったので、どうやらのじゃーは幼女姿限定の口調のようである。
「オロチさん、とりあえず抑えてね。そっちのカルラ王がここにいるのはギルドマスターも公認のことなんだから」
「なんだと?」
横からの風音の言葉にオロチが目を見開いた。そしてカルラ王も口を開く。
「大方、私と 縁(えにし) を結ぶことで何かしらの情報を引き出したいのだろう? 会話の通じるダンジョンマスターはそう多くはないし、さらに言えば地上に出てくるのは稀だ。事はこのダンジョンだけではない。これから先を見据えて冒険者ギルドとやらがわざわざ私を放置しているというのにお前はそれを台無しにしようとしたというわけだ」
カルラ王の言葉にオロチが「クッ」と怒りの顔で睨みつけるが、カルラ王はどこ吹く風である。
「つか、分かってて来てるの?」
呆れた顔の風音にカルラ王は「うむ」と頷いた。
「言ったはずだ。私はこの温泉が気に入っているとな。そのための駄賃と考えれば悪くはない。うるさくするような戯け者がいれば当然燃やすがな」
その手から黄金の炎を出しながらカルラ王は強気の笑みでオロチを見た。
「ふん。どうせ分身体であろう。ここでその身を貫いたところでお前にはなんら痛痒もあるまい」
先ほどまで黙っていたジンライのぼやきにカルラ王が「痛痒がないわけでもないがな」と返す。だが分身体という言葉は否定しなかった。
「ともあれ私も用は済んだし、帰るとしよう。カザネよ。駄賃は置いておくぞ」
「毎度ありー」
その風音の返答と共にカルラ王が燃え上がり、その場で消えていった。
「消えた……あれがダンジョンマスターカルラ王」
ミナカが悔しそうにカルラ王の消え去った場所を見ている。ともあれ、厄介者がひとり消えたことでホッと一息ついた風音がもうひとりの厄介者に視線を向けた。
「それでクロフェさんはやっぱりユッコネエのことをお持ち帰りしようとしてるわけ?」
対してクロフェはのじゃーと鳴いたのであった。