軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五百七十六話 全力を見せよう

急速に周囲の熱が高まっていく。

狂騒ともいえるような熱気のこもったギャラリーの叫びはまるで巨大生物の咆哮のように訓練場から外へと響き渡っていく。

(なんだ?)

その異変には、さしものカールも眉をひそめた。尋常ではない雰囲気が周りからしてくるのだ。

(あの槍の力か?)

カールは視線を目の前のポニーテールの少女の、その手に持っている銀の槍へと向けた。

ユミカと呼ばれた少女の槍は先ほどまで巻いていた赤い布を外し、透明な銀色の刃を持つ槍を剥き出しにしていた。その刃からは思わず跪きたくなるような神々しい気配が溢れ出ていたが、それを槍全体に絡み付くように巻かれている黒い鎖が抑えつけているようでもあった。

神聖なるモノを汚すことへの背徳感か、或いは禁忌なるものを踏みにじる快感のような、そんな 歪(いびつ) な感情がカールの中にも湧き上がってくるのが感じられた。

( 魅力(チャーム) の付与でもされている……というわけではないな。元よりある力が、人々をここまで魅せていると考えた方がいいのか。気合いを込めて対峙している俺でさえこれだ。ただ見ているだけのギャラリーでは耐えることができないのも止むなしか)

そんなことを考えながらカールは己の槍を見る。まだ使い慣れたとは言えないが、その槍はつい昨月に倒した超獣ベヒモスの角から生まれた新たなる相棒である。

槍自体から発せられる獰猛な気配は見る者を恐怖させるほどだが、目の前のユミカの槍はカールの槍の格を大きく上回っているようだった。

そしてカールは、ユミカの槍を見ながら話しかける。

「凄まじい気配を放つ槍のようだが、その黒い鎖は封印だろう。解かないのか?」

カールの指摘にユミカが苦笑いする。

「うーん。師匠が相手なら考えますけど、今はちょっと」

「俺にはそれだけの価値はないということか」

カールの言葉にユミカは何も言わない。ただ申し訳なさそうな顔をしているだけだが、つまりそれは無言の肯定であった。

もっともそのことをカールは不快とは思わない。

(ジンライ・バーンズの愛弟子ユミカ・タチキか。噂が事実であるならば……)

一見して普通の少女にしか見えないが、カールはその名を聞いてからすでに気付いていた。『 血塗れの狂戦士(ブラッディベルセルク) 』のふたつ名を持つ、獰猛なる魔獣戦士。今、目の前の少女は素の状態のままで闘いに挑もうとしている。だが本来の彼女の力はもう一歩先があるはずだとカールは聞いている。その領域に踏みいった者には死すらも生ぬるい恐怖という名の傷痕がその心に刻みつけられる。そうカールはここに来る前に立ち寄ったレイサンの街で散々聞かされていたのだ。

(ソレが一体どれほどのものなのか。この槍でしっかりと引き出してみせるさ)

「では、行くぞ」

「どうぞ」

両者が軽く言葉を交わすと、次の瞬間にはカールが大地を蹴り一歩を踏み出した。ギャラリーのざわつく声を背に、カールはそのまま突きを放つ。

「ふっ」

それをユミカが一瞬で弾く。完全なタイミングで攻撃を弾かれたことにカールは驚きの顔でユミカを見る。

(こいつは……)

油断しているつもりもなかったが、しかしまだ相手が女であるという驕りがあったかもしれぬとカールは思う。さらによりいっそうの気合いを込めてカールはふたつ、みっつと槍を放つが、そのすべてが弾かれた。あまりにも見事な返しにいっそカールは清々しいとすら感じてしまうほどであった。

「ふぅ」

「むっ?」

その直後にユミカが一歩を踏み出した。カールの心の機微を悟り、その隙をついて動いたとしか思えないほどのタイミングで、流れるようにカールの前へと進んでいく。

「ハァッ!」

しかし、カールは瞬間的に闘気を正面に放ち、その圧力によってユミカの勢いを押しとどめる。カールの魔力は並の人間よりも多く、魔力を闘気へと練って使うことにかけても天才的とも言える才能があった。今行ったのも技巧を凝らしたとは言えない力任せの技ではあるが、現にユミカには効いていた。

「重ッ!?」

唐突な不可視の重い水のような闘気に激突したユミカの目が見開かれる。まとわりつくような重さがユミカの動きをわずかではあるが止めたのだ。

(ハッ、抜けた顔してると喰ってしまうぞ)

そこに獣のような笑みを浮かべたカールが素早く槍を突き出した。それは最速の槍術と言われる『閃』という突きである。その閃光のような一撃を放ったカールは驚きの顔を見せた。

「なっにぃ!?」

動きを止められたはずのユミカが再び前へと進んだのだ。そして、そのまま『閃』をまるで風に揺られる柳の木のようにかわしてカールの懐へと入り込んだ。

(この距離は?)

それは槍の間合いではない。しかし、バーンズ流などのハイヴァーンに根ざす槍術にはこの密着するほどの距離でも使える技が存在する。それは槍術『柳』からの変じる『転』と呼ばれる技。殺すのではなく制圧することを目的としたユミカの得意とする技である。

「イヤァアアッ」

「チィ」

カールがその攻撃に対処できたのはほとんど偶然といっても良かった。勘を働かせ、ユミカの槍の柄が己の足に引っかけられるタイミングのわずか前の時間に自らの身体を宙に舞わせてかわしたのだ。それにはユミカも驚かざるを得ない。

「嘘っ?」

「うぉおおっ」

そして、宙を舞いながらカールは槍を振るう。態勢の整っていない、力の入っていない無理矢理の一撃。それをユミカは槍の柄で受けながらも背後へと跳んだ。

そして、トントンと跳び下がったユミカと、態勢を立て直して地面に付いたカールが再び槍を構え直しながら向き合ったのだ。

「オオオオオオオオオオオオ」

ギャラリーから歓声が響く。一瞬の攻防ではあったが、伯仲した両者の実力は周囲を沸かせるには十分なものだった。

「うーん。あの人もやるねえ」

「にゃー」

風音とユッコネエが感心しながら両者の闘いを見ている。

「確かにカールもユミカさんもなかなかの腕前ですね」

その風音たちの横ではルネイが並んで観戦している。

「このまま実力が伯仲したまま、闘いが進みますかね」

「どうだろう? 弓花も自分の力だけで闘うことの拘りはないから。後、あっちのカールさんもなんかやる気みたいだよ」

「分かりますか?」

ルネイの言葉に風音が頷く。

「うん。弓花と同じように、カールさんももう一段階ある動作をしてるね。多分だけど、望んだ動きに肉体性能が追いついていない感じがする」

「よく見てますね」

ルネイが苦笑する。それなりの腕を持つルネイではあるが、現役を退いた今では風音ほどの洞察力はもう持っていなかった。

「うん。ジンライさんが口を酸っぱくして言っているからね。変化したときとそうでないときとでは意識を変えないと動きが持って行かれるって。まあ、弓花もまだ切り替えは難しいらしいんだけど」

そういう風音の前では、弓花とカールの双方がジリジリと間合いを詰めつつあった。

(なんか、奥歯に何か挟まった感じがするなあ)

風音たちギャラリーが見ている中、弓花がそう思いながら槍を構えて摺り足で進んでいる。かといって自分から踏み込むべきかどうか……弓花が判断を迷っているときだった。カールの方から話しかけてきたのは。

「なあ、あんた」

「はい?」

唐突な言葉に弓花が訝しげな顔をするが、カールは額から汗を流しながら笑みを浮かべて口を開いた。

「あんたも持ってるんだろう? 俺はやるぜ。あんたはどうする?」

その言葉の意味するところが分からない弓花ではない。実力は五分と五分。いや技量はともかくとして、経験値の差で若干自分が不利ではないかとユミカは考えていた。

それを良しとして負けを承知でこのまま進むか否か。そう迷っていた弓花に相手が望んできたのだ。で、あればそれを拒否する理由もない。何も言わずに弓花が頷くと、カールの笑みがさらに深まった。

「いくぞ。これは灼体化という技だ」

そして、カールの身体から紅蓮の炎のような闘気のオーラが吹き上がり、その身を赤く染めあげていく。『狂戦士化』にも近いがカールは高ぶる精神も正しく制御しており、それは風音が使うスキル『赤体化』の上位版とでもいうべき技であった。

(へぇ、あれは『強い』な)

そう思った弓花も併せて変化を行う。それは『 神狼の腕輪(フェンリルリング) 』とスキル『深化』を発動させ、さらには聖者の槍ムータンと 神聖の軽鎧(ホーリーライトメイル) を増幅器として使うことで成る『完全神狼化』であった。

「は……はは」

二メートル半になった銀色の狼が目の前に出現したことで、カールの口から乾いた笑いがこぼれ出た。

身につけた鎧もその姿に合わせ流線型のフォルムへと変化し、槍に巻かれた鎖は今や完全な銀色に染まり、槍の先からは神聖力のオーラを固定化したエネルギーの刃が発せられていた。

封印が解かれた……という状態がどういうものなのかをカールはここで理解せざるを得なかった。

「早まった……かな?」

カールの口からそんな言葉が漏れた。しかし、その思いを押し込めるようにカールは歯を食いしばって槍を構える。

カールには理解できたのだろう。目の前の存在は人の技を使う神の獣なのだと。そんな存在と闘えるのであればむしろ光栄だと、カールは恐怖を勇気で塗り潰して前へと一歩を踏み出した。

「いざ勝負!」

『アォォオオオオンッ』

そして人と獣が一斉に飛び出し、赤と銀の光が訓練場の中央で激突した。