作品タイトル不明
ネギの人の話(仮)
フィロン大陸の中央に竜を崇めるハイヴァーン公国と呼ばれる国があった。その国を現在統治をしているのはライノクス・クラウ・ハイヴァーンというエルフの血を引く男である。
このライノクスという男は世界最高の槍使い、槍聖王などのふたつ名でも呼ばれており、公国内では生きた伝説に等しい存在であった。
「遅いぞ、お前たち」
そのライノクスが今、練習用の槍を振るって己に攻めてくる槍使いたちを次々と制圧していた。
人間が次々と吹き飛んでいくその様子はまるで竜巻に巻き込まれたかのようにも見えたが、中心にいるライノクスの動きは静かなものである。ライノクスは実に基本に忠実に槍を振るいながら槍使いたちへの対処を行っていたのだ。
「ッがは!?」
「これで終い……か」
そして、ライノクスはそのまま最後のひとりまでを打ちのめし、動く者がいなくなったところで槍の構えを解いて息を吐いた。
「ふぅ、勢いだけはいいのだがな。ジライドがいないとこんなものか?」
そう告げるライノクスだが、周囲の槍使いたちは荒い息を吐くばかりで応える気力もないようだった。
なお、倒れている者たちの正体はバーンズ道場の門下生であり、つまりはジライドの弟子たちだ。そして、この場はハイヴァーン首都ディアサウスにあるバーンズ道場であった。
ライノクスはこうして時折首都内の槍術道場を訪れては稽古を付けて回っているのである。倒れている中には現役の竜騎士が多数混じっていたのだがライノクスへ一撃を与えられた者はひとりもいないようだった。
そうした死屍累々とした道場の中をライノクスは見回して、それからふたり揃って倒れている男女に視線を向けて口を開いた。
「まあ、ネイベルとドルクの連携はなかなかのものだったな。次を楽しみにしている」
「は、はい」
「頑張り……ます」
息も絶え絶えの若い男と、道場内で紅一点の女性がどちらも辛そうな声でライノクスに返事をする。もっとも彼らの苦しげな顔には同時に笑みも浮かんでもいた。
元々ここ数十年でライノクスへまともな一撃を与えられた者など数えるほどしかいない。それも他国から招いた大陸一とも謡われるような武芸者がほとんどで、国内の使い手でそれを成せたのはジンライを含めればわずかふたりだけであった。そんな生きる伝説から直々にお褒めの言葉をいただいたのだから彼らが嬉しくないはずがなかった。
「お疲れさまです大公様。どうぞ」
「すまないな」
そして稽古を終えたライノクスにジライドの奥方であるマーリスが駆け寄り、コールドタイプの不思議な袋から冷えたタオルを取り出して渡した。
ライノクスはそのタオルを受け取ると、己の汗を拭き落としながら窓の外の空を見た。その方角の先にあるのは東の竜の里ゼーガンである。
「ジライドとシンディは、今はゼーガンだったな」
「はい。アオ様によくしていただいているようで、後一週間ほどは戻らないと聞いています」
マーリスの言葉にライノクスが苦笑する。
「俺も行きたかったんだがな」
その言葉にはマーリスも「おや、まあ」と言って笑った。
ライノクスにしてもさすがに公務を放って出かけるには国内への根回しが必要で、今回は急な話だったこともありそれは叶わなかった。
「でも白き一団の移動は一瞬とのことですから、会おうと思えばいつでも会えるそうですよ」
ガッカリしている様子のライノクスにマーリスがそう口にする。
マーリスの言葉通り、白き一団は一瞬で長距離を移動できる転移という手段を持っている。ライノクスはそれを人伝で聞いただけであり、今でも信じられぬという気持ちが多少はあったが、ライノクスの認識はどうあれ東の竜の里にジンライたちがいるという事実は覆らないのだ。
「しかし……いつでも会えるとなると、それはそれでタイミングというものが難しいな。あいつに会いたいからなどと男同士でいうのも、どうにも……という感じではあるしな」
「そうでしょうか?」
「まあ、そういうものだよ。さすがに軽く飲みに行くようにとはいかない」
肩をすくめて言うライノクスの言葉にマーリスが微笑む。それはとても柔らかい笑みだ。堅物であるジライドは「自分には出来過ぎた妻である」とライノクスによく口にしているのだが、それは確かに真実ではあるのだろうなと童帝は考えた。
「そういえば白き一団と言えばジンライの弟子が『 三種の神器(トリニティ) 』を使えるようにもなっているそうだな。以前に会ったときにも手解きはしていたが、もう少し引き出してやっておくべきだったか」
ライノクスはさきほど門下生の間で出た話を耳にしていた。それはバーンズ流奥義『 三種の神器(トリニティ) 』をジンライの弟子である弓花が実戦で使用したというものであった。
「『 血塗れの狂戦士(ブラッディベルセルク) 』のふたつ名を持つジンライの弟子か。ここしばらく何度か耳にする機会があったが、暴虐の徒として恐れられているほどの猛者だそうだぞ。以前に会ったときは地味そうな少女であったのだがな」
「まあ、ライノクス様の感じたとおりの……地味かどうかはともかく、本人は普通のかわいらしい女の子ですよ」
ライノクスの言葉にマーリスが苦笑する。
実際に弓花と接したことのあるマーリスにしてみれば、世間で知られている『 血塗れの狂戦士(ブラッディベルセルク) 』の話は一体どうした誤解によるものかと首を捻らざるを得なかった。
「そうなのか? 生け贄に若い男を用意する必要があるらしいとか、獣となって頭から食らいつくすなどと言われているようだが」
事実ならば魔物も同然。隠喩だとすればルイーズのように若い男を食らう性豪ではないかとライノクスは予測している。そうした下らぬ妄想に思考がよってしまうのもまた、童帝の悪い癖であった。
「おや、 邪(よこしま) な気配が……」
「う、うむ。なんのことやら」
マーリスの勘は鋭い。ライノクスの頬を冷たい汗が流れた。
「ともかく、一度連中とは話し合う必要があるやも知れないからな。どこかでセッティングは頼むかもしれないとシンディには伝えておいてくれ」
「分かりました」
そのライノクスの言葉はジンライに会うための口実や照れ隠しなどではなかった。実際、ハイヴァーン公国のトップが蔑ろにできないほどに現在の白き一団という存在は注目を浴びていたのである。
なにしろ白き一団は狂鬼群討伐に始まり、ツヴァーラの王女救出やジーク王子の竜退治と、現れた当初から常に話題にあがり続けている冒険者パーティだ。
ハイヴァーン公国内で活動していたものだけでも、大武闘会や悪魔討伐。続いてのクリスタルドラゴン討伐やディアサウスでのドラゴン出迎え騒動、さらにはアウターファミリー壊滅事件やベアードドラゴン討伐、魔狼討伐、オダノブナガ討伐などを立て続けに行っていた。
ミンシアナに戻ってからも常に活躍中のようであり、表に出ている話題だけでも各国が白き一団を注目するには十分過ぎる理由となっていたのである。
また、現時点において白き一団のリーダーである風音はミンシアナ王族であることを隠していないため、すでにその情報も各国に知れ渡っている。ここ最近ではトゥーレ王国を実質的に支配していた組織の乗っ取りを行ったことで政の場においてもその名が大きくあがるようにもなっていた。
その上に、白き一団はツヴァーラ王国の王女とトゥーレ王国の女王を人質にとっているとの噂も流れていた。
ハイヴァーンのバーンズ家の子供たち、特に次期大公候補に急に名前が挙がり始めたライルも人質となっているのでは……と、こともあろうにハイヴァーン公国内でも言われ始めているのだから始末が悪い話である。
他にも頭の痛いのは今回のトゥーレ王国での騒動に神託の魔王アスラ・カザネリアンも絡んでいるとの情報も流れ始めたことであった。絡んでいるも何も騒動を起こした張本人である。
もっとも本人の意図はどうあれ、体裁を気にしたトゥーレ王国がその事実を隠してはいるようである。そのため話はそれほど広がってはいないのだが、その上に風音がハイヴァーン公国の仕える主の妃であると知れればさらなる混乱が起こるのは想像に難くなかった。
(……神竜帝の嫁が魔王で、王族で、トゥーレのトップで、発明家か。わずか一年足らずで良くもまあここまでやり尽くしたものだ)
ライノクスがひとり頭を抱えて眉をひそめる。
とはいえ、白き一団がただ混乱を巻き起こすだけの存在かと言えばそうではない。
蓄魔器や転送装置の発明、ゴーレム魔術の解放や目立ってはいないがハイヴァーンにも未知の建築技術がもたらされるなど実益に伴う成果も上げている。
そうした益を求めて、白き一団が現在拠点としているゴルディオスの街は今や間者たちの坩堝と化しているともライノクスは聞いている。
もっとも拉致や殺害などを目的とした、白き一団に害を為すべく送り込まれた者たちについては謎の女忍者にズダボロにされて送り返されてきたという噂もあった。
(ツッコミどころが多すぎてワケが分からないな)
……などということを頭の中で反芻してからライノクスはため息をつき、同時に友のことを思う。
「それにしてもジンライも厄介な者たちと組んでいるものだな。まあ、あいつにしてみれば望むところではあるだろうが」
そう口にしたライノクスに、マーリスが少しだけ陰のある表情で首を横に振った。
「いえ、それがですね。お義父さん、今は気力をなくして槍を置いているらしいんですよ」
その言葉にはライノクスの表情が固まる。
(あのジンライが槍を置いた……だと?)
ライノクスの記憶の中で気力の衰えたジンライを見たのは、肉体の衰えを感じて二槍を封印したときが最後である。その時でさえジンライはまだやれると口にしていた。それはそれで痛々しさを孕んでもいたが、それでも戦いを放棄するようなことはなかったのだ。
そのジンライが槍を置いたと聞いてはライノクスも驚かざるを得なかった。
「マーリス。それは……どういうことだ?」
真剣なライノクスの表情にマーリスが困った顔をしながら口を開く。
「なんでも全力で戦い尽くして満足したのだとか……そのように聞いています。私にはよく分からない話なんですけど」
「全力で戦い尽くして満足しただと? 俺に一度勝ったくらいでもう終わってしまったというのか。あいつはッ」
そう激昂するライノクスにはマーリスも目を丸くするが、ライノクスにはもうマーリスにフォローするだけの余裕はなかった。今のライノクスにはひとつのことしか頭になかったのだ。
それは腑抜けになった親友をブン殴るというシンプルな意志だった。
「あのバカめ。突然、俺が訪ねたらどんな顔をするだろうな?」
「ビックリするとは思いますけど……」
苦笑するマーリスの言葉を聞いてライノクスは笑い、そのまま「それではな」と言って道場を出て行った。
そして、それからわずか一時間も経たぬうちにハイヴァーン首都ディアサウスからハイヴァーン三騎竜の一体、閃輝竜ゴードが飛び立っていったのを多くの国民が目撃していた。
その背中には、腑抜けた友に活を入れるために公務をすべて放り投げたライノクスがいたのだが忠臣たちが気付いたのは少し後のことだった。
「待っていろよジンライ。お前の目をこの俺が醒ましてやろうじゃないか!」
すべては友のため。そう考えながらライノクスはゴードを急かし、東の竜の里へと向かっていく。
しかし、ライノクスはこれから起こる悲劇を知らない。
竜の勇者ラインハルトによってもたらされた竜帝ガイエルや殺魅一号の生存の可能性。それによってもたされることとなる己の悲劇にライノクスはこの時点ではまだ気付いてはいなかったのである。