作品タイトル不明
第五百八十九話 分断をしよう
「グロロロロロロロロロロ……」
深く、重いうなり声が周囲に響き渡っていた。
その声の主は10メートルを超える巨大な獣型の魔物たち。超獣とも呼ばれる魔獣の王たちが森の中で食事に入っていた。
本日のメニューはゴリラオーガと呼ばれる魔物たち。踏みつぶし、串刺しにし、引きちぎった肉塊たちを彼らは美味しそうに 咀嚼(そしゃく) している。
そして、その様子を少し離れた場所から見ている者たちがいた。
「なるほど、ドラゴンとは別種の威圧感があるな」
「そうだろう。ハイヴァーンで強大な魔物というとドラゴンだけだからな。まあ、ドラゴンがいるからこそあーした魔物が寄りつかないということでもあるが。こうして外の世界に出てみるとやはり違うだろう?」
観察者のひとりであるライノーの問いに、隣にいたジンライが笑いながら頷いて答えた。そのジンライの言う通りにライノーにとってこの旅で出会ったものは何もかもが珍しいものばかりだった。
「いっそ、俺とお前だけで倒してしまうというのもありかもしれないな」
「無茶を言うな。ベヒモスはそうヤワではない。仲間をないがしろにして死地に赴くわけにもいかんさ」
そう窘めるジンライだが不可能とは言わなかった。ジンライにしてみても自分とライノーのコンビであれば可能だろうとも思ってはいた。もちろん、そんな無茶と勝手をするつもりはふたりともないはずである。
どちらかが「やっちまおうか」と言った場合、やむなく乗ってしまおうかくらいには思っていたかもしれないが。
なお現在ジンライはシップーの上に、ライノーはユッコネエに乗ってベヒモスたちに接近していた。ライノーはジンライとシップーのコンビが羨ましかったらしく、囮役を買って出たときに、ユッコネエに乗ることを要望したのである。
「にゃー」
「なーなー」
「にゃにゃぁ」
なおユッコネエとしては風音以外を乗せることに抵抗があるようで、今もシップーと何か愚痴を言い合っているようだった。ソレを見ながらジンライがため息をついて口を挟んだ。
「抑えておけユッコネエ。これが終わればお前はカザネと共にも戦える手はずとなっているのだ。我慢だぞ」
「にゃー」
そのジンライとユッコネエのやりとりにライノーが少しヘコんだ。童帝はガラスの心を持つ 純粋(イノセント) な存在なのだ。そんなライノーの気持ちなど気にすることなくジンライは声をかける。
「それではやるぞ」
そして、ジンライの言葉にライノーと巨猫たちが頷く。状況開始である。
「それではシンディよ。その力を見せてみよッ!」
それからジンライがそう口にした次の瞬間には義手『シンディ』が変形してその姿を砲身へと変えていった。今回は発射後即離脱のため 補助腕(サイドアーム) は使わずの威力低減モードではあるが、それでもその殺傷能力はきわめて高い。
「それの存在があるだけで俺にはミンシアナが恐ろしく感じてしまうよ」
雷神砲(レールガン) を見ながらライノーがボソリと呟く。そのライノーの言葉にジンライは眉をひそめながら返事をする。
「カザネはこれを広めるつもりはないようだがな。ま、確かにこんなものが大量に造られれば戦は変わってしまうだろうが」
「広める気はない……か。そうであって欲しいな。本当に」
ライノーの言葉は真剣そのものであった。
雷神砲(レールガン) はレームのような少しゴーレム魔術をかじっただけの少女にすらランクS冒険者に匹敵する力を授けてしまう危険な兵器だ。そんなものを己の意思ひとつで造り出せてしまうという一点だけでも、風音という存在はもうどこの国にとっても無視できない存在となっていた。だがジンライはそのライノーの懸念を切って捨てる。
「忘れろ。今この場においてはお前もワシもただの一個の戦士だ。大公などと言う肩書きはここでは無粋だぞ」
「は、確かにそうだな。すまなかった。それじゃあやってくれ」
そのライノーの言葉に頷いたジンライが 雷神砲(レールガン) を構えると躊躇なくアダマンチウム弾を発射した。そして、ベヒモスに直撃しようかというところで『ソレ』は起きたのだ。
「ほぉっ」
ライノーが思わず目を見開きながらその現象を見た。ベヒモスの背にヒュパッと一文字に傷ができたのだ。直撃ではなく掠めただけでもこの威力である。しかし問題は『この至近距離で直撃しなかった』という点にあった。
「今のが『暴風の加護』か」
ライノーが驚きの顔で今起きたことを頭の中で反芻する。ジンライの 雷神砲(レールガン) から放たれたアダマンチウム弾が、ベヒモスに当たる直前にまるで爆発でもしたかのような強力な風の力によって逸らされたのだ。
「ほれ見ろ。これとて万能ではないのだ。さあ、逃げるぞシップー」
「なーーーーーッ!」
ジンライの言葉にシップーが鳴き、踵を返して走り出す。
「おお。怒っているな、あれは」
「にゃっにゃーー」
ライノーを乗せたユッコネエもシップーに続いて駆け出した。さらに巨猫たちの後ろを巨大な角付きカバが三体、凄まじい怒気を放ちながら追ってきていた。どうやら食事を邪魔されたことへの怒りは相当なものだったようで、完全にキレていた。
「上手くノったようだな。このまま、所定の位置まで退くぞ」
「応ともッ!」
食いついてきたベヒモスたちの様子を見ながら言うジンライにライノーが勢いよく返事をする。
「なー」
「にゃにゃにゃっ」
そのままシップーと、スリップストリームを狙って後ろにつけているユッコネエは森の中を一列に駆け抜け、後ろから迫ってくるベヒモスと付かず離れずの状態を維持しながら目的地へと走り続けていく。
「もうじきだぞシップー。さて、後は上手くやってくれよルイーズ姉さん」
ジンライはその先にいるであろうルイーズのことを思いながら、シップーを駆けさせ続ける。
◎ユイヘサルの森
「来たぜ、ルイーズさんッ! 予定通りアーマードは遅れてる。やっぱり他の二体に比べて遅ぇ」
魔剣と遠見のイヤリングの連携でベヒモスの監視を続けていた直樹がそう叫んだ。その言葉にルイーズは安堵する。現時点においてはすべて予定通りにことが進んでいるようであった。
「分かったわ。ナオキはそのまま状況確認を継続。それからみんな、準備は良いかしら?」
周囲を見回しながら言う臨時リーダーのルイーズに、その場にいる全員が頷いた。
「それじゃあ、全員構え。来たときの一瞬が勝負だからね」
ルイーズはそう口にしながら、視線をベヒモスたちが近付いてくる方角へと向けた。この場には白き一団リーダーである風音は居らず、レイブンソウルのオロチもいない。ランクS冒険者のジンライも今は囮役ということで、この場はルイーズが仕切っていたのである。他のリーダーたちも仕切りについては白き一団に一任すると返してきたので、結局この場に残ることになったルイーズにお鉢が回ったというわけであった。
「来たぞッ」
シールドバースのメンバーのひとりが叫ぶ。まるで森が割れているかのような音と共にそれが向かってきている。その光景は以前のブルートゥザの時に近かったが、放たれる威圧感はその比ではなかった。
「釣れたぞぉぉおおッッ!」
「あはははは、こりゃあ良いッ!」
そしてジンライとライノーを乗せた巨猫たちが森の中から飛び出し、そのまま勢いをつけてルイーズたちの上を飛び越した。その状況もルイーズたちにとっては予定通りのもの。後ろに通り過ぎたジンライたちへ視線を向けず、慌てず、焦らず、ルイーズは各員へと指示を飛ばしていく。
「それじゃあ、シールドバースと風の使いは前でガード。それ以外は衝撃に備えてッ」
正面から迫る二体のベヒモスたちに向かってシールドバースと風の使いが構える。そしてシールドバースは『断界』と呼ばれる盾士の奥義をパーティ全員で放ち、同時にパーティ風の使いのテレスたちが風の壁を生み出して、同時防御によって迫る敵の進攻を受け止める。
「耐えろぉぉおお」
「ぉぉおおおおお!!!」
ハン・モックの叫びに男たちが気合いを込めて叫んだ。
「『断界』の邪魔をしないように集中ッ!」
「はいっ」
テラスの指示に従い、風の使いのメンバーが精神を集中させる。
盾士の闘気の壁と風術師の魔力の壁が重なり、ベヒモスとの衝突により魔力の火花が散る。見事なまでにその均衡は保たれている。
しかし、ベヒモスたちの背後からは近付いていくもう一体の魔物の姿が見えていた。それは異常種アーマードベヒモスである。その場に緊張が走る。しかし、冒険者に慌てる様子はなかった。ただ彼らは空の上を見た。そこにいる黄金の翼を生やした少女を見ていた。
「カザネ、今よッ!!」
「はいなっ! スキル・戦艦トンファー!!」
そして、ルイーズの合図と同時に空中で待機していた風音が巨大な戦艦二隻を召喚したのだ。
「グロォオオオオッ!?」
「ブッ潰れろーーー!!」
風音の叫びとともに戦艦が落下する。アーマードベヒモスも己の姿よりも巨大な物体の接近を感知し避けようとするが勢いは止まらない。そのことを把握したアーマードベヒモスは勢いのままに横へと飛んだ。
「チッ、避けたか。けどッ!!」
風音はアーマードベヒモスへの直撃の失敗を悟ると戦艦の魔導エンジンを暴走させて爆破を命じた。
「爆発は芸術だッ!」
「グロロロオオンッ」
ベヒモスたちの叫び声があがり土塊が巻き上がる。あまりの爆風に木々が揺れ、大地が震える。
その衝撃にベヒモスたちが動きを止め、シールドバースと風の使いがそれぞれの力を振り絞って、駄目押しにベヒモス二体をも分断させた。そして三体の魔獣がそれぞれに離されたのだ。
「直撃は失敗したけど上手くはいったね。それじゃあ頼むよオロチさんッ」
「任せろッ!」
風音の言葉に、ちょうどアーマードベヒモスの横辺りの地面の中の穴から待機していたオロチとゴレムスキャノンとクリスタルドラゴンゴーレムが飛び出してきた。実のところ、もう少しでアーマードベヒモスの下敷きになるところでオロチもレームもタツオも冷や汗をかいていたが、その分敵との距離は近い。
「 制約の黄金鎖(ギアス・ゴルディチェーン) !!」
そして、オロチの両腕から黄金の鎖が飛び出してアーマードベヒモスの身体に巻き付いていく。アーティファクトの能力は絶対的なものだ。こうなればもう五分はアーマードベヒモスは動くことができない。
『やっちゃってくださいレーム』
「よっしゃーーー!!」
そしてレームの乗るゴレムスキャノンの砲台はすでに 雷神砲(レールガン) モードへと切り替えられていた。またアダマンチウム弾も装填されている。
「この距離ならどんだけ硬かろうとブッ壊せるだろうよ。ファイアァアアー!」
目標を定めたレームが強力無比な攻撃を放つ。さすがの暴風の加護もこの距離ならば発生する前に当てることができるはずである。
「いけないッ!?」
しかし、その直後に上空から見ていた風音の『直感』が強烈に反応した。猛烈な勢いで危機感知が働いた。だがもう遅い。
「なっ!?」
レームが叫んだ。レームが放ったアダマンチウム弾は確かにアーマードベヒモスの分厚い皮膚に接触した。しかし次の瞬間に接触した皮膚の内側から凄まじい爆発が発生したのだ。
そして、大きく見開かれた風音の瞳に宙を舞うタツオたちの姿が映ったのであった。