作品タイトル不明
第五百七十一話 決意を告げよう
◎大竜御殿 中庭
「ふーむ。やはりやる気が起きん」
「なーご」
昼を過ぎたばかりの大竜御殿の中庭。そこに縁側で胡座をかいてぼーっと空を見ているジンライがいた。さらにはその横では丸くなって眠りこけているシップーと、シップーにもたれて座っているシンディもいたのである。
そして、ジンライの目の前には地面に突き刺さっている黒の竜牙槍『悪食』があった。
「まあ、ジンよ。お前の言いたいことも分かるがな。しかし、こんな気持ちは初めてでな。どう折り合いをつけて良いものかまだワシにも分からぬのだよ」
ジンライの言葉に槍が少し震えて淡く輝いていた。それは槍に宿る骸骨竜騎士ジン・バハルがジンライに対して抗議をしている状況なのだが、ジンライの闘気の弱まりとともにジン・バハルは顕現すらできなくなっていた。
しかし、未だ主であるジンライとはリンクにより会話を行うことはできているようだった。もっともジン・バハルは終いには呆れてしまったのか、輝くことも震えることもなく、その場で動かなくなってしまった。
「ふむ。怒らせてしまったかな」
「ま、たまにはよろしいでしょう。あなたは今までずーっと頑張ってきましたから。ねえシップーちゃん」
「なーご」
そう相づちを打ち合うシンディとシップーの仲は非常によろしいようである。特にシップーはジンライとある程度精神もリンクしており、ある意味ではジンライの分身にも近い存在だ。おかげで今はシップーもジンライと同じようにやる気をなくしているようではあったが。
「それにしても、ここまで穏やかな夫婦生活は結婚してから初めてかもしれないのですわね」
「ふふ、そうかもしれんな」
シンディの言葉にジンライが笑う。それから大竜御殿の方を見た。
「そういえば、さきほどカザネが呼ばれておったようだが」
ジンライの問いにシンディが頷いた。確かに少し前に風音はナーガのところにいくと言ってこの場を通り過ぎていったのである。
「ええ、ナーガ様からお話があると言っていたようね。急いでいたようだし、単にお会いするという感じではなかったようだけれども」
「ふむ。また、戦いがあるのかもしれんな……」
そう言いながらジンライは己の両拳を、わずかばかり力を込めて握った。それに黒の竜牙槍が少しだけ震えた。ジンライの内にある闘志の火はまだ消えてはいない……それが分かったのだろう。
また、どうでもいいことではあるが少し離れた場所ではアオが座っていた。すごくどうでもいいことだが、アオはニコニコしながらじっと夫婦を見守っていたのである。
◎大竜御殿 神竜帝の間
そしてバーンズ老夫婦が日向ぼっこをしているのと同じ頃、風音はナーガに呼ばれてひとりで神竜帝の間に来ていた。
「旦那様、何かご用ー?」
使いのドラゴンに呼ばれたのは十分ほど前のこと。ちょうど自分の装備の手入れを始めていた風音は、バラしたものを簡単に片づけてアイテムボックスに放り込んですぐさまナーガの元へと来たのである。
「と、グリグリも一緒にいたんだね」
「グルルゥ」
風音がナーガの横を見てみると、そこにはグリグリが丸まって座っていた。グリグリは一応風音がテイムした形にはなっているが、特に誓約があるわけではなかった。
『来てくれたかカザネよ。あー、こやつのことは気にするな。昨日はこれとパイモンとで夜通し飲み明かしておってな』
「おお、グリグリもちゃんと打ち解けられたんだねえ」
「グルゥウウウ」
風音の言葉にグリグリがうれしそうに鳴いた。そして一歩前に出て風音に頬ずりをしようとして、
『ちと、気になる話があってな。まずはお前に先に伝えておこうと思ったのだ』
ナーガが一歩前に出てグリグリの進行を止め「グルルゥ」と唸るグリグリを後目に風音に口を開いた。
「話すこと?」
グリグリとナーガの牽制に気付かない風音は、ナーガの言葉に首を傾げた。
『悪魔の件についてだ』
「悪魔の?」
その言葉にはさしもの風音の瞳にも真剣な色が宿った。それはこの世界に来てから一番の厄介ごと、厄介者たちの話である。
「何か分かったの?」
『うむ。ある筋から、連中の側にいるかもしれない戦力の情報が入ったのだ』
「グルゥウ」
俺の手柄だとばかりに鳴くグリグリをナーガが風音に見えぬように尻尾でペチペチ叩きながら話を進めていく。
なお、それは『わざわざ竜の勇者ラインハルトであることを隠しているのを協力しているのに自らバラそうとしてどうする?』という意味での尻尾制裁であり、ナーガも手柄を独り占めしたいわけではないのである。
『まだ確定しているわけではないのだが、悪魔が竜帝ガイエルとタツヨシ王の人形である殺魅一号を所有している可能性があるようなのだ』
「ぶっ」
続くナーガの言葉に風音は思いっきり噴き出した。想像以上に重い案件だったのだ。
「や、やばいよね。それ」
風音の確認の言葉にナーガが頷いた。
『事実であれば相当に拙い。ガイエルがプレイヤーであることは知っておるか?』
「うん。聞いてる。達良くんと同じMODを使えるんだったよね」
MOD、すなわちModification。それは公式の改造ツールによって造られたデータである。
ゼクシアハーツはコンシューマゲームであるため用意されたMODツールはPCゲームなどに比べればかなりの制限が存在している。しかし、それでもMOD職人と呼ばれるプレイヤーたちは工夫に工夫を重ね続けて、某ロボット戦士や、実在するテーマパークや、天空に浮かぶ城など様々なものを生み出し続けてきたのだ。達良はそのMOD職人の中でも第一線で活躍する人物であった。
英霊ジークの持つ大翼の剣リーンも元はMODだったものが公式に認められて世に出たのである。制作許可は生みの親である達良にしかないため、造られた本数はわずかではあるが。
(その達良くんと対等のMOD使いが生きている可能性があるってのは確かに怖いよねえ)
その上に、その男は六百年前の人竜戦争を引き起こした元凶でもあるのだ。
『ガイエルが死んではおらぬということは、あやつが 支配の竜冠(ドミネイト・ドラゴンクラウン) を未だに所持している可能性もあるのだ』
「ふーむ。あれって対象一匹のドラゴンを操るものだよね?」
支配の竜冠(ドミネイト・ドラゴンクラウン) とは本来使役できない成竜クラス以上のドラゴンを一体、強制テイムさせてしまうアーティファクトである。
なお、コーラル神殿に置かれている八つのアーティファクトは、所有者が死亡した場合に元の場所に戻る仕様となっている。風音がコーラル神殿に行ったときには 支配の竜冠(ドミネイト・ドラゴンクラウン) はすでに存在してなかったし、ナーガの言葉が確かならば六百年前からコーラル神殿に戻っていなかったということになるのだ。
『MODで造られたアイテムによって対象数を増やせるようでな。ワシや当時の戦いを生きた者たちはタツヨシ王より永続的な耐性強化を受けておるから効かぬのだが、以降に産まれたドラゴンたちには抗することはできぬ。故にこのままかつての悲劇が起きる可能性もあるのだ』
そう口にするナーガの表情は硬い。
かつて同胞同士での無益な戦いを 強(し) いた男がまだ生きているかもしれないのだ。しかし、ナーガにはそのことへの憤りよりも再び起こるかもしれない悪夢への恐怖の方が大きいようだった。
「問題なのはもうひとつの方も同じか」
『 殺魅(さつみ) 一号だな。二号の実力はお前たちも身に染みておろうが、一号の性能は二号よりもかなり上だ。タツヨシ王の最高傑作とのことだからな』
「達良くんのコピーさんもマジ殺しモードだって言ってたもんねえ」
少し顔をこわばらせた風音がそう口にする。
『もっとも殺魅一号に関して言えば恐れるべきは火力のみだ。単純に悪魔の戦力が増加しただけと見て良いだろうよ』
その言葉に風音が唸る。単純な戦力の増加といっても、譲渡ミッションで戦った殺魅二号よりも強いという事実は決してバカにはできない。
しかし、あれは英霊対策を十分にプログラムされていたのだから風音も己の身だけで挑んでいたのだ。殺魅一号に対してならば英霊をぶつける手段も有効ではあるはずだった。
(多分……空を飛べるだろうし、殺魅一号には私よりもゆっこ姉の方が対処はしやすいんだろうね)
もちろん、その仮定はゆっこ姉が殺魅一号と殺り合うことになったらの話ではある。そして、竜帝ガイエルには恐らくはゆっこ姉でも敵わないだろうと風音は考える。であれば……と風音はナーガを見て口を開いた。
「旦那様。ガイエルが出てきた場合には私が対処するよ。呼んでくれればいつでも向かうから、旦那様たちは絶対にまともにやり合わないでね」
その言葉にはナーガが目を見開いた。
確かに風音はプレイヤーであり英霊も所持している。それでもガイエルに勝てるとはナーガには思えなかった。
実際、六百年前の戦争では達良以外のプレイヤーや大陸中の英雄たちが束でかかってもガイエルにまったく届かなかったのだ。それだけの力の差が存在していた。
『如何にカザネといえど、例え英霊の力を持ってしてもアレには勝てんぞ』
「ううん。多分私以外だと勝てないよ。六百年前は結局達良くんしかガイエルの相手にはならなかったんだよね?」
風音の言葉に苦々しくナーガが頷く。同じMOD使い同士の力の拮抗があって初めてナーガたちはあの戦争で勝ちを拾えたのだ。
『そうだ。しかし、それはあやつがMOD使いであったからだ。プレイヤーは強いがそう特別な存在ではない。英霊とてその制限を突かれれば容易に敗北するのだぞ』
「分かってる……けど、私は倒せる手段を持っているから」
風音は確信を持ってナーガに言った。
リミット制限のない公式改造ツールはチートに等しい。そして、それに対抗するには公式の目を欺くバグ技の限りを尽くしたイリーガルな存在でなければ相手にならないだろうと風音は確信していた。
しかし、それはセカンドを仲間たちの目に晒すことも意味する。絶対に風音が避けたかったセカンドの名前を弓花たちが知ってしまう可能性もあるのだ。
(弓花は……私を軽蔑するかもしれない)
風音は目をつぶって、そう考える。だが、風音には護りたいものがある。だから、考えて考え抜いて、風音は悲壮な決意を秘めて、
「竜帝ガイエルは私が倒すよ」
そう力強く応えたのである。