作品タイトル不明
第五百八十四話 ファンと名乗ろう
オロチこと本名『尾路地・菊三』。
彼がゼクシアハーツと似たこの世界へとやってきたのは今より五年ほど前のこととなる。そしてオロチもこの世界にくるまではゼクシアハーツをプレイしていたプレイヤーのひとりであり、最初期から女性型プレイヤーとしてログインしていた古参のネカマでもあった。
もっともゼクシアハーツは元々オンライン協力プレイこそあるもののスタンドアローンタイプのオープンワールドRPGであり、MMOは後ほどアペンドディスクで追加された要素でもある。それ故に当時のオロチが自分好みの女性キャラを作ってプレイしていたとしても責められることではないし、継続してそのキャラをMMOに持ち込んだとしてもおかしくはないだろう。いや、そもそも女性キャラプレイに問題などはないのだ。男の子だってかわいい女の子になりたいものなのだ。ちやほやされたいのだ。乙女の心は女子だけの専売特許ではないのである。もしくは普通に女の子を育成したいという気持ちがあるだけなのだ。
また同時に彼はゼクシアハーツの攻略サイトも作っていたのだが、こちらは始めた当初はまったくの鳴かず飛ばずの状態であった。そのサイトに転機が訪れたのはサイトを開設してから一年半後のこと。彼がテコ入れにと自身のキャラ『ひめ蛇子』をマスコットとしてサイトに使った途端にわずか二週間で一日百万PVを叩き出すモンスターサイトへと変貌を遂げたのである。
そうして、瞬く間にインターネットアイドル『ひめ蛇子』の名はゼクシアハーツのユーザーに急速に広まっていった。ひまわりのような明るい笑顔の少女が男女を問わず、プレイヤーたちのハートを射抜いたのである。
また一時期ひめ蛇子ネカマ説も上がったこともあったのだが、それはTATU☆YOSHIなる有名プレイヤーの「こんなかわいい子が女の子のはずがないじゃないか」発言により有耶無耶になり難を逃れたこともあった。
そう、時代はネットアイドルひめ蛇子を確実に祝福していた。そしてその間、オロチはまるで取り憑かれたかのようにサイトの更新を続けていた。
今思えばあの頃の自分はどうかしていたとオロチは思う。彼は中学生から高校生の間の青春時代の大部分をひめ蛇子のネットアイドル人生のために費やしてしまったのだ。
そしてオロチがこの世界に来てからもう六年は経つ。あの頃を振り返って、あの謎の熱狂を思い出して、身悶えする気持ちを抑えながら彼は日々を生きてきた。いつしかあの頃の自分はオロチにとっての黒歴史となり、その心の奥底に封印されていった。
また攻略サイトを作っていたおかげで彼はこの世界に来てからも現代知識TUEEEやゲーム知識TUEEEを生かして活躍し、ランクA冒険者として今日まで生き延びることにも成功していた。そして元の世界に帰るべく情報を集め、その手段を求め続けてきた。彼は生真面目な男だった。残された両親のことを思えばこの世界に定住し続けようとは思えなかったのだ。
しかし、過去というものはどれだけ自身が忘れようとしていても逃がしてはくれないものらしい。過去はオロチの後を追ってついに後ろからガッシリとオロチの肩を掴んだのである。その掴んで放さない手の名前を風音と言った。
「ああ、やっぱり。そうなんだ。私、あのサイト毎日愛読してたんだよね。いやー、まさか中の人がこんな筋肉質な人だったとは最高だねえ。ウヒョー」
「あ、ああ」
風音の言葉に呆然としながらオロチは頷く。
バレた理由は簡単だった。ひめ蛇子のマスコットキャラ『タケチカ』。その名前が、オロチがテイムしたハイプラズマパンサーについていたことに気付いた風音が質問をしたのである。
ただ質問されただけだったのに、オロチは迂闊にも頷いてしまったのだ。オロチ一生の不覚であった。「いや、俺も好きだったんだ」ぐらいに留めておけば、風音の方も「あー違うかー。そんじゃあファンの人?」などと返すだけのはずであった。
しかしファンに対しては誠実であらねばと言うオロチの生真面目な一面がここで災いした。少しだけ気付いてもらえて嬉しかったということもあった。
「あ、筋肉さわってもいいですか? 腕とかでもいいんで」
「ああ……」
そして、何か気の毒なものでも見るかのような弓花の視線に晒されながら、オロチはただ風音にされるがままに鎧から剥き出しになっている筋肉をペタペタと触られるしかなかったのである。
その後、「仲を深めた」と言いながらペカーとした笑顔の風音と、疲れた顔のオロチとどうでもよさげな顔の弓花が部屋から出てきて両パーティのメンバーが不思議な顔をしていたが、ともあれ同郷の者同士で実りある話はできたのだろうと彼らは判断していた。
◎レイサンの街 中央通り
「へえ、これは凄い」
ロイが中に入った途端に声をあげた。両パーティが揃い、特に休む必要もなしということで、彼らはすぐさま街を出発することにしたのである。タツヨシくんケイローンは肩部に不滅の水晶灯が設置されているし、夜間でも走り通すこともできる。そして風音とユッコネエが再びサンダーチャリオットを呼び出し合体させたサンダーチャリオットトレインと名付けた形態は以前よりも広いスペースへと変わり、より休息をとるのにも適したものとなっていた。
そのトレインの中に入ったロイたちが驚きの顔で車内を見回していた。外から見たときは硬い装甲に護られて中が見えないようになっていたのだが、内装は王族たちが住まう部屋のような豪華なものであった。
「こりゃあ、凄い。このソファなんてまるで綿アメみたいにフワフワだ」
「ほお、奥の扉の先は倉庫に……ふむ、なんか台みたいのがあるようだが」
「オーボエ、勝手に扉を開けるな」
続けて車内に入ったオロチの注意に好奇心から次々と中を探索していくロイとオーボエが「あっ」というばつの悪そうな顔をした。もっともそれはサンダーチャリオット変化後の風音たちも同じような感じであったので「気にしないよ」と風音は笑って返した。
「けど倉庫っていっても召喚で出したものだから、解除しちゃうと荷物の方もその場に放り出されちゃうんだろうなぁ」
「ああ、確かにそう言う心配もありますね」
風音の言葉にオーボエが感心したように頷いている。
「ま、アンタの場合はわざわざそっちに荷物置く必要はないしね」
「まあそうだね」
風音にはスキル『真・空間拡張』や不思議な倉庫もある。無理にこの場に置いておく必要は弓花の言葉通り、確かになかった。
「ゴレムスキャノンはその台に設置しておけるから、置いておこうか。後はそっちのタケチカは人の多いところがダメなら倉庫で休んでもらってもいいんじゃないかな」
その風音の視線の先にはミナカと共にいるタケチカがいた。本来オロチがテイムした魔物なのだが、どちらかといえばミナカの方に懐いているようである。
「あ、でもユッコネエはよく屋根の上で寝てるからそっちの方がいいかも。紫電結界が張ってあるから風も当たらないし、寝心地は良いっぽいよ」
風音の言葉にユッコネエが「にゃー」と鳴くとタケチカが「ガォンッ」と鳴いた。
「ユッコネエと同じで良いとのことです」
その鳴き声を聞いてミナカがタケチカの意志を代弁する。横ではオロチも頷いていた。そしてユッコネエが「にゃにゃー」と鳴いて扉の外に出るとガリガリと音がして天井に何かが動く音がし、続けてタケチカも外に出るとさらにもう一つの音が天井から響いてきた。どうやらユッコネエとタケチカが共に上に登れたようである。
「あんたはこっちでいいのよね」
「ウォンッ」
弓花の言葉に召喚されていたクロマルが答える。クロマルは主の横に座っているのが性にあっているようである。
「そんじゃー乗った乗った。はいよっと」
そう言いながら風音も外の御者席へと飛び乗って座る。そのまま両パーティ全員が乗り込み、階段がガチャガチャと動き出して収納され、扉が上から降りてきて入り口が完全に閉まった。
「よし、ケイローン。進むよー」
風音の言葉にタツヨシくんケイローンが「ォォオオオオオン」と鳴いてドラグホーンランスを上に掲げると、ゆっくりと動き出したのである。
そしてケイローンは街の住人が野次馬をする前を通り過ぎ、正門を抜けると一気に加速した。今回は速度制限なしの特急便である。そのまま門番の見ている前でケイローンとサンダーチャリオットトレインは、雷鳴を響かせながら瞬く間に遙か彼方へと走り去っていったのであった。