作品タイトル不明
第五百七十四話 若き師匠を目撃しよう
ガラガラと馬車が走っている。
それは、時速70キロメートルは超える速度で突き進んでいた。そんな並の馬車の3倍以上はある速度で馬車を牽いて走っているのはハイプラズマパンサーと呼ばれる魔物である。
牽かれている馬車はフレームがオリハルコンでできた頑丈なもので、御者席にひとり、中には冒険者らしき者たちが三人乗っていた。
「もう少しでレイサンの街に辿り着くぞ」
御者席から馬車の中にボソッと声がかけられる。
その直後にガコンと馬車が飛び跳ねた。しかし、その衝撃を馬車に設置されたサスペンションらしきものが吸収する。その装置により馬車は多少揺れこそするが、この世界の他の馬車に比べれば乗り心地は相当に良いものとなっているようだった。
「ここに戻ってくるまでに随分とかかりましたよねえ」
馬車の中にいる黒髪の女性がそう口にした。
「すみません。私がドジを踏んだばかりに」
「ああ、いえ。そんなつもりでいったわけではないですから」
少女が、奥に座っている柔和そうな青年の言葉に慌てて首を横に振る。
「そうですよ。ロイの治療を終えてもツヴァーラのベヒモス退治など色々ありましたし、こればかりは仕方ありませんよ」
ロイと呼ばれた青年の横に座る男がそう口を挟んだ。
「まあ、オーボエの言うとおりではありますけどね。ベヒモスにしてもまさかの二頭でしたし、オロチが鎖で片方を縛っておいてくれなかったら危ういところでしたよ。ミナカも随分と活躍してましたしね」
ロイがオーボエと、ミナカと呼ばれた少女を見る。その言葉にはミナカが少しばかり照れているようだった。それからミナカは御者席にいる男に視線を向けた。
「私なんてまだまだです。オロチさんがいなければ到底倒せる相手ではありませんでしたし」
ミナカの言葉に御者席に座っている男が振り向いた。オロチと呼ばれる男は黒髪のガッシリとした体格の人物だった。
「いや、全員の力によるものだ。俺だけの手柄じゃあない」
少しだけ照れくさそうにオロチが言葉を返した。顔は厳ついし、声も太いが、その言葉はまだ若さが感じられた。温厚そうなこの大柄な青年こそがオロチと呼ばれる、パーティ『レイブンソウル』のリーダーであった。
「それにしてもだ。問題はここから先だ。今や黄金遺跡は俺たちの知っている場所とは大きく変わっていると聞く。油断はできないぞ」
オロチの言葉に一同が頷く。
ゴルディオスの街のダンジョンがまだゴルド黄金遺跡と呼ばれていた頃は、彼らは六十七階にまで到達したエースパーティであった。だが、カルラ王というダンジョンマスターの出現により、ダンジョンが変質してしまった。そのときに、ちょうど三十階層辺りを潜っていた彼らはガルーダたちが率いる様々な魔物の襲撃を受け、ダンジョンから出るまでにパーティーメンバーのロイが腕を欠損するという重傷を負ってしまったのである。
それから彼らは再生治療のためにゴルディオスの街を離れ、ミンシアナ王国の王都へとしばらく滞在していたわけだが、治療が終わった後でも彼らはすぐにはゴルディオスの街に戻れなかった。
彼らにはツヴァーラで出現したブルートゥザとそれを追いかけてきたベヒモスの退治の指名依頼が緊急で入ってきたのだ。さらに立て続けにイッセンマンバッファローの群れの謎の暴走を鎮めたり、竜の造りだしたという巨大な塔周辺の地形変化による魔物の移動を抑えたりと、押し寄せる依頼の山をこなし続け、ようやくすべての目処がついてゴルディオスの街に戻れるようになったのはもう街を出てから二ヶ月後となる今であった。
「ともかく、これでカザネやユミカにももうじき再会できます」
「あなたがハイヴァーンでお世話になった方々ですね」
ロイの言葉にミナカが嬉しそうに頷く。けれどもオロチは神妙そうな顔で口を開いた。
「ミナカ。すまないがその白き一団、俺は俺自身の目で見極めさせてもらうぞ」
そのオロチの言葉にはミナカも顔を引き締めて頷いた。
「大丈夫です。悪い方々じゃありませんよ。それは保証します」
「ならば、いいんだがな」
ミナカにオロチがボソリと低い声で返した。
白き一団。リーダーのカザネとメンバーであるユミカとナオキの名からオロチは彼らがいずれも同郷の者、プレイヤーであろうと予測していた。
それはすなわちオロチ自身がプレイヤーと呼ばれる存在であるということでもある。
その同じプレイヤーが自らの特異性を利用して好き勝手にこの世界で暴れているらしいという噂を聞けばオロチとしても眉をひそめざるを得なかった。
何しろ、白き一団の評判は有り体に言って悪い。オロチもただの噂だけで相手を判断するような愚か者ではないのだが、それにしてもフォローできないくらいに悪いのだ。もっともそれは酒場で酒のツマミに話されているようなもののことではなく、彼が短くない冒険者生活で得た信頼おける情報網の中でのことであった。
国家権力、アウターファミリー、冒険者ギルド、商人ギルド、それらすべての繋がりから辿っても完全に彼らの情報は隠されていた。踏み込もうとして天使教なる宗教団体と敵対しかけたこともある。白でもなく黒でもなく、それは一切の光差さぬ闇そのものであったのだ。
わずかに拾えた情報でも王族を人質にとって権力を好きなように使っているなどいった荒唐無稽なものばかりで、信じられるような情報を結局オロチは得ることができなかった。
もっともミナカのように実際に話したことのある者たちの評判はそれほど悪くはない。しかし、なぜだか全面的に良い者たちだとも言わないところがまたオロチの判断を鈍らせていた。
だからこそオロチはもう自分の目で確かめるしかなかった。アーティファクト『 真実の目の額飾り(ホルスアイ・サークレット) 』のようにプレイヤーは人の心を読むアイテムも手に入れられる。
プレイヤー以外ではその本性を見抜けないのかも知れないとオロチは考え、ひとまずは接触してみようと思っていたのである。杞憂であるならばそれが一番良いのだ。
「それよりも問題なのはカールの方ですよ」
「ヤツか」
ロイの言葉にオロチがため息をつく。
「無茶をしていなければいいんだがな」
「あはははは、ちょっと難しいんじゃないかと」
ミナカが乾いた笑いで返した。カールは普段は寡黙で冷静な男なのだが、こと闘いに限れば暴走すると止まらないという困った面を持っていた。
「彼はあのジンライという冒険者と是非とも槍を交えたいと言っていましたからねえ」
「今頃はあの人ももうゴルディオスの街に着いてる頃だから……ああ、自重していてくれないですかね」
ミナカの苦い笑い顔にその場の全員が(無理だろうな)と心の中で呟いていた。
彼らの言うカールという槍使いの青年は、村を出て勇名を得たジンライ・バーンズという同郷の男に憧れて村を飛び出してきたのだ。
その憧れが今、ゴルディオスの街にいるらしいと聞いてカールはいても立ってもいられなかったのだ。なので、すべての用事を終えると早々に己の召喚騎馬トロイに乗ってゴルディオスの街へと先行して行ってしまったのである。
「せめて、私も一緒に行くべきでしたかね」
「止めておけ。あいつは止まらん」
オロチの言葉にミナカが苦笑する。そして、ゴルディオスの街のある方角へと視線を向け彼女は祈った。風音たちと揉め事になりませんように……と。
◎ゴルディオスの街 中央通り
「というわけなんだよ」
「はー、面倒なことになってんのねえ」
風音の話に弓花が唸る。
その横ではユッコネエが「にゃー」と鳴きながら歩いていた。風音たちが話しているのは先ほどまで家にいたのじゃーとか鳴く幼女姿の老ドラゴンのことである。
結局あれから続いたクロフェの頼みにも風音は当然折れず、逆にユッコネエとの仲を見せつけて「けえれけえれ」と追い立てたとのことであった。
「だって、のじゃーのじゃーとかわざとらしいし鬱陶しかったからー」
と強気の風音の発言に、絶対クロフェがどういう立場なのか忘れてるよなーと弓花は思っていたが、師匠であるジンライも一緒になってノっていたと聞いてさらに頭が痛くなっていた。
『あなた。金翼竜妃クロフェ様といえばナーガ様と双璧を為すお方ですよ。失礼のないようにしてくださいね』
『お前はワシをなんだと思っておるのだ。さすがにクロフェ様と一戦などとは考えておらんよ』
東の竜の里を出立する前のそんな夫婦の会話はもう無かったことになっているのだろう。
「そういえば、またくるのじゃーとか言って帰ってったけど今どこにいるんだろうね?」
「何日か滞在してるらしいし、どこかには泊まってるんじゃないの。というか、里に戻るように説得するって話はどうなったのよ?」
「えーと、一応帰れって話はしたよ?」
風音がえへへと少し冷や汗を流しながらそう口にしていた。それは完全に忘れていた顔であった。
弓花のあきれ顔に風音も「私にも……間違えるときはある」と呟いていたが、弓花はあえて無視することにした。ツッコむのが面倒だったのだ。そこが未だ新鮮なツッコミ魂を持っているレームとは違うところだった。
そして、ふたりが会話をしながら向かっているのは冒険者ギルドの事務所であった。目的は風音がいなかった間のポータルの稼働状況の確認である。あるいは集金とも言う。
また他のメンバーはといえば、ジンライとルイーズとメフィルス、ティアラとエミリィ、ライルと直樹はそれぞれ出掛けていて、レームとタツオは白の館中庭でタツヨシくんケイローン相手にゴーレム同士の模擬戦を行っていた。
風音たちの日常は大体、そんなメンツが少しシャッフルされたりされなかったりで動いているのだ。
「まあ、とりあえずは居場所を掴んでちゃんと話した方がいいわよ。偉い相手みたいだし変にこじれても困るしさ」
「うーん。でもユッコネエは渡せない。ずっと一緒だもんねユッコネエー」
「にゃー」
風音の言葉に嬉しそうに鳴くユッコネエに弓花が「しょーがないなー」と苦笑する。当然のことながら弓花としてもユッコネエをあののじゃーとか鳴くジジイもどき幼女に渡す気もなかったのである。
そして、そんな風にふたりと一匹が話をしながら通りを進んでいたときである。その男が全身甲冑を纏った馬に乗ってやってきたのは。
「え?」
「師匠?」
唐突に横切るそれを見て風音と弓花が目を丸くした。何しろジンライらしき男が街の外から見たこともない甲冑馬に乗ってやってきたのだ。それも乗っているのはゴーレムではない中身のある馬のようだった。
「む、師匠だと?」
そして、風音たちの言葉が聞こえたらしい男が甲冑馬を止めて弓花たちに振り向いた。それは紛れもなくジンライと同じ顔だが……
「あ、師匠がまた若返ってる!?」
「またー?」
先ほど白の館で見たジンライよりも若い面構えをしていた。