作品タイトル不明
養殖のじゃーさんが行く
「のじゃー」
ゴルディオスの街の商業区。そこにはいつも通りに無数の屋台が建ち並び、来る人々を賑わしていた。
今はもう昼過ぎでピークこそ超えたのだが、それでも人の数は少なくない。少し遅めの昼食や小腹が空いた者がやってきては舌鼓を打っていた。
そんな活気ある場所で、幼女の声が響いた。
それを聞いたのは肉串を焼いている男であった。
「なんだい。お嬢ちゃん、こいつを食べたいのかい?」
屋台からチョコンと金髪が見えたのだ。男は台の下をのぞき込むとそこに金髪の小さな幼女が涎を垂らしかけて立っているのを見つけたのだった。
「美味そうなのじゃー。めしー。肉ー。食いたいのじゃー」
男が気付いたのを悟ると幼女はのじゃーのじゃーと男に話しかけてきた。その内容はといえば、男の焼いている肉串が食べたいというシンプルな要求である。もっとも男もどうしたものかなという顔をしながら、幼女に口を開いた。
「まあ、内の串を食いたいのは分かるんだけどな。オジサンもこれ商売なんだよ。こいつを食べたけりゃあ、お金が必要になるんだぜ。お嬢ちゃん、お小遣いはあるかい?」
その言葉に幼女が「これでいいのじゃー?」と懐から硬貨を取り出して男に見せた。
「ヌマのゼクト銅貨か。ここいらじゃあ珍しいが、まあ問題ねえな。そんじゃあ、ひと串で良いか? お釣りはこれだけな」
「ありがとうなのじゃー」
幼女は男から肉串とお釣りの硬貨を受け取ると、すぐさま肉にかぶりついた。
「ウマウマなのじゃー。それではの親父」
「ああ、じゃあな。気に入ったんならまた食いにきな」
そして、幼女は肉串を頬張りながら、男の屋台から歩いて離れていった。
「うーむ。タレが甘いのじゃ。なんともこの安いチープな感じがたまらんのじゃー」
そう言いながら幼女は歩いていく。
その幼女の纏うものは白銀糸で編まれ、金蜘蛛糸で刺繍された見事な造りのワンピースであり、また僅かに身に着けている装飾品も見る人が見れば目玉が飛び出すような品であるようだった。
もっとも普通に見ても目立つはずの、その金髪の幼女だが、街を歩く人々は幼女の存在を認識していないようだった。
もっとも正確には彼らは幼女を認識していなかったわけではなかった。周囲の人々は無意識下でその幼女に畏怖していた。のたりと歩く巨大な怪物を刺激せぬように目を合わせることを拒否していた……というのが真実であった。
「のじゃー」
その幼女の名はクロフェという。
西の竜の里の長、金翼竜妃とも呼ばれる者でこのフィロン大陸では神竜帝ナーガと双璧を為すドラゴンたちのシンボル的存在であった。
また、クロフェは一見すると見目麗しい幼女に見えるがその心は爺そのものであった。かつて黒竜ハガスによって一度死したクロフェは、腹心の部下アオによって復活を果たしたのだが、その際に幼女へと変わってしまったのである。
(のじゃーのじゃーじゃな。分かっておるよアオ。人の世の高貴な幼子はこういうのじゃな)
クロフェはアオの教えを再度確認し直しながら歩いていく。
人の世に降りたったことの少ないクロフェは、人間からドラゴンへと成ったアオの常識が人間たちの常識だと理解していた。アオはいつだってクロフェを、そしてドラゴンたちを正しく導いてきたのだ。それ故にアオの言葉に偽りなどあるはずがないとクロフェは確信していた。それだけの信頼関係がそこにはあった。
「あの男は実に優秀じゃからなぁ」
そう呟きながら、クロフェは「おっと」と舌を出して自分の頭をコツリと叩いて、己の失態に苦笑する。この仕草もアオからの教えによるものだ。
(優秀じゃーと伸ばさなければいかんかったのじゃーだったな。まったく人とは細かいことでうるさいものであるのじゃー)
そんなクロフェが今いるのはゴルディオスの街という、西の竜の里ラグナより東南にある街だった。
そのクロフェが何故この街に来ているのかと言えば、それはいわゆる嫁探しであった。実のところ相手も雌であるらしいので婿探しと言っても良いのだが、性別はこの際どうでも良いことでもある。
ドラゴン同士は雌雄で繋がって子を宿すこともできるのだが、今回は竜の心臓を用いた転生竜の儀式で作る予定であったのだ。
通常の竜種であるクロフェは神竜帝ナーガとは違い、通常のドラゴンとも 番(つがい) となることはできる。しかし太陽属性の稀少種であるために、その相手もまた太陽属性でなければ同属性のドラゴンは生まれない。違う因子のドラゴンとで子をなしてもみたが、クロフェの強き因子が幼き竜の肉体を蝕み殺してしまうという悲しい結果が起きた過去もあるために子作りには慎重にならざるを得なかった。
(あのナーガめもついにやりおったらしいしな。なんでも 番(つがい) の相手は小さな人間のオナゴの姿をしておるそうじゃし。つまりアオが言うことは正しいということか。小さな女の子はそれだけで正義なのじゃー)
洗脳された老人がそこにいた。
(おっと、それでワシはどこに行くのじゃったか。そうじゃった。そうじゃった。白き一団のいるという白の館じゃったな)
クロフェも白き一団がゴルディオスの街にいることはアオからの連絡で知ってはいたが、彼らの正確な居場所までは掴んではいなかった。そもそも今回やってきたのもクロフェの独断である。ライバルでもあるナーガの話を聞いて気が逸っていたクロフェは誰にも相談することなく、里を飛び出してここまで来てしまったのである。
「これ、そこの獣人よ。ちと尋ねたいことがあるのじゃーが」
「あん? なんだ、ガキか。なんでえ?」
そしてクロフェが通りすがりに声をかけたのは態度の悪い獣人であった。
「ガキとは何じゃ。小さいのはそれだけで素晴らしいものなのじゃー」
「うっせ。なんかわざとらしいんだよガキ。つかのじゃーってなんだ?」
そう聞いてクロフェは呆れざるを得なかった。どう見ても庶民程度の教養すらも受けていなさそうな獣人は、やはり見た目通りに一般常識を欠いているようだったのだ。
(のじゃーも知らんとはな。教養のない犬コロでは仕方のないことかの。ま、ワシが大人にならざるをえまい)
クロフェがひとり頷いていると、獣人の相方らしい男が声をかけてきた。
「子供に絡んでるんじゃねえよギャオ。どうしたんだいお嬢ちゃん」
それは妙に強力そうな鎧に身を包んだ貧相な男であった。
「白の館と言うところに行きたいのじゃー」
「のじゃー? ええと、何か用でもあるのかな?」
貧相な男が尋ねるとクロフェは強く頷いた。
「会いたい相手がおるのじゃー」
「そうなのか?」
「のじゃー」
クロフェの言葉に無礼な獣人が口を開く。
「なんでぇ。あのカザネたちの知り合いかよ。つっても今はいないはずだけどな」
(なんじゃと?)
その言葉にはクロフェの目が見開かれるが、実のところアオとクロフェはリアルタイムで連絡を取りあえているわけではない。なので白き一団が今は東の竜の里にいるという情報は西の竜の里には届いてはいたのだが、勝手に里を飛び出したクロフェには届いていなかった。
「ギャオ、とりあえずは案内しようぜ。もしかすると帰ってきているかもしれないし、オーリングに預かってももらえるかもしれないしさ」
「んー、そうだな。少しでもあの連中に恩を売っておくのも悪くねえな。そんじゃあガキ、カザネたちの家に行くから付いてこいよ」
「のじゃー」
ひとまずは場所さえ分かればどうとでもなると考えたクロフェも獣人の言葉に頷き、ふたりが進む先へ付いて行くことにしたのであった。
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「そんじゃあ、ここだ。西地区の大通りの近くだから、まあ分かりやすいだろ」
「ありがとうなのじゃー」
ここに来るまでにギャオと名乗った獣人に対してクロフェが礼を言う。
「まあ、せいぜいカザネにはおれっちが連れてきたって言っておけよ。そんでルイーズさんとかお誘いしてくれたらサイコーとも言っておいてくれ。是非に」
ギャオの言葉にクロフェはとりあえず「のじゃー」と返した。
「んーけど、やっぱいないな。オーリングも出てるみたいだわ」
白の館の玄関から中を覗くジローがそう口にする。部屋の中に人の気配もしないようだった。
「おらんのじゃー?」
「そうだなあ。おらんのじゃー? だな。さて、どうしようか」
「ふむ、何をしているのだ。お前たちは?」
白の館の入り口でジローたちが話していると、後ろから声がかかった。その声の主の方にギャオとジローが目を向けて、すぐさま顔が強ばった。
「何って……か、カルラ王!?」
「ここはダンジョンじゃあないぞッ」
突然の出会いに驚愕し、構えたギャオとジローにカルラ王が余裕の笑みを向けた。
「ふむ。お前たちは以前に試練を受けに来た連中か。安心しろ。今の私はただ湯に浸かりに来ただけのこと。お前たちと戦う意志はない」
そう言ってカルラ王は懐から鍵を取り出して、玄関の施錠を解いた。
「え? なんでお前がここの鍵を持ってるんだよ?」
ジローのツッコミにカルラ王は面倒そうな顔で言葉を返す。
「勝手に入るのは駄目だと言われたのでな。こうして風呂場までの鍵を預かっているだけだ。ん、なんだその子供は?」
「おお、カルラ王なのじゃー。久しいのじゃー」
クロフェの言葉にカルラ王が首を傾げる。しかし、そのクロフェをマジマジと見たカルラ王の顔色が変わった。知っている気配だと理解できたのだ。
「まさか、お前はゴーラか? 金翼竜の?」
「のじゃー」
カルラ王の言葉にクロフェが両手を挙げて応える。
金翼竜ゴーラ。それはクロフェが幼女となる前の頃の名であった。